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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第二部
69/212

第30話

                   第 2 部



 “男“は目覚めた。

 光の届かない暗い海に囲まれた、筋状の光が泳ぐ透明な石畳。まるで海底にポツンと設けられた、空気の確保された空間で、ポツンと……男はあくびをした。


 男は焼け縮れた布切れを纏い、赤く錆びきって動かなくなった鎧を身に着けていた。黒に染めた跡の残る金色ストレートな長髪と、太く硬めのひげは生え散らかし、筋骨隆々な肉体は熊の様に毛深く、立ち上がれば190はあろう熊の様な大男、耳は小さく丸い人間だ。

 髪と髭で顔が隠れているため年齢はわかりにくいが、垣間見える顔の皮膚にたるみや皺はない。40代ではない。30代か、老け顔であるだけなら20代の可能性もある。


 男はもう一度だけあくびをかました後で、不可思議な場所で目覚めた状況の把握よりも先、手に握ったままだった酒壺を嬉々として覗き込んだ。

 しかし、残念ながら中身は既に蒸発し、鳶色とびいろだった酒壺に黒の斑点模様が刻まれてしまっていた。


 男はがっくりと肩を落とした。

 カビた酒壺を捨て、錆びた鎧を脱ぎ捨て、服だった布の切れ端を払い除けて立ち上がる――――最早、“全裸”と化した男は


「あああっ!!!」


 深青色の石畳に泳ぐ、海蛍のような魔法陣の光が、男の怒号に驚いたようにブワッと散った。


 男は突然、何かを思い出したように周囲を見渡した。

 あるべきもの と いるべき“野郎“が なかったからだ。


「ゲルニカ!

 “黒曜石の原盤“もねえじゃねぇかッ!!」


 人の骨や遺品、黒い石らしいものなど何処にもない。ちゃんと持って来た筈なのに。


「ちっくしょう!

 俺を騙しやがったな強欲成金クソ爺!」


 男は石畳に刺さっていた、彼の背丈ほどはある古びた黄金の大斧を担ぐと、素っ裸のまま、走り出した。

 石畳を泳ぐ魔法陣は、彼の足に反応して光り、彼の進む道を示す様に、一本の道を照らし

 そして…………魔法陣は、光り輝く門を作り出した。


 男はその門が何処へ繋がっているのかを知っているかのよう、何の疑いを持たずに光の中に飛び込み―――――。



 程なく、悲鳴が上がった。




「俺は怪しい者じゃない! って……素っ裸で言われてもよ」

「本当なんだよ~ぅ」


 地竜山脈と天竜山脈の間に丸く囲まれた国、地底国。

 かつてはドワーフたちの国で、世界で最も強力な国とも呼ばれた国―――だった。


 男は、そのど真ん中に突如現れた光の門から飛び出して……ちょうど、地底国を調査しに来ていたドワーフたちの目の前に着地してしまった。

 もちろん、すっぽんぽんだ。


 ドワーフたちは、公然わいせつフル○ン男に鎗や斧を突きつけた。何も身に着けてはいなかったが、男の手には、人が扱うには大きすぎる驚異的な大斧が握られていたからだ。

 そう、180近くあろう鈍い黄金の大斧だ。

 雷を模したように曲がり、半月状の太い刃が重さによって物体を潰し斬るような見た目でいた。しかし、メンテナンスもしなかったせいなのか、凝っていただろう装飾や紋様は掠れてしまい、刃先はぼろぼろと傷んでしまっている。

 とはいえ、何十キロ、もしかしたら百キロを超える物体であろう。そんなものを振り回されれば、ドワーフたちが身に着けている薄っぺらな鉄の鎧など、布の服も同然だろう。


 ただ、男は大斧を振るうことなく、パッ、と手放して

 素直に投降の意志を示した。

 恐らく、勝とうと思えば勝てるのだろうが、男は血を見ることを避けた。


 ドワーフたちは、男と“戦わない“為にも武器を下げた。

 生え散らかした髪と髭の隙間から見える男の目には、敵意どころか親しみすら滲んでいて―――ドワーフたちは皆一様に、直感的に、彼を信じていい気になったからだ。


「ドワーフサイズのパンツだ、紐でしっかり締めとけよ」

「恩に着る!」

「しかし……なぁんだって素っ裸なんだよ、あんた」

「寝て起きたら何もかも壊れてて

 酒も涸れちまって……俺、素面しらふじゃダメダメちゃんなのよ」

「はあ」

「それはそうと……どうして右も左も何もねえんだ?

