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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 女神ベラトゥフの懺悔
65/212

第二部に入る前に、幕間を挟ませていただきます。女神ベラトゥフとネロスのお話です。

挿絵(By みてみん)

「 茶番は 終わり……全て 終わらせてくれる 」


 五臓六腑に響く 憤怒の声



 すべて光に覆われる 瞬間

 一人のエルフは咄嗟に、聖樹の枝を折った。


 その光はとても温かかく感じたのだが

 同時に、怖かったから


 彼女は、光から逃げたのだ。




 彼女の名は ベラトゥフ・サガトボ・パッチャ

(パッチャ村に生まれた/父サガトボの子/ベラトゥフ)


 長くストレートな銀髪、碧眼と長い耳、あどけなさも残る童顔、中肉中背の大人になったばかりのようなスノーエルフの女。


 彼女はつい最近、女神になったばかりだった。



『いいいいやあああああああああああっっっっ!!!!!!!』


 巨大な聖樹から腕の長さぐらいの枝に飛び乗ったベラトゥフは、高い位置から勢いよく落下した。頭から。


『ひぃやあああっ!!!―――はあっ! ああッ!! 痛くない!

 生きてる!! 私死ん―――いや生きてないわ!!? OH!パニック!!心臓が喉から飛び出しそう!』


 頭から数十メートル落下し、弾む恐怖でベラトゥフはパニックに陥った。

 だが、痛みなどはない。少しずつ自分が魂だけの存在であることを再認識していく。

 そう、女神は魂だけの存在。人だった頃の感覚が抜けきれていないのだ。


『はあ、はあ……落ち着け私 落ち着け私 落ち着けぇえ私!

 状況確認が大切よ 慌てず周りを確認 人を見たら大声でヘルプッ』


 ベラトゥフは自分にそう言い聞かせながら、周りを見渡した。


 そこはカタリの里だった。

 ベラトゥフが女神になるために、肉体を失った最期の場所であり、聖樹がある場所。

 死者の世界の端っこだ。


(あれは 守り人だ 守り人がみんな聖樹を見上げてる)


 声を荒げて助けを呼ぶべきだったのだが、彼女は守り人にひどい嫌悪感を抱いていた。その理由を覚えていないものの、彼女は口篭もってしまった。


 守り人たちが唖然と見上げる方向に、ベラトゥフも視線を移すと


『―――みんなっ』


 聖樹が枯れていた。

 みずみずしかった樹皮は渇き、時に黄金にも輝く葉の緑は消え失せ、茶褐色に変色している。ピンと張っていた枝もみるみる先端から重力に負けて垂れ下がり、みるみる先っぽから腐っていく。


 ほんの数瞬前には、自分は聖樹そこにいた……間一髪で逃げ延びた奇跡に昂ぶりつつ、自分の他に助かった女神はいないのかと、必死に周囲を見渡した。だが、他の女神たちの気配を感じない。あの大女神テスラの気配すらも……。


『何があったの!? 魔王が復活してしまったの!? 教えて誰か!』


 ベラトゥフは声を荒げ、嫌悪感を無視して守り人に呼びかけた。

 しかし、誰も振り返らない。

 例え声が聞こえなくとも、守り人は盲目だが魂の姿が見えるはず……目障りなぐらい荒ぶってみたものの、彼らは枯れた聖樹に目を奪われていて、落ち延びたベラトゥフに気付いてくれず───


『ひっ!!!』


 突如として現れた謎の力により、彼女の魂を乗せた聖樹の枝は

『ほええええ!?!?!』

 表世界の空へと放り出された


 大嵐吹き荒れる 未曾有の大災害の中に!


『ぴぃえええええええええええっっっ!!!!』





 海や川から、魚も鯨も海竜も、あらゆる水ごと大空へと攫われるように天へと昇っていき、どす黒く分厚い雲が世界を覆い尽くし

 大地すら引き裂く雷を携えた大嵐が、三日三晩、地上に降り注ぐ


 海が落ちてきたかのような水量に堪えきれず、各地の河川は氾濫、土砂崩れや地滑りが頻発し、雷によって山が裂け、家を暴風が巻き上げる……。  

 更に、大嵐に対抗意識を燃やしたかの如く、地竜山脈の活火山が嵐の中で次々に大噴火、死火山だった筈のタタリ山以南、神国のカトラス活火山も大噴火に伴う大地震と、それによる津波被害……etc.


