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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
77/212

第33話④ 終わりは不意にやってくる


 詠唱と発動音、撃ち合う魔術の応酬から、逃げ、追う者たち。その喧騒も火花も、暴風雪にかき消される。


 数歩先のブナの木に体を擦りながら、雪の砂漠を必死に蹴り上げて

「やめて! 争う必要はないわ! 話せばわかるよ!

 お願いやめて! 私は逃げたりしないから!」

 降伏を示すマイティアだったが、衝突音は止む気配もない。直接出ていこうと戦場へと歩み出る彼女の手は、サーティアの手にすぐさま引きずられた。

「ダメよ! あいつらに話なんか通じない!」

 身を切るような寒波から頭を下げ、雪の中を潜るように進んでいくも、手足は感覚を失い、かじかんで力も入らない。

 ただ、それはマイティアだけでなく、彼女の手を引くサーティアも例外ではなかった。


「ミト?!」

 サーティアが握っていたはずのマイティアの手がない。

 金属同士がぶつかり合う火花の光、姉の手を振り払ったマイティアは、光の方向へブナの木々を伝って向かっていた。


 視界不良の、気配と魔力管理でのみ相手の位置を把握している戦闘で、よたよた接近してくる者が───

「ぐおっ?!」

 よもや無抵抗の目的人物とは誰も思わず、神官兵の振るったメイスが、マイティアの右肩を軽く掠った。

「お、お願いやめて……逃げない、逃げないから……話せばわかるから」

「…………っ」

 武器も持たず、両手を雪の上に置き、膝をつく……投降を示すマイティアの前に、メイスを腰に下げた神官兵は───分厚い頭巾の下で、唾を吐いた。


「本当に逃げていたとは───この期に及んで、見苦しい

 お前たち王族は、本当に自分勝手が過ぎる……!」


 頭をすっぽりと覆う頭巾でくぐもり、暴風の音に遮られているにもかかわらず、その言葉は克明に発せられ

 頭巾の僅かな隙間、視界不良な中にいるにもかかわらず、侮蔑の視線はハッキリと向けられていた。


 曲がりなりにも女神に仕える者が、女神になる候補である女神の子に対して向ける視線では、常識的に、なかった。


 ぐゔっ、マイティアは胸に焼きごてを当てられたかのような胸焼けに襲われた。思わず背を丸め、彼女は狼狽うろたえた。

「それ、は……ごめんなさい……逃げたと、思われても仕方ないわ……。

 だけど、連れて行く前に、私の話を聴いてほしいの……」

「我々は女神に敬意を示すが、それは御方が神の子となられるからです」

 今、マイティアの眼前にいる男と思われる神官兵は、彼女の甘い算段を踏みにじるようににじり寄った。


「あなたはまだ人間です。

 それも、邪神を崇めてきたフォールガス王家の者……成人を迎えたというのにわがままな理由で逃げ出した臆病者。ひざまずく理由などない!」

「うっ!」


 神官兵はマイティアの頬を殴り、雪に倒れ込む彼女の右腕を反り返し、押さえ込んだ。

「無抵、抗の、人を、……殴るだなんて……ッ!」

「罪のない者に手をあげませんよ。

 しかしながら……女神の神託がなされ、聖鎖に魂が繋がれたにもかかわらず、まだ生きているという罪を、あなたは犯している」

 神官兵は、呆然とするマイティアを呪うように言った。


「もうあなたに情状酌量じょうじょうしゃくりょう猶予ゆうよも与えられない。

 しかるべき務めを果たしなさい!」

「───!」

「黙れ売国奴ばいこくど!」「───むっ!」


 そのとき、吹雪の中から現れた何かが、神官兵に後ろから掴みかかった。サーティアだ。

 彼女は体格差のある神官兵の右腕を背中側にねじり上げ

「がッ!? てッめぇ!」

 左の脇腹へ、横に寝かせたナイフを突き立て革の鎧を貫いた。肋骨を避けるように、脾臓の位置へ。


「マイティア逃げなさい!

 あなたは生きていていいの!」

「お ねえ さま……だけどっ」

「国を売った奴の言葉なんか聞かなくていい!

