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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
87/212

第38話 傀儡師マグラ


 荒れ地の魔女レキナに会う為、シェール・トノットを発ったマイティアとラタ。

 しかし、汚らしいナラ・ハの森に踏み込んで半日進んだところで、魔術師協会会長ワンダの思惑通り───虫型魔物の巣窟へとブチ当たってしまっていた。


「あんの姉ちゃん……!

 絶対このこと隠してたな! 性悪!」


 岩壁、洞窟、枯れ木にびっしりとしがみつく羽虫型の───人並みに大きい、中級〜上級の魔物が、索敵範囲に踏み込んだ二人に対して羽根を擦り鳴らした。

 それはそれはおぞましい大音量───金属バケツに放り込まれた頭をガシャンガシャン縦横無尽に転がされるような激しい振動───で、平衡感覚が堪らず音を上げた。


「ぅぅぇぇろろろ」


 マイティアはホズを抱えてダウンした。

 細身の彼女の手足はブルブルと痙攣けいれんし、暴れ馬の背に乗っているかの如く内臓がしっちゃかめっちゃか。ホズも白目を向いて、舌がでろりとこぼれてしまっている。


「まじぃな……いったん戻るべ!」


 魔力で全身を覆い、自衛だけは完璧だったラタは、見張り虫がやってくる前に───ぐったりと動けなくなっているマイティアとホズを抱え、索敵範囲外へと脱兎の如く逃げ出した。



「う、う〜ん……」

 けたたましい羽音が遠くなってから、30分ほど

 正気を取り戻したマイティアが目を開けると────。


 粘ついた糸でぐるぐる巻きにされた細長いもの。

 それに植え付けられた丸いもの。

 丸いものからうじゃうじゃと、白い蜘蛛の赤ちゃんの、数十もの目が……ギョロリ。


「キモいよぅっ!!」

「悪い悪い

 ママンをぶっ飛ばして洞穴に逃げ込んだんだが……こっちの掃除は間に合わなかったわ」


 こんがりと焼き殺された巨大な蜘蛛のような魔物の死体を洞穴の奥へと蹴飛ばしたラタは

「しっかし……こりゃどういうことだ?」

「プギャァ」「ひゃぁ!」

 生まれたての白く小さな蜘蛛型魔物の赤ちゃんが入った卵を炎魔術で燃やしていきながら、顎髭をジョリジョリと擦った。


「魔物は繁殖しねぇ筈だ。

 魔を人の魂に押し付けて魔物化させるってのならわからなくないが、その場合、生まれてくる魔物の姿形はランダムってのが魔物学だろ?

 この通説、今も変わってないよな?」

「た、た、確か、そう、だと思……ヒッ!

 なんだ、ただのヤモリの死体か……ぅぃゃぁぁ」

「それなのに、あの羽音のうっせぇ虫共も、この蜘蛛も……同一個体の魔物にしか思えねぇ。

 しかも、そのベイビーがいるとか……まさか今時の魔物はセッ○スすんのか?」

「もう少しオブラートにお願いします」

「じゃあ、次からチュー♡と言うわ」

 そういう問題じゃない、という顔をするも、ラタはマイティアの不服な表情に気づいていない。

「しっかし、チュー♡するにも、蜘蛛のダーリンがいねぇんだわ。近くに気配もしねぇし。

 さて……この森の魔物は思った以上に厄介かもしれねぇぞぅ」



「あらぁ?

 私の別宅にお客様かしら?」



 突然の、首筋をナイフで撫でるような殺気―――二人は一斉に後ろを振り返る。

「 なんだ?」

 しかし、そこには誰もいない。


 慌てて周囲を見渡すが、それらしいものは何処にも見えない。視力の良いマイティアの目にも、半径100メートル程度なら生命探知できるラタにすらも、ソイツの気配は見当たらなかった。それなのに、その艶めかしい女の声は耳を舐めるようにささやかれる。


「フフ……いいわぁ、たくましい腕、ワイルドな毛並み、吸い付きたくなるような首……どこを取っても美味しそうな、いい・お・と・こ。

 あと、小娘」

「むっ」

「この道を進んでいたのは……レキナに会うためかしら?

