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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
92/212

第40話➂ シェールの戦い・抵抗


 ランディアはほぼ四つんいになりかけながら、巨大蛇のふところへと駆け出した。

 その間に瓦礫がれきが飛んで来るも、それを紙一重に見切ってかわしながら前進、巨大蛇の中腹辺りに剣を振り下ろした。

 ガキィン! 火花が散り、根に僅かの掠り傷をつけた。

(硬っ! 質感が木じゃねぇ)

 剣を地面に叩きつけた時のようしびれる手に、シェール軍が苦戦する意味を理解すると───矢継ぎ早に、光剣の光魔術を放った。だが、それは外表の根を切れても奥に入った途端に光が溶け失せてしまった。


(闇みてぇな魔法障壁だ―――)


 従来の魔物ならば、

 自らのけがれた魂から魔を精製

 生み出した魔、ないし、外気の魔によって身体を維持

 魔を魔力に変換しない―――という性質で


 言い換えれば、彼らは魔法障壁を持っていないのが通説だった。


 だが、魔術を使用する最上級の魔物や一部の魔物(魔族)には、人と同じく、魔を魔力に変換する体内循環の副産物───魔法障壁ができるようになった。

 恐らくこの巨大蛇もそうなのだろうが……。


(周囲の魔を独り占めしやがって)


 ランディアの携帯鎧は、鎧が魔を吸って活性化、魔力を着用者ランディアに還元してくれる仕様になっている。だから、この巨大蛇の近くへ突っ込めば、鎧は膨大な魔法障壁(魔力から魔に戻る際に出るエネルギー)から瘴気の様に散る分(魔)、魔術師たちの放つ魔術から揮発する分(魔)を存分に吸ってくれると思っていたが……期待通りにはならなかった。

 巨大蛇が尋常ではない吸引力で、魔を引き寄せているのだ。

 魔を引き寄せる性質を持つ携帯鎧でさえ横取りされているのだから、普通の人たちはより一層、魔力の回復が阻害されている事だろう。ようやく回復した魔力をみ取って魔術を生み出しても相殺してくるのだから、この化物は、徹底的に魔術師を殺しに来ている。


 ぐぐぐ「!」

 何度目かもわからない巨大蛇のぎ払いが始まる、きしむ音。

「あとで腹いっぱいにしてやるからもういっちょお願いしやす!」

「グビビ!」

 ランディアが鷹王ポテトスを抱えると───巨大蛇の身体がランディアたちを襲う瞬間に───

「ビビビィィィイイ!!!」

 ポテトスが強力な斥力せきりょくを放ち

 周囲一帯を破壊しながら、巨大蛇の一撃を上に弾いた!


「おおお!!」周りの軍人たちから歓声が上がり、巨大蛇の身体がよろめき、半回転回り、地響きが起きた。

 だが、当のランディアは舌打ちを打った。

(ウソだろ―――ポテトスの斥力波でも決定打になってないなんて)

 丸々と太っている鷹(?)ポテトスの斥力波は、鷹王の力の一つで、鷹王の中でもずば抜けて強い。瞬間的な威力であれば魔砲を優に超えるほとだ。

 それに加えて、巨大蛇の攻撃の勢いを逆手に取ったカウンターだった。上手く行けば長い体を半分こにし潰せると思っていたのだが、巨大蛇の根は多少折れて陥没しただけ、穴すらも開かなかった。


 更に残念な事に

へそ曲げないでくれよぅ」

「ギュビビィ……」

 ポテトスの機嫌が悪くなった。

 たかがそれだけ、されど本質だ。ポテトスはそのぷくぷくな見た目に反して、鷹王の中で最も気高く、怠惰たいだだ。契約者のランディアの事も、【餌をくれる人】としか思っていない疑惑がある。最上級の霜降り肉を褒美にあげますと宣言しても、あと一発ぐらいしか許してくれないだろう。