 聴く耳が腐るわ!」

「お前……そ、の黒肌ッ! ガドウィン家の手先か!」

「そうよ、暗部よ。ナック・サルサ……国を売ったクズが!」


 白い頭巾の隙間から覗く、アンバーの瞳が怒りに揺れる。

 神官兵ナックは右腕の関節が外れるのをわかって態勢を低く、雪で埋もれる右足を強引に引いて背後のサーティアを視界に入れると

「うっ!」

 彼女の頭を、右から左へ鮮やかに持ち替えたメイスで殴りつけた。

 すんでのところで顔を引いたが、メイスの半円部分が額を抉り、出血した。骨に大事はないが、パックリと開いた傷から血がドバっと流れ、顎から滴った。

 だが、それと同時に、ナックの左の脇腹に突き立てられたナイフが抜け、雪の上に大量の血が撒き散らされた。堪え難い激痛と脱力に膝をつくナックの頭巾に、脂汗が染み込む。


「イオラと連絡が取れなくなってから、あんたたちが、現れた……彼女がただで吐く訳がないわ……やりやがったわね」

「神王協定に、反した……貴様らが悪い!」

「ガドウィン家は代々、セイレーンと影を共にする一族よ。消え失せた国に結ばされた協定なんて律儀に守ってやる義理はないわ」

「消え失せただと? 思い上がらないで貰おうか!

 ハダシュ神が与えてくださる聖なる篝火かがりびは消えてなどいない……!

 神国は再び、偉大なる”大神教主”様の下で復活を遂げる! そのときに平伏したところで、大神教主様は王国民をこの大地から永久に追放するだろう! 後悔するのは貴様らだ……!」


 凍ったまつげが血で溶ける。ナイフに魔力を流し、魔力の青い刃で刀身を伸ばす。サーティアは血が目に入らないように目を細め、ナックが視界から外れないような位置を保った。

 一方で、ナックはメイスに松明のような光だけを込め、分厚い魔法障壁の圧を盾にし、強気に踏み込んだ。マイティアを視界に入れるためにも。


「神の力を与えられ、母なる使徒のはらで半神デミゴッドへと昇華する……人間としての、最上の名誉を大女神に予言されておきながら、それを全うしないなど言語道断!

 神のもとへ召されよ! 女神の子よ!」


 女神の子の良心をさいなむ言葉を浴びせかけたが、既にサーティアの隣からマイティアは遠く離れ、気配は吹雪にかき消されていた。

 何処へ向かったかを魔力の残渣から追跡しようとするが

「ちくしょう……っ!」

 そのためには、サーティアの魔力の刃を無効化するほど分厚くした魔法障壁を解かなければならなかった。当然その隙に、ナックは致命的な一撃をくらうことになろう。

 彼は歯が割れんばかりに食いしばり、脇腹から血を噴き出そうとも構わず、暴風を押し返す程の怒号を張り上げた。


「貴様は魔王の姿を見なかったのか!?

 山よりも高い巨体から放たれた膨大な魔力の砲撃を! 世界中に被害を出した衝撃波を感じなかったのか?! あれを人如きが止められると思っているのか!?

 まことしやかな女神の、予言した勇者とやらは何処へとも行方知らずとなった今……!

 大女神が予言を下した、“本物の女神こそが勇者を見つけ出さなければならない”のだ!」


 下半身を真っ赤に染め上げたナックの主張に、サーティアは僅かほくそ笑み、親指を額に、血のインクをつけた。

「……そうね、そんな化物を相手にするんだもの。

 勇者は、人ならざる力を有してしかるべきなのかもしれない……早く、そう思い至ればよかったわ」

 分厚い防寒具の内側から、黒竹の筒に入った巻物を抜き、吹雪で揺れ動く魔法陣の起点部に、血のインクを擦りつける。

 

「猛き氷翼の鷹王ドロワース

 我が血に応えよ」


 巻物を媒介し、最小限に省略された呪文。青から黒に、そして、白く変わった稲妻が巻物を中心に周囲の空気を捻じ込んでいく。そして、魔力で収縮された空間より───巨大な鉤爪が飛び出し、雪に突き立てられた。

