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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
86/212

第37話 セルジオとジュニア


 トノット大通りから一本外れた、光の遮られた、じめじめした路地裏。


「せやからぁ……堪忍したって♡」

「それ、うまいと思ってやっているのか?」


 180から200センチに近い大柄な獣人たちに囲まれた、哀れな小僧とクソネコ。

 彼らを睨みつけている一人───ナラ・ハの三大高級衣装のララ織を着た若い人間の男───の手には、陽の光に輝くホワイトクリスタルが、飼い主の手で眠る小鳥の様に収まっていた。


「ジュニア様、コイツらどうします?

 海に沈めますか?」

 ジュニアと呼ばれた人間の男は、盗人への殺意を隠しきれていない獣人たちに向けて

「いいや」と、首を横に振り、レイピアの柄頭を指でなぞった。


「罪人は法によって相応の裁きを受けるべきだ。

 俺たちの感情に身を任せては、コイツらと同じ舞台に立ってしまうからな」

「厚生の余地ありますか? こんな奴らに」

「それは俺の知る所ではない。

 だが、コイツらの手先が器用な事と、我が家に侵入される警備の隙と、構造の欠陥があった事は確かだな」

(今時、何食ってればこんな余裕かませんだよ……)


 実家に盗みに入った宝石泥棒リッキーと、彼とつるんでいたクソネコを捕まえたこの男は、セルジオJrジュニア。シェール共和国最高議長セルジオの一人息子だった。

(※獣人化した人間、その子どもは人間として生まれる。ただ、獣人化へのリスクは他の人間より高いとされている)


 鼻は低く、童顔、小麦色の肌である神国の顔立ちに、驕りのない鋭敏な目。

 背丈はポーンと高く、肌にピッチリと張り付くララ織の服から分かる体格は、かなりの筋肉質だ。ただ、目線を上に上げれば上げるほど線の細い貴族顔になっていき、赤みの強いブロンドの髪に至っては竪琴の弦のよう。キレイに編めば飾れる筈の髪は、うなじでバッサリと切り、ジュリアノス(花)の香りを放つワックスでオールバックにしている。


 神国の人間がエルフの領地に殴り込んだ、遥か昔の戦争時代

 現シェールの地を手に入れた人間の英雄、耳狩りゾールマンの血筋だろう……つまり、この男は、セルジオJr・ゾールマン。

 フォールガス王家やファウスト一族などと並び、世界の誉れある血族という奴だ。


(ランディアたちも、時代が違ってたらこんな風に着飾ってたんかなぁ……。

 ドレスとか? うわっ、ランディ、お前は絶望的に似合わねぇな)


 リッキーの脳裏にふと、下水道でも腐った森でも駆けるマイティアや、重い鎧兜を着込み、男と混ざって一撃必死な戦場で前線に出るランディアが過った。

 ジュニアよりも細身な彼女たちが身一つで駆け走っている様を知っているが故に、リッキーは少し、ジュニアの愛されっぷりが鼻に付いた。

(キレイな靴しやがって……)

 彼は両手を頭の上に置いたまま、肘を壁につけ、壁から地面に向けて魔力を流し始めた。


「さて……こいつらをキッチリとしかるべき場所に運ぶぞ、イーゴ」

「かしこまりました」


 イーゴと呼ばれた黒い羊面の男───ぐるりと巻いた角、モザイクにった白い毛並みと薄黒い体色の紋様、体格はジュニアよりも良く、シェール軍を示すカジキに、幾つもの勲章がついた腕章を持つ───が、むき出しの上腕二頭筋がムッチリと膨らませ、声に怒気を込めた。

