第28話③
魔王に数多入り込んだエバンナの魔力。
その全てを消費し、魔王は身体を急速に変形させた。
それは、テスラが見せた”竜化”と同じ原理であった。魔王の中にある”赤月の竜”、その姿形、そして、その力を顕現させるかのように……。
魔王の身体は地上世界――レンス・タリーパにあったものの
八竜の戦闘によって時空の歪んだ死者の世界、その裂け目に”腕”が捻じ込まれ―――実に強引に、魔王は姿を現した。
骨の竜だ。
だが、エバンナやゴルドーの様な蛇ではない。二足二手の熊の様でもあるが、尾は幾重にも骨が重なり、長くなっている。
筋肉の様に束となった魔力管が巨大な骨を繋ぎ、鋭利に尖った牙、角、爪、四つ目の顔。癒合して隙間の多くなった肋骨、太く横に長い背骨、臓物のない腹は空虚だ。
そして、魔王は―――エバンナ並みに巨大だった。寧ろ、二本足で地に立つその姿は、山を優に超えてさえいる。
魔王の咆哮は、エバンナの鱗を剥がし、捲り上げた。
それは魔術ではなかった。言葉ですらもない、魔の衝撃波。
”深淵” 八竜への憎悪、殺意から生み出された、人の魔。負の心だ。
それに、洗練された技術も、意思疎通の意味も要らない。
巨大な魔王の腕は、空間の裂け目を切り裂きながら、エバンナの首元をわし掴み、死者の世界に引き籠る蛇を―――赤月の照らす地上へと引き摺り出した。
エバンナの悲鳴にも似た魔術が唱えられるも、魔王の無彩色の魔力が蛇の断末魔を掻き消す。ならば、と魔王の腕から首に巻き付き、骨を砕き、絞め潰そうとする。
しかし、魔王はエバンナの身体を噛み千切り、両腕で頭と長い図体とを左右に引き千切った。
黒紫の血が、ナラ・ハの森に雨あられと降り注ぐ。
魔王の重さに耐えきれない、腐った大地にその足に深く沈み込ませながらも
エバンナの頭に爪を立てた そのとき――――
「!?」
魔王の手の中で パンッ! 自ら破裂したエバンナの頭部は―――巨大な魔王には余りに小さすぎる、無数の蛇と変わり、自ら空へと身を投げ出した
不滅の魂、不死の肉体 その八竜が死を恐れて、脆弱な生き物に成り果てて逃げた―――魔王は更に怒り狂った。
宙を舞う無数の蛇共に向けて
魔王は心の内から込み上げる逆鱗―――巨大な魔力砲を―――放った。
それはそれは、あまりに巨大で、魔王の前方が無に還る程。
エバンナの小さな蛇と飛び散る肉塊共々―――ナラ・ハの西側、天竜山脈の尾を、遠く水平線の向こうまでもを――――掻き消した。
そして、魔王の魔力砲の衝撃波が、数瞬遅れて、ナラ・ハの森を襲った。
レンス・タリーパも、森も、山肌も、暴力的な風圧に晒され、森中を覆っていたエバンナの瘴気さえも吹き飛ばして。
「何処だ……ッ 何処にいる……ッ!?」
魔王は 口からどす黒い瘴気を放ちながら
もう一柱の八竜を、四つ目を揺らして探していたが
「!!」
魔王の身体は少しずつ、身体が霧状に、崩壊し始めていた。
( ベ ラ ベラが 消えてしま う )
魔を生み出す憤怒が、不安と悲痛に変わってしまった。
魔王はベラトゥフを探そうとした。
しかしながら、死者の世界への裂け目から手を離したため、魔王は死者の世界の様子を見ることも、干渉も出来ない―――ベラトゥフの魂があのまま消えてしまえば、死霊術が消え失せ、魔王の魂も消えるのみ。
(ああ…… あぁ……ぁ ―――― )
みるみる霧散していく意識と感覚 中途半端な復讐 やり残したことがまだまだいっぱいあったのに
魔王の虚ろな目は、北東(王都の北西)へと向けられ
(……せめ て 僕(私)を 勇者と 信じてくれた 君 に……
祝福 を ・・・…… … )
最期は、届く筈のない手を差し伸ばしながら
倒れ込むよう 魔王は 霧と消えた…………。
第28話 呪われた魂に愛を
2022/11/14追加しました