「うおおおお!!」

 巨大蛇が倒れた隙、鉄のワイヤーや鎖を用いて巨大蛇の拘束を試みながら、セルジオたちは各々の武器で外表の根だけでも剥がそうと、壊れる前提で召喚武具を叩きつけた。

 それは、城の外壁を剣や槍で壊そうとするような無謀さだったが、少しでもひび割れ、壊れるならば何でもいいと軍人たちが鍛え上げた身体をぶつけていく。

「なんだ?」

 その一人が、根の隙間に何かを見つけた。

 それを覗き込もうとして

「ぎひっ」

 ズグッ、中から飛んできた針が目を貫通、その場に倒れ込むも、意地で声を荒げた。

「な、なっ、なかに、何かいますッ!!」

「なんだと!?」

退きなさい!」

「ぬおっ!?」

 上空で魔力回復につとめ、機会をうかがっていたワンダたちは、黒色火薬弾を根の隙間を狙って放った「ちっ」が、拘束を容易く引き千切り、動き出した巨大蛇の外表を僅かに掠り、燃やしただけだ。

 しかも、巨大蛇もその身を燃やす炎を消すべく

「ぐうおおおおお!?!」

 コントロール不能に転げまわり、軍人たちを次々に潰しに掛かった。


「やるならもう少しタイミングを合わせんか!」

「地べたをいずり回っている人間とどう合わせろって言うの?」

「こんっの女狐がァ!」

 だが、巨大蛇が炎を消そうと防御反応を示したのは、効いている証拠でもあろう。


「町に延焼するのを恐れていたが、コイツを倒さなければ町の被害が増すだけだわ」

 中にいる何かを倒そう―――具体的に目標が定まると、ワンダたちは巨大蛇に続々と物理的な炎を浴びせかけた。軍人たちも取り急ぎ、壊れた家屋から油を拝借し、即席な火炎瓶を作って応戦を始めた。

 うねる巨体がみるみる燃えていき、少しずつだが外表の根が燃え落ち始める。


 このまま根気よく燃やせば―――そう思っていた矢先

「!?」

 ズズズズズズ……! 巨大蛇は、地面に潜った。


 更に、ワンダの脳裏に伝令の雷魔術が駆け巡る。

『ワンダ様! 魔物の一部に包囲網を突破されました!』

「───っ!」

 火の海を越えてきた、上級から最上級と思しき魔物が数体、シェール軍と衝突していた。魔砲によるサポートがなくなったせいで、業火隊ザラ・スタークでも数を捌ききれなくなってしまったのだろう。

「ヘイリー、彼らの助太刀に」「ハッ」

 そう指示を出した直後───


 ズドォオン!! 鎮火した巨大蛇が町に大穴を開けて飛び出してきた!


「コ───コイツッ!

 避難場所を喰いやがったのかッ!」


 多くの町民が避難していた、その地下を、巨大蛇は狙って貫通したのだろう───その身に多くの痕跡をこびつかせ、火を消していたのだ。

「何なんだこの糞野郎はッ!!」

 血の滴る骨肉をまとっていたせいか、火炎瓶をぶつけても、先程よりも炎が延焼しにくい。

 そして……何より

「あ、あ……母さん……」

 あまりに残酷な化物の姿に、多くの軍人や、魔術師の心が絶望に沈み、膝をついてしまった。彼らには最早、奮起を促すセルジオやワンダの声も届かない。


 だが、炎を消したがるということは……炎が効く事は依然として確実だ―――巨大蛇の身に纏った血肉をワンダの風魔術が弾き、炎に爆発的に反応する黒油の土魔術をセルジオが唱えて、火を放つが

「ぐっ!」

 巨大蛇は再び地面に潜り

「ぐああああ!!!」

「!!」

 ズズズズズズズ……グシャアア!!! 地面を掘り進められたせいで、至る所の地面が陥没していき、シェール軍が続々と瓦礫と共に地面に呑み込まれていく―――蟻地獄のよう人々が転げ落ちていった穴に目掛けて、トドメとばかりに巨大蛇が飛び出した。

