第36.5話 ホズのお務め
ラタがトノット大書館へ向かっている間、マイティアは仮眠を取っていた。
そんなとき……の、窓の外。
「おーし……ぐーっすり眠っているぞぉ~」
怪しげな3人組が2階の部屋の中をジロジロと覗き込んでいた。
「これぞ最高の〜」「ビーッグ」「チャァンス」
道化師の姿をした最下級の魔族三人組、ルター三兄弟だ。
彼らの保護者のようになっていたリッキーとコレットは、何だか怖い獣人たちに囲まれ、物々しく連れて行かれて、言うなれば暇なので、いつぞやケツに一矢ぶち込まれた恨みを晴らしてやろうと三人は決起したのだった。
窓枠の木を炎魔術で姑息に焦がし、指が入るまで穴を開けた後、指先で窓の鍵を外し……ヌルリと潜入。イタズラは手慣れたものである。
「よーし、ジベス、マレック! 散開だ!
このイカ墨玉で! 勇者の女をセイレーンばりに真っ黒にしてやるのだ!」
「ヤッホー!」「やったるよぉ~!」囁き声で覚悟を決めると、芋虫の様に床を這い、静かに寝息を立てるマイティアの左右と足側の位置につき……息を合わせ……っ!
不意の一げ――――
「女の寝込みを襲うとは、最低なガキどもだな」
「「「ヒッ!!?」」」
ビシッ! 投げようとしていた三人をビビらせ、萎縮させた威風堂々たる高らかな声。
その声の主は───鉄板を貫く鋭い爪、熊肉を引き千切る琥珀の嘴、雪に紛れれば二度と見つけられない純白の冬羽根───
鷹王ホズが ニョキッ! マイティアの腕の中から顔を出した!
「しゃしゃしゃ、喋る鷹だあ!?」
「騒いでくれるな、ようやく眠れたんだ。
起こしたら承知しないぞ」
「ひ、ひぃいっ!」
鋭い眼光を飛ばし、鋭い爪を前に突き出して威嚇するホズだったが
「うー、ん……」
「むぎゅっ」
身動ぐマイティアの腕に捕まり、そのまま彼女が寝返り
「 ぇ ちゃ…ん……」
むぎゅっ、と、掛け布団の内側へと抱き込まれてしまった。
「しまった……ッ! コレは抜け出せん!」
「危機が去ったぞ!」「今こそチャンス!」「チャァンス!」
その隙に、ルター三兄弟が墨玉を握り
「大胆不敵なチェンジアップ!」
「実直なスライダー!」
「当てに行くスローボール!」
三者三様の投球フォームで投げつけた!
「おのれ小童っ! かくなる上は!」
ホズはマイティアに抱きかかえられたまま―――
カッ!
バシャシャッ!
三方から放たれた墨玉は
「ぬがっ!?」「わわわっ!?」「もんげ!」
マイティア周囲に張られた視えない壁に跳ね返され、三人の顔面にそれぞれ跳ね返された。ルター三兄弟の白塗りのピエロ顔が真っ黒になってしまった!
「ワッハッハーッ!
神の化身たる鷹王の力を見くびって貰っちゃ困るなァ!
例えもふもふされていようとも! ワシに出来ない事はないッ!」
「くっ! 強い!」
「兄貴! この鷹、只者じゃないぜ!」
「じゃないぜ!」
両者の間に緊張が走りつつも(?)復讐を諦めないルター三兄弟が次なる墨汁弾を膨らませている―――と
「うーん……、こど、も……?」
「はっ!」
大きな声を出し過ぎたせいで、マイティアが寝ぼけ眼を擦り、体を起こしてしまった。
ホズが慌てて掛け布団をかけて彼女をもう一度寝かせようとするが、既に上体がむっくりと起き上がり、顔を上げ、重いまぶたを開きかけている……。
「お前らァ……ッ!!」
「「「ヤバいっ! 逃げろ!!!」」」
三人組に向けられる、ホズの強い殺気!