 地底国……だよな? 北に尖ってんの、天竜山っぽいし」


 男はキョロキョロと周囲を見渡し、首を傾げた。


 まばらな緑がチラつくだだっ広い荒野に、幾つかの土造りのドーム、その多くには、地下へ続く為の通路が掘られていて……中心の大穴へと続いていく。

 山に丸く囲まれた国土の中心には、遥か地底まで続いていく大穴と、その周囲にありの巣状に作られたドワーフたちの町……終わらぬ採掘と製鉄業の排煙、夜には陽気なドワーフたちの酒歌が響く……。

 男の記憶では、地底国とはそんな国だった。


 しかし、男の目に映るのは、瓦礫が沈む水の張った大穴と、地割れした荒野。その周囲はずーっと先まで、灰の砂漠に覆われてしまっている。

 人が住んでいそうな家などは何処にも見当たらず、徘徊はいかいする魔物の姿も、獣の姿も、植物も見られない殺風景だ。最早、ありとあらゆる生命がこの場所を避けているかのようにも見える。


「……まさか今時、そんなことを聞いてくるなんてな」

 ドワーフたちは眉をひそめ、大きな溜息と一緒に肩を落とした。

「ゲドだよ。

 奴が此処を根城にしていて、草木も腐る瘴気を放っていたもんだから、今まで立ち寄ることすらままならなかったんだ。

 だが、この間のとんでもねぇ爆発で、地底国の瘴気まで吹っ飛んだと噂に聞いてよ」

「ゲド? 爆発?

 うーむ、聴いたことねぇな……爆発なんてあったかね?」

「はあ? 嘘だろ……山みてぇにデケェ化物がナラ・ハに現れて、空が津波みたいにぐわあわんって押し寄せてきてどんがらがっしゃん!」

「復活した魔王が現れたんだって、どこもかしこも大騒ぎだったんだぞ」


 そのとき、男はえらく驚き、みるからに大きく動揺した。

 目を真ん丸と開いて、口はあんぐりと開きっぱなし。手も握ったり開いたり、そわそわと落ち着かない様子で頭を掻き、そんな筈ない、別のものだと自分に言い聞かせていた。

 そして、違う何かであることを確かめるかのよう、彼はドワーフたちに恐る恐る尋ねた。


「今は、何年だ?

 神期……2130年とか?」

「神期??? おいおい、ジョークは終いにしようぜ」

「今は女神期だよ。女神期832年。

 神期なんて……何年終わりだ? 21…68年、だったか? んー、歴史苦手なんだ。

 少なくとも、今から850年以上前の事の筈だぜ」


 ドワーフたちの、嘘をついていない真面目な顔つきに

 男は遂に、喉を震わせた。


「は、はっびゃきゅごびゅーねん???」

「なんて?」


 藍色の目、金を塗したような特徴的な目を瞬き

 ハの字に眉間を歪め、男は天へ嘆いた。


「寝ぇえ過ごしたぁああああああああああああああああ!!!」


 木霊こだまする悲鳴に応えるかのよう、黒ずんだ雲に黄金の稲光が駆け巡った。







 勇者の死霊術 第二部 







 全裸で突然現れた大男は

 自らを“ラタ“と名乗った。

 

