第24話③ 道なき道へ
ネロスもランディアも、お互いに何を話す気にもなれず……1つの夜を越え、曇りがちな朝日が昇ってきた頃。
「はあ……」
疲れ切ったサーティアが聖樹の枝に戻った聖剣を持ったまま、壁に張り付くように出て来て……置いてあった木箱に腰掛けた。
ネロスとランディアが駆け寄ってくると、サーティアは聖剣をネロスに差し出し、荒い息を整えてから…………敢えて明言を避けるかのように言葉を選んで話し始めた。
「蘇生、魔術ですね……ええ、それは、なんとか……出来たと、言うべきでしょうか……」
「戻ったの!? 心臓動き出したの!?」
「動き出した……ええ、そう言われればそうですね……動かされていると、言うのが……正しいのでしょうが、動いていることは事実です……」
「はあぁぁぁ………よかった よかっ」
「まっっったくよくありません」
2人の安堵の溜息を遮ったサーティアは、しっかりと息を整えた後で立ち上がり……部屋へ続く通路の前に立ち塞がり、ランディアを睨みつけた。
「一体何があったのか 説明してください」
「ごめんサッチ、ちょっと落ち着いて聞い」
「私は落ち着いています。説明してください。
そもそも骨が見えるまで傷ついている彼を放っておいてランディアは何故吐瀉物臭いのですか?「ごめんなさい」私は落ち着いています」
表情に変化を見せないもののサーティアの口調と声色は憤っており、全く落ち着いていなかった。下手すると、ランディアに殴り掛かりそうな勢いでもあった。
「私はとても怒っています」
「はい、そのようで……」
「あの愚かな王の下へマイティアを連れて行ったそうですね。
マイティアがどうなるかあなたもご存知だったでしょう? それでなんですか? 助けてくれとは一体何様のおつもりですか? あの傷は尋常ではありません、致命傷ですよ。助かったのは奇跡とお考えかもしれませんが断じて奇跡ではありません彼女は確実に後遺症が残りますそれも今後一生付き合わなければならないような重度な後遺症ですおわかりですか???」
「そんな言い方しな「あなたは少し黙っててください」」
「と、取り敢えずッ!経緯から!ご説明差し上げても宜しいでございますか!?」
「兎にも角にも血塗れの彼の治療が優先です。
経緯は彼から伺いますので、ランディ、洗い場をお貸ししますので身体を念入りに、しっかり、隅々まで洗いながら頭を冷やしてきなさい」
「……あい、すみません……」
「いや 僕のことは」
「あなたがどれだけ化け物染みた体力があろうとも話している最中にどばどば血を垂れ流されても私が落ち着けません」
「すみません」
「それに、私はミトのためにもあなたを死なせる訳にはいきません」
サーティアは未だに名乗っていないネロスのことを知っているかのように「そこにかけてください。手荒さはお許しください」と告げ……濃いめのエーテルを飲み干した。
「そうですか……やはりマイティアは譲りませんでしたか
本当に、最期まで……。」
ネロスの剥き出しな腐蝕部に液体傷薬がぶちまけられ、魔力糸と魔力の瘡蓋で傷を覆い……鎮痛剤を染み込ませた包帯でぐるぐる巻きにされながら、ネロスはしどろもどろになりながらサーティアに経緯を話した。
サーティアの無表情に強張っていた顔は徐々に崩れていき、悲しみと疲労に歪み、眉間に深い皺を寄せた。
セイレーンと呼ばれるブラックエルフに近い艶のある褐色肌、縮れた短い黒髪。顔立ちは北側というより、ネロスと同じ南側の顔立ちをしていて、目の色は赤みを帯びた茶色。
ランディアを問い詰めるように喋った先程とは打って変わってお淑やかな物腰で、話し方もゆったりとしていた。
「あなたがマイティアを守ってきてくれたこと、本当に感謝しております」
「あの……前に、会ったこと……ある?」
ネロスがそう訊くと、サーティアは僅かに笑みをこぼし「はい、ほんの少しだけですが」懐から、折り畳んだ黒い笠を広げて被ってみせた。
ネロスはその黒笠を一度だけ見た事があった。
トトリとポートの戦い。トトリに転移してきた彼と入れ違いにポートへ向かった黒装束の五人組……サーティアはその一人と同じ目をしていたからだ。
「カタリの里から戻ってきたマイティアに、外に出ることを勧め……協力してきたのは私たちです。
最初に訪れるだろうトトリのグランバニク侯爵に、そして、ポートの貴族、テハーズたちにマイティアの協力を求め……トトリとポートの戦いでは、私やレバスたち“鷹派“の一部も参加しておりました。
あの子は気付かなかったでしょう……私たちが追従していたなど、彼女は知らされていなかった筈だから」
「トトリの北門を、国道トンネルがどうのって言ってた人たちも……?」
「あなたが予知夢を見る事をホズから聞き、デマを流したと聞いています。
マイティアを王都から遠ざける為とはいえ、あなたを利用してしまい、申し訳ありませんでした」
ネロスは驚きよりも納得し、少し安堵した。マイティアは彼女の知らないところでちゃんと、王都の人に見守られていた事に。
ただ、エルフの領域ではマイティアに誰かがついていたような気配はなかった。王国の外に出てしまうと流石に、彼らはついてこられなかったのだろう……。
「ミトは……大丈夫、なのか?」
「先程も述べた通り、マイティアの心拍は……戻ってはいます。
ただ、何かわからない、“異物“が、心臓に植え付けられていて」
「い、異物??」
「私も、先生も見たことがないものでした……強いて言えば、植物の種のようなもの、でしょうか……それから根を伸ばしたような、異物です。
剥がそうと試みましたが、こびりついていて……私たちの腕ではどうにもならず……ただ、そのまま胸を閉じるしかありませんでした」
俄には信じられない話だったが
『魔力を糧にして育つ魔法樹の一種だと思うけど……種類までは私にも判らなかったわ』とベラトゥフは話した。
十中八九、何者かに胸を貫かれた際に植え付けられたものだろうが、それがマイティアの心臓を動かしているとするなら、あの腕は寧ろ、彼女を助けたということか?───ネロスは自分の膝に爪を立てた。
「その他の傷は、出来る限りの処置だけ……願わくば、彼女が目覚め……1年でも生きられればいいのですが」
「1年……? 1年って?」
「しかし、このまま目覚めないで、亡くなる可能性も大いにあります」
「そ、せい魔術は、上手くいったんじゃ……ないのか?」
「上手くいって、心臓が動き出しました。他力本願なところもありますが、心臓が動いている事は確かです。
それと、“生きていける“とは別です」
ネロスの目がまん丸と見開かれ、口が震え出す。
「な、に……なにを、いってるんだ?
ごめん、その……僕 あまり…頭がよくなくて……」
「…………。」
「ベラ……どういう、ことなんだ?
ごめん、わからない……どういうことなの?
ミトは 死んじゃったの? 死んでないの……?」
『ネロス───』
マイティアが“助かる“ことは、ネロスにとって、以前のように動けるようになる事だと思っていた。
以前のように、一緒に
例え記憶を失っても 最初からやり直して
以前よりも、印象良く
後先考えて……彼女と共に
ぢぢぢ……風が澱み、鼓膜に細かな振動が触れて、ネロスの目の奥が青く霞み始める。
だが、その僅かな異変の意味に、サーティアは気付けない。
「うそだ。そんなわけない。助かるんだ。
そうだろ……そうだって言ってくれよ。お願いだから」
『ネロス 聖剣を取って』
「私は責任を取れません」
「ちがう。ミトは助かる」『ネロス!聖剣の傍に来て!』
「マイティアはもう、あなたと共に歩むことは出来ない。
あの怪我では────」
ネロスは ゆっくりではあったが
「 」サーティアの胸ぐらを掴み
彼女は咄嗟にその手を振り払おうと抵抗したが───ネロスの腕はあまりに硬く
「うっ」
強引に押し倒されて後頭部を地面に打ったサーティアに、魔の塊が覆い被さる。
包帯に覆われた、人の皮を被った───死霊。
サーティアは、ネロスがただの“人“ではないことをようやく悟った。
「あなたは“何“?