これに堪らず、ルター三兄弟は入って来た窓から勢いよく飛び込んで「誰だゴラァ!」真下の花壇を砕く音を響かせた。
「……な、に? なんか、潮臭い……?」
「ああ、すまない……悪ガキが墨をぶちまけやがって」
「え? ……やっ、だ! イカ墨じゃないッ!」
宿屋の主人に追加料金を払い……目覚めて早々、宿屋を追い出されたマイティアは
「イカ墨風味の金平糖に……イカ墨風味のタコ煎餅」
「煎餅、ワシもほしい」
宿屋の近くの噴水公園のベンチで、ラタが買ってきたお土産の箱を開いた。イカ墨が跳ね飛んだ木箱に、ほのかに香る磯。その下に隠れた、甘い匂いと、違う磯の香り。
貨幣の形に固められた黄金色の飴はホズが食べられないので取っておき、二人はタコ煎餅を、パリパリ、と一口サイズに割りながら食べあった。
強過ぎない塩味、パリパリザクザク。
「うむ……どう考えても酒のアテだな」と、ホズが言う。
「そういえば私、海産物ってあまり食べたことないかも」
「川魚とは違う塩気があるぞ」
「へぇ……いいな、もっと色んなもの食べてみたいな」
くるり、と、首を回してマイティアの顔を見ると───たかが煎餅、されど煎餅───彼女の目に透けた心が小躍りしていた。
「シェールは南に港があるから海産物は神国並みに豊富だ。
あとでおっさんに買って来て貰おうぜ」
窓から差し込む穏やかな陽気の下、二人はお土産を堪能しながら、のほほんと、ゆったりとした時間を満喫していた。
「ねえホズ……シルディアお姉ちゃんって、どんな人なの?」
そんな安らかな会話の中で、その問いが出た。
ホズは悲しげに顔を上げた。
「双子のお姉ちゃんで、目が見えないって事は、日記に書いてあったから知っているんだけど……お姉様たちとは、最後バタバタしてて、ほとんど何も訊けてなくて……」
そう呟き、字が滲んで読めなくなった日記の縁を物憂げに触れる。
勿論、彼女がそれを誰かに問うしか知り様がない事をわかってはいたが、よりにもよって……、そんな感情がホズの顔に滲み出ていた。
「……シャルは 」
長く沈黙を貯めた後───
「お前の百万倍、あざとい」
「あざといの!?!」
「生まれながらに盲目だが、綱渡りでスキップするぐらい肝が据わり
生まれながらに病弱だが、雪だるま作りはお前より早い」
「名人の私よりっ!?」
「そう、シルディアは雪だるま仙人なんだ」
「仙人!?」
「黙っていたが……お前はむしろ……雪合戦が強いんだよ。
お前は雪だるま名人でも、カマクラ達人でもない───冬将軍なんだ」
「冬将軍なの私!?!」
冬将軍に昇進していたこと(※そんな階級は存在しない)に目を丸めると同時、どこか”同年代”に感じる実姉の話に、マイティアはホッと胸を撫で下ろした。
ホズの語るシルディアが、王城に務める大神官だとか、政務官も務めるエリートお姫様などと明かされた日には、マイティアは、奪われた時間の重さを突きつけられていたことだろう。
「外見はお前とほとんど同じだよ、双子だし。髪の色も、癖っ毛なのも、顔立ちも瓜ふたつさ。
ただ、シャルの方が目を瞑っている分、大人っぽい印象かもしれん。お前たちの目は子供っぽいからな。
それと二人とも、生まれてからずーっと仲良しだったよ。泣くタイミングは一緒だし、笑うときも一緒だ。喧嘩をしたこともない。食べ物も飲み物も、いつも半分こ。パンが大きく分かれちまったときは、お互いに大きい方を譲り合う仲睦まじさだ」
「…………。」
「お前はいつも杖つくシャルの手を取って歩き、お前が深夜のトイレが怖くて行けないときは「え、えーっ!?」シャルが先導したりしてたぞ。
修道院の幽霊を怖がってちびりそうなマイティアちゃまなんて、思い返すだけで可愛いのなんの」
下唇を飲み、ぷっくりと頬を赤らめるトマト顔のマイティアに
ホズは優しく……語りかけた。
「シルディアは今だって、お前のすぐ傍にいる。
ずっと……お前を愛しているよ」
目の奥がカーっと熱くなり、花を赤らめて涙を堪えるマイティアに
「ほれ、もふもふしろ、マイティア。
全身全霊で愛でたまえ」ホズは追い打ちをかけるようにもふもふな身を寄せた。
「……大好き」
「うむ、苦しゅうない」
「へへ」
マイティアは柔らかくも、強く、固く、むぎゅーっ、と、ホズを抱きしめた。ずっと一緒にいてねと願うように、ホズの小さな頭に頬を寄せ……ホズの耳に彼女の胸が当たる。
小さく響く、静かで、無機質な心音。
それでも……彼女が寒くないのなら―――いいではないか。
「お前はもう少し太った方がいいぞ、ミト。
もっともっと、色んなものを食べなさい」
2023/04/02改稿しました