 飛び上がる死体、降り注ぐ血の雨……地獄絵図だった。



「許っさねぇ……! ぶっ殺してやる!」

 ランディアは携帯鎧を活性化させるべく、火の海を越えてきた魔物の方へえて向かい、魔物が吐き出す瘴気に近い魔を鎧に吸収させ、肉体強化に魔力を注ぎ込んだ。

「フンガァアアア!!」

 筋肉が強引に強化されていく痛みさえ怒りの原動力にして、ランディアは魔物の懐へと飛び込む。

 赤熱した魔物の爪、牙、魔術、回避先を見越して振り払われる攻撃を───左手甲に取り付けられた鉤爪をフックにして直角方向に移動、股を潜れるほど低い姿勢から、魔物の膝下を鋼剣が切り裂いた。

 片膝を失った魔物の姿勢が前傾に倒れ、片手を地面につく瞬間、背後から魔物の頭上に飛び跳ねたランディアの鉤爪が魔術を詠唱する魔物の喉を裂き、身を捻りながら───鋼剣が魔物のぐらついた首をね飛ばした。


 上級の魔物が放つ最後の断末魔を深呼吸するように取り込んでから、ランディアは魔力が吐き出される前に巨大蛇の許へ向か―――「おぶっ!」巨大蛇の放つ瓦礫と共に何かがランディアに衝突した。

「ジュニア」

「ふ、不甲斐ふがいない……」

 左腕があらぬ方向に曲がり、頭からは血がどくどく流れ出しているジュニアが、ランディアの腕の中で力なく倒れ落ちる。

「ち、からに、なりた、かったん、だけど……」

「うるせぇ黙れ!生き残れ!!

 女々(めめ)しい男の遺言なんざ死んでも聴いてやんねぇぞ!」

「ひど、い……」

 もう一踏ん張りできそうだと判断したランディアはジュニアを近くの軍人に、邪魔、とばかりに投げ渡し「ひぐっ!」再び駆けだした。


 不相応な犠牲を払っているが、巨大蛇の根は四割ほど剥がれ始めていた。

 薄くなった装甲の隙間から時折、わさわさ、と、根の間を何か黒いものが通るのを、ランディアも視認出来ている。だが、ワンダたち魔術師の放つ魔術は相変わらず無効化されてばかりだ。

 ならばやはり―――物理で行くしかない。

 ランディアは走りながらポーチの中から小瓶を取り出し、魔力を弾く金属(鋼剣)に聖油を塗した。その油脂に火を点け、燃える剣を逆手に握る。

 転げ回る巨大蛇にギリギリまで接近して跳び、鉤爪をピックに根を這い上り―――勢いをつけて巨大蛇の頭上まで飛び上がる。

 そして逆手に握った剣を空中で持ち直し―――放物線の頂点から飛翔の風魔術で加速して落下、一際大きな気配に向けて、炎の剣を垂直に突き刺した!


 ヅンッ! 巨大蛇を反り返させる威力の剣が根の装甲を押し切り、剣先がグチャッと生々しい感触を刺した。巨大蛇がこれに暴れ出し「うおっ」ランディアはその背から弾かれたが、その剣先には、しかと、獲物を貫いていた。


