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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
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第24話② 道なき道へ

 

 ネロスが言葉を発するよりも早くランディアの短縮された詠唱が放たれ懐から弾き出した延べ棒状の魔導具が光り───近衛兵の鎧に魔法陣が転写されパズルのように分解された鎧が再構築しランディアの身体を纏う───その間 僅か 2 秒。


「答えろ勇者……! 何故マイティアを連れ帰った!?

 その答え次第では、お前のはらわたを引き千切るぞ!」


 猛禽類の頭を模したフルフェイス、赤地の白鷹が縫われたマント。

 左の腕甲に鉤爪が装着された、前傾姿勢でいることが前提の蛇腹状のフルアーマー。浮かび上がる無数の魔法陣が赤く光り、空気が張り詰める。

 携帯鎧───王都騎士、城兵たち一人一人に与えられる、技巧派モンジュがオーダーメイドで作る魔導具だ。

 装着者本人の魔力を肉体強化へと変換するだけでなく、外気の魔を装着者の負担なく魔力に変換し、装着者への還元と蓄積機能があり、それは言わば、魔を取り入れて強化される魔物の特徴から着想を得た───ネロスの能力よりも融通の利く“鎧“だった。


「ミトはまだ助かる!

 お願いだランディ!近くの町まで連れて行ってくれ!」

「お前の目は節穴かよ……何が助かるだ何が助かるだッよく見てみろよ馬鹿野郎がッ! テメェが抱きかかえてんのは──どう見たってっ 死体じゃねぇかよッッ!!!」 

「蘇生魔術がまだ効くんだ! ミトの魂はまだ彼女の中にある! まだ間に合うんだよランディア!」


 ランディアは腰に下げた剣を抜き「いつまで寝ぼけてやがるッ!」間合いを一瞬で詰め寄り、ネロスの顔面へ剣を振り下ろし───

 止め た 。


「本当なんだ、ランディア まだ間に合うんだよ……」


 彼女の刃がネロスの頭皮を裂き、垂れ流れる血が鼻を伝おうとも、ネロスは身動ぎもしないまま、ランディアの目を真っ直ぐと見据える。

「テメェみたいなお馬鹿が蘇生魔術なんか使える訳ねェだろ」

「ベラが使える。聖剣に宿っているベラは“女神“だったんだ。魔術に詳しいんだ」

「女神だって? 女神だと!?

 テメェ自分の手の中に女神連れてんのに黙っていやがったのか!?」

「違う!僕は初めからベラのことをミトには伝えてた!

 あんたたちに伝わっていないならミトが伝えてなかったんだよ!理由はわからないけど……」

 ネロスの目に一切の嘘偽りが見えない。

 一縷いちるの望みに全てを賭ける一途な目が、ランディアに懇願している。


「お願いだランディア! 馬車を使わせてくれ……近くの、医者のところへ連れて行けばまだミトは助かるかもしれないんだよ!」

「────っ」

 ランディアのフルフェイスの兜の継ぎ目から、ぼたぼた涙が止め処もなく流れ落ち、熱せられた白い蒸気が呼吸口から噴き出して───、


「女神を連れているんだな!?」


 タコバトフが目の色を変えて、ネロスの握る聖剣を凝視した。


「女神の生き残りか!? 王国に予言を下した女神がその剣の中にいるんだな!?でかした! その剣を“ハサン王に献上“すれば王国は安泰だ!」 

「 なん…だって?」

「いやあ!それを先に言えよ勇者!

 女神さえいりゃあハサン王の狂乱問題は何とかなる! 予言が出来るならドップラーの“正体“も突き止められるかもしれない!」

「お前、何言ってるんだ? ミトは……お前らがいたから」

「マイティアが死んじまったのは仕方ないさ “本物の女神“との会合までの“繫ぎ“だと思えばよくやった方だろ」

『まさかミトちゃん……クソ王に報告してなかったのって、私と、ネロスを庇って……?』


 当然、聖剣に女神ベラトゥフが宿っていることを王に報告していれば、自分の重荷を下ろせていた可能性はあった。少なくともハサン王の依存先は、自分から“ベラトゥフ“に換えることが出来た筈だ。


 そうしなかったのは、ハサン王という人間を知っていたからか。

 タナトスに口封じしていた可能性さえある。

 ネロスからベラトゥフを引き剥がさない為に───マイティアはそういう人間であろう。


「仕方ない……? 仕方ないってなんだよ仕方ない訳な───」


 ヒヒィインッ!