 ただ残念だったわねぇ、その道はジュ・ルーの巣に埋め尽くされてしまったのよ」

「ジュ・ルー?」

「はあ……ジュ・ルーはいい子よ……大きくて、丸々してて、笑顔のチャーミングな女の子。

 手足が溶けて動けなくなっちゃったけど、膿んでも、腐っても、苦痛に耐える強い子なんだから」


 グワッ! ラタは斧を振るい、洞窟の中を雷と風圧で荒らした。

 蜘蛛の糸は引き千切れ、死体の蜘蛛も細切れに、岩も地面も切り刻んで

「ふぅ」刃先についた焦げを吹いて飛ばした。


「二日酔いより悪質な吐き気がするぜ」

「見かけによらず高度な魔術を使うのね」


 しかし声は止まず「きゃっ!?」人の顔が張り付いた大きな蜘蛛が、地面の割れ目から湧き出て来て

「だけど足りない」「下手じゃないけど」「十分じゃないわ」と次々に同じ声を上げた。


「雷魔術は、充電と蓄電という魔力操作があって初めて最強の属性魔術になる。

 だけど、あなたの様子じゃまるで使いこなせていないわ」

「───誰だお前」


 その問いに、小さな蜘蛛たちの「ふふ」「ふふふ」「ふふふふ」合唱が応えた。


「「「「「私は傀儡師マグラ あなたたちをお人形にしたくってよ」」」」」



「クソ!」

 ラタはマイティアを抱えて洞窟から飛び出し、蜘蛛たちから放たれた朱い糸の網を間一髪ですり抜けた。

「ひっ!」

 二人の残滓ざんしを掠りながら地面に落ちた朱い糸は、じゅわっ、地面を灼き、朱く腐らせた。もし生身にかけられたら……タダでは済まないだろう。


「マイティアちゃん、戦えるか?」

「た、戦うよ! やるしかないわ!」

 流石のラタも、大人の女性一人を小脇に抱えたまま戦う訳にもいかない。

 マイティアも既に召喚術で剣を作り出していたが、彼女の剣先はわなわなと震え、腰も引け、唇を噛んで恐怖に耐えている。

 そのへっぴり腰な彼女を蜘蛛たちはケラケラと嗤った。


「やだぁ、戦うよ、ですってぇ!

 何よ、あんた何歳?増せたガキなの? 更に可愛くないわね」

「……っ! そんなガキの前にすら、自分は出て来られないあなたはどうなのよ、臆病者!」

「だって、あなたみたいなブスに唾を吐かれたくないですもの」

「お尻から糸吐く奴に言われたくないわ!」

「おぅ……オブラートとは一体どの口が」


 バラッ! 小さい蜘蛛が四方八方に飛び散り

「その生意気な態度が命乞いに変わる瞬間……ふふふ、私にみせて」

 それぞれが溶解性のある糸を放ち、逃げる二人を追い回し始めた。



 一個に固まって走りながら、協力して互いの死角を補っていたマイティアとラタだったが

「やっ!」

 近くに跳びかかってきた蜘蛛を、マイティアが剣で振り抜き、真っ二つにすると

「なんて隙だらけ」

「うわっ!?」

 すぐさま別の蜘蛛に死角から糸を吐かれ、左肩にべっちょりと分厚い糸が張り付いた。


 それは溶解性のある酸の糸かと思いきや、ぐにぐにと弾力のあるゴムのような糸で、慌ててそれを切ろうとする間にも次々にゴムの糸が放たれ、身体中にこびりつき、雁字搦めになっていく。


「まずい―――ッ!」

 ラタはマイティアの応援に向かおうとしていたが、切っても切っても地面から湧いてくる無数の蜘蛛に翻弄されていた。

(ダメだ……! あの乱闘状態じゃマイティアちゃんまで切っちまう!)

 魔術を放つこともできるが、ラタのコントロールではマイティアごと切り刻んでしまうし、彼女の魔法障壁がラタの魔術に耐え得ると信じるには、彼女の魔力技術は頼りなかった。いや、味方ごと敵に魔術を放っても当然の顔で受け流す賢者たちが狂っていただけだが。


