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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
56/212

第26話 激突

 

 灰色の空を覆い尽くした雷雲から落とされる、竜の如くうねる雷電が地を喰らう。

 辺り一面に走る、目を覆うほどの閃光と轟音、雨を媒介して拡散、感電する衝撃波。世界樹の城を砕き、地面に達した鋭きくさびは、その爪痕だけを残して消える。

 しかし────光と共に現れる雷の竜咬は幾度も招来し、その咆哮ほうこうが遅れてやってくる。

 冷めやらぬ竜の怒りに、身を守る術を持たぬ人如きでは、網膜も鼓膜も2秒と保たないだろう。


 瘴気を溶かした豪雨に身を切るような風……縦横無尽な駆け巡る魔力の嵐が、レンス・タリーパの謁見の間を埋め尽くし、何者も立ち入らせない強烈な暴風雨の壁を作り出していた。

 眩しさと騒音に何事かと表に出て来る魔物たちも、その風の壁を通り抜けることは出来ない。手を伸ばせばあっという間に肩ごと捻じ切られ吹き飛ばされるからだ。


 確実に、何かが起きている。

 しかし、その何かを知ることさえ、力と知識が必要で

 凡人には到底、認知にすら及ばなかった────。




 その勇者は、“フォールガス“であった。


 190以上はある上背、筋骨隆々な肉体は小麦色に日焼けている。

 地毛のブロンドを染めた長い黒髪を項で束ね、不敵な笑みを浮かべた壮年と思しき大男。


 深い藍色の奥に金を塗した瞳は小さくも目は大きく、垂れめで、髭や手の体毛はドワーフのように濃い。

 パーティーにでも出て来そうな厚手の、豪華な服装を身に纏い、どこの国の刺繍も施されていない丈夫なマントが冷たい雨を弾く。


 稲妻を宿した竜巻を籠手のように纏う大男の右手には、大剣が握られていたが、それは、直線的ではなかった。

 雷を模した様な角々しい刃を持った、剣よりも斧に近い大きな刀剣。鋭く鈍重な刃で叩き折るかのような、暴力的な黄金の斧───従えた雷雲から雷を招く――――オリハルコンによって作られた伝説の大剣を、大男は手足の様に振るった。


 世界樹の外壁を燃え上がらせる雷の雨を パッ 骨身だけの短い翼から放たれた魔法障壁が弾き返した―――爛れた竜エバンナは、無数に生えた人の手と蜘蛛の足を広げ、黄ばんだ臼歯しかない口を大きく開き、上空を蝿の如く飛ぶフォールガスに向けて圧縮された音を放った。

 肌を貫き、筋肉を潜り、骨を打ち付け、脳をつんざく鋭い高音。

 その音に込められた魔術が爆発し、瘴気を伴う粘稠ねんちゅう性の黒煙が視界を塞ぐ。レンス・タリーパに反響する甲高いエバンナの魔術は異時的に、多発的に、連鎖して、発動し────爆風を潜り抜けたフォールガスの身体をエバンナの細くしなやかな尾が捕らえ

 彼の身体を包む黄金の雷が、触れたエバンナの尾を焼き崩した。


 エバンナの腹に無数に生えている人の手一本一本が紡ぎ出す魔術式から放たれる各種属性魔術の嵐、魔術師の魔法障壁すら容易く踏み躙る圧倒的な手数が避ける以外の選択肢を与えない。

 上空を自由自在に飛び交い、魔術を回避し続けるフォールガスでも息つく暇もない弾幕と、弾幕とは別の主砲を前に、迂闊に懐へと飛び込むことが出来なかったがヒ

 ュ

 ッ

 !

 フォールガスは急角度で真下に飛び、弾幕の追尾に追いつかれない猛スピードでエバンナの足下へと急接近しつつ、雷を乗せた大剣を横薙ぎに払った。その強力な刃がエバンナの右側の手足を切断するも、その切断面から飛び散る熱せられた泥の様な瘴気に、追撃準備に旋回していたフォールガスは堪らずエバンナから遠ざかった。

 その間にも、エバンナの切られた手足は、より歪になって生え伸びていく。最早、一つの肘から枝葉のように三本の前腕すら生え、それらが全て魔術を放ち始める。


 言葉を交わす余裕すらない、エバンナの魔術の応酬。

 人の限界を超えた頂上決戦。


 そこへ――――奴が 現れた。


「!!」


 二つの魔力の衝突が生み出した、何人も拒む風の壁を突き抜けてきた何か。


 〈私の勝ちですよ〉


 エバンナは勝利を確信した。


 ネロスが――――魔王が、エバンナの袂へ来たからだ。



 雷の竜が魔王にも牙を向けて放たれるも―――…… その牙は、魔王の身体には触れる前に掻き消えた。エバンナの身体すら抉る雷魔術が、意図も容易く相殺されるどす黒い魔法障壁。


 〈“虚像“如きがつけあがってはいけませんね〉


 エバンナは、傀儡の糸を張った。

 醜く濁った魂を穿うがつ死霊術の手綱を握り、人一人分の死霊に魔を注ぎ込む。

 最早、この傀儡に意志など要らないとばかり、その魂が魔に塗り潰されようと構うことなく、ナラ・ハ中に拡げた自身の瘴気を、魔王一点へと集約させ……骨の器に、拘束と支配の為の黒い刺魔タトゥを刻みつける。


 フォールガスはその合間にエバンナに向けて最大出力の雷刃を放つも、シュルルル……魔王の差し伸べた手が鋭利な魔力の刃を掻き消してしまった。


 〈さあ……あんな残滓ざんしなど、消してしまいなさい〉


 次から次へ、大剣を振るうもエバンナにも魔王にも届かずに相殺され、次から次へ、エバンナの魔力が魔王へと注がれて、削った魔法障壁が更に分厚く黒ずんでいく。

 近付かれれば終わりだとわかっているのか、フォールガスは空へと距離を取ろうとするも「 」レンス・タリーパに結界が張られているのか、壁の外に出ることは叶わず

 エバンナの放った瘴気の黒煙を避けるも、その避ける先を、魔王に先読まれ──── 万事休す その まさに 瞬間 だ っ た 。




「ドワッシャィアア!!!!!!」



 奇怪な叫び声を上げて、風の壁を突き抜けてきた何かが

 〈!?〉

 魔王を ─── グーで 氷塊を纏う拳で

 ────物理的に殴った。

 その勢いで魔王はのけぞり、半歩、後ずさる。


 〈貴様〉エバンナはすぐさま乱入者を殺そうと、自ら魔術を放つもその隙に〈ぐっ〉フォールガスがエバンナに一撃を加え

 不本意な場所に放たれた爆発と黒煙は、一瞬の間を置いて氷となり、床にゴロゴロと黒い氷が転がった。


「ネロス……覚えておいて

 悪い奴は決まって、都合の良い言葉を使うの」


 青みがかった白銀の長髪、エルフの平均よりも長い耳、緑色の大きな瞳。

 顔の丸い童顔な顔は白く、頬だけが仄かにピンク色に染まっている。

 王国北方にのみ住まうブルーエルフ、俗に言うスノーエルフの女。


 瘴気を固めた氷を力強く踏みつけ


 ベラトゥフは拳を構えた。


「おいで お母さんがグーで目を覚まさせてあげる」



2022/10/29追加しました

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