何の目的があってマイティアと一緒にいたの?」
「ミトはたすかるんだ。たすかるって言えよ」
「……あのときに気付けなかった事が悔やまれます。
あなたは危険な存在だわ!」
「ミトは助かるんだッ! もう一度2人で───っ」
ゴッ! ネロスの後頭部に独りでに飛んできた聖剣の柄がぶつかり、よろけて手の力が緩んだ隙───サーティアは拒絶の光魔術でネロスを聖剣ごと大きく弾き飛ばした。
壊れた扉を抜けて 外の柔らかい雪に沈んだネロスはすぐに起き上がり『やめなさいッ!』聖剣を木の枝のまま握りしめて飛び出し……て、二歩目。 。
片膝をついて、ネロスは教会の前で項垂れた。
「あ が、ぅ 」
ベラトゥフが聖剣と連結された彼の魔力管を伝って、ネロスの身体を無理矢理抑制したのだ。
今の彼は糸のついた人形で、その糸は死霊術の術者であるベラトゥフの手にある───死霊術本来の、魂の絶対的拘束と支配だ。
しかし、体内から抗えない手綱を引かれても尚、殺気と衝動を混同させた魔の塊を撒き散らしている。
息を荒げたサーティアは目を潤ませながら、教会の入り口に立ち
動けないでいるネロスへ、強い言葉を投げかけた。
「あなたがまだ……妹のことを想ってくれているのならば、何卒お引き取りください……」
「ちが、う ちがう」
「例えマイティアが目を覚ましたとしても、今のあなたをあの子には見せられません。
魔に澱んだその魂は……最早、“魔物“と何ら変わらないわ」
「ぼく は 魔も、のじゃない。
ミトを守り、たかった んだ」
「ええ、そうでしょう……そうなのでしょう、しかし、私はもう……あの子の苦しむ様を見たくありません」
とても正気とは思えない勇者が、何かよくわからないものに無理矢理抑えつけられているものの……彼が何かの拍子に突っ込んでくれば一溜まりもないことをサーティアはわかっていた。
それでも、自分は此処から退く訳にはいかない───その覚悟と恐怖が、彼女の手を震わせている。
「マイティアは……記憶を無くしました。それがいつ戻るのかも、永遠に戻らないのかもわかりません。
もし、あの子に残り僅かな余生を送る時間が与えられるのならば、いっそ全て忘れて、穏やかな、もう……戦いや責務とは無縁の、穏やかな時を過ごしてほしい。
今度こそ、自由に……」
ネロスは何かを言おうと乾いた口を開けるが、呂律も回らず、言葉も思い浮かばない。
「あなたが本当に、妹を―――ミトの今後を考えていただけるのであればどうか このまま 」
『…………』
ベラトゥフは、抗うネロスの指をぎこちなく動かし
「ベ、ラっ」
彼に転移魔術の魔法陣を描かせ
「や、めっ て」
ネロスを転移させた。
ネロスが目の前から消えた瞬間、緊張の糸が切れたサーティアはその場に腰を抜かし
それからすぐに湯だったままのランディアが慌てた様子で駆けつけてきた。
「勇者は?! 勇者何処行ったッ!?」
「彼は……“死霊“ですよ、ランディ 気付かなかったのですか?」
「は?!死霊!? いや違うそれじゃない!」
「え?」
「それどころじゃないんだよサッチ!気付かなかったのか!?」
「魔力の印! カタリの里に入るためのアレ!!
勇者の野郎! マイティアから抜き取っちまったんだよッ!!」
2022/9/23改稿しました