 馬の悲鳴に三人の意識が離れると

「グリズリーッ!?!」

 馬車のすぐ近くまで音も気配もなく、巨大な白熊が近寄っていた。人を優に越す巨体、北の樹海に住まう野生の雪熊が───悲鳴をあげてバタつくタコバトフを、大木の様に太い前足で薙ぎ払った。

 ブチっ まるで液体であったかのように、鎧とタコバトフの身体が千切れ飛んだ。

 しかし、グリズリーの食欲は、老いた細かな肉片よりも食べ甲斐のある馬に向けられた。


「ちっ───くしょうがっっ!!!」


 ランディアは踵を返し、転移魔術の魔法陣を刻んだナイフを馬の尻に投げ刺して───自分の位置と馬を交換転移。

 虚空に噛みつくグリズリーの喉元から胸下へ滑り込み、光剣の光魔術を心臓へ挿し込んだ。

「グォオオオッッ!!!」

 それでもグリズリーはすぐに死なず、懐に滑り込んだランディアを殺すために後ろ足で立ち上がり、素早く両腕を振るった。だが、その鋭い爪と豪腕は雪と地面だけを搔いた。

 光剣を突き立てたランディアはすぐさま鉤爪を使ってグリズリーの横腹から背側へ回り込んでおり、グリズリーが立ち上がった時には、鋼鉄の剣をうなじに向けて振り抜いていた───ザンッ。

 寸胴並みに太いグリズリーの首が斬り落とされ、巨大な頭が一回転。 ボサッ。倒れる胴体の下敷きになった。


「ボサッとしてんな!馬ぐらい捕まえろ馬鹿野郎ッ!!」

「え わっ!」


 グリズリーに喰われそうになり、尻にナイフまで突き立てられた泣きっ面に蜂……怯えきった馬がその場に留まるわけもなく、あっという間に森の中へ逃げていく。

 結局、転移魔術で位置交換させて混乱する馬をネロスが取り抑え、戻ってきたランディアが荷車から持ってきた非常用のソリを馬に取り付け

「荒れるぞ! ソリから投げ出されないようベルト締めとけよ!」

 ランディアは携帯鎧を外し、暴れ馬を慰めながら走らせた。





「女神のことは、私も黙っとく……あの子が言わなかったって事は、クソ親父にその剣を渡さない為だろうしな。あんまり軽く打ち明けんじゃねぇぞ。

 だけどそれはそれだ、一体中で何があったんだ? 何でお前カタリの里に入れたんだよ」


 ナイフを抜き、回復薬を塗ってやってようやくやる気を取り戻した馬を急かしつつ、ランディアはチラチラと後方のソリの中を覗いた。

 ソリの床は既に血溜まりが出来ていたが、それはマイティアの血ではなく、ネロスの出血だった。少し黒みを帯びた赤褐色の血が、鎧の隙間からどくどくと流れ出て、額も焼け爛れ、一部は骨まで見えている。

 焼け石に水だろうが、馬に使った残りの回復薬をネロスに分け与えるも、それを彼は自分にではなく、マイティアの冷たい指先に塗り込んだ。爪の剥がれ、霜焼けた変色した指に。


 ネロスはたどたどしい言葉で、カタリの里での事を話したが

「中に入れたのは……、……よくわからない」

 自ら死霊であることは、打ち明けなかった。


 ランディアは言葉を失った。怒りや悲しみよりも、混乱が勝っていた。妹を襲ったのが何者なのか、はたまた、これからどうしたらいいのかと。

 しかし、その答えなどランディアにも、ネロスにもベラトゥフにも導き出すことは出来ていなかった。


 ガタガタと揺れるソリの中、ネロスはずっとマイティアを抱き締め、その小さな背中を擦った。

 彼女の身体は今、鉛のように重く、当然、熱などない。

 見取れてしまうほど綺麗だった、金を散らしたような藍色の目も、動かない瞼に覆われたまま……。

 ずっと動かないのではないか……彼のエスカレートしていくばかりの不安が涙に溢れる。幾度となく鼻を啜りながら……ネロスは願いを込めるように、彼女の身体を温めようと擦った。



