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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
75/212

第33話② 終わりは不意にやってくる


 王国北西にある山間の町サンプトは、年の半分以上を雪に覆われる。

 この町で最も大きい、リジッド―――神国の厳格な女神信仰――――様式の第二教会は、白磁に金を施した陶器のような外壁に、人を慈しむ女神を模したステンドガラス、降り積もる雪を落とす三角屋根が取り付けられている。

 王国でも温暖な気候であるトトリの大教会と似た作りでいるため、王国北部の殺人的な寒さをしのげるはずもなく、教会の内部にある、身を清める為の水場はカチコチに凍ってしまっている。


 キーィイィイ……ン、一度金属音が鳴れば、それは幾重にも反響して教会中をかけ巡り

 教会を訪れる者の足音も同様、カツーン、カツーン……と、甲高く鳴り響く。


 そして、老いた呻き声が、凍てつく教会に木霊こだまする。


「おお、女神よ……!

 聖テスラよ……どうか罪深き我々をお許しください」


 教会の中央、祭壇さいだんの手前にある、大きな魔法陣が彫られた祈禱場きとうばひざまずき、平伏ひれふす神官服の老婆。

 彼女の震えた声は、女神の石像に許しをうていた。


「汝が遺された御言葉に、我らが女神の子が背いてしまったことを……どうか、お許しください……なにとぞお許しください……」


 やつれた充血の目、乾き裂けた唇、骨の輪郭で縁取られた───老婆の手は血の気がない。萎れた花のように見窄みすぼらしい顔は、最小限の化粧で彩られている。

 胸まである白髪はうなじのところで一結びにされているものの、枯れ枝のように凍りついてしまっている。

 彼女の名はシャリス。

 旧女神教団の大神官であり、王族に女神信仰への傾倒を勧め、成し遂げた一人だ。


 その、シャリス大神官が、涙を流していた。

 くしゃくしゃに顔を歪め、額が擦り剥けるぐらい頭を床に押し付け

「嗚呼!」

 頭を床へゴツンゴヅン叩きつける。うおんうおんと泣き喚き、頬を凍らせている。


 彼女の平伏す魔法陣の彫りには、四つの十字の短剣がめこまれており、血で満たされた白磁の盃には、青い炎が、血をたきぎにしてゴウゴウと燃え盛っていた。

 これは、女神の予言を求める為の儀式術だった。

 魔蝋燭───魔力を込められた蝋を用いた一般的な方法と比べて、手の平大の白磁の盃に血を満たし、青い炎を灯す方法は、魔蝋燭よりも多くの白煙を出す。


 女神教団の中でも、戒律の厳しいリジッドの神官たちは、死(※死者の世界に女神がいる)を身近に感じるほどの血を女神に捧げることが―――女神への忠誠心であり、身を裂くような苦痛を伴う献身だけが、贖罪・罰になると信じている。

 そのため、シャリス大神官の両手首に刻まれた無数の忠誠の証を、ステンドグラスに照らされた色とりどりの天に示して、彼女は懺悔ざんげしているのだ。

 だが、彼女の嘆きに誰も答えない。


 つい先程まで、己の献身が足りないから女神が応えないのだと彼女は信じていた。

 部下にあたる神官たちから止められても尚、白磁の盃を常に満たそうとしていた。


 だが、女神が応えない理由を知った今


 彼女の費やした献身と懺悔は、自らの歯を割らんばかりの憤怒と憎悪に変わっていた。

 これは神への怒りではない。神に至っていない、未だ人の子に対する感情だ。彼女はそう割り切っていた。


「すぐにでも御身を拿捕だほし、カタリの里へ送らねばなりません。

 これは大神官として、神官兵の出動を要請するものです!」


 情報を受け取ったシャリス大神官は、サンプトの町役場に鬼の形相で乗り込んだ。町長が会議に出ていると断られても、そこへ乗り込んで声を荒げた。


「シャリス大神官、お言葉ですが……神官兵たちは、自警団と共に、暴走した王都騎士襲来に備え、サンプトに駐留すべき大切な戦力でありまして……はい」

「王都騎士の暴走こそ! 予言された女神の子が使命を真っ当しなかった女神からの啓示けいじに違いないのです! 早く女神の子を里へ連れて行けと大女神様はお怒りになっているのですよ!

 マイティア様を確保することこそ急務!