 数十万人の命が数日で失われた、未曾有の大災害

 世界は大混乱に陥った。


 大空へ投げ出され、嵐に振り回されるベラトゥフの魂が宿る聖樹の枝は、為す術もなく氾濫したレコン川の濁流に乗り―――。


『ああ……どうして こんなことに……』


 氾濫ゴミ――─色んな枝や藻屑、瓦礫その他諸々───にベラトゥフ(聖樹の枝)は引っかかっていた。

 三日ぶりに雨が降らない、どんよりとした曇りの日

 鬱々とゴミを片付けていく生き残った人々は、しかしながらゴミの山に埋もれた女神の声に気付くこともなく……聖樹のベラトゥフを焼却しようと油を撒いていく。

 ベラトゥフは必死に声をかけ続けた。


『誰か気付いて!私は此処にいるの!女神が此処にいるんだってば!!

 お願いだからっ! 女神を焼かんといてぇええ!!』


 しかし、変な意味で、奇跡は起こった。


『はっ!』


 ゴゥゴゥと燃え盛る火を投げ込まれる───その直前に何処からともなく現れたカラスが聖樹の枝を的確に掴み飛んでいったのだ。


『最高!女神よ!あ、私か やった!カラス最高! あなたにこれからの人生……鳥生に幸あれ!!』


 ベラトゥフは大層喜んだのだが、カラスは別に、女神の声が聞こえていた訳ではいなかった。


『・・・・・。』


 カラスは自身の巣作りに手頃な枝を欲しかっただけのようだ。

 ベラトゥフは意図せず、カラスの夫婦のラブラブぶりと、その卵が孵化する感動の一幕を見守る事になってしまった。

 生まれたての赤ちゃんカラスがすくすく成長し、旅立つところまでもマジマジと見届けて……。


 そして、訪れる沈黙。赤い月の昇る長い夜。


『いつまでこんな事……してるんだろ、私  ・・・ぐすっ 』


 ベラトゥフは何も出来なかった。

 細い枝分かれを多少伸ばしたり、曲げたり、蕾を出したりは出来るものの、鳥の巣として他の枝葉と複雑に絡み合っているせいで身動きが取れないのだ。


 眠くもないし、食欲もない。

 温度も感じないし、痛くも痒くもない。

 一人ですすり泣いていても、その声に誰も気付かない。


 怪しげに光る赤い月が、彼女の不安と孤独を煽るばかりだ。


『こんなところじゃ何もできないよ……赤ちゃんカラスももういないし……何の楽しみもない

 つらいよ、大女神ぃ……ぐすっ  私、せっかく落ち延びたのに、何も出来ないんだぁぁ……うあああっ』



 そんなとある、激しい大雨の日

 ベラトゥフが大空に投げ出された日のような激しい大雨で、カラスの巣も一溜まりもなく破壊されてしまい

 ベラトゥフは土砂に流された。そして……。


『あああっ!!』


 一部の土砂と共に、枯れた老木の空洞へ流れ落ち、見事に―――折れた部分の太い側が

 雨に濡れて

 柔らかくなった

 地面に

 刺

 さ

 っ

 た

 地面に。

 かなり深く。

 深~く。


 突き刺さった。


『もう二度と何処にも行けないわあああ!!!