 彼は、最悪な初対面でありながら図々しいほど馴れ馴れしい。そのくせ、それを嫌みに感じさせないような人の良さが溢れ出ている不思議な男だった。


 地底国の瘴気の測量を終えたドワーフたちは、衣食住も有り金もない哀れな大男ラタを、王国の西の港町ポートへ連れて帰ることにした。


 レコン川沿いの道路に生い茂る草木を掻き分け、苔むした桟橋さんばしくくり付けた小舟の許へ――――それを見て、ドワーフたちは思い出したかのように苦い顔をした。小舟に乗るにはラタは大きく、重すぎたからだ。


「心配しなくていいぜ

 俺、元は素潜り漁師なんだ」


 彼はそう言うと、何の躊躇ためらいも遠慮もなく、パンツ1丁に大斧を担いだままレコン川へ飛び込んだ。

 そして、追い風を捉えた帆船はんせんぐらい速さで、何十キロも先にある対岸の港町ポートへと泳ぎ切った。


「冬季のレコン川を泳いで渡るなんざたまげたわ!

 なに? パンツしか持ってない?

 そいつはいかん、捕まるぞ」

 

 港の漁師から作業用の防水つなぎを貰ったラタは、役所に測量の報告を終えたドワーフたちと待ち合わせ――――港の端っこにある、寝転ぶ街灯の裏にある、路地裏の立ち飲み屋に入った。


「くぅぅううっ ぷはぁあ!!

 ああ!酒だ! いつになっても変わらない!

 染み渡るっ魂まで染み渡る酒だァっアハァ~!」


 大きな身体を半分外にはみ出しながら、大ジョッキに溢れんばかりに注がれた安酒でラタは豪快に喉を唸らせた。


「この世にまだ勇者みてぇな体力お化けがいたとはなぁ」

「この世に美味い酒が残っている限り俺は死にましぇん!」

「一杯の安酒でべろんべろんになってんじゃねぇよ! どんだけ弱ぇんだ!」


 ただ、ラタの手元に持ってこられたのは、安酒というより、安酒風味の水だった。

 透明で、泡などないビール風味の冷えた水。黄金の、それはもう香り高い酒のおちょこ1杯を、カウンターの裏でキンキンに冷えた大ジョッキの水に混ぜて出したものだ。

 この飲み屋で最も安い酒がいい―――一杯をおごってくれると言ってくれたドワーフたちにラタは自らそれを頼んだ。ラタは文句を言わなかった。寧ろ、初めてケーキを見た誕生日の子供のように、仄かに感じる芳醇ほうじゅんな香りに目を輝かせ、鼻から頬をほんのりと紅潮させた。


「これだよ、これ……酒がなきゃあ俺の人生に色がつかない!」

「とんでもねぇ飲ん兵衛がいたもんだ」

「お前、酒の飲み過ぎで寝過ごしたんじゃねぇの?」

「確かに! 案外、マジでそうなのかもしれん」


 そうしてしばらく談笑していると……


「どわっ! わっ ぐ げっ!」

 飲み屋から少し出たところの階段を、ゴロンゴロン転がり落ちていくドワーフの悲鳴が聞こえてきた。

「なんだなんだ、乱闘か?」

 酒を置いて、現場に駆けつけてみると


「いてて、てて……何がっ、違法だ!

 てめェらが吹っ掛けてくるクソ高ぇ税金を俺たちが何十年払ってきたと思っていやがる!

 ちくしょう! 逃げるな!」


 打撲と擦り傷だらけの恰幅かっぷくのいいドワーフの男性が、階段の上に向かって何かを訴えていた。しかし、彼を突き落としたのかもしれない何者かが姿を現すことはなかった。


「大丈夫か? 突き落とされたのか?」

 座り込んでいるドワーフの男性へ、ラタは手を差し伸べた。

 ゴツくて皮の厚い、鉄の匂いが染みついたすすけた手指───職人の手がラタの手を握り、よろけながら立ち上がる。

 大きな鷲鼻わしばなに横に長い耳。赤褐色の、ドワーフに多い硬めの髪質、長くたくましい髭は丁寧に編まれ、メダリオン―――中流階級以上の地位があった者でなければ与えられる機会すらもない勲章くんしょう――――を付けている。