 これは、この町だけの話ではない! この世界の存亡に関わる一大事なのですぞ!!」

「……町長」

「うーむ……」


 町長は禿げた頭を掻き、眉間に深い溝を3本も作った。


 サンプトという山間の町、言うなれば郊外の町に、王都騎士団の一部隊に匹敵するレベルの神官兵たちを連れて来てくれたのは他でもない、シャリス大神官だ。

 本来は彼女の護衛が任務である神官兵らは、彼女の厚意によって町の防衛に携わってくれているだけに過ぎない。


 王都騎士が暴走したという緊急事態の中、シャリス大神官の申し出を断ってしまえば、神官兵たちを連れて別の町へ向かうと言われかねない。

 そもそも、女神の子である王の娘が使命を途中放棄してサンプト近くの廃墟に身を寄せているのもおかしい話だ。王国民が明日は我が身と、不安に駆られている中で細々と暮らしている一方、王族ともあろう者が己の責務を全うしないとは如何なものか……そんな煮え切らぬ思いも、彼らにはあった。


 他の役員たちの意見も、町長と同意見の様だった。





「よう、ランディ。サボってんのか?」

「サボってねぇよ」

 

 北方の天竜山麓に向かう道の入り口に建てられた大きな木造の門とやぐら

 その近くにあるガレージに置かれた巨大な白熊グリズリーの死体から、毛皮を不器用に剥がす―――頼もしい”新入り”ランディアを

「あ~あ~そうじゃねぇって教えたろうが」

 毛深い男が面倒見ていた。

 褐色のボサボサな短髪、ドワーフの如く剛毛な髭には雪がこびりつく。平均ぐらいの身長であるランディアよりも2回りは大きい中年の男は、熊の骨肉で作られた防具に身を包んでおり、筋骨隆々で、爪で裂かれた様な古傷が体中にあった。とりわけ目立つのは、額と顎に残る噛みつかれた傷跡だ。


 彼はサンプトの自警団、狩猟隊の長ブージュルードだ。

 サンプトから北方にある天竜山麓、そこでは、魔物よりも凶暴な野生動物たちの、熾烈しれつな弱肉強食が繰り広げられているが

 その戦いに敗れた獣が一部、自分より弱いものを求めて山から下りて来ることがあり、そいつらがサンプトの近くまで来てしまう。

 狩猟隊は、そんな獣を狩り、また、冬場の貴重なタンパク源を手に入れる仕事をしている。勿論、魔物が現れても同じこと、彼らは自警団の中でも戦闘能力に長けた組織なのだ。


 マイティアに合わせる顔をつくろえなくなったランディアは、王都に帰れず、この狩猟隊で世話になっていた。そして、彼女は王都騎士であることは隠していた。

 ドップラーの毒の特徴を知る者がサンプトにいれば『お前もドップラーの魔物じゃないのか!?』などと面倒なことを引き起こしかねないからだ。


 最初の数日は雑用や唾を吐かれるようなことがあったものの、彼女はさほど文句も言わず真面目にこなし、狩猟隊全員を組み手で捻じ伏せる腕前を見せつけた。

「こういう小間使いは慣れてんだよね」

 あっという間に狩猟隊の一番の腕前を持つようになってしまった彼女だったが、最初に任された日々の雑用を止めようとはしなかった。

 そんな誠実でタフネスな働きぶりの甲斐あって、ランディアは狩猟隊と早くに打ち解けた。


「お前はまだ若いだろ?

 20の、後半か?」

「あーどうも、20になったばっかりです」

「あ!? なったばっかりだと?! まだガキじゃねぇか!

 いつから前線にいたんだよ」


 まだ温もりの残る死体から毛皮を剥ぎ取りつつ、ブージュルード隊長はランディアに、ガハハと笑いながら問いかけた。

 ランディアは顔色を変えず、淡々と応えた。


「初めては、12の頃。

 不意打ちくらって足がすくんで……先輩に庇われて、指を失わせちまう最低な初陣だった。

 腑抜けの根っこから鍛え直して……前線の任務をもらえるようになったのは、16の頃だったかな」

「か〜、女子供も槍持たせりゃ兵士ってか? 世知辛せちがらいねぇ……。

 王都の守りは王都騎士団の独占と思っていたが、意外と他の傭兵たちも息していた訳だ」


 王都騎士団の出身と言えなかったランディアは、王都に実在する傭兵集団エルバフの出身だと偽った。王都騎士団が暴走し、強力な魔物と化したため、王都からサンプトに逃げてきたのだと。