 それは蜘蛛だった。

「キモい!」

 人の頭ほどの大きさがあり、炎の熱に苦しみ、脚をばたつかせている……巨大な一つ目を持つ蜘蛛。

「錬金蜘蛛ですって?!」

 これを見たワンダが声を荒げた。

「知ってんのか?」


 如何にも人間嫌いな視線を向けられたが、ワンダはランディアに端的に応えた。

「術式を込められる、錬金術で作る半生体兵器よ。

 恐らくそれは視界共有用───この化物は、操縦されている可能性が高くなったわ」

「操、縦……これが!? マジかよ」

 視界共有用の蜘蛛を貫いたということは―――ランディアや、ワンダの姿をしかと、操縦者が狙いをつけたともいえる。


 ぐぐぐ……。

 巨大蛇が、あからさまに二人に向けて頭をもたげた。

 薄くなった根の隙間から、無数の目と黒い異物が……優先的に排除すべき者たちを凝視している。


「なあ、飛翔を持続させるコツを教えてくれよ。今すぐ」

「地を駆けずり回りなさいよ、人間なんだから」

「助け合いの精神ねぇなあ!」


 グワッ 巨大蛇はローリングしながらランディアを追い回し、その尾で滑空するワンダを執拗しつように追う。

 これには流石に「うげっ」ランディアも巨大蛇のローリングに追いつかれ、下敷きになりかけたところで

「ポテトス!ラスト!!」「ギュビィ」

 ポテトスの本日最後の斥力波を使い、巨大蛇を上に飛ばして難を逃れるも

 すぐさま巨大蛇のしなる身体が、距離を取ろうとしていたランディアの背中を弾き飛ばし、遥か数十メートル先の瓦礫にその身を叩きつけた。(ポテトスは独りでに転移した)


「ごふっ……げほ、はっ、痛いだなんて久しぶりだわ……」

 フルフェイスの呼吸口から血が垂れる。盛大に口の中を歯で切り、あばらにヒビが入った。全身打撲で数日あざが残るレベルだ。

 だが、鎧は壊れていないし、四肢は無事だ。攻撃を喰らえば死を意味するドップラーの魔物との戦いに比べれば、死以外など、ランディアにとって絶望的ではない。

 何より―――、妹の顔が脳裏を過る。


「そうだよな、ミト……姉ちゃんに、泣き言ぬかす資格なんざねぇよな!

 ヌアッハッハーァ!」


 ランディアは、頭のネジを吹っ飛ばすかのよう笑いながら、巨大蛇の体当たりを、肉体強化した垂直飛びでギリギリかわした。そして、身を守ることなど考えず、炎の剣を力の限り振り回す。

「何を笑ってんのよ、あの鎧猿……怖っ」

 ただ、ガツガツと、乱暴だが誰よりも確実に、巨大蛇の内側を抉っている。少なくとも今、この面子の中では一番の突破口になろう―――。

「おお!?」

 ワンダはランディアに飛翔の風魔術を付与し、攻撃が当たらないようガイドし始めた。巨大蛇の隙を見つけてはランディアを降ろし、ランディアがつるはしの如く、炎の剣を振り下ろ―――――。


「あ」

 ガキィ……ン。 。。 カラ 。 カララ……。



 ランディアの鋼剣が、根本から折れた。


 ランディアが雑に扱ったからではない。単純に、世界樹の根が硬すぎて、金属疲労を起こし、折れたのだった。

 だが、折れた理由は大切ではない。緊張の糸が一瞬切れたのが問題だった。


「ぐっ!」

 ワンダたち魔術師が巨大蛇の振るう尾に巻き込まれ、サポートを失ったランディアも遠くに弾き飛ばされてしまったのだ。

 半分近く、もう中身が見え透いているほど根を削ったのに。


「こん、ちくしょう……!」

 弾かれた衝撃で、瓦礫の下敷きになったランディアに……巨大蛇の、無数の目が向けられる。 


「く、そ……届かないのか……?

 これだけやっても、これだけ押し切っても―――」


 巨大蛇の体が、ゆっくりと確実に、ランディアを潰すために持ち上げられる……。

 最後の一瞬まで諦めてたまるか、と、もがく彼女に───容赦なく───…………。



「んなこたあないぜッ!!」

 

 バリバリバリ!!!

 突如、激しい雷鳴にも負けない、男の雄叫びが空にとどろく。


 そして、目もくらむような雷撃が町中を駆け抜け、巨大蛇を呑み込み、その巨大な体を大きく弾き飛ばした。


「希望ってのは繋ぐもんだ。

 今この戦場にいる全員が、希望を断たずに今に繋いだ」


 巨大蛇が地面に落ちる地震。

 瓦礫を退かしたランディアの目に、2メートルはあろう大男の、黄金の斧が映る。


 その男は、ランディアのヒビ割れた兜をでた。



「あとは、俺に任せな……!」


2023/05/03改稿しました


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