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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
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第36話② 買い物ついで


 ラタは一度、宿屋に戻った。

「私は……行けないわ」

 魔術師協会へ向かう旨をマイティアに話してみるも、彼女は同行を断った。

 というのも、ポートの貴族が自身の手配書をシェールにも送ったと口にしていたことを覚えていたからで、出来る限り表に出たくないとも続けた。


「それに、少し疲れが出てて……ああ、大丈夫、私のことは気にしないで。ホズも一緒にいるもの。

 あなたは行くべきよ。せっかく招待されたんだし……”森のお茶会、断ることなかれ”って言うから……きっと根に持たれちゃうよ」


 買ってもらったコートに袖を通した彼女は、お土産に砕かれた笑みを浮かべ、ラタを送り出した。

(また後で、だな……森へ向かう道中でも、マイティアちゃんと話できることだし)

 重い話は体調がいいときに! 彼は早足で、”森のお茶会”へと向かった。




「おっほー」

 ウロと名乗ったエルフの男が描いてくれた地図を見ながら辿り着いたのは、ナルコ造りの大きな建物だった。

 煉瓦れんがとガラス、シェールの伝統的なシンメトリーによく似合う、輝きの星。そして、星の下には本を意味するオシャレなモニュメントがくっついている。

 つまり此処は、魔術師協会が管理する図書館という訳だ。


「平時であれば、一般の方も利用できるのですが、今は戦闘準備で、ええ、物資を仮置きしておりまして……どうか足下にお気を付けください」


 建物の周囲には幾つかのプレハブが建てられていて、巻物の束に囲まれた魔法陣描きや、魔石の原石を加工しやすい形に成型する宝石師、結晶樹を杖の形に成型する杖師たちが、汗水垂らして作業を行っていた。


 彼らの横を邪魔にならないようにそそくさ進んでいき、いざ建物の中に入ると、今度は魔導書と睨めっこしている魔術師たちに出くわした。ある者は机に突っ伏すように、ある者は宙に浮きながら、ある者は発声練習をしながら、来たる戦闘の準備を整えているようだった。


「ナラ・ハのバスティオン魔術学院が機能していない今、シェールでは、このトノット大書館が研究機関になっていましてね」

「へー……あんちゃんも何か研究してんのか?」

「はい。私は結晶樹の錬成について研究をしております」

「結晶樹って……魔石みたいに加工できる、キランキランしてる宝石みたいな木のことか?」と、尋ねると、淡々としていたウロの目に煌めきが宿った。


「ええ、ええ、そうです。

 結晶樹は魔を吸収し、幹に魔力を蓄えながら育つ性質を持ちますが、一般的な樹木の大きさになるには数百年と掛かってしまうので……ええ、それを短期間に成長できないものか、瘴気に冒された大地の復興に使えないかと研究しているのです。

 そしてようやく……成果が出せそうで」

「おお! そりゃあよかったな!」

「はい。ようやく……成し遂げられそうなのです」


 研究に長い時間を要したのだろう、その時間を噛みしめるような沈黙の後で

「ワンダ会長から認可が降りれば実地試験に入れるのですが……その前に」

「森を魔物の手から解放せにゃならん訳か」

「仰る通り」


 頭上高くミッチリと陳列された本棚に囲まれた中心、木をくり抜いた様に作られた螺旋階段を細かく登っていきながら、ウロは図書館の中で大きく場所を取る武器の入った木箱たちを「…………。」鬱屈とした表情で見下ろした。


 本来は戦場に出る事のない、出たがらない研究者が、上級がうようよとひしめく魔物の巣窟へ向かわなければならない……そんな緊張感だろう―――ウロの強張りを解してあげようと、ラタは昔話を切り出した。


「昔、あんちゃんと似た様な、魔法学者だった親友がいたのよ。

 もしかして知ってるか? ”ヤドゥフ”ってんだけど」


 その名前に、ポロリ、と、ウロの眼鏡がずれ落ちて


「ヤドゥフ……、ゆ、有名、どころじゃない、研究者として最高峰の、しかも、青の賢者ですよ! 勿論知っていますとも!」

 自分の研究以上に興奮した様子で、ウロは憧れを語った。


「純物質と魔力的物質の概念の新解釈、チヴァー・スッド定理の証明、突破不可能とされたファウストの臨界点を数学的に崩壊させるパッチャの限定法則など、物理学と魔法学の両面の視点を豊富に持ち、今に至るあらゆるエネルギーの、産業革命の基盤を盤石なものとした最も偉大な研究者と言っても過言じゃない……エルフが誇る歴史的天才の一人ですよ?

 えっ、その方と親友なんですか???」

「マ・ブ・ダ・チ」

 開いた口が塞がない「色々訊く前に一つ宜しいですか?おちょくっていますか?」ウロの動揺に、ラタは楽しげに応えた。


(そっか……やっぱアイツ、すごかったんだな……)


 ラタの記憶にしっかりと刻まれている親友、青の賢者ヤドゥフは――─口を開けば寒いギャグを欠かさない、戦い嫌いなイケメンだった。

 そんな彼がひょんなことから、癖が強過ぎるラタとテスラに出会い―――遂には、魔王との戦いに最後まで付き合い、生き延びた。


 訳あって、別れの酒も交わせなかった親友の”後日談”を、さも誇らしげに語ってくれる数百年後の若者の言葉をさかなに、ラタは赤い頬を、少し恥ずかしげに緩ませた。



 興奮冷めやらぬウロの質問の2つ、3つに応じていると、あっという間に、これ以上は上がれない螺旋階段の平たい頂上へと辿り着いた……が


「何もない向こうに扉があるぞ?」

 明らかに柵のない場所から一歩先は宙で、本来あるべき通路がないのに、そのまま少し進んでいった先に扉があった。


「少し下がっててくださいね」と、ウロは袖の下から星の刻まれた魔石を取り出し、何もない空間にかざすと

「おお!」

 魔石の魔術によるものか、何もない空間に光が集まり……手すりもあるしっかりとした木製の通路が現れ、扉への道が繋がった。まるで目に見えないようにされていただけのようだ。


 ただ、少し細長く……ラタは横向きにならないと収まらない。


「体重制限とかあります?」

「そのときは飛ぶしかないですね」

「事故らない?」

「事故を起こすような方はここから先に入れないというだけですので」

「なるほど、流石はブルー社会だ。切り捨てが早い」


 体重100キロを超すラタが思わずつま先立ちになりながら、ウロの後ろをミシミシとついていき、扉の中へ入ると

「こりゃまたキレイなところだわ」


 革張りの大きなソファ、竜牙の机、功績を称えるクリスタルな盾と、七色に輝くトロフィーの山、シェール共和国を示す四つ星の円に囲まれた一等星の旗の飾られた応接間だ。


「街の者を助けていただき感謝申し上げます」

「私からも礼を言おう」


 退出するウロが扉を閉めたあと、ラタに対して丁寧に頭を下げたのは

 七つ星のエンブレムを持つ、ブルーエルフの女性───そして、あの猿面の獣人だった。


2023/03/24改稿しました

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