「そりゃあな……王都騎士団は魔物を街に入れない為に戦う連中で、住民に寄り添っている訳じゃないし、賄賂わいろは受け取らない主義だ。

 散財してでも自分を守れと言う輩は、あいつらにはいいお客様なのよ」

「あいつら?」

「ああ!いや!違う私たち!」

 ボロを出し、慌てふためくランディアに

「やっぱり、王都騎士団ってのは、お前から見ても強いのか?」

 ブージュルード隊長はにやにやしながら尋ねた。


「女神の選定に合わせた戦士のお祭り、闘技大会に集まった腕自慢の中で、ルーク王子にスカウトされた奴らだからな……弱い要素がないね」

「戦士といったが、魔術師はいないのか?」

「いるよ。とびきり強いのがいる。

 ブルーエルフの怠けた紳士、タイマラスだ。

 アイツはなんたって、寝転びながら上級を一掃しちまうんだ。ただ……言うことの8割は意味が分からないから、意思疎通が取れねぇけどな」

「そんな化物がいるとは……はあ、俺もちゃんと魔術の勉強しときゃよかったぜ。

 だってよ、魔術師ってのは、魔法陣を描いてりゃ金貰えんだろ? 最高じゃねぇか」

「そのために、山のような書物を読んで、こんな小さな脳みそに知識を詰め込まなきゃいけねぇんだぞ? おっさんには無理だわ」

「よくも言ってくれたな……」


 ブージュルード隊長との会話中、ランディアはずっと奥歯を強く噛みしめ

 白い息をわっさわっさ吹き出す赤っ鼻は、まるで、蒸したやかんのようであった。


 そんな折、複数の仰々しい足音が聞こえてきて、2人は手を止めて音の方に顔を向けた。


「ん?

 あいつら神官兵の……まさか今から登るつもりか!?」


 天竜山麓に向かう門の前で、ぞろぞろと白い毛皮の鎧を着込んだ者たちが集まり、点呼てんこを取り始めていた。

 既に時間は夕刻に近い筈だ。夜を雪山で迎えようものなら、止まない吹雪に包まれ、凍死しかねない。


「やめろナック、自殺行為だ。夜の雪山は危険すぎる」


 門の傍に駆け寄り、ブージュルード隊長が声をかけるが、神官兵たちのリーダーらしき、ナックと呼ばれた剃髪ていはつの男は

「ブージュルード隊長、ご心配をおかけしてすみません。

 これはシャリス大神官の命令でありますので、我々には天気を理由に命令を拒むことはできないのです」

 そう頑なに言つつも、吐かれる白い息は多かった。


「隊員の命より大切な命令ってなんだ?

 そんな無謀な命令が理由ってんじゃあ、この門を開ける訳にはいかないね」

 ブージュルード隊長に門を開ける滑車の前に立たれ、神官兵たちはお互いを、困惑気味に見合った。

「極秘の情報のため、詳細をお伝え出来ないですが……一刻も早く済ませなければならない、緊急事態なのです。こうしているうちに“逃げられる”可能性もありますから」

「逃げられるだ? お尋ね者の捜索か?」

「そのような不敬な呼び方をしたくありませんが」

「悪い」

「そう……言わざるを得ませんね……」

「うーむ、探している者が罪人であるなら、自警団の仕事じゃねぇのか?

 寧ろ、そいつがこの山に入ったってなら願ったり叶ったりじゃねぇか。

 何せ、天竜山麓の獣は上級の魔物に匹敵する。それも、吹雪の中の人は罠に嵌った鹿とばかりに襲ってくる狡猾こうかつな化物ばかりだ。

 どうせ生き残れやしねぇ……だがそれは、腕の立つお前らでも、この俺でも同じことなんだ」

「だからこそ、急ぐ必要があるのです。

 その方には生きていてもらわねば困るからです。

 生きて、役目を果たしていただかねば」

「生きてだって? しかしだな……」


 2人とも自分の立場を譲らず……。


「あ゛あ゛! まっったく!

 こんな時間に山に入れだの! お偉いさんは何を考えてんだ!

 ランディ! お前もコイツらになんか言ってや……ん?」


 ランディアは、言い争う彼らを差し置いて、忽然こつぜんと姿を消していた。

 精確には、グリズリーの解体で浴びた血色の足跡が、山麓に向かって点々と残っていたのだが……その姿を視認できない吹雪が既に、吹き始めていたのだ。


「アホンダラ……! 世話の焼けるガキだな!」

 ブージュルード隊長は神官兵たちと共に、天竜山麓へと足早に向かった。


2023/02/03改稿しました

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