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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
80/212

第34.5話 盗人は見た!

「この猿蔵えんぞうセルジオは!

 ドワーフ共の暴挙を一切許さぬ!」


 ゴンッ! 留め具を外された巨大な刃が、真っ直ぐと太い首を断つ。

 罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせかけられた首のない体は、土に返されることなく海へと放り投げられた。

 ドワーフにとって、遺体が土に還らないことほど屈辱的な死に方はないからだ。




「縁起悪いわあ」


 シェール共和国。

 その国土の中心から南にずれ、地竜山から流れるドドン川流域を跨ぐように作られた街、首都トノット。


 処刑台が設けられた石畳の広場……その端っこで使い古しの絨毯じゅうたんを敷き、出処でどころの知れぬ品々を売る猫面の獣人が、曇天よりも重苦しい溜息をついた。

 世の情勢を見越して、品質の良い鋼や、建築材を召喚する巻物、金属武具を仕入れていたのに、それをわんさか買ってくれそうな連中がみんな処刑されてしまったからだ。


「新しい最高議長様はドワーフ全滅派かいな」

 なまった口調の獣人は、品定めをしていたブルーエルフの若者にそう尋ねた。

「セルジオは独立派だ。逃げた魔術師協会の腰抜け共とも手を組まない」

「明日は我が身な世の中で高尚な志やわあ

 けんど、そないで生きていけんのかい?」

「エバンナが消えて、ゲドの徘徊はいかいもなくなったんだ。この国はすぐにでも王国を抜かした大国になっていくさ」

 魔王復活前の自国を知らないブルーエルフは、そんな希望を語った。大きな塀と魔力大砲、一級魔術師たちがけいらする町の中で生きてきた事を誇りに思うような言い方だった。エバンナやゲドが姿を消した理由すらも、自分たちの手柄と思ってさえいるかもしれない。


「高慢ちきめ……ほんま鼻につくわ。

 エルフってのは自己肯定感がよう育ちはるなあ」

 小麦色の毛並み、頭の上についたフサフサの大きな耳、太く長い数本ずつの髭と、細目。

「けっ、やっぱり銅貨ばっかや。

 金貨の一枚ぐらい財布に入れとけやクソ坊主」

 彼の名はコレット。

 商人であり、盗人でもある。


「なんだ、また可哀想なガキの尻ポケットでも漁ったのか?」

「どいつもこいつも景気悪くてのぅ、しゃあないわ」


 空になった革財布の糸を解きバラすコレットの前に現れたのは、毛糸のツバ無し帽子を深めに被った、若い人間の男だった。

 その男は一見真面目そうな顔つきだったが、毛糸のカーディガンに染みの濃いタートルネック、麻のズボンポケットに両手を突っ込み、背筋をだらしなく丸めている。髪も髭も眉毛さえもない、つっるつるんの禿頭で、左の頬からこめかみにかけては、黒い刺青タトゥがクッキリと刻まれており、更に、ポケットに手を突っ込む両手にも、虫眼鏡を使って初めて見えるほど職人技な刺青タトゥが入っている。


「何か景気良いもん盗んでこれたんか? リッキー」

 リッキーと呼ばれた男はニヤリと口角を引き上げて、ポケットから指の爪より小さい白の宝石を抓み、コレットにまざまざと見せつけた。

「未加工のホワイトクリスタル、約50カラット。

 しけた財布ばっか漁る獣人ちゃんにコイツが買えるかい?」

「ちょい待ち。最近よぅ見えんのや」

「ハッ、老眼かよ」


 ホワイトクリスタルは、魔結晶とも呼ばれるクリスタルの中でも宝石としての価値も高い色付きの魔石だ。魔法陣が彫られていないものでも、50カラットもあれば、家が建つ値段になる。魔法陣を刻んだ魔導具ともなればより一層、価値は跳ね上がっていく。


 細目に虫眼鏡を通し、小さくも存在感ある宝石を凝視し……それが本物のキラメキとわかった途端、コレットの髭がビビン!と跳ね上がった。


「かーっ! いいわあ!いい盗賊っぷりや!

 ついでにコイツ、加工してみたらどうや? 価値が段違いに変わってくるで! まだ腕自体は鈍ってないんやろ?」

 その言葉に、ついさっきまで上機嫌だったリッキーが、ムムム、と、眉間に皺を寄せた。

「指を軽く腫らしただけで現役引退する世界だぞ。

 俺は指を折られたんだ……もうできるわけねぇだろ」

「盗む手先は残ってるくせによう言うわ」

「魔法陣彫りに比べりゃ、準備運動以下だよ」と、リッキーは溜息を吐き、ホワイトクリスタルの持ち主だった男に目を向けた。


 エルフの護衛にガッチリと囲まれた、斬首台の壇上だんじょうから降りていく新しい最高議長。セルジオは、真っ赤な潰れ鼻をした、猿面だ。

 小麦色の毛並みは、冬を越せそうな程にふさふさしている。それなのに、分厚いコートを羽織って、冬毛に埋もれる豪華な腕輪をしている。多分、指輪もはめているんだろうが、全く見えない。


「……人間社会じゃ爪弾きにされる獣人が、ブルーの間でちやほやされるとは……奇妙な光景だぜ」


 獣人化は、魂が魔に冒され続け、肉体と共に変形してしまう人間特有の病であり、人間社会では欲の成れ果てとして忌避きひされている。統計的には、魔を浴び続けてしまう環境が原因の罹患りかんが圧倒的に多いのだが、少なからず存在する、異常な欲望による不可逆的な変貌へんぼうと同じ機序きじょ辿たどってしまうからだ。