 今のマイティアには寧ろ、熱が入ってはいけない状況だったのだが、ベラトゥフはネロスに、擦るのを止めなさいとはとても言い出せなかった。


 ネロスにとって、親しい人の死に直面するのは初めてのことだった。


 ネロスは予知夢を見るという特殊な体質のせいで、人の怪我や死を“知っていたのに救えなかった“と心を痛めることが何度もあった。不安になればなるほど、彼自身が生み出す魔に呑まれていく危険もあり、ベラトゥフは彼の体質の問題を魔術知識で取り除いてきた。


 いつも彼を勇気づけてきたのは、ベラトゥフではなく、マイティアだった。 

 彼女は心が強かった。その精神力はネロスよりも遥かに強く、物事を魔術的に解決したがるベラトゥフよりも、予知夢を見るネロスに配慮した心の保ち方を親身に教えてくれていた。


 そのマイティアが、死んでしまった。

 それも、ネロスの目と鼻の先でだ。


 血塗られた予知夢から危険があらかじめ判っていたにもかかわらず、目覚めたネロスの傍から、マイティアはいなくなっていた。

 徐々に鮮明化されてくる最悪の未来に焦りながらも、それを上手く言語化することが出来ず、マイティアを説得できなかったせいで────自ら死地へいざなわれた彼女の幻惑術を解いても、考え直す猶予など彼女にもなく───マイティアは無惨に殺されてしまった。


 激情的な自己嫌悪、背徳的な後悔、絶望的な喪失感……それが、彼の心を穿うがち、大穴を開けた。

 そして、ネロスの心の大穴は、溢れる涙の如く“魔を生み出し“……それが魂を侵し始めている。外から入り込む魔を防げても、彼の中から発生する魔は防ぎようがない。

 ベラトゥフは焦っていた。だが、マイティアの身体を繋ぎ止めるのに手が一杯で、ネロスの事まで気を回すことができなかった。



「町はもう少し先だが、町より手前に使われていない教会があるんだ」

「使われていない?」

「ミトが戻ってきたことを王都の、王城の連中にバレたらどのみち終わりだ。例え蘇生魔術ってのが上手くいったってミトは王国北部の町には降ろせない。

 かといって此処から南部まで降りるにはレコン川沿いに……近くてもポートだが、道の細い岩場を降りなきゃいけない、馬が使えないし二日はかかる」

「そ、そう……、そうか 王都の人にバレたらダメなのか」

「お前な……女神のこともそうだけど、もう少し後先考えとけよ……」

「ご、ごめん……いつも、ミトにも そう言われてた のに」

「……ともかく。

 その教会に、ドワーフ医学の知識も経験もある聖職者がいるんだ―――状況がわかれば協力してくれる筈だ」

「その人は、知り合いなのか?」

「姉さんだよ。私たち四人娘の、長女。

 お前、“一度会ってる“と思うぜ」


 馬の足音が変わり、ソリが使えなくなると、眼下に見える教会に向けて、自分たちの足で走りだし―――。


 ベラトゥフは蘇生魔術の詠唱を始めた。





 公道から少し逸れた山奥に、その半壊している教会はあった。人里から離れたその場所はあまりに静かで、大きな町の教会と比べるととてもこじんまりと、更に屋根も壁も剥がれていて……悪く言えば、雪化粧した廃墟に近い。


「サーティア!! いる!? 返事して!」


 鍵が掛かっているのかボロいのかビクともしない扉を3回叩いた後で「クソ!」返事を待たずに扉を蹴り破ったランディアに、祈りを捧げていた一人の女性が「ひゃぃっ!?」素っ頓狂な声を上げた。