「きっっっちりと……後悔させてやるからな……!」


 逃げきる自信こそあったリッキーも僅かに怯み

「へ、へへ……」

 苦虫を潰した様な笑みを浮かべて……いる、と。



「路地裏で男が集まって弱い者虐めかよ、感心しねぇな」


 ピシャリ、と、強気な女の声が響き、男たちがその声に振り返る。

 金髪ショートの、細目の女。革鎧の軽装に、鋼剣を腰に提げたランディアだった。


「これはこれは、お変わりないようで。姫様」

「その言い方はやめろって言ったろ、ジュニア」

「ジュニア様、御友人ですか?」

「王国の姫の一人、ランディア嬢さ。

 父上と共に王都へ足を運んだ際に、護衛になって貰ったのだ」

「護衛と言ってくれるなよ。

 あれはただの道案内だって」


 十数年前、ドップラーの魔物との攻防を繰り広げていた王都に来たセルジオ親子を、王城まで案内したのが、当時王都騎士団雑用係のランディアだった。

 時を経ても、10歳のジュニアの脳裏に色濃く残っていた彼女が、あの頃からほとんど変わらない雰囲気で、ジュニアのレイピアよりも重いだろう鋼剣を腰に下げていることにジュニアは「会えて嬉しいよ」と強張っていた顔を緩ませた。


「それはそれとして、王都騎士になったろう君がどうして此処に?」

「実は、行方不明の妹を探しに来たんだ。

 癖っ毛、金髪で、青い目。私と似てなくて、身長は160から170、痩せて、北方顔の、ツンとした顔に見えるけど、よく目を見ると茶目っ気な雰囲気がある美女で……内面外面共にスーパーいい子なんだけど、知らない?」

「そんなスーパーいい子な美女を見たのなら、俺が忘れる筈がない」

「そいつは残念だ。

 お前の色気に磁石のように吸い寄せているもんと思ったのに」


 ランディアはジュニアに向けていた視線を、壁際に寄せ

「おい禿げ、ミト知らね?」

 リッキーに、そう声をかけた。その意味、わかるよな?と言わんばかりの目に

「知ってる知ってる知ってる!」

「オイラもめっちゃ知ってる!」と、ハエのように飛びついた。


 もちろん、ジュニアたちがいい顔をするわけはない。


「ちょっと前に、妹がこいつらに助けられたこともあってさ。

 借りたいんだけど」

「この禿げは俺らのボスの家を荒らし、大切なお宝を盗み、売ろうとした」

「うわ、クズじゃん。最っ低。

 お前らろくな死に方しねぇからな。胃に穴が開くまで反省しろよ」

「その身柄を寄越せ、と……?」

「まあ、そういうことになるよな」


 二周りは小さい人間、しかも女。

 それなりに引き締まった体ではありそうだが、腰に提げた剣もイーゴには木の枝の様だ。そんな女に喧嘩を売られていることに、イーゴの黒い顔に太い筋が浮かんだが


「やめろ、イーゴ」


 イーゴのかかとが上がる前に、ジュニアは彼を制した。


「ランディ、これは貸しだからな」

「ああ。サンキュー、ジュニア。

 今度会った時は、お見合い相手を用意しておくわ」




 怖い顔の男たちが去り、残された禿げと老けネコは

「助かったァ! 助かったぜランディ!」

 危うく殺されるかもしれないという圧から解放され、泣いて喜んだが、その面をランディアは苛立たしく「ゲフッ!」「ヒニャッ!」殴った。

「うるせぇバカ、お前、恩赦おんしゃをくれたジュニアたちを地面に埋めようとしてたろ」

「ゲッ、バレてる……」

「今度は斬首台まで引き摺ってってやるからな……覚悟しろよ」

「わかったわかったわぁあかった! 俺が悪ぅございました!」


 リッキーが反省の弁を述べると

「ミトのこと、知っているんだよな」

 ランディアは矢継ぎ早にそう問い質した。


「ほんの数日前までトノットの安い宿にいたよ。

 あの勇者じゃない、見た事ねぇ、でっけぇおっさん連れてたぞ。一瞬、不倫相手かと思って」

「おっさん……グラッパの言ってたラタって男か」

「そう、多分そいつだ。

 それでよ、なんでも、そのラタってのが実は、初代国王ハルバートの弟で!