「なっ!? なんだこいッつは!」

 その爪一本のサイズは、ナックの肩幅ぐらいまであり、彼は化物の存在感に圧倒され、腰を抜かした。


 異空間から狭い入り口をこじ開けて現れたのは、鷹だ。いや、巨大な鷹のような“竜”だった。その姿は優雅というよりも、鋭利だった。

 刀剣のような鋭さを持った嘴には、無数のノコギリ歯が生えており、白い翼はカミソリのように煌めく羽根と、雪を弾く羽毛とが段々に揃い、尾羽へと続く。鉤爪もショーテルの如く研ぎ澄まされ、足は竜のような鱗を持っている。

 羽毛に隠れた2つずつの目はいずれも真っ赤に染まり、クマの如き唸り声を出す……3メートルはあろう化物が、サーティアの隣に、凛と降り立った。


「ドロワース……これを持って、マイティアをポートに連れて行って」

 サーティアは懐から小さな巾着袋を、ドロワースの足に着けられたバッグに入れ、思いを込めるように唱えた。


「ミト、あなたはもう自分の足で、何処へでも行っていいの……その権利は、あなたにだってあるんだから……なんて言えない、世知辛せちがらい世界だけど……それでも、あなたはこれから歩む道を“選べる”のよ」


 ドロワースは、サーティアの言葉が終わると間もなく、吹雪を払い除けるように力強く飛び上がり、その乱気流を乗りこなして消えていった。


「……、……私は、私のやるべきことを、しないと…、……?」

 既に大量の失血と、化物のようなドロワースを前にし、戦う気力を失っただろうナックの後始末をしようと、サーティアが振り返った時

「――――っ」

 ドフッ、と音を立てて何か重いものがサーティアの横に放り投げられた。

 赤い、丸いものだ。ちょうど、頭のサイズの、原形のないもの。

「まさか―――」

 吹雪の中でも目立つ真っ赤になった、ひしゃげた鎧甲冑から、尋常ならざる瘴気が溢れ出ていた。






 マイティアはうように雪を掻きながら、ずっと涙をぼろぼろと零し続けていた。

 鼻も頬も目の下も真っ赤にして、しもやけた顔をくしゃくしゃに歪め、嗚咽を出そうにも、吹き付ける冷たい風が乾いた唇を引き裂き、叫び声すらも喉へ押し戻される。

「ふうぇ……うぇ…ぇ……っ」

 左も右も、前も後ろも真っ白だが、吹き荒れる吹雪はいつも、北から吹き寄せる。彼女は刺すような吹雪を背に、重い足を引き摺り、南へ、南へと向かっていた。


 バサッ! ピギィイイイ!!


 そんなときに感じたのは、激しい暴風で音が掻き消される筈の、大きな羽ばたきと甲高い鳴き声、そして、圧。

 ゾゾゾッと背筋に走る悪寒に振り返ると

「ひっ!?」

 吹雪の中から突然、巨大な怪鳥が鉤爪を拡げてマイティアに飛び掛かり――――ガヂッ


 逃げる間もなく、マイティアの胴体は怪鳥に鷲掴みされ そのまま上空へと舞い上がってしまった!


「いぃぃ いや あ ああぁぁああッ ッ ッ!!

 食べないでェ エエ ェぇッ !!!」


 成す術なく、いや、途中で何かしたら落とされる危険があるため最早何も出来ず、上昇負荷と乱気流に揉まれて舌を噛みまくる。

 激しい寒波を 突 っ 切 り

 ブワッ!

 厚い雲を抜けた先、遥か上空で、マイティアは澄んだあけぼの色の空へと抜けた。

「―――――」

 ちょうど、夜明けのタイミングだったようだ。


 心の余裕さえあれば、王国南部と、雄大なレコン川を見渡せる絶景と、感動できたのだが……。

 自身の衝撃的過去を知り、使命から逃げたと追い回され、逃がされた先……大怪鳥に捕まった。これからきっと……母の帰りを待つ空腹の雛のもとへと連れていかれ、無残な最期を迎えるのだろう……と、マイティアは止め処ない涙を雨のように降らしていた。


「美味しくないよぅ……筋張ってるよぅ……食べないでぇ おいしくないっでぇ……」

「なーにバカなこと言ってんだお前は」

「ほぇ?」

 誰もいるはずのない上空で聞き慣れた、少ししゃがれ声の低い声がして、横を向くと

「ホズ!」

 怪鳥と並走するように、ホズが空を滑空していた。しかも───彼に絵の才能があったのなら、マイティアの泣きっ面を模写して街の掲示板に晒しそうな───皮肉った面をしている!