 そう迷っている隙にも、マイティアに蜘蛛の牙が向けられ……彼女は力の限りもがいた。

「うーっ! うううっ!!」

 だが、ゴム質で、更に何重にも束ねられた糸は、人の筋力如きでどうにかできる代物ではなかった。

 マイティアに糸から抜け出す策がないことを確信している蜘蛛たちは、獲物の周囲に集り、最初にどこを喰らうか、優雅に品定めをしていた。


「さて……先ずは、邪魔な手足を外して、血と内臓を抜いて、術式を内側から縫いつけ―――」


「テャァア!」

 蜘蛛たちがマイティアに飛びかかる寸前、ホズの放った風の刃が―――周囲の蜘蛛と、マイティアに絡まった糸だけを綺麗に切り裂いた。

「お前は逃げろミト!」

「でもっ」

「そうだ逃げろ! こいつはヤバい!」

 僅か躊躇ためらったあと、マイティアは逃げ出した。とにかく来た道を戻るように。彼女を追いかける蜘蛛は、上空を旋回していたホズの魔術が牽制した。


 それで蜘蛛たちと少しの距離を確保できたと思われたが


「逃げ足の遅い女ね」

「きゃっ!」


 突然何処からか放たれた酸の糸が、マイティアの左足を襲った。軸の揺れる左足を守っていた補助具が溶けて壊れると、マイティアは前のめりにドテンと派手に転んだ。

 すぐさま酸の侵食がないよう壊れた補助具を急いで外し、再び立ち上がるも

「こんな、ときに……っ!」

 左足の軸が定まらないせいで、体重がかけられない。逃げているとするには、絶望的な速度だった。背中からカサカサと追いかけてくる足音が刻一刻と大きくなっていく。


「アハハハ! なぁんて情けない姿!

 こんの鈍臭い女、一体何しにこの森まで来たのかしらぁ? 彼氏にでも会いに来たの?」

「───っ!」

 あっという間に四方八方を蜘蛛に囲まれ、万事休す───「我が手に宿れ 魔性の弓矢よ」

「はあ?」

 滲む涙を拭ったマイティアはきびすを返し、魔力で出来た弓矢を手に、右足を立て膝、左手で弦を引いた。

 だが、もう間もなく無数の蜘蛛たちに追いつかれてしまう距離。弓矢で対応出来る数でもないし、いちいち狙いを定めたり、何度も弦を引き絞る時間などない。


「この距離で弓矢ですって?

 なんて能がないのでしょう!」

「───ぐぅううううっっ!!」


 マイティアは全身全霊、弦を力強く引きながら、自らに流れる大量の魔力を、祈るように、一矢に注ぎ込んだ。死の危機を前に、咄嗟とっさに思いついた魔術にすべてを賭けた。


 すると、矢はその願いを聞き届けたかのように、みるみる光を蓄えていき…………

 しまいには キィィィィイイイ、と、甲高い音まで響かせ始めた。


 流石にこの魔力はまずいと思ったか、小さな蜘蛛たちは射程ギリギリから酸の糸を放ち

「わっ!」

 マイティアは、その攻撃を避けようと反射的に、パッ、と、弦を離し───膨大な魔力の”矢”が放た れ  た


 ズ────ド ォオオオン!!!


 眩い光を放つ暴力的なエネルギー体は、酸の糸も蜘蛛も、地面も腐った結晶樹も飲み込みながら、マイティアの狙いから少し逸れ

「ぎひぃ!」

 巨大蜘蛛たちと格闘していたラタの左腕僅かに掠め……洞窟に突っ込み爆発した! 


 マイティアの軽い身体を何度ももひっくり返す猛烈な爆風の後、砲撃(矢)がえぐり取った大地からは、白く霧がかった“瘴気”がき始めた。


「これは───聖樹の?!」


 マグラは、その瘴気の波長に悪い覚えがあった。

 ただの小娘から発せられるものでは決してない、暴力的な神聖───マグラは小娘マイティアを、真っ先にほふるべき危険なモノと認識を改めた。


 瘴気が時間と共に微風に散っていき、視界が確保されてくると

「……はぁ…はぁ……」

 マイティアは顔面蒼白で横たわっていた。荒い呼吸で、脂汗をかき、胸を抑えるようにして丸まっている。


 無防備なマイティアに、忍び足で近づいていく……抵抗する間もなく、断末魔を上げられないまま頭がコロリと転がるように……肉を焦がす酸の糸を入念にこしらえて。

 マイティアに足が届く位置で───透過の変性術を用いて透明になったままの巨大蜘蛛が───音もなく糸を放った!