 うわああん!!!! 大女神ぃいいい助けてぇえええ!!!!』


 嘆き悲しみ、溢れ出る涙と鼻水で顔をべちゃべちゃにしたベラトゥフは


『う ―――っ』


 同じ空間に、死体があるのを見てしまった。

 女性だった。雨と泥でびしょ濡れだ。傍には藁編みのカゴと、くたびれたタオルと、乾燥させた果物と、泥で滲んだ一通の手紙……魔物に襲われてしまったのか、お腹は大きく裂かれており───


『あ、赤ちゃん が……』


 ついさっきまで母親のお腹の中にいたのだろう……へその緒に繋がったままの人間の赤ん坊が、冷たい雨風に晒されてしまっていた。

 あまりに凄絶な光景にベラトゥフは絶句し、同時に絶望した。


『私……何のために女神になったんだろ……

 大女神……私、どうしたら…………、……?』


 そのとき、ベラは何かを感じて顔を上げた。


『     』


 赤ん坊が、動いたのだ。


『嘘 そんな まさか  まだ生きてるの? 生きてるの??』


 赤ん坊はほんの僅か、動いていた。

 だが、産声すら上げていないだろうその子は、呼吸が出来ているのかも分からない。雨風を直接受けてしまっているから、きっと寒くて……このままでは生きていられない。


『ど、どど、どうにかして助け……いや、ダメだ……私は 女神は個人の生死に直接関わっちゃいけないって……決まり、で……。

 それに……この子を助けてもどうやって……、……。

 私は……ごめんね、ごめんね……』


 目の前で、生きようと必死にもがいている赤ちゃんを、ベラトゥフは見殺しにするしかなかった。どう考えても、育てていく責任が果たせないから。


『・・・・・』


 一度目を逸らし……  恐る、恐る  振り返る。



 赤ちゃんは、動かなくなっていた。


『―――ッ』



 唐突に押し寄せる孤独と絶望、後悔、そして無力感。

 血の気が失せて白くなっていく小さな体を見て、溢れかえる罪悪感に押し潰されていくベラトゥフの脳裏に、大女神の言葉が過る。


 ―――勇者の死霊術は……人に使用を許された八竜魔術

 命を支配する傲慢な死霊術の分野でありながら、この術式には、他にはない“唯一無二の長所“がある。


 これは餞別よ 可哀想なベラトゥフ

 “私に会うため“に、此処まで乗り込んできたあなたへの餞別に

 八竜の叡智えいちを教えてあげるわ―――



(―――大女神  私は  ―――ごめんなさい

  結局 私は  自分勝手なだけだ  )



「 ぁ ぁぁ 」


 赤ちゃんは一度死んでから  産声をあげた。





 赤ちゃんは一日中ほとんど動かなかった。

 僅かに手足を動かすものの、ほとんど泣くことはなく、過呼吸のように早い鼓動と呼吸を繰り返す。目は開かず、萎んだへその緒はついたまま……体力をひたすらに生き残ることだけに費やしているようだ。


『どうしよう……この子を、生かす方法……』


 ベラトゥフは魂だけの存在だ。彼女自身に魔力を生成することは出来ないし、魂の幻影で赤ちゃんに触れることも出来ない。頼りになるのは、聖樹の枝と、タップリと入った聖樹の魔力のみ。


 彼女は必死に考えた。触れられない赤ちゃんを育てていく方法を。


『ま、先ずは……真っ先に、環境だわ』


 赤ちゃんが冷たい雨風に曝されないように氷のドームを作り、灯りと温もりを与える光の玉を幾つか出す。これでドームの中は心地良いぐらいの温度になっただろう……白くなっていた赤ちゃんの体に僅かに赤みが戻るのを確認し、ベラトゥフは一安心した。


 その後、彼女は試行錯誤して、ほんの僅かにベラトゥフの魔力に応えてくれる聖樹の枝から、分岐する細い枝を生やし、赤ちゃんの口近くへと伸ばしていった。

 その小さな枝先から、聖樹の樹液を滲ませて。


『聖樹は女神になった私たちの身体を取り込んで生きてる、言うなれば肉食植物だから……だからきっと、樹液は栄養満点の筈! 魔力もみっちり詰まってるし!

