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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
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第28話①

『今度起きたら、酒でも飲もうぜ ○○○○』 


 ぼんやりと脳裏に浮かぶ男の言葉。

 遠い昔にそんな約束をした様な―――気もする。



 魔王は静かに目を覚ますも、酒などある訳もなく……。


 パキパキ……鬱陶しくこびり付いた氷を剥がし、ゆっくりと彼は動き出した。

 傍には、未だにピクピクと動いている巨大な肉塊と、倒れたスノーエルフの女、立ったまま動かない大男。


(これは、錬成体か……)


 大男は傀儡かいらいだった。器だけの身体。恐らくは、錬成術で作り出した精巧な肉体だ。それに、何者かの魂が入って操縦できるよう調整してあるらしいが。

(随分と多くの肉体を素材にしたな……)

 人体錬成で作り出した身体のようだが、その素材となった肉体の数はかなりある。それも、鍛え抜かれた猛者、その十数人の肉体を、一人の為に、だ。


 魔王は激しい嫌悪感を抱き――――拳を振り翳した。


 グチャ グチャ グチャ……。


 動かない傀儡の頭を潰し、その身体を直せないようなボール状態にして、エバンナの肉塊目掛けて投げつけた。最早、どこまでが大男の肉体だったかわからないように。


 そして、血で汚れた身体のまま

「…………。」

 スノーエルフの近くへと歩み寄り、魔王は膝を折ってしゃがんだ。

 エバンナとの戦いで傷つき、焦げた身体。ところどころ炭化し、抉れた出血創を凍らせて防いだ痕のある身体……。

 血で汚れた骨の指先をぎこちなく、真っ白な頬と銀の髪に触れると「!」黒々しいエバンナの血と赤い眼球がスノーエルフの髪から本体へ伸びて来ているのを見つけ

 グチャ―――咄嗟に目を瞑り、エルフの身体の組成を解く様にバラバラにした。


 魔王の汚れた手が震え始め、彼はその手で顔を埋める……そして、歯軋りと共に、ひび割れる程、己の頭に指を喰い込ませた。


よこしまな竜め……貴様の汚らわしい息を私にかけるな……)


 死霊である魔王、その魂は


 〈赤月の力を有し、深淵を宿した稀有けうな魂。

 二度も手放しはしない〉


 死者の世界にいる、雲海の様に長く巨大な蛇の前で磔にされていた。


 魂の根幹に打たれたくさびから伸びる鎖を介して、魔王は部分的に死者の世界に囚われている状態だった。

 心の臓をクソ蛇に握られているに等しい状況だが、魔王には首根っこを掴まれている絶望や悲哀はなく、とてもげんなりとした呆れ顔をしていた。


「この力がどうしても欲しいというのなら、私を喰らったらどうだ。

 大喰らいとはいえ、刺激物は苦手か?」


 地上世界では魔王の独り言。

 それにエバンナは応えた。


 〈深淵の力は八竜さえも飲み込むもの―――赤月の二の舞にはなりません〉

「これは驚きだ。貴様にも学習能力があったか。

 その割には昔も今も醜悪しゅうあくで粘着、馬鹿の一つ覚えのようだ」

 〈そうほざくだけ。あなたにはそれ以外出来ない〉

「粋がるなよ、口の減らない私の人格にまで手を出せないのは、”深淵”を恐れているからだろう?

 人が八竜への憎悪より生み出した”魔”――――八竜を滅ぼす、唯一の力を……」


 エバンナは魔王に、貯め込んだ大量の魔を注ぎこんでいた。

 死者の世界に落ちてくる無数の魂を喰らい、その魂の残片に貯め込ませた大量の魔を。


 魔王に施した死霊術はまだ十分に機能していない……相性が悪かったとはいえ、ベラトゥフ一人にしてやられたことを、エバンナはひどく気にしていた。

 魔王の器となった本体ネロスが、母親と称していたベラトゥフへの攻撃を躊躇わせたこと―――それを、ベラトゥフの人体人形ホムンクルスを破壊する指令への抵抗感で、エバンナは確かなものとして理解した。

 これを消滅させるには、無彩色の魔力をエバンナの管理魔力で過半数置換してしまうのがいいと考えた。魔王の強みである力を一時的に失わせるのは大きなデメリットだが、死霊術による支配に悪影響を及ぼしているのなら、今だけは致し方ない。

 悪い子にはまず、調教が必要だ。


 胸を穿うがつ楔から、威力を抑えた幻惑術と毒魔術を放ち……魔王の心身をむしばむ。

 魔法障壁の効果なく、魔王の虚ろな目に悪意ある幻視が映るが


「ところで、いつから人並みの感情が芽生えた?

 愛を知ってからか? その蜜を味わえぬことに絶望したからか?」


 神を揶揄やゆする魔王の態度に、まるで変化はなかった。


「いっそのこと、神などやめて生と死の輪廻りんねに身をゆだねれば、手の届かないリンゴも手に入るぞ、蛇よ」

 〈よく喋りますね。あなたは比較的、寡黙かもくな人だったはずですが〉


 そう言われると、魔王は少しだけとぼけた顔をして「はてさて……誰の影響だろうな」わざとらしく笑みを浮かべた。


 その直後 視線の端、エバンナは僅かな点滅に気付いた。


 〈しつこいですね……〉

「それはそうだ 人は、死んだぐらいでは大してりない」


 ピカッ―――眩い光と電光は

「ごえ」魔王の魂を吹っ飛ばした。


 とぐろを巻いた長い身体を解く様に動き出す黒紫色の雲海。

 エバンナの前に”2人”……。


「ネロス殺す気で撃ちませんでした今!?!」

「死なないわよ 死んだらその程度でしょ」

「鬼!人でなし───ぁっ暴力反対ぃひぃ」


 女神と呼ばれた二人の魔術師が、半ば言い争いをしながら神の眼前へ懲りずに現れた。

 人如きが、”神”に勝てる訳がないというのに。


 〈その魂ごと 抹殺してくれましょう……!〉

2022/11/14追加しました

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