 しかし ジッ! 酸の糸は誰もいない地面に落ちた。

 軌道が大きく逸らされたのだ。

「女の背中を襲うなんて 最低っ!」

 不可視のはずの蜘蛛の背中を、ラタの斧が大きく抉り、既に切り返しの二撃目が蜘蛛の頭を狙って振り払わんとしていた。

 糸では間に合わない―――爪の様に尖った脚先でマイティアを突き刺そうとするが


「はっ!?」


 蜘蛛の目の前で、マイティアの体が何者かに攫われ―――地面に脚が刺さる直前に

 ズバッ !  巨大蜘蛛の頭が空を舞った。


 刎ね飛んだ頭が、突然現れた何者かの気配に目を向けた途端、完璧に透明だった巨大蜘蛛の禍々しい姿が出現し

「トンプソンッ!」

 そう金切り声を上げ、巨大蜘蛛の頭は鈍い音を立てて転がった。

 しかし、巨大蜘蛛が倒れても、足下から湧いてくる蜘蛛に止まる気配はない。


「お前さんは敵か!?」

「テキ チガウヨ」

「じゃあよし!」


 ラタは、自分の背丈よりも大きい土塊人形が意思疎通の取れる味方であることを確認し


「ガキに手を上げる奴ぁ女だろうが許さねぇ」


 低く抑えられた怒号に共鳴するよう、雷が宿る黄金のまさかりを―――ラタは天に向けて突き上げ、雷の種を空へと放った。

 その直後、空で雷が花火のように分枝し―――ラタたちを囲うよう無数に存在していた気配に向け、雷の鎗が雨のように降り注いだ。

 飛び掛かろうとしていた蜘蛛も、地面の下で順番を待っていた蜘蛛も次々に貫いた雷は近くの標的にも貫通し、その身を真っ黒に焦がしていく。

 そして、雷の轟音が止んだ後の、気持ち悪いほど穴だらけの地面を見て、ラタは顔をしかめた。


「デッケェ蜘蛛にもやった手応えはなかった……マグラってクソッタレは、どこか別のところで操ってるみたいだな」

 ラタの推察にトンプソンはバケツ頭を縦に振った。

「クモ レンキンジュツ デキテル スグ フヤセル

 フエタ クモ カンタン メイレイ トカ マジュツ シコメル

 ウゴク バクダン ニモ ナル ヤッカイ ダヨ」

「加えて本人が直接操ることもできるってぇ?

 そいつぁよろしくねぇ……本当に、この時代の魔物は俺の知る魔物じゃねぇな」


 気配を消しての奇襲、数百の創作蜘蛛を操り、本人は、少なくともラタの感知範囲の外にいる───それはまるで、魔術師を相手にしているような周到さと狡猾こうかつさだった。

 ラタの知る魔物はもっと、獣だった。何を喰らおうと満たされない飢えに狂った獣。もちろん繁殖もしないし、群れない。それが普通だと彼は思っていた。


(魔物の性質って時代で変わるもんなのか?

 それとも、封印が解けちまった魔王の力?

 うーむ……いや、まさかな……)


 そう考え込んで黙っていると

「トンプソン トンプソン イウ ナマエ」

 トンプソンの方からラタに声を掛けた。


 トンプソンは大柄なラタよりも更に大柄で、胴体は足の二倍長い。それよりも更に長い両腕は、何重もの節で出来ていて、蛇腹状になっている。

 胴体の、ちょうど胸辺りには、土塊の体を構成する心臓部───幾重にも折り重なる魔法陣、魔法機構があり、透明だが分厚い膜に覆われていた。

 そんな身体と比べると、頭はポツンと頭は乗っけられている。バケツをひっくり返したような形で、横長の穴が正面に空いていて、穴の中から2つのつぶらな目が光っている。丸い枝で作られた鼻と、ちょんまげの様な槍の先も、まるでアクセサリーのようだ。


「トンプソン……なんかどっかで聞いたような気もするが……うむ! いい名前だな!

 俺はラタだ。

 目が覚めたら時を超えていた、四捨五入1000歳だぜ」

「オモシロイネ トンプソン ソーユーノ スキダヨ」


 サラリとラタのボケを流したトンプソンは


「トンプソン コノコ ツレテク

 レキナ ヨンデル ソレデ トンプソン キタノ」


 カタコトに、そう言った。


2023/04/14改稿しました

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