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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
82/212

第36話➀ 買い物ついで

 お小遣いを貰った子供のような上機嫌で、度数の高い割安な酒を購入し、待ちに待った一口。


「ぷっはあ! 生き返るぅう……っ!」


 シェールに入るまでの道すがら、出会って一日二日の、数百歳年下のマイティアに向かって、酒をしつこく乞うのは流石に悪いと思っていたので───ラタは、一滴の酒も飲んでいなかった。飲みたいともほとんど言わなかった。そもそもマイティアの財布が封印術をかけられているかの如くビクともしなかったのもある。


 そんな禁酒の努力が報われたのか、道中に出現した岩石状の魔物素材が、シェール国境の壁を持たぬ警備隊に高く買い取られたことで……倹約家マイティアの財布が太り……紐が緩んだ。

 久方ぶりの、酔い。呑兵衛のラタにとっては、正常に戻ったようなものだった。


「八竜様は俺を愛している!

 俺も愛してるぜマイゴッド! フー!」


 周囲の痛い視線など気にせず高らかに八竜マイゴッドを称え、マイティアの要望であったフード付きのコートを購入したラタは

「マイティアちゃんにお土産買ってこ〜♪

 甘いの好きかなあ? いや、甘いの好きだな。考え事の多いタイプは甘いのが好きなはずだ……塩っぽいのも追加で無限ループだ!」

 残った釣り銭で買えるだけ、しっかりと腹に入るお土産を購入。そして、宿屋で一人、留守番をしているマイティアの下へ足早に戻ろうとスキップしていると


「なんだあ? ありゃあ……」


 ラタの目に飛び込んできたのは―――トノットを南北に別つ大通り、その大きな道を埋め尽くす、砲台の大行列だった。

 それは鉛球を放つ金属製の砲台ではなく、大きな魔石と小さな魔石を組み合わせた砲台で、魔術を遠方へと放つ為の魔砲だった。

 取り付けられている木の車輪をゆっくりと回しながら、町の外側へとミシミシ進んでいる。


「なあ、あんた、アレは何と戦う為のもんだ?」

 ちょうど横を通りかかったブルーエルフの若者に声を掛けると

「何って、ナラ・ハの魔物共に決まってんだろ?」と、呆れた様子で答えた。

「あの森に巣くってやがる、数百、数千って規模の魔物を相手にするんだ、国際規定で禁じられた魔砲も使ったって誰も罰しやしないさ」

「数千!? 魔物が繁殖でもしてんのか?」

「あんた何処の洞穴で冬眠していやがったんだ?

 デケェ虫みたいな魔物が尋常じゃない数いて、そいつらが生きたまま俺たちを攫おうとしてくんだよ。

 噂によれば、攫った人を苗床にしてハエみたいに繁殖してるとか、魔物にしてんじゃねぇかとか散々言われてるけど、本当は知らねぇよ。森に入った事ねぇし」


 その言葉に、ラタの顔が強張った。

「そいつは……いけねぇな」

 彼の脳裏を過ぎったのは、“人が魔物にされた”……赤月の夜のことだった。


『私を葬り、世界を救うとほざいていたな……勇者よ』


 青白く光っていたはずの月が血に染められ、空に転写された魔法陣が巨大な目のように浮かび上がる。

 そして……見渡す限りの魔物が産声を上げ―――残った僅かばかりの人が、ついさっきまで人だった魔物に取り囲まれて貪られる阿鼻叫喚。錯乱した魔物同士も互いに喰らい付き、引き裂き合うこの世の地獄絵図。

 その惨劇の真ん中で、魔王の嗤いが木霊した―――あの夜。


『この私と戦う前に、世界にまだ、救うべき価値が残っているかどうか……見てきたらどうだ?』


 絶望だった。立ち尽くすとはこの事だと知った。

 多くを犠牲にして、ようやく掴んだ鎖を手繰り寄せ、最後の決戦と覚悟し、奮い立てた勇気が───悪夢のような現実に塗り潰された。


 魔王を倒せばみんなは元に戻るのか?

 魔王を倒しても戻らなかったら?

