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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
57/212

第27話① 女神の実力

 ベラトゥフは生前、生粋きっすいの属性魔術師であった。

 五大魔術のうちの一つ、属性魔術。

 火、水、土、風。光と闇。それら属性の組み合わせによる魔術。

 召喚術、変性術、錬金術、幻惑術よりも最もシンプルで、基礎的

 そして、最も術者による差がつきやすい魔術分野。


 ───それに魅入られた

 金の賢者テスラ以来の 鬼才 である。


「ホワタァ!」

「!?」


 魔王の身体がゲドの拳より大きな巨大な氷柱に突き飛ばされ、数メートル吹っ飛ばされた。

 あらゆる魔術を相殺してきた魔王に、何故か、突然現れた魔術としか思えない氷の三角柱が白い霧の中から生まれ、魔王の魔法障壁をものともせずに突っ込んできたのだ。

 魔王は氷柱を両腕で挟み砕き、魔術師の懐へ飛び込もうと踏み込むも「!」大量の棘の生えた氷柱が四方八方から打ち込まれ、骨の間、間に細い棘と氷柱の杭が入り込んだ。

 関節や肋間、背骨を挟み込み、骨盤腔を貫く邪魔な氷の杭、しかし、ゲドの拳でも砕けなかった魔王は バキバキバキッ 拘束する氷柱を力技で破壊した───その数秒の隙。


 ッ バゴォンッ!


 ベラトゥフの指先から放たれた指先程度の“氷の弾丸“は

 魔王の頬骨で爆発し、確かなヒビを入れる 強烈な一撃となった。



(魔術を内包した純物質の弾丸……ヤドゥフの魔弾術)

 エバンナの意識をベラトゥフや魔王から逸らしつつ、フォールガスは彼女の攻撃が魔王に通用した理由をすぐさま理解した。


 魔力によって生み出される炎や水、風、土その他諸々は魔力的物質と呼ばれ、時間をおけば消滅し、同じ素材である魔法障壁に相殺される。

 一方で、温度を変化させる魔術を使い、魔力を伴わない純物質である水を物理学的───融解、気化、凝縮、凝固、昇華───反応を起こして生み出した氷や蒸気は、あくまでも純物質のままであり、魔法障壁の影響を受けない。


 氷柱を使った最初の連撃は───吹き抜けている天井から降り頻る豪雨の水分を、選択的に冷やすことで純物質の氷を作り出し

 魔王の広い魔法障壁の外から加速度を付けて、大砲のように放った試験的な攻撃だった。


 その攻撃が有効と判ったベラトゥフが次に行ったのは、魔法障壁が純物質を透過しないこと、魔法障壁には0領域が存在することの魔法知識を用いた───“純物質の鞘を被った魔術“の実践だ。


【魔法障壁の0領域:気化したその者の魔力であり、基本は吐息によって身体を包み込むように拡散される。だが、魔法障壁はその者の体表にピッタリとくっつくものではなく、ほんの一ミリあるかないか離れて存在する。この領域を“0領域“と呼ぶ。

 この領域は、魔術を使用する際に魔力を練り込む自由領域───術者の魔術に自身の魔法障壁によるマイナスの影響をかけない為に存在し、人、魔物を問わず、魔術を使う者に存在する。】


 硬度/密度や、魔術を仕込む空洞を持つ構造、不規則に動く魔王に弾丸を当てる相応な加速度などの、あらゆる問題を類いまれな魔力操作技術とアイデアにより解決し

 鋼鉄よりも硬い身体を持つ魔王に着弾時、氷の弾丸は先端から潰れ―――弾丸の空洞部が魔王の0領域で露出、仕込んだ魔術を魔法障壁の影響なしに発動させた・・・という訳だ。


「フン……本当に “祖父”譲りの大した戦闘センス“だわ”」


 フォールガス……見るからに大男の身体から発せられた、“女”の声は、横目で見下ろすベラトゥフの技術を―――甲斐甲斐しく称賛した。





 魔王は今、エバンナが完全操作している。

 そこに身体の主たる魂に一切の自由と思考、意志はない。エバンナは意識体を二つに割いて―――フォールガスと戦うエバンナと、魔王に乗り移ってベラトゥフと戦うエバンナそれぞれが思考し、動いている。


 だが、魔王の操作にエバンナは難渋していた。

 とりわけベラトゥフが現れてからというもの、魔王の動きが油の切れた人形のように動きにくくなった。フォールガスに対しても干渉させようと踏み込ますも身体が鉛になったかのようにまるで跳び上がれない。

(魔王……無駄な抵抗を)

 この状態を是正するには死霊術よりも魔王の身体に直接、死霊術による術者の干渉を円滑にさせる刺魔タトゥを刻むのが最適解だが、少なくともそれを今この瞬間に行う余裕は、八竜エバンナとはいえ存在しない。

 何せ、エバンナは“2柱の八竜”、その叡智えいちに触れた賢者を、相手にしているのだから。



 ぎこちない動きで接近するネロスの攻撃をかわしつつ、ベラトゥフは更に攻撃へと転じた。

 魔法障壁が純物質の障害物を透過しないならば───純物質の平面(地面)の下に仕掛ける魔術の発動は防げない……それを確かめるかのように魔法障壁の外で足先から地面の下に感圧式魔術を仕込む───そして、その上を通る魔王の足を感知し「 」地面の下から突き上げる衝撃波、その攻撃自体が魔王を傷つける威力はないが

 足下を崩されて怯む隙 胸骨、鎖骨、肋骨 3発の魔弾術が魔王を襲う。透明な水が飛び散り、割れた骨片が数個、凍った地面に転がって こぉぉ……白い霧の中を滑っていく。


「…………。」

 吹き抜けになった天井から降り注ぎ続ける雨、それに濡れた、凍土は広範囲にアイスバーンを起こし、足下は酷く滑りやすくなっていた。

 魔王の半壊した靴の裏の凸凹も凍結した水で埋まり、踏ん張りを効かせない状況の一方、ベラトゥフは寧ろ、飛翔の風魔術並みの速度で自由自在にスケーティングしている。


「魔術師というのはね、三流は手数勝負で、二流は理詰め。

 一流は時間稼ぎをするの」


 ベラトゥフの吐息がその口先で凍り、煌めくほどキンキンに───この場の空気はみるみる冷え込んでいった。

 これは彼女が純物質の氷を精製するために空気を冷やしてきた手段に伴う結果でもあるが、その寒さは既に常軌じょうきいっしていた。

 常人の手足の指を壊死させ、耳を砕き、唇の皮を引き千切り、舌を固め、肺を破壊する―――殺人的な極寒。その中で彼女は平然と細長い耳先にまで赤い体液を通わせている。レキナから借りた特殊素材の黒い賢者の衣の霜を払う、赤い魔力管の筋張った手に、青い魔法陣が浮かび上がっている以外、外面の変化は見られない。


 バキッ! 凍った地面を力で踏み砕いてから、魔王は飛び出すも―――ガリガリッ 振りかざそうと上げる左肩からの異音 左肩が上がらずに攻撃が出せなかった。

 先程の3発の魔弾術、それが着弾した部位にこびり付いた水がガチガチに凍りつき、魔王の左肩へ、肋骨へ、背骨へと凍結が浸潤していたのだ。

 ガリガリガリ……鬱陶しい関節の凍結を剥がそうと身体を解そうとするも、不器用に動く隙に、ベラトゥフの仕込み魔術と地形を駆使した戦法に翻弄ほんろうされ、更に魔弾術に被弾してしまう。あらゆる魔術を相殺し、魔術師を生殺しにするはずの魔法障壁を嘲笑うよう―――骨盤、右股関節に魔弾術が当たった。氷の弾丸から飛び散った“ベラトゥフお手製の液体空気“が股関節さえ凍らせて―――魔王は、動けなくなった。


 絶対零度に近しい白い霧の中で、濡れた魔王の身体は、芯からガチガチに凍り付いた。無理矢理動かそうとすれば、ガラスのように体を粉々に砕いてしまいかねない程に。


「ちょっとそこで頭を冷やしてなさい

 あなたをたぶらかした悪い蛇は、お母さんがおきゅうをすえてくる……!」


 今此処で魔王の器を破壊するメリットがエバンナにもなかった。破壊されても元に戻す方法はあるものの、無彩色の波長は回復魔術の類も相殺する。粉々に粉砕しようものなら年単位の作業になることだろう。

 エバンナは手間のかかる魔王から、意識を手放した。



2022/11/6追加しました

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