 ほら!おいでベイビー! ベイ……ベイビーちゃぁあん! ベイビィーっ ベイ・・・』


 赤ちゃんは樹液の甘い香りを感じたのか、のそのそ、顔と口が動き……聖樹の枝先から滲む樹液を口に含んだ。それが生きるのに必要なものであることを本能的に理解したのか、赤ちゃんは無性に樹液を、母乳のように吸い始めた。

 

『……か、かわいいっ……』





 ベラトゥフは、赤ちゃんをネロスと名付けた。

 落ちていた滲んだ手紙から、彼の名前と思しき文字が幽かに残っていたからだ。


 当初、死霊術の管理下におくデメリット―――ネロスの魂に取り込まれていく魔を心配していたが、聖樹の魔力を大量に含んだ樹液をご飯として取り込み続けた事が功を奏したらしい。

 ネロスの魂に入り込む魔のほとんどは、聖樹の魔力が浄化してくれているようだった。

 その他、大きな落ち葉のオムツ、タオルの腹巻き、服は掛け布団にして、魔術を使った寝返り、夜泣き、温いお湯で体を洗い、聖樹の樹液の保湿き、寝返った際に枝で傷つき大号泣……などなど……ベラトゥフは魔術的にどうにかこうにか工面した……。


 そして、彼はすくすくと、ハイハイするまで育った。

 彼は氷のドームの中をハイハイしてぐるぐる回った。落ち着きがないぐらいに元気よく、常にゴロゴロ、わちゃわちゃした。



『ネロス! 苔を食べちゃダメだって何回言えば分かるの! お腹壊すでしょ!めっ!!』

「あばっば ぶぅ  ぴゃぁー」


 勇者の死霊術を介した契約関係にあるためか、ネロスはベラトゥフの声が聞こえているようだった。ベラトゥフが声を出すと、彼は聖樹の枝の方に振り返った。だが当然、まだ言葉の意味を理解出来ないし、話すことも出来ない。

 だから、危ないと思ったときや、叱るときは声を荒げるしか方法がなかった。


 褒めるときは餌付けをするように樹液を滲ませた。コレのお陰で、ネロスは何も得られないことをあまりしなくなった。

 ただ、ネロスはその餌を貰えるタイミングを少しずつ理解していったのだろう、彼は怒鳴られればすぐに動作を止めて、褒められようと笑顔を見せた。

 お陰様で、彼はいい意味でふっくらし始め、聖樹の枝は反対に萎れてきていた。


 ベラトゥフは精一杯、ネロスを世話してきた。しかし、彼女の心にはいつも、見通しのつかない不安と焦燥感、人の命をもてあそんでいるような罪悪感が纏わり付いていた。

 ネロスをこれからどう生きていかせるべきなのかと……彼女は毎日、そればかりを考え、静かに眠る彼の横で、眠れない夜を悩み続けていた。



 そんなとき、いつも寝付きがいいネロスが、聖樹の枝をぺちゃぺちゃと口に含み、なかなか寝ようとしない日があった。


(お腹空いてるのかしら……?

 けど、調子に乗ってあげすぎるとこのまま更にぷくぷく太り……それはそれで可愛いけど)

「んまぁ」

『なあに?』

「まんまぁ、あぷぶぶぶぅ」


 よだれ塗れのネロスがそう言いながら聖樹の枝に笑いかけ、ぎゅーっと抱きつき、柔らかな頬を擦り寄せる。


「まんまぁ」

『……、……。』

「まんまぁ? まんまぁ??」

『……待って 私のこと? まんまぁって私のこと?』

「まんまぁ~ ぱあ ちゃぁ」

『     』


 ベラトゥフの目に、既に白骨化し始めていた本当の“母親“の姿が映る。

 彼女が持っていた、お腹の中の子供のために買った服やタオル、おもちゃ……もう何も読めなくなった手紙の残骸……。


『違うのよ……ネロス

 違うの 私は、あなたのお母さんじゃないの……』

「まんまぁ ぷぁぁ あーい」


 そう言ったところで、ネロスには分からない。

 既に骨となったそれを“母親“だと押しつけるわけにもいかない。

 ネロスは無知で無垢な笑みを浮かべ、声のする聖樹の枝に縋り付くが、それを愛しむことを―――“母親“の虚ろな眼窩に睨まれている様にベラトゥフは感じた。


 例え自分が何者であろうとも

 “母親“の目の前で“母“と偽るなど―――許されていい道理などない。



 ベラトゥフはネロスを大切に、手塩にかけて育てた。

 だが、彼女は心の底から、ネロスを愛してやることはできなかった。


2022/12/12改稿しました

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