 彼は丁寧に礼を言い、服に着いた土埃を払った。

退かされた勢いで落ちちまっただけだ……俺がいた場所が悪かったんだろうよ」

「例えそうでも、ぶつかった奴は心配ぐらいしてやるもんだろ」

「ハッ、そんな気遣いが出来る奴らじゃねぇさ。

 何処の国のお役所さんも変わらず、市民から金を搾り取るのが仕事だからな。優しさや気遣いなんて見せたらたかられるって知ってんのよ」

 ラタの後ろからゆっくりとついてきた測量隊の一人は

「本当にな。好き勝手言いやがって」

 王国のシンボルでもある鷹の絵に大きく×印の描かれたペンキの落書きに唾を吐き付けた。

「王都の連中が現れてからおかしくなったんだ」

「司法の奴らが俺たちの事を今更、違法移民だと蒸し返してきやがって

 ドワーフの店はみ~んな次から次へと廃業だ。それも、地底国が崩壊する前からポートに移住していた負け犬一族だろうとお構いなしに移民扱いだ、ひでぇもんだよなあ? グラッパ」

 嫌みを言われたグラッパと呼ばれたドワーフの男性は、フン、と鼻を鳴らして

「”ゲルニカ”を崇拝すうはいするようなクズと同類と思われた事の方が腹立たしいわ」と吐き捨てたが、酔いが回って気が大きくなった測量隊の怒号を浴びてしまう。


「そもそもお前が勇者と王族の女を連れて来たからだろ!」

「あいつらが悪い訳じゃねぇだろ!」

「あいつらが来てから何もかも悪い方向に進んでんだよ!

 何が勇者だ、あんなのただの”疫病神やくびょうがみ”だ! トトリの様にバーブラの下にいた方がマシだったかもな!」

「ふざけんな! 助けられておいて図々しいにも程があるぞ!」

「だから助けられたんじゃなくて余計な事をだな――――」


 ドワーフ同士で掴み合う一触即発な間に「ちょいちょいちょちょい」分け入ったラタは「あんたなら色々知ってそうだな」

 グラッパへ好奇の目を向けた。

「な、なんだよ

 情報屋が要り様なら、俺より下民街のデボンを訊ねた方がいいぞ」

「そいつは無理な話さ

 この男、パンツ一枚も持ってねぇ一文無しだから、金の亡者に見向きもされねぇだろうよ」

 パンツすらも……? 金を持っていない事に何の危機感も抱いていなさそうなラタを、グラッパは怪訝けげんな表情で見つめた。この大柄の男からかもし出てくるのは、グラッパが”いいよ”と言うまですがりついて来そうな、巨躯きょくに似つかわしくない厄介オーラだった。

「うーん、わかったよ。

 俺の知る限りでイイなら」

「よぉし! ありがとう!

 おっちゃんたち世話になったな! 今度会ったら俺が奢るからな!」

 グラッパの了承を得たラタは、飲み屋に置いて来た黄金の大斧を取りに戻り

「!? そ、それってオ、オ、オッ、リハルコ」

「宜しく頼むぜ!」

 ラタの勢いに気圧けおされて、グラッパは自身の工房へと彼を案内することになった。





 の冷めた鍛冶場かじば、歪んだ金床、素材や道具の置かれた木箱の上に腰かけたグラッパは、少し興奮気味に

「先ずはあんたの質問に答えていこう。

 その後でいいんだが、その……”オリハルコン”の大斧を触ってみてもいいか?」

「おう、勿論さ。

 持ち上げるときは気を付けるんだぜ」

 地面に傷をつけないよう大斧を地面に寝かせてから、ラタはとても神妙しんみょう面持おももちで口を開いた。


「信じられねぇだろうけど、実は俺、今まで寝てたのよ」


 十数秒の沈黙の後


「そんでよ、今の世界情勢ってのがよくわかっていねぇんだが」

「お、おう……」

「地底国が、えーっと、ゲドとかいう奴のせいで、だだっ広い荒野と灰の砂漠になっちまったから

 ドワーフたちは王国領土の港町ポートに逃げてきた……って事でいいんだよな?」

「まあ、大まかにはそうだ。

 当時、対岸のポートへ逃げようとしてきた数があまりに多すぎたせいで、王国はレコン川を渡って来た難民の多くを上陸させないように狙い撃ちし、殺した。

 その確執かくしつが、20年近く経った今も続いているって訳よ」

「20年……その、ゲルニカが現れたのはいつの話だ? 20年以上前か?」

「表舞台にあの暴君が現れたのは、30年、ちょい前ぐらいだな」

「そのゲルニカって……大昔にいた同名のドワーフと同一人物なのか?」


 その質問に、グラッパは頭を掻いた。


「野郎が現れたときからその話題は出ていたが、実際はわからねぇ。

 かつて魔王封印に活躍した勇者ハルバート・フォールガスに協力し、地底国の地位を盤石なものにしたドワーフの英雄―――”ゲルニカ・ドルトン”。

 歴史上の英雄に憧れた誰かがその名前にあやかったか、本人が蘇って来たのか、答えは本人しか知らないだろうな……。

 どちらにしたって、アイツがしてきたことは何も変わらねぇがな」

「じゃあ……一番重要なところを、訊くが……。

 強欲成金爺ことゲルニカは、黒い……欠けた、石を持ち歩いたりしていなかったか?

 黒曜石で出来てて、魔法陣が彫られて、宝玉も幾つか埋め込まれている、俺の手ぐらいの破片なんだけどよ」


 グラッパは記憶を掘り起こしてみるも、首を横に振った。

「黒曜石なんて封印具に使われる代物、エルフの国じゃ滅多にお目に掛かれないものだ。

 見かけたら目立つだろうが……少なくとも俺は見たことも聞いたこともねぇな」

「そう、か……うーむ

 ち、ちなみに、野郎がどれだけヤバい事をしでかしたか……訊いてみてもいいか?」


 ラタの問いに、グラッパはゲルニカの悪行を次々に上げていった。


 地底国を治めていた女王トールを決闘で破り、凌辱した死体を晒し

 トールの血筋と彼女に仕えていた一族郎党を、国全土で晒し行脚させた後に磔にし

 民間の所有物であったミスリル大坑道を暴力的に買収して戦争準備し

 一般兵の精鋭に錬金術で生み出した筋肉増強剤を注ぎ込み

 刑務所に収監されていた重罪人の人格を幻惑術で崩壊させ、人形兵として使い

 四大国間の不可侵条約を一方的に破り、ナラ・ハの友好国だったシェール共和国を侵略

 王国南部へ侵攻、ナラ・ハの魔術師協会を・・・・・・などなどなどなど――――


「―――ん? おい、大丈夫か?」

 いつの間にか、ラタは地面にへたり込み、涙の水溜りに頬を着けていた。

びたい」

「なんだって?」

「心から詫び錆びたい」

「それ、正しい使い方か?」

 ぐわっしゅ!

 勢いよく起き上がると、ラタは早口にまくし立てた。

「勇者がどうのとも言ってたよな! 王族の女とか!

 そいつが八竜の誰に導かれた奴か分かるか?

 ゴルドーか? スティール? それとも」

「待て待て待て、一挙に訊くな。

 八竜じゃなくて女神だよ。女神に導かれた勇者」

「女神? 女神ってなんだ?」

「なんだ? なんだって言われても……」

「もしかして……テスラの事か?」

「そうそう、大女神テスラ。

 八竜が関与していたとは、何も聞いてねぇな……」

「うむむむ……じゃあ、その王族の女ってのは、”フォールガス”なんだよな?」

「ああ、フォールガスだ。仕事を実直にこなすタイプの、誠実な姫様だったよ。

 二人ともナラ・ハ方面に行ってから、そのまま王都に行っちまったみたいで

 それからは全く音沙汰おとさたないまま……魔王っぽい化物が現れて、衝撃波か何かが地竜山脈を越えてポートにも来て、この有様よ」


 鍛冶場の外には、何処からか飛んで来たものらしい瓦礫が山の様に置かれていて、その傍には、壊れた子供のおもちゃや割れた皿などが革袋にひとまとめで置かれていた。勿論、それを誰かが回収してくれることなどはない。


