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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
70/212

第31話① 教会の廃墟にて


 王国の北西、天竜山脈の麓にある町サンプトから、西に山を登って行った先にある、サンプト第一教会。町の中に第二教会が出来た事による利用者の激減と、管理者の不在によって荒廃した場所に、未曾有の衝撃波が襲い掛かり、遂には建材で出来た壁もなくなった廃墟。

 そこに、今――――2人の若い女性が住んでいた。


 数日ぶりの雲一つない快晴の下、霜の生えたチャーチベンチに敷いた、使い古しの絨毯じゅうたんに座る若い女性は、自身の口から吐き出される白い息の行方をぼんやりと見つめたまま、時の流れを気にしていない様子で足を延ばしていた。

 彼女のかたわらにはお手製の松葉杖が立てかけられており、伸ばしきった左足を囲うように三本の添え木がベルトで締められていた。


「マイティア」


 マイティアと呼ばれた女性はのんびりとした動きで、声がした方へ顔を向けた。

 癖っ毛で長いブロンドの髪をうなじで束ねた、きめの細かい肌白で、細く高い鼻、深青色の目は日の光を浴びると金がチラつく。

 高貴な出で立ちであったが、髪の生え際や耳には変色した瘢痕部が幾つもあり、手指にはほつれた包帯が巻かれている。骨格は標準的だが、食が細いのか、肉づきは悪い。

 服装は素朴で簡素な庶民服だ。雪に囲まれている現状を考えれば、手袋もマフラーも長靴もコートも身に付けていない薄着であるとも言える。


「寒くないの?」


 そう声をかけたのは、廃墟の教会に住むもう一人。聖職者を表す黒地に白の十字服。褐色肌で、縮れ毛の女性───サーティアだ。

 彼女は雪掻き用のスコップを置き、かれこれ30分ぐらいベンチに座って放心状態でいるマイティアの前で膝を曲げた。


「大丈夫、ちっとも寒くないよ」

 マイティアは屈託のない笑みを浮かべた。

 ただ、彼女は非常に頑固で、辛抱癖がある。それを、サーティアはよく知っていた。

「日向ぼっこも程々にするのよ。

 ようやく寝たきりを卒業して、動けるようになったのに、風邪ひいちゃったら元の子もないわ」

「うん、ありがとう

 けど、本当に大丈夫なの」そう言って……マイティアはまるで誰かを待っているかのように、寒空を見上げ続けた。



 北の壁、天竜山脈から吹き下りてくる殺人的な暴風雪。この寒波から身を守るために、サーティアは日々、廃墟の周りに分厚い雪の壁を築いている。それは建材を失った教会の、居住空間の確保も兼ねている、欠かす事のできない重労働だった。