 数百年前の本物の勇者で! 長い眠りから覚めたん―――」

「そんなどうでもいい話は後にしろ」

「ど、どうでもいい……どうでもいいのか?腐っても王族だろお前」


 ランディアは再度、強い口調でリッキーに詰め寄った。


「ミトは今、結局、何処にいるんだ。それを聞いてるんだよ」

「し、知らねぇよ。

 俺だって、宿で姫様たちの話をコソコソ聞いただけだし」

「ネコは」

「オイラも同じぐらいしか知らんわ」

「ジュニアに引き渡すぞお前ら」

「本当っ!本当だってば!」「嘘ちゃうで!」

「ミトは、あのとぼけ顔の勇者を探している筈なんだ。

 心当たりもないのか?」


 リッキーとコレットは困り顔で、ウンウン唸りながら考えた後

「……魔女かなぁ」

「それしか思いつかへんわ」

 いつもと様子の違う先輩に萎縮しながら、そう口にした。


「なんだよ魔女って」

「荒れ地の魔女だよ。

 ナラ・ハの森、農耕すんの禁止なのに、錬金用の素材の為だか何だか、畑作っちまった魔女っていう魔術師の荒くれ者がいんの。

 魔物とも通じてて、ヤベェ噂が絶えないし、実際にヤベェ女だよ。遊び半分に殺されかかったし……。

 そのレキナなら大概、何でも知ってる。

 とんでもなく耳が広くて、知識があるんだ。

 姫さんなら、一度アイツに会った事もあるし、道も知っているだろうから、この国を経由して何処かへ行くとなれば……可能性は高いと思うぜ」

「そいつの場所を教えろ、今すぐ!」

「うお!?」

 ランディアは力強くリッキーの胸ぐらを掴み、引き寄せた。あまりにその力が強く、リッキーは一瞬、殺気を感じたほどだった。


「な、なあ、ランディア……教えるのは構わねぇけど、お前、何を焦ってんだ?」

 その言葉に、ランディアは、ぼそ、と、弱音を溢した。


「もう時間がないんだよ……!」

 その言葉はまるで、自分にそう言い聞かせているようでもあった。







 シェール、トノットの中心から少し離れたところにデカデカと造られた、地底国様式の、ドーム型の邸宅ていたく

 大きな壁に囲まれた内側は、緑豊かな木々や色とりどりの花々が植えられ、透明度の高い噴水、芝生の上に置かれたガーデンテーブル……そこはまるで、魔物の恐怖に怯える世界とは、別の世界のようだった。


「父上! 大切なもの、取り返しましたよ!」

「おお……! ホワイトクリスタル!

 素晴らしいぞ、ジュニア……! お前は本当に、俺の自慢の息子だ!」


 ジュニアは、リッキーに盗まれたホワイトクリスタルを持ち主である父に返すと、空白の宝石箱を睨みつけていたセルジオの赤い顔からスーッと冷静さが戻り、溶けるように肩が下りた。


「嗚呼……お前が結婚し、独立した暁には……これを与えようと思って手放さずにいたのだ……嗚呼、本当に助かったよ」

 普段はそんな思いを語らない父の言葉に、ジュニアの眉尻が下がる。

「だが、その顔だと、まだまだお前に見合う嫁は見つからんようだがな」

「父上……」


 カーペットに映る自分の影を見た後

「私も……来たる戦いに、私も参加したく存じます」

 ジュニアは父の顔を真っ直ぐと見つめた。

 

 しかし、その視線は一度として交わったことがなかった。


「それはイーゴたちに任せなさいと言っているだろう。

 あの女狐がドサクサにまぎれて何をしでかすかもわからん……お前を戦場へは出せぬ」

「父上、私もあなたと同じくシェール軍に所属し、ルバ武術を修めました。

 サイノード魔術学院で学び、四つ星の魔術師にもなりました。

 それでも尚、実戦はならぬと言うのですか?