「それからすぐに、町を守る為だなんだと、王都の連中が我が物顔で来たんだ。

 何十年もポートを放って、魔物の脅威に晒されていたときだって人手が足りないだのと無視して来たくせにな。

 王都の後ろ盾が出来たからって、ドワーフを忌み嫌う王国貴族共は水を得た魚の様に息巻いて、町役場も司法所もドワーフを追い出す気満々だ。

 当然のように、トトリから配送されていた食糧は人間の商人たちだけにおろされて、ドワーフにはパンの一切れに金貨を払えと言って来る。

 それに怒って喧嘩けんかになればドワーフだけ捕まって牢屋行き。生きるために盗みを働くしかねぇ奴も現れたが、ドワーフの盗人の摘発に報奨金が出るせいで、同じ土に寝る身内を売り合っている始末。挙げ句の果てには、一つの牢屋に何十人と押し詰め、牢獄でバタバタ死人が出ていると来た」

「……パンツをくれたおっちゃんたちが地底国の瘴気を測量しに行っていたのは、地底国に戻る準備をしていたって事でもあるのか」

「ああ、そうかもな……。 

 ただ、作物の育たないあの国に戻ったところで、灰と石が食えるようになる訳じゃあるまいし……異様な瘴気が無くなったってことは、魔物も当然、地底国にも現れるってことだ。

 ゲルニカにそそのかされて侵略したシェール共和国に粉骨砕身詫びて、あの国を経由して少しずつ物資を送り、やりくりするしかない……が、あのバカたちじゃ、奪う方法ばっかり考えてんだろうぜ」


 グラッパは顔にかげりを落とし、うつむいた。


「勇者と一緒に、魔物共をこの町から追い出していたときは、みんな一丸になって戦っていたのに……遠目に見える、山ぐらいデカい化物見ちまってから……誰も彼も、あんなの勝てっこねぇって戦意喪失しちまった。

 今じゃ、助け合いだなんて口にしたら、綺麗事だと笑われる空気だ。

 下民街もいつ一掃されるか、仕事が出来なきゃ従業員も家族も食わせていけねぇし……流石に……しんどくなってきたわ」



「よぉし、わかった!」



 わかった? 何が? グラッパが顔を上げると

 ラタはぺかーっと笑みを浮かべていた。


 それは傍目はため、不謹慎なぐらい満面の、得意げの笑みだったが、何故か……グラッパには既視感があった。


「いまいちこの状況の元凶も打開策もわからねぇが

 誰かが貧乏くじを引かなきゃいけねぇようなら、俺が行こう」


 未来に不安を覚える空気の中、一人だけ、未来に確信を持っていた者の笑み――――それと同じ、頼もしさだった。


「それに、勇者は”もう一人”いるんだろ?

 実直に仕事をこなす、しっかり者のお姫様もいて

 仕事を探している鍛冶屋のドワーフもいるし!

 テスラがいりゃあ魔術と八竜問題は何とかしてくれる!


 今回は最初から用意がいいぜ! 八竜様よ!

 このラタ・ガッド・”フォールガス”のお目覚めを、手放しで祝福してくれていると見える!」


 力強く、図々しく、圧倒的なポジティブ思考。

 ラタは、自らの名字を”フォールガス”と言った。


 そして、勇者の事を―――【もう一人】―――とも。





 そう この男は知っている。

 遥か数百年も前の――――魔王の存在意義に隠された、哀しい真実を。


 勇者とされた一族、英雄とされた者たちの、本当の罪も。


 だが、この男は 真実を胸に留めたまま眠りについた。

 ――――魔王の魂と、共に。




「一杯飲もうぜ、グラッパよぅ

 俺と仲間になろうぜ」






 第30話  酔いどれ勇者の遅すぎた目覚め


2023/1/9改稿しました。

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