第28話②
『封印術を使え』
伝聞の雷魔術と、魔王の魂に結構なダメージを与える上位魔術、電磁砲の雷魔術を複合した何とも暴力的な方法で、作戦を伝えに来た半グレ賢者の一撃。
「相、変わらず、手厳しい女だな……何故あの暴君に女神なんて勤まったのだか……」
エバンナの調教よりも遥かに激痛を伴う……魂へクリーンヒットした攻撃は、魂の核を貫く楔にヒビを入れた。だが、地上で膝をつく魔王に、死者の世界の成り行きを見つめる以上の事はまだできない。
(ベラに協力しているのは、果たしてテスラの本心なのか……?)
かつて幾度も魔を交えた敵として、魔王は金の賢者テスラを、畏敬の念を以て危険視していた。
戦争孤児であるハーフエルフ、魔術分野に飛び抜けた鬼才……人と仲良くなろうとしない、つっけんどんな性格が一目で判るような目つきと言動。
それは両足が動かなくなろうが、封印術により当時の神教幹部から奴隷化の仕打ちを受けようが、まるで折れず丸まらず。
腹に風穴空けても『痛くない』『死なない』『邪魔よ、退いて』と言い切る───黄金の竜ゴルドーお墨付きの強情の権化───それが、金の賢者テスラだった。
しかし、彼女は決して、人を騙す事だけはしなかった。
魔王を前に奮い立つ味方に『吼えなきゃ剣も持てないの?雑魚』と土足で心を踏み砕くクソ女だが、その言葉は常に、ありのままの自身の感情と、事実だけを述べている。
配慮や優しさからの嘘でも許さない―――ましてや、まどろっこしい事や、罠を仕掛けようなどと思いつく思考回路すら持ち合わせていないだろう……
その女が、だ。
かつての勇者を写した偽りの肉体を操り
王の娘が女神になると予言し―――残虐な罠を仕掛けた
「…………。」
テスラに何かがあったか……などと、魔王が思っていたところへ───
ピカッ「ふぐっ」
再度、電磁砲の雷魔術が容赦なく魔王の魂へ放たれた。伝聞の雷魔術は込められていない。ただただ、クソ女はぶちかましてきた。
気を失いかけるほどの激痛と悶絶で、地上世界の魔王は脂汗を浮かばせるように蹲った。
(殺す気だ 殺意だ もう二発喰らうと流石にきついぞ 殺意だろアレ 殺意だって殺意)
クソ女らしいといえば、らしい容赦のなさだが……。
(アイツ 自分から伝えてきた作戦の意味、よもや忘れてはいまいか???)
「大女神ィイイイイイ!!
消えそうっ! 助けたい魂が先に消えそうですッッ!!」
息子の魂の暗い灯火が、閃光を受けてみるみる薄~くなっていくのに、母が悲鳴をあげるが「そんなに脆い訳ないわ あの魔王よ あと百発受けても消えない」テスラは魔王の耐久性に対して謎の信頼を持っていた。それは最早、経験談。揺るぎない確信だった。
「ダメだまるで配慮がない! 知ってたけど!
大女神に任せていたらネロスが殺されるっ!」
「だったら守ってみせなさい」
瞬きの間にとんでもない差をつけられるテスラの背を見て、ベラトゥフは拳を握り締めた後、立ちはだかる邪神に向かい、同じ方向へ飛び出した。
作戦の根幹は、魔王に封印術を使わせることだ。
つまり、魔王に、魔術を使用させる自由を与える事に他ならない。
使役死霊に自由意志を与える1番手っ取り早い方法は、使役死霊の魂を縛り、術者との魔力の通り道となる“連結路“の機能を損なわせることだ。それは、必ずしも術式の破壊が必要な訳ではない。
ベラトゥフとネロスとの死霊術では、連結路をかなり緩く設定していた為、ネロスの自由意志は完全に近く確保されていたが、今現在、エバンナは連結路ギチギチに固めている。魔王の魂に突き刺さる楔がそれだ。
要は、その楔を弛めること。
封印術を唱えるだけの数秒の猶予、それを叶えられれば成功となる。
あとは、魔王の意志の問題だ。
彼に自由を手にしたい、少なくともエバンナの術中から解放されたい意志がなければそもそも成立せず、2人のやっていることは無駄となる。
(大女神が利害の一致って言ったのは、このためよね)
魔王を説得できるとすれば、器となった本体と共に魔王を生かしてきたベラトゥフしかいない。
ベラトゥフの認識中でも、テスラは、重箱の隅にある埃のような優しさを掻き集めても『自死出来る自由を与えてやる、死ね』しか言わないだろう。テスラに説得させるのは絶望的な人選ミス、論外だからだ。
(御自身でも自覚なさっているのに直す気がないとは流石です―――ただ……)
――――私を騙し 勇者を裏切り 魔王の眠りを解いた……。
あなたたちも 八竜も 私は絶対に許さない
そうベラトゥフへ告げた、テスラの真意がわからない。
エバンナという敵を前に、利害の一致から共闘しているだけ……ならばもし、エバンナから魔王を解放したら……テスラはどうするのか?