 学ぶ機会も与えられる者が小さなナイフを握り、壁の外で震えて眠っているというのに、私はどうして戦えぬのですか?」

「ジュニア……人には、立場相応の戦場というものがあるのだ。

 私やお前は、知恵と言葉によって、より多くの者を、国を、守る戦いをせねばならない。

 我々は首脳なのだ。手足は首脳を守り、首脳は手足を良く維持する。

 その首脳が、武器を持って手足よりも先に飛び出してしまっては、誰がお前を守れよう?」


 そう諭すが、ジュニアの顔は固く強張ったままだった。


「……父上は覚えていらっしゃいますか?

 私たちを王城アストラダムスへと案内してくれた王国の姫君のことを」


 セルジオは僅か口を尖らせた後

「……ああ、いたな」

 膝上ぐらいの、ぶかぶかな革鎧とホイッスルを携えた女児を思い出した。


「その姫君は、町の者と変わらぬ衣服を召し、私よりも大きい剣を提げておりました。

 イーゴの圧に物怖ものおじせぬたくましさを持って……」

「それは当然だろう。

 ハサン王の娘は皆、王位継承権を持てない存在だ。政略結婚に使うことも出来ず、国内で女として嫁ぐメリットもほとんどない。

 戦うか、身を捧げるかでもしなければ、あれはただの穀潰しだ。

 何故にハサンが、女だけを選別したのやら……理解に苦しむわ。」


 すまぬが、仕事があるのでな……と、セルジオはジュニアの顔を見ることなく、書斎へと入っていった。




 書斎に鍵をかけ、一つ大きな溜息を吐いたセルジオは椅子に腰かけた。

 そして、色褪いろあせた宝石箱の中に、ちょこん、と、横たわる一粒のホワイトクリスタル越しに、獣人と成り果てようと一国の長にまでのし上がった自分の顔を見る。


『栄誉は買えるぞ、少佐』


 それは唐突で、鮮烈な出会いだった。


 足元からいのぼってくる威圧、底なしの野心を放つ褐色の片目、数多くの魔物や歯向かう者を殴り潰してきた伝説のドワーフ。

 血鎚の大帝ゲルニカ───彼の支配と強欲の化身、その魔の契約が、軍人セルジオの小さな飾り箱を宝石で満たした。


 計画通りに国が襲撃され、四大国に戦争の緊張が走る世界情勢の中で、彼は───貰った宝を少しずつ売って得た資金を基に、化物に支配された国を金の力で生き延びた。


 そして、獣人にこそなってしまったが、幸か不幸か、不遇に扱われていた獣人たちの支持も得られるようになり、妻子にも恵まれた。

 魔王復活後すぐ、いつ告発されるか不安だった強欲な化物も世界から消え、更にシェール議会の中の地位を盤石なものとすることが出来た。


 妻を先に亡くしてはしまったが

 息子は清く正しく、正義を重んじる男になってくれた。


 魔物にいつ支配されてもおかしくない時代に、これ以上の幸福などなかろう。

 だからセルジオは、それ以上を望むことを恐れた。


 うまいこと行き過ぎている自分の運命、その運の尽きを意味するような、一粒だけの宝石箱。

 そして、その最後の宝石が―――盗まれた。


 何とか取り返すことには成功したものの……もうこの宝石に自分を守るだけの運がない。それを直感的に、セルジオは悟った。

 だからこの状況で、ジュニアを戦場へ送り出すなど以ての外だと彼は考えた。セルジオにとって、守るべきものがあるとすれば、愛する息子以外にはないからだ。


(戦いはイーゴたちと、野蛮な女狐共に任せればいい。

 俺たちは今、矢面に立ってはならんのだ……!)


 男たちの油脂で濁ったホワイトクリスタルの輝きは、しかしながら、いくら拭いても戻る事はなかった。


2023/4/7改稿しました

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