 そもそも魔王は魔物の力を────。


 巡り廻る思考の悪循環、蓄えてきた勇気が漏れ出す中

 それでも、最期まで戦おうと言ってくれる仲間がいてくれたから……ラタは、諦めることはなかった。



 記憶に刻まれた血の臭いをブンブンと振り払い、両頬をバチバチと叩いて、ラタは深呼吸。微かな潮の匂いで、思考を現実に戻した。


(大女神とやらになったテッちゃんは死んじまって、ヤドゥフも都合よく生きてちゃいねぇ筈だ……俺がしっかりしねぇといけねぇ。

 今、もう一人の勇者は行方知らずで、フォールガスの名を継いだマイティアちゃんは、勇者に会いたがっているだけのかわい子ちゃん……だが)


 辛いこと続きで不憫な人生、口には出さないものの不安で押し潰れそうなマイティアに対して―――ラタの知る真実(過去)を伝えるのは酷だと思ってしまい、彼女の核心を突く質問に答えるのを拒んでしまった。

 ただ……、ラタは浅はかだった自分に舌打ちした。


(女神の子、聖樹の維持、女神の予言……俺にはまだ、この時代のことはちんぷんかんぷんだが、運命を司る神が必然的に出会わせたキューティちゃんが、俺の運命に関係ない訳がない。

 それに、あの子は俺より聡明だ。悪いことにもしっかりと抵抗を持ってる。

 マイティアちゃんにも全部明かすべきだろう……あの子なら大丈夫の筈だ)


 もう一口の酒を口に含み、こめかみを絞る苦さに舌鼓を打った……、そのときだ。


 バシュン! バシュン! ―――……・・・ドォン  ドォ ン

 衝撃と、遅れた爆発。

 なんだこの音は、と、後ろを振り返ると……ゥゥウウヴヴ


「うお! なんか来てる!」

 空に点々と浮かぶ黒い影。それが徐々に、しかし、目に見えるほど確実に大きくなって迫って来る。

 恐らく先程の若者が言っていた魔物だろう―――羽根を高速で動かす巨大な虫の群れ。それも10、20……50ッ、と、あっという間に100体近く! まっすぐ向かってきている!


 バシュン! バシュン! 

 移動中だった魔砲を急遽起動させ、迫りくる魔物を撃ち落としていっているようだが、直撃した魔物もよろけるだけで倒せていない。威力が明らかに弱い。魔力の充填が乏しいのだ。


「逃げろ! すぐ魔術師協会の術師が来る!」と誰かが避難を呼びかけるも、大通りの横道から見える星持ちは、数の暴力に足がすくんでいる。

 チラリ、と、ラタは横目に背後を見てみるが、足腰の悪い老エルフが、横道へ逃げようにももたついてしまっていた。

 このまま魔物共が大通り沿いの建物を破壊し、横道にも散らばるような事があれば、被害がどれだけ甚大なものになるか……ラタは考えるよりも先に口火を切った。


「我が手に来たれ 金剛」


 転移魔術で呼び出したオリハルコンの片手斧を握り、店先に並んでいた純度の高い酒瓶の一つを、ガシャン!と、叩き割った。


「轟雷吟醸……祭囃子まつりばやしぞ 踊り狂え」


 電伝舞の雷魔術を、魔力を含みやすい酒に纏わせ―――稲光を放つ片手斧を ブォン! 刀身の水気を払うように振るった。

 ほとばしる水滴を介して三日月状になった魔力の衝撃波が、大矢の如く放たれ ─── ヅヂッ! 虫型の魔物の胴体を射抜いた途端、バヂヂッ! 込められた魔力が閃光と電撃を放って爆散、十の魔物を瞬く間に灰燼と化した。

「よーっ! っせ!」

 舞うように斧を振り払い、その度に放たれる爆裂波。

 その威力に怖じ気づいた群れが、すぐさま引き返すように旋回を始めていったものの───ヅヂッ! 間髪入れずに追い打ちをかける爆裂波が、背を向けた魔物を貫くこと一体、二体…… バヂヂヂッ!! 破裂する雷。 数十の焦げた亡骸が空に散った。


 数体こそ逃したものの、逃げる慌てぶりからして、魔物共はすぐ戻って来るようなことはないだろう……ラタは片手斧をコルセットに提げ、ポキッコキッ、首を解した。


「いやはや、群れで街を奇襲たあ、困った連中だ。

 誰もケガはないかい?」

「……なんてこった、とんでもない力だねアンタ!」

「すげぇぞおっちゃん!虫の群れを追い返したの初めて見たぞ!!」

 横道に逃げ込んでいたエルフたちが湧き立つように盛り上がり、ラタの武勲ぶくんを称えた。

 これには酔っ払いも、ふにゃふにゃと解けた笑みを浮かべ「だろ~!」ビッグウェーブの図に乗った。

「おっさん最高!」「ナイス板チョコ!」「上腕二頭筋いい血管出てるよ!」


「あの、宜しいでしょうか?」

 大盛況の中を突っ切る様に現れたのは、四つ星のエンブレムの入った魔導衣を着るエルフだった。

「もし……お時間があるようなら、魔術師協会に顔を出してみてくれませんか?」

「ええ?」

「あなたのような戦士が、私たちには必要なのです」


 眼鏡をかけた真摯しんしな眼光が、ラタの御節介な心を貫いた。

2023/03/21改稿しました

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