第32話① その鷹は知っている
濡れたタオルを1回しするとカチカチに固まる寒さの中の、ドッピンカンな快晴。
マイティアはとんでもない晴れ女のようだ。
彼女の目覚めたときのやる気次第で、ついさっきまでビュービュー吹き付けていた吹雪が消えるのだから。
「今度こそ町に行くもんね!」
青空目掛けて高らかに決意表明したマイティアは、浮かない顔の保護者サーティアを連れて、力いっぱい雪山を降り始めた……その後すぐのことだ。
「あれ?」
マイティアは途中でピタリと止まり、進行方向ではない森の奥を見つめた。
サーティアもその先を見るが、マイティアが気にしているだろうものは何も見えない。
「何かいるの?」
「鷹……私たちの方を見てる」
しかし、サーティアには雪と、木の幹しか見えなかった。別に彼女の視力が悪い訳ではなかったが、王国の鷹の多くは冬季になると真っ白な羽根に覆われる。銀世界の背景から冬鷹を見つけるのはそもそも人の目では難しい。
それを、彼女の目は見ているとすれば……恐るべき観察力だ。
マイティアは、もっそ もっそ もっそ……、誰も踏んでいない新雪の中をゆっくりと確実に進んでいくと……
「あ」木の上から、何かが落ちてきた。
「ホズ!?」
サーティアは思わず悲鳴を上げ
マイティアは雪の上に落ちた鷹を抱え上げた。
その鷹は随分と痩せ細り、羽根は傷み、足の傷が化膿し、弱っていた。
人が鷹を仰向けで持ち上げても何も抵抗せず、大きな目をクリクリと丸めて
「ぴぃ……」小さく鳴くだけ、人に触れられて暴れる様子はない。
「今日はもう戻るわ
この鷹を助けてあげなきゃ」
2人は急いで、弱った鷹を教会に連れ帰った。
足の傷を治療し、冷えた身体を温め、食事を取らせる……外へ行きたいとも言うこともなく、マイティアは献身的に鷹を介抱した。
その甲斐があってか、数日もすれば、鷹は元気になって飛べるようになった。怪我した足はしっかりと枝を掴み、羽根もキレイな純白に生え変わり始めていた。
「そろそろ自然に返さないとね……」
マイティアは晴れた日に鷹を外に出し、飛び立つように促した。しかし、鷹は飛び上がって間もなく
「あららら」
180度旋回してマイティアの眼前に着地した。ちょこちょこと地面を器用に歩いて……マイティアの足元に戻ってきてしまった。
2回も3回も。4回もだ。
人に慣れている……もしかしたら、”飼われていた”個体かもしれない。
「どうしよう……懐かれちゃった」
鷹は王国の国鳥だ。気高い気質、本性を見抜く力を持つため、フォールガス王家の守護神ともされている。
だから、一般市民が飼い慣らす事は禁じられており、見つかれば即刻捕まってしまう。
「帰らないとダメだよ
きっと相棒が寂しく思ってるわ」
しかし、そんな事情など知ってか知らずか
鷹は「ピィピィ」ひなのように甘えた鳴き声でマイティアに擦り寄ってくる。
挙げ句の果てには無防備にお腹を見せて、マッサージしてぇ、と訴えてくるような眼差しを向けてきた。
かといって、傍らでマイティアのサポートをしているサーティアにその甘えん坊な姿を見せる素振りはない。
マイティアは試しに……鷹の要望通りに腹を撫でた。
どこか懐かしさを覚えながら、マイティアはわしゃわしゃもふもふと撫でた。こねこねと頭を指先で撫で回して、くにくにと首を優しくつまんで揉みほぐす。乾いたタオルでやんわりと目隠しをして、伸び過ぎた爪をヤスリでゴリゴリ削り、僅かに欠けたくちばしの形もジョリジョリ整えていく……が、信じられないほどに大人しかった。彼女に完全に身を委ねてリラックスしている。
その様には、サーティアも
「ホズが……、あ、いや、その鷹が、怪我していた理由も気になるし……しばらく、保護したら?」と呆れたように言った。
「え……けど、誰かに見られたら捕まっちゃうよ」
「そもそも此処に人は来ないじゃない」
「確かに」
目隠しの外された鷹は、クリックリな大きな目で、そわそわしているマイティアを映した。
大人の姿をした幼い女の子の――――久しく見ることの叶わなかった、希望と期待の籠った”金色の目”。
本当に私でいいの? それに対する鷹の答えを引き出すために、鷹の目の奥にある物言わぬ真意を見抜こうとしている―――美しくも鋭い、剣の如きいい目だ。
彼女は失っていなかった。
「ピィーッ!」
鷹は高らかに鳴いた。
物言わぬ鳴き声の返事を、マイティアは見抜き
そして
「じゃあホズだね! ホズ!
サーティアもそう言ってるし、あなたにピッタリな名前だわ!」
「ピピィ!」
マイティアはホズを抱き上げ、初めて誕生日プレゼントを貰った子どものようにはしゃぎ、心の底から喜んだ。
「一緒にいてね、ホズ!」
”ホズ”も安堵し、喜んでいるようだった。
2023/1/21改稿しました