(”勇者の死霊術”を私に教えてくれたのはあなたなのに―――どうして? 大女神)
ベラトゥフは、テスラを信じた。
少なくとも……最強の魔術師としては。
「 い や ん 」
黒紫の竜の無数の腕から放たれた数千に煌めく魔術の閃光。不規則な軌跡を描きながら、狙い澄ました二人を追尾する。
放たれる魔術よりも早い速度で飛ばなければ、あっという間に数百の魔術の雨に曝され、魂は消し炭にされる。急角度の方向転換、急上昇、急降下からの速度上昇、急旋回。追尾してくる無数の魔術をかわしながら、僅かにでも接近しようと包囲網の隙間を掻い潜り───「どわっ!」
エバンナ本体の魔力砲。寄せ集めの魔力砲の数十倍はあろう砲撃。その巨大な爆発だ。
その爆発威力が空間を歪める事の圧で煽られたベラトゥフは、回転する視界の中で転移魔術を唱えるも、追尾する魔術が転移先へと急旋回してくる―――彼女は対処に手間取った。
「くっそ! 数が多すぎる───多すぎるッてェえええ増えてる!?!」
「任せたわ鈍間」
「性格悪過ぎません?!」
雷を魂に纏い、刹那に位置を変えるテスラは、鈍間なベラトゥフに邪魔な追尾弾を託し、エバンナ目掛けて突っ込んでいった。
テスラは雷魔術が得意な属性魔術師だった。
雷魔術は風魔術や転移魔術にとても相性が良く、攻撃しながら回避にも防御にも術式の大きな変更なく円滑に唱えられる。その為、機動力はベラトゥフよりも遥かに高い。
「グムムムムムムム!!」
一方の氷魔術は水と土の魔術系統であり、どちらかといえば機動力を“奪う“側の魔術だった───風魔術や転移魔術の術式とは基礎となる土台の魔力構成から方向性が違う。術式の変更や魔力操作をいちいち変える、そのタイムラグが実戦で致命的に現れていた。
ヅゴンッ 一発の魔術に被弾すれば、他の魔術も誘爆されて逃げ場なく―――ベラトゥフの魂は爆発に呑み込まれ――――たが
「出来た出来た出来たッ変わり身転移氷魔術派生!」
ベラトゥフは爆発から離れた場所に転移していた。
変わり身となる氷人形を離れた場所に転移させ、爆発寸前に離れた場所の氷人形と位置交換させる魔術を唱えたからだ。
ベラトゥフの知識としてあったのは、土人形の土魔術と位置交換の転移魔術、これを土系統の基礎がある氷魔術でも同じ原理の術式で出来る筈と、彼女は咄嗟に生み出した。これを移動・回避手段とすれば術式の変更は最小限に、攻撃魔術を行う一瞬の余裕が出来る。
「消し炭になるかと思ったわ―――あとで一発殴らせろ大女神ぃいい!!」
魔術の猛攻撃を爆発させながらも徐々に接近して来るベラトゥフを他所に
テスラは一足先にエバンナの懐まで飛び込み、そして、電磁砲の雷魔術をその腹目掛けて放った。
だが、常に動き続けるエバンナの巨大な胴体は、寄せ集めの身体よりも遥かに硬質な鱗に覆われていて、テスラの攻撃はエバンナの表面を焦がしただけに終わった。
「流石は八竜ね……ド腐れ蛇畜生
仕方ない───」
無数の追尾弾をかわしながら、テスラは“鍵“となる詠唱をした。
「金剛雷鎗、吾魂を射て」
掌に生み出した黄金の雷鎗を己の胸に突き立てる―――その直後 ビガッ! テスラの魂から目も眩むような閃光と電撃が放たれ
エバンナの前に、黄金の竜が―――顕現した
〈竜化か!〉
雷そのものが竜の姿を模した様な姿 蛇の如き細長き黄金の身体に短き四肢
細く突きだした口と左右一本の長い髭
エバンナと比べれば細く小さい身体ではあるが、その鋭き四つ目の眼光から迸る第一印象は、限りなく傲慢だった。
〈喋るな クサいぞ 残飯漁りが〉
黄金の竜ゴルドー
其の力の片鱗を、テスラは自身の魂を宿らせた―――主たる色を冠した賢者にのみ許される、神の威光を纏う魔術だった。
ゴルドーと化したテスラの口から交わす言葉なく放たれた電光―――電磁砲の雷魔術と同じでありながら八竜の魔力が加わった一撃はエバンナの魔力砲を容易く貫き、その顔面を大きく抉った。
〈貴様の断末魔を聴かせろゴルドォオオオオッッ!〉
だが、エバンナの図体からすれば掠り傷の様な大きさの傷口は一秒とかからず修復され、町一つを飲み込みそうな口でゴルドーを噛み千切ろうと――――八竜同士が衝突し始めた。
「ひぃいいい!!!!」
神の魔力の衝突は死者の世界全体をも揺さぶり、真っ白な空間に黒い裂け目が入った。その裂け目の奥には、地上世界の夜なのか―――赤黒い空や雲が乱雑に裂け目から映り込んだ。そして、衝撃波に流される死者の魂たちがその裂け目に吸い込まれ―――地上世界へ雑然と投げ出されてしまっていた。
ベラトゥフの魂も八竜同士の戦闘に入り込む余地などなく、次元を破る程の魔術の応酬に巻き込まれないよう、大回りを余儀なくされていた。
(だ、だけど―――臆するな私よ! 今しかネロスに近付けない!)