「ブルーはできる奴にゃあ、ぎょーさんびんねん。

 実力至上主義、世渡り上手、ああ、ついでに乳臭いのと金属、人間は受け付けへん世間やな」

「つまり、お前の店に客がいねぇのは実力ってことだな」

「じゃかしい!」



 広場の見世物が終わり、パラパラと人が広場から離れ始めていく中

「ま、って……待てッつったろ……うがっ!」

「お、この声は」

 どこからともなく、怒りに震えた声の、尻を焦がした魔物の三人組が、リッキーの前にズケズケと踏み込み、物申してきた。

 彼らは三人とも同じ様相で、8歳ぐらいの子と同じ背丈、白塗りされているような真っ白な顔をしていた。耳はなく、ポッコリと球体の赤鼻がついていて、唇は腫れた様にぷっくりと膨らんでいる。まるでピエロの子どもの様だ。

 そんな彼らが、溢れんばかりの不満によって、口を山なりにひん曲げ、訴えている。


「俺たちを囮にするなんて卑怯だぞ!」

「死にかけたぞ!」

「やりたくなきゃやんなってちゃんと言っただろ」

「やるなよやるなよって念押しされたらやるのが常識だろうが!」

「意味わかんねぇ」


 ただ、この小さな魔物たちが気を引いてくれていたお陰で、セルジオの豪邸ごうていをゆっくりと物色ぶっしょくできたのは事実だった。

 リッキーは肩に担いでいた大きな巾着きんちゃく袋をじゃらじゃらと漁ると

「ほらよ、お前らが欲しがってたのこれだろ?」

 金貨を模した大きな金平糖こんぺいとうを3つ取り出した。

 自分の手の平ぐらいはある金色の飴を目にした途端、三人組からしかめ面が吹き飛んでいき

「「「いやっほーい!」」」

 三人仲良く金貨モドキをペロリペロペロ嬉しそうに舐め始めた。


「どこで拾って来たんや? そのガキみてぇな魔物」

「テリーヌだよ。あの高級菓子店の前でサンプルを食い入るように見てた三人組がいて、気になって声を掛けたら魔物で仰天したよ。

 ただ、見ての通りに最下級か、いっても下の下で、喋ってもガキまんまだから、いっちょ使ってみっかな、と思ってさ」

「かーっ、今時の魔物は変な奴ばっかりやな!

 喋るし、喜怒哀楽あるし、考えるし、まるで人みてぇな化物が我が物顔でうじょうじょいよる」

「ちなみに、コイツらはルター3兄弟って言うらしいぜ。

 三角帽を被ってて、背が高いのが、長男クボルタ

 中間が、次男ジベス

 一番小さいのが三男マレックだ。」

「覚えろよネコ!」「ネコ!」「ネコちゃん!」

「じゃかしい」


 魔王の封印が解かれる以前の魔物に、意思疎通が取れる個体はまずいなかった。それが普通で、喋る魔物がいたのなら、それは総じて危険な魔物であった。


 それがいつ頃か、人と同じよう流暢に言葉を喋る奴が、上級だけでなく、下級や最下級にも現れるようになっていき―――四天王の一体、鬼将バーブラを含め、奴らは知能ある自分たちを”魔族”と呼ぶようになった。

 この区分を採用するなら、ルター3兄弟は魔族に該当する。


 そもそも、最下級の魔物というのは、街の下水道やら裏路地やらでゴミを漁っていたり、虫やトカゲを食べたりして、街の湿ったところや暗いところに日頃から存在している。

 人に近い容姿のルター3兄弟を、傍目では人と思われているのかもしれないし―――こんなしょぼい魔物に構っている場合でないのかもしれない。


「迅速、且つ、丁寧に運べ!

 もたもたするな!」


 街の至るところで、魔術師協会主導の、戦争準備を行っていた。

 人を殺すための大掛かりな魔術兵器や、前線で使うための巻物作り、魔石の確保、エーテルの大量生産ほか諸々を続々とタイラント(大猪)の荷車に詰め込んでいる。


 一級魔術師が束になって倒す上級の魔物がうようよひしめき合っているだろうナラ・ハに向かわねばならないからか……魔術師たちは一様に、ピリピリした空気を放っている。


 そんな中……。


「あ、兄ちゃんみて! 怖い人!」

「怖い人だあ?」

 一番背の低い声高の三男、マレックがとある”二人組”を指差した。リッキーたちも合わせてその方向に顔を向けると、とても見覚えのある金髪色白な人間の女が見えた。

「姫さん?」

「勇者の女だ……あれ!?」

 だが、引き連れているのは情けない顔の勇者ではなく……。


 巨人みたいな、見たことない大男。


 しかも、二人は……

 夕刻に―――宿屋に入った。


「嘘だろ」「マジ?」「え?」

「「不倫!?」」

「兄ちゃん、ふりんってなあに?」「知らん」


 絶対に一途いちずそうな姫様が、いや、勇者ネロスも一途そうだった……明らかにガッチャンコ、鍵と鍵穴のようにくっつくだろう女男が、まさかのくら替え……。


「マジか……勇者差し置いて巨大なおっさんと〇〇○だなんて……姫さん案外、物好きなのか?」

「兄ちゃん、○○○って何?」

「知らん」

「おいハゲ、○○○って何だ?美味いのか?」

「俺に聞くなし」

「最弱魔物三兄弟……百聞は一見に如かずや!」

「おいおいコレット……お前も悪い奴だなあ〜!」

「そういうお前も好き者やのぅ〜!

 さ〜て! 尻尾抑えて勇者にチクると、王族のもんめっちゃ脅し取れるやもせぇへん!

 姫さんとおっさんの不倫現場を抑えるんや! 行くでガキども!」


 悪い奴らはこぞって、姫さんと大男が入っていった宿屋へと向かっていった。 

2023/3/8改稿しました

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