「ソイツは、サーティアの鷹王ようおうドロワースだ。ワシと同じ鷹王。ちょっとドライな奴だが、お前なんか食いやしない」

「またワシって言った! それに!なんかって何よ!」

「自分で言ったんだろ? まあ、美味しい奴ってのはな、幸せを貯め込んでいるから美味しいもんだ。

 お前は間違いなく、まずい」

「ひどい……ずびっ ひどいよぅ」


 日記を読みけた後、マイティアはホズと再契約していた。あの場所には魔法陣を描くインクセットも、羊皮紙もあったし、元々の契約内容も手元にある。丸々写し切るのに、そう、時間はかからなかった。

 だから、ホズは喋れるようになっていた。

 ただ、彼はマイティアに多くを語ることはなかった。


「そうだっ! サーティアを! ランディも吹雪の中で、私のために───助けに行……ける実力ない、けど……」

「お前の姉たちは強いぞ。お前がいると寧ろ気が散るだろう」

「うっ……そ、そりゃあ……足手まといですけど……」

「姉たちのことはほっといていいさ。そのうちまた会える。

 それよりだ、ミト」

 ホズはマイティアと目を合わせた。引き絞られた鷹の目。獲物を逃さない目を向けた。


「ワシはお前の嘘がわかる。しょーじきに言え。

 会いたいんだろ? 勇者に」


 マイティアは、頭に浮かぶ答えを口にするよりも早く、多くの懸念事項が思考回路を横切る。

「……だけど───」

 それはまるで鎖のように、彼女の自由意志を縛り付けていた───だが、それはただの傷痕で、鎖は既に幻であることを、ホズは知っていた。


「ミト、お前は今、聖鎖に縛られていない」


 聖鎖、それは、女神経典でいう、主神が人に与える力の代償として、魂を縛るもののことだ。つまり、カタリの里に入る為の通行証……マイティアたちが魔力の印と呼ぶもののことだ。

 それは女神の子の魂につけられる魔術であり、女神教団の最高権威の大神教主か、女神によって施される。


「えっ、でも……、それは、わたしが死なないと外れないんじゃ……」

「そんじょそこらの奴らじゃわからねぇだろうが、聖鎖は一種の死霊術だ。

 誰かさんがそれを解呪したと見える……そんな女神様が扱うような魔術知識を持つ奴が何処にいたか……は、なんとなくわかるだろう?」


 その言葉を聞き……すーっ、と、マイティアの胸で煮詰まっていた胃液が抜け、強張っていた眉尻はゆるりと下がった。

 ホズはそれを確かめてから、確認した。


「もう一度聞くぜ。

 勇者に、会いたいんだろう?」


 涙で赤くなった目元を弛ませ、口が小さく開く。

 風に掻き消える声しか出せないマイティアに、ホズはトドメとばかりにけしかけた。


「イチャイチャしたいだろうよぅ?」

「そソSOっそんなやましくないわ!」

「イチャイチャしなきゃいつまでも大人になれねぇぞ!」

「そ、う、なのぅ?」そう呟く顔はほんのりとピンク色に染まり、手の指がもじもじと絡めあう。何よりも”目に見えて”、藍色の目に金粉が舞っている。満更でもなさそうだ。


「よーし!

 その気持ちをそのままずーっと持っとけぇ……もう二度と失っちゃあいけないぜ!

 さあ! 熱が冷めちまう前にポートまでスッ飛べ ドロワース!」


 ホズの声にドロワースも応えようと速度を上げ、港町ポートの近くまでひとっ飛び……しようとした、そ の と き 。



 ピ      イ

  ピィ  ィイ  「は?」

     。  

    「

     へ

  

     ?

  

      」


 ドロワースが突然、方向転換し

 マイティアを手放した


 その理由など考える間もなく落下し…… … …



「なんでぇええええええっっっ!!!!!」


 マイティアはレコン川に呑み込まれた。



2023/02/19改稿しました(2023/3/6一部修正)

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