「私もそろそろ手伝いたいな」と、マイティアが言うも、サーティアは雪掻きの手を止めないまま

「杖なしで歩けるようになるのが先だからね」と返した。


 マイティアは哀しそうに肩を落として

「私ずっと何もしていないままよ。そろそろ何か出来ることしたいの」

 その言葉に、サーティアは雪掻きをする手を止め……不満げなマイティアの頬を、雪の絡んだ手袋越しに「うぶぶぅ」くすぐったく撫でた。

「焦らないでいいのよ、ミト。

 身体の調子と相談しながら、一つずつ、出来る事を増やしていきましょう? ね?」

「うん……」そう説得されても、彼女の顔には煮えきらない感情が滲んでいた。



 マイティアは、自分が何処で生まれて、どうやって生きてきたのかを覚えていない。

 年齢も―――実年齢よりも10歳ほど幼く思っていて、鏡を見ても、自分が成人していることを理解できていなかった。


 また、自分の身体が傷だらけの訳も知らなかった。何も知らない人が見たらギョッとするような傷なのだが、まるで身に覚えがないという。


 彼女の頭の中にあるのは、一般常識よりも多い知識と、自分の名前、目覚めた後の数カ月しかなく、浸る思い出などはない。

 童心帰りした飽くなき好奇心に誘われるがまま、故も知らない無数の既視感を覚える度に……大事なことを忘れてしまった……それを取り戻したい焦燥感が襲い来る。


 しかし、サーティアは、マイティアの失くした記憶を取り戻してほしくなかった。

 思い出せばきっと……”会いたくなって”しまうから。



「ミト! 三日ぶり!」

「あ! ランディ!」


 教会の廃墟には、時折、来客がいる。

 物資調達にランディアという女性だ。金の短髪の、快活な女性で、自分の体重近くの荷物を担いで、サンプトから廃墟まで過酷な雪山道をもっそもっそ登って来てくれる。

 彼女はマイティアが寝たきりだった頃から、マイティアの世話を嫌な顔一つせず手伝ってくれ、自力で起き上がれるようになったときは自分の事のように喜んでくれた。


「今日は熊肉祭りだァ~」

「熊肉!? もしかして熊を狩って来たの!?」

「グリズリーの一匹二匹なんてお茶の子さいさいだぜ!」


 ランディアは腕の立つ騎士で、熊も猪も狼も、色んな獣を一人で狩猟し、塩漬けにしたものをマイティアたちにお裾分けしに来てくれる。


「ランディ、ちょっといい?」


 ただ、ときどき……マイティアの聞こえないところへ行き、2人はひそひそ話をする。

 そのときの2人は、マイティアには決して見せない怪訝けげんな表情を浮かべ、ときには感情のこもった言葉で言い争うこともあった。


 どうしたの?と聞いてみても、その内容をマイティアに話してはくれない。

 自分の非力さ故に、深刻な問題を打ち明けてくれないものだと察したマイティアは、日々のリハビリに努めた。

 杖なしでもまっすぐ歩けるように。寝たきりで落ちた筋肉を取り戻すように。


 しかし、2人はマイティアが汗をかいたり、息を切らして肩を弾ませると決まって

「ミトはもう頑張らないでいいからね」

「あなたはもう、無理をしちゃダメよ」

 そう止めるのだった。




「……あら?」

 ランディアがサンプトに帰ったその日、夜明けと共に目覚めたサーティアは、隣にマイティアがいないことに気付き、慌てて探し回った。

 埃の被った倉庫の奥の、シートの裏から、椅子や机の下まで。しかし、廃墟の地下に、彼女の姿は見つからない。

「まさか……!」


 サーティアは外へ出た。

 最悪なことに、吹雪いていた。 

「ミト! ミト!何処行ったの!?」

 雪の壁に阻まれて、廃墟の中は比較的暖かいが、一歩でも壁の外に出ようものなら、殺人的なブリザードに襲われて……防寒具を着ていなければひとたまりもない。

「マイティ……、あ」

 しかし、意外と彼女は傍にいた。

 壊れたままの女神像の前、いつものチャーチベンチに

「なんで雪だるま???」

 雪だるまが作られていた。人ぐらいの、ちゃんとした大きさだ。肉付きもいい。

「あ、サーティアおはよ!」

「なに? なんで雪だるま?」

「隣に誰かいる感じがしていいなって」

「どうして、外がまだこんなに吹雪いてて───ついさっき日の出だったのに……こんなことのために、こんな極寒の中に」

「こんなことじゃないよぅ、朝に間に合うように作りたかったの。今日から一緒に……」

「凍傷になったらどうするの!?

 あなたの身体は無理をしていい状態じゃないわ!

 いつ心臓が止まるかわからないのよ!」


「…………」


 マイティアはきゅーっと縮こまり、唇を飲み、雪だるまにしがみついて……ふてくされた。


「サーティアはいつもお仕事してて、遊んでくれる訳じゃないし……ランディは、時々しか来ないし……最近はお話いっぱいできないし……。

 一人ぼっち、寂しいんだもん……。

 何もさせてくれないなら、せめて誰か一緒に……、傍にいてほしいなって思って……」

「…………。」

「だから、ずっと横にね、誰かいてくれるように……そう思ったの。そしたらね、ピコーンズビビビって頭に閃きがね、降りたのよ」

「閃き?」


 ペケっと明るく、マイティアはこう言った。


「この雪だるまね、“ネロス”って言うの!

 ずっと傍にいてくれる気がする、そんな名前なの!」



 数秒の沈黙。

「───っ」戦慄が、サーティアの背中を走った。


「───わかった わかったわ、わかった

 マイティア、私が悪かった……ごめんね

 あなたにひどく窮屈な思いをさせてしまっていたわ、ごめんなさい」


 サーティアは酷く取り乱した様子で、マイティアの手を取り


「今度、晴れた日に……サンプトに降りてみましょう」

「ほんと!?」

「日用品、いつもランディアに任せっきりだったから……私たちで買い物して、帰ってきましょ」

「うん! 行く! 頑張る!

 しっかり体力つけるね!」と、マイティアは元気よく立ち上がり、松葉杖に頼りながらチャーチベンチの前で小刻みに跳ねた。


 サーティアは笑みを浮かべる裏で、守れる確証もない約束を交わしてしまった事に罪悪感を抱いた。


 マイティアは、”誰にも”見られてはいけないからだ。


 しかし、そんなことなど知る由もない彼女の素直な喜びように、サーティアは前言撤回する事などできなかった。


「見ててね”ネロス”!

 私、ちょっとずつ頑張るからね!」


 雪だるまに刺さった枯れ枝の手が、風に揺れた。


2023/1/14改稿しました(一部描写を削除:2023/2/27)

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