同じ八竜を相手にエバンナが目を離せる筈がない―――今なら魔王にアレやコレや仕込む時間が稼げるはずだ。
魔王の魂はまだエバンナの周囲に囚われたまま―――ベラトゥフの魔術が届く射程距離まで衝撃波に煽られながら飛翔し「ネロス!お迎えの時間ですよッ!!」ギリギリの射程で―――先程と同じ―――手元に作った氷人形との位置交換を用いて
〈貴様ッ〉
〈余所見とはいい度胸よなッ!〉
ムギュッ……。
ベラトゥフは我が子だった魂を 全身を使って抱き寄せた。
「人違いだとは思わないのか、ベラ」
ネロスと同じ声でありながら、話し方の抑揚も、言葉選びも違う何か。
それでも――――
「私の可愛い息子です」
「…………。」
息子の魂を貫く楔に手をかけ、ありったけの思い―――魔力を注ぎ込み、パキッベキ……徐々にだが、破壊していく
だが、魔王に封印術を唱える様な素振りはなく、魔力操作を試みる様子もない。溜息をつくような、力のない言葉が零れる。
「もう、何もかも無駄だ。こんな魂に助ける価値なんてない」
「何が無駄だって言うのよ、ポジティブになりなさいな」
「あのクソ女から聞いていないのか?」
「他人様をクソと呼ぶんじゃありません。わかるけど」
「私は魔王だ」
「お前たちが忌み嫌うそのもの。
かつて世界を混乱へと陥れ、勇者とあの賢者に討たれた化物。その魂が私だ。
ネロスというバカで純朴な男は、私の身体の為に犠牲になったガキでしかない。
アイツは消えたんだよ、ベラ。
叶う筈もない蛇の囁きに負け、死霊術の術式に利用されて消えた。
私の何処にもアイツは残っていない」
「封印術は使おう。だが、それで終わりにしてくれ。
ただ”一人”さえ救う事も出来ない。不幸を振りまくだけの呪われた魂など
この世にあるべきではないんだ―――」
ベシッ
魔王の頬骨を叩く平手打ち。
その思い(魔)が、魔王の楔をも砕いた。
「ごめんね、つらいよね。最低な運命を背負わせてしまった。
それなのに私は一人で後悔ばっかりして、ダメダメなお母さんですよね。
だけど、この愛だけは本当。嘘じゃないの。
精一杯の祝福を以て、私は、あなたの命を肯定する」
「ねぇネロス、思い出して。
あなたはちゃんと、マイティアの”勇者”だったじゃない」
冷めた血の色の目の奥、青い靄の様な揺らぎ。
消えてなどいない―――ネロスは魔王の中にいる―――。
「生きていいのよ ネロ――――」
ベラトゥフの 背越し
魔王の視界に一瞬だけ映る 閃 光
「 ベ ラ 」
母の背を 魔術が穿った
魂だけの姿。血など出ない。靄だけが散る。
二発目の閃光。魔王は封印術を唱える最中―――無彩色の魔力で放たれた魔術を相殺し―――楔を解いた。直後、ベラトゥフはすかさず”勇者の死霊術”を唱え、細く柔らかな糸で、魔王の魂をこの世に縫い付けた。
「へ へ はへ、へ……ま だ、子離れ……しない もん ね」
言葉が浮かばなかった。あのときと一緒だ―――記憶を失ったマイティアが連れて行かれる―――あのときと。胸が締め付けられる何よりもの苦痛。
「なんでどうして誰だ今の―――は 」
腕の中で徐々に薄く掻き消えていくベラトゥフを 魔王は強く抱え込む。
二人を睨みつける2柱の神の、蔑視の眼 と 既に放たれた数千の魔術の軌跡。
なんだ その眼は
なんだ この導きは
何様だ 人を 使い捨てみたいに――――
「―――神を殺すことは罪か?
いいや、名誉だろう―――」
魔王の心に 憎悪が宿る。
八竜への殺意が。
「―――思い知らせてやる
死 を ―――― ”深淵” の 恐怖を……ッ!」
2022/11/14追加しました