「ラ、ランディア!? どうして扉を蹴破るの!? 先月直したばかりなのよ!?」

「話は後!助けてサッチ! ミトが死んじゃう!」


 褐色の肌を持つ聖職者服の彼女は、マイティアを抱えてきたネロスを見てすぐさま立ち上がり、ランディアの焦燥を理解した。

「こっちに運んで! ランディアはサンプトまで降りて先生呼んできて!」


 教会から少し下山したところにある町サンプトは、王都から北西に冬馬で半日のところにある山間の町だ。

 亜人マロ族の住まう天竜山からはヤマタ滝を挟んだ東側にあり、規模としてはトトリの五分の一程度。

 基本的には王都から離れて暮らしたいと思う者たちの居住地域で、雪の中でも育つ根菜類や、天竜山麓の川魚等を消費したり、王都へ売りに行ったり、観光やマロ族との対談で天竜山へ向かう人たちの宿場町として利用されたりしている。

 また、女神教団の教会、女神教団の支部を王都に建てるべく奔走した……いわば、教団員たちの寝泊まりにも使われてきた歴史がある。

 山の中にポツンと建てられたこのサンプト第一教会は、そんな彼らの小さな礼拝所だった。


 当時の山小屋を改築、豪雪で倒壊、建て直し、ブリザードで外壁が持っていかれ……破壊と創造を繰り返しているうちに、王族が女神信仰を解禁。旧王都騎士団のロビー活動も効き、正式に王都へ女神教団の教会が建つと、教団員たちは王都へ移住。サンプトの町の中心には真新しいキレイな第二教会が建ち……。

 自然災害の猛威に晒されるばかりで立地のあまり宜しくないサンプト第一教会は人々の関心から薄れていった。


 それ故、“曰く付きの人“が利用するには、なかなか良い物件だった。



 サンプトの若い女医師もすぐに駆けつけてきて、ランディアがサーティアに事情を説明した後、教会に備え付けられていた医務室は閉じきられた。消毒液の臭いと、詠唱。妹の名を呼ぶ姉の涙声。


 ネロスとランディアは教会の礼拝堂の中で、連絡を待つ最中

「じっとしてろ」

「何をすむっ」

 教会内をうろうろし続けるネロスをとっ捕まえ、ランディアは彼の黒い鎧も、赤褐色に染まった楔帷子くさびかたびらも脱がせた。血を搾れそうな服もビリビリと引き千切り……露わになった肉を抉る大きな傷を見て、彼女は思わず息を呑んだ。それは頭の切り傷から足まで何処も彼処も腐蝕していて、ところどころ骨まで見えている……魔物に貪られた腐乱死体のようだ。

「 お前……痛く、ねぇのか?」

 何故普通に立っていられるのか不思議な重傷。だが、ネロスは自分の怪我に無頓着だった。

「痛くないよ こんなのどうでもいい」

「…………。」

 ランディアはネロスを慰めるつもりで「自暴自棄になるなよ」と言った。

「じぼーじき?」

「自分なんかどうなってもいいって突っ込むことさ。

 そんなこと、少なくともミトは望んでない筈だ」


 だが、その言葉がネロスの表情を一変させた。


「それを言うなら、ミトの方が自暴自棄になっていたじゃないか。

 彼女は僕みたいに後先考えないで動く人じゃなかった。

 僕の予知夢よりも先のことを見据えて、色んな人と相談しながら、誰かと一緒に戦う人だった。

 急に一人で決めて、一人で無理して、一人で背負い込んで……変だって気付かなかったの? ミトの様子がおかしいってもっと前に気付いて、止めてあげられなかったのか?」 

「それは、……。」


 ネロスの顔に浮かんだのは怪訝けげん、疑念であった。疑問ではない。彼はどうして“止めてくれなかったの?“と、責めている───そう見えたランディアは咄嗟に溢れかけた言葉を一度は胸の内へ押し戻したが 


「ランディ、君はミトのお姉さんなんだろ?」


 ネロスの言葉に、ランディアは胸の内を吐露した。


「ミトはな、私なんかよりよっぽど頭が良かったんだ、頭のキレもいい子だったよ。

 そりゃあ歴代の女神様と比べちゃ魔術の才能は子供じみてるかもしれないけど、人間からしