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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
90/212

第40話① シェールの戦い・業火隊

 雪の降り出しそうな、曇りの日。

 薄暗い、夕暮れの時間だった。


「……!

 総員! 出動せよ!」


 おぞましい気配をいち早く察知した、魔術師協会会長ワンダが声を荒げた。


 その……数秒後。


「なんだ……? ……っ!

 来て、る!大群だ! 魔物の大群が攻めてきたぞ!!」


 見張りの怒号とサイレンが、帰り支度を始めていたトノットをかけめぐる。

 ナラ・ハの方角から、地竜平原を駆け迫ってくる敵影が見えたのだ。それは、いつもの虫の大群ではなく───獣の如き、血に飢えた魔物たちだった。


「慌てるな! 訓練通りやれ」

 セルジオの砲撃許可が下りてすぐ、待ってましたとばかり、シェール軍の魔砲が狙いを定め ズドォン! 敵影へ魔力砲を放った。

 ほぼ水平方向に地竜平原を直進して着弾、爆発。数瞬の間を置いて街まで跳ね返ってくる衝撃波が、人の戦争において使用を禁じられていた理由を物語る。


【魔砲:魔石を利用して、溜め込んだ魔力を猛スピードで放つ。数百年前より存在する、対魔物用の兵器。

 放つ魔力量が多ければ、威力は対数的に跳ね上がる。

 仕組みが単純でいながら破壊力が甚大なことから、人の戦争において兵器として使用することは禁じられている。(弩砲も人には禁止)

 また、魔砲は着弾時、大量の魔力から魔を発生させてしまう。その量が瘴気に等しいことも、人に使えない理由である。】


 確実に敵影に当たっただろう魔力砲、それが巻き上げる大量の土埃と魔の煙を―――しかしながら、魔物共は続々とくぐり抜けてきた。


「イーゴ大佐、奴らの中で魔術を使いこなす者が混ざっているようです」

 威力を減衰させる術を、魔物が持っていた───言葉を使いこなす魔族たちの存在を知る者たちにとっては、導き出すのにそう難しくない結論だった。

「うむ……虫型の魔物を寄越さぬ違和感は拭えんが、作戦Bに―――」と、伝令を呼ぼうとするイーゴたちシェール軍の頭上を

「ぬっ」

 彼らの軍帽を脱がす勢いで次々飛翔していく数十人のエルフたち。

 そのはためく赤いローブを見たイーゴは「……鼻の利く女だ」鼻を鳴らした。


「“業火隊ザラ・スターク”が現場に向かうまでは構わず撃ち続けろ。奴らが目標と戦闘に入れば、すぐ合図が目に入るはずだ」




 トノットを出立して10分、風を切る速度で空を滑空する、ワンダ率いる魔術師たちが、街へと向かっていく魔物の群勢を眼下に収めると


「焼き尽くせ。

 マ・バラーク!」


 ローブの内側、無数に仕込んだ黒色火薬弾と種火を広範囲に放ち、爆発的に燃え広がる物理的な火炎を起こした。そして、風魔術で炎を存分にあおる。

 魔法障壁で減衰されない物理的な灼熱の炎が、あっという間に地竜平原を火の海に変える。

 だが───灯りに集まり、自ら焼き焦げる虫のように───魔物たちは止まる事無く、その身を業火に晒していった。

 僅かな炎の壁なら、自慢の甲殻や厚い皮できり抜けられただろうが、魔物たちの前に作り出された炎は、地竜平原の広い草原に轟々(ごうごう)と燃え広がっている。とても走り抜けられる距離ではない。

 ただ、断末魔さえ上げることなく、次々と消し炭になっていく魔物がいる中、魔術で炎の熱を和らげたり、地中に潜ったり、燃えた地面をひっくり返す魔物がちらほらと見えてきた。上級以上だろう。


「薄汚い魔物共め……。

 中級以下は寄せて魔砲に、上級以上は各個撃破!

 ヘイリー! マルクス! 

 今日こそ、トンプソンへの”恩義”に報いるわよ」

「「ハッ!」」


 スリーマンセル、数十組に別れる中

 ワンダたちは、炎の大地を引き裂き、地面ごとひっくり返しながら進んでいく豪胆な魔物の上に位置すると3人は息を重ね、各々が異なる魔術を構築してから一点に、その魔力の計算式を合算させた───それは、ノロマな魔物がひっくり返した岩たちを、木の葉の如く上空へ舞い上げた。

 それが何を意味するのかを知ろうともせず、ドスンドスンと歩みを止めない魔物に───突如、炎を纏う岩石が降り注ぐ。


 流星群の炎魔術と呼ばれる、属性複合型の上位魔術。それを、ワンダはヘイリーとマルクスの詠唱を補助に、実質的な儀式術として円滑に発動させたのだ。


 天高く舞い上がった岩や金属、瓦礫などに炎を纏わせ、高速で敵に落下させる、その威力は鋼鉄をも容易く貫く。ノロマな魔物の、火炎に耐え得る分厚い装甲が、流星群に堪らず割れ、砕け、穿うがたれ、磨り潰され、焼き尽くされた。

 ついでとばかり、ノロマな魔物の火消しを利用していた中級以下も無数の流星群に巻き込まれ、火の海に沈む。



 溶岩の炎魔術、熱線の炎魔術、豪炎の炎魔術などの上位魔術が、上級の魔物たちを襲い

 次々に投入される黒油の土魔術が、燃え盛る火の海を絶やさず

 水魔術で抵抗してくる最上級には、竜巻の風魔術で、水の壁を剥がしながら炎に呑み込ませ、徹底的に焼き殺す。


 業火隊ザラ・スターク───彼らは、四大国の緊張が高まっていた当時、魔術師協会副会長だったワンダを部隊長として、高等魔術師だけで構成されている属性一致の魔術師部隊だ。


 属性魔術は、他の魔術と比べると理論が簡単で、対策もされやすい性質などから、昨今は攻撃手段の補助として使われることが多くなり、それを生業なりわいとする魔術師は滅法少なくなっていた。

 だが、7回目の女神の選定に彗星すいせいの如く現れた”無名の、氷の属性魔術師”が、名だたる高等魔術師を次々に圧倒した。そのめざましい活躍にあこがれ、数百年ぶりに属性魔術師への転化が流行した。


 そんな時代に作られた新しい部隊に、人々は多大な期待を寄せていた……のだが。


 その期待を裏切るかのように、業火隊ザラ・スタークは、ナラ・ハの森に現れた、黒紫の竜エバンナと戦わないまま撤退してしまった。

 魔術師協会会長で、黒の賢者だったトンプソンがエバンナとの戦闘で殉職じゅんしょくしたというのに、だ。


 ワンダの選択は、腰抜け、恥曝しなどと激しく批難された。その炎上に油を注ぐように、他に誰もいないという理由でワンダは次期会長に選ばれてしまい、魔術師協会の品位は地に落ちたと、多くのエルフがナラ・ハからシェールへと流れることになった。


 だが、きっとこの戦いが終わったとき、彼らへの態度はくるりとひるがえされるだろう。


 彼らの戦闘は、苛烈過ぎる。

 この時代、それは何よりもの頼もしさでしかないのだから。






 激しい衝撃と爆発音が鳴り響く中、軍の避難誘導に沿って地下や港町へと避難していく人々。


「ぷはっ!」

 そのなだれ込む群衆からむぎゅむぎゅ抜け出してきたのは、マイティアを追ってナラ・ハに向かおうとしていた、ランディアとリッキーだった。

 長旅になる為、保存食他諸々を買い足しておこうと思っていた矢先、シェール軍の避難誘導が始まってしまったのだ。


「あの猫は……あー、押し流されたな」

「いや、自分から流れただろうな。

 地下に避難した人たちに非常食なり買わせれば儲けようとしてんだよ、あのクソネコは」

「こんなタイミングでようやるわ……あ」

「そのなまり、結構移るんだよな」


 コレットと別れ ドズン! 体を突き抜ける衝撃の意味を知るべく屋上への梯子はしごを登っていくと

「げっ! 魔物の大群じゃん!」

 遥か北、魔砲が放たれていく地竜平原に、米粒より小さい影の線。トトリとポートを襲撃したバーブラの軍勢よりかは少なく見えるが、その分、遠目から見ても全員血に飢えていて、凶悪な顔ぶれに見える。


 リッキーは及び腰になって「これは港方向へ逃げとくべきじゃね?」とランディアを説得するが……彼の悪い予想通り

「一人でも戦士が要る筈だ!」

 剣が既に鞘から抜かれていた。

「行くぞリッキー!」

「行く?!いやだ!断る!俺は戦闘民族じゃない!

 ラン…ディ……ぐっ! 俺を一人置いてくなよ!!」



 ―――とはいえ、非常事態であっても、剣を抜いて街中をうろうろするのなら、誰かしらに許可を得ておいた方が動きやすいだろう。

 ランディア(と、ずるずるついてくるリッキー)は近くに設置されていたシェール軍のテントに向かうと、つい数時間前に会った顔ぶれと再会した。

「ランディ!」

 軍服の人と言葉を交わしていたセルジオジュニア、そして、その取り巻きだった一人の獣人だ。

「ジュニア、私たちも手を貸すぞ。

 街に入り込む魔物を蹴散らせばいいか?」

「ありがとう。ただ、ワンダたちが圧倒的過ぎて、俺たちの出番があるかどうかわからないけどね」

 

 地竜平原に放たれた火炎、その熱波がトノットまでジリジリと伝わり、ジュニアたち含め、軍人たちを汗だくにさせていた。あの炎の真上で飛び回るエルフたちが無事でいるだけでも、彼らの魔術技術が常人離れしていることを示していた。


「ワンダ……! そうだよな!あの戦い方はやっぱり業火隊ザラ・スタークだよな! そうじゃないかと思って興奮してたんだ!!

 金属鎧も溶かす炎で地底国の弩鉄隊どてつたいに対抗すべく!

 封印術をくぐり抜ける物理的な熱で神国の神官兵に対抗すべく!

 ナラ・ハの魔術師協会が誇る高等魔術師のみで結成された破壊力抜群の魔術師軍団!アーッ!出来ればもっと近くで見てみたい!!」

「ランディ、そういうのが好きなんだね」


 ランディアの興奮をサラリと受け流しつつ、ジュニアのいぶかしい視線は、彼女の後ろに嫌そうな顔でいるハゲに移った。


「それはそうと、君はどうしてランディアと一緒にいるんだ?

 しかも馴れ馴れしく」

「どうしてって、パシられてんだよ」

「パシられ?」

「リッキーは、同じ学院の先輩後輩なんだよ。私が先輩」


 そう言うと、当然。ジュニアは奇声を発した。

「姫と同じ学院に入れる者が泥棒に成り下がったのか!?」

 王族貴族が入るような学び舎に、入学するだけでも大量の金や地位が必要なのは、何処の国でも一緒だろうに。人よりも学べる環境でいられる立場でありながら、いやしい泥棒に成り下がり、金品を盗むようになるなど侮蔑ぶべつでは足りない……と、ジュニアは思ったのだろう視線を、リッキーに向けた。

 リッキーは、ピューピュー口笛を吹きながら目を逸らした。


「ジュニア様、戦いは我々に任せて、あなたは避難を」

「───、またその話か……。

 父上が君たちに何を言い伝えたかは知らないが、俺は戦うぞ」

「しかし……」

「行くぞアスラン。

 ランディ、君も来てくれ。

 俺と一緒の方が軍に迷惑をかけないだろう」


 二人は、護衛のアスランを連れたジュニアと共に、トノットの中心から北東方向へと駆け足で向かった。


「北東の門で警備に当たろう。そこは多くの魔砲が配置されている拠点だしね。

 別ルートで魔物が来る可能性もあるか……ら?」


 その道中




 ズズズズズズズズ……!


 地響きが、足の裏を激しく突く。


「なん だ なんだこの振動は……っ!?」


 その揺れはみるみるうちに大きくなり、建物がひび割れ、砂埃が落ち、窓ガラスが割れ、街灯がぐしゃりと倒れていく。

 誰も立っていられず、その場に膝をつき、振動が収まるのを待っていると────


 ドゴォォオン!!!


 地中から、”それ”は現れた。

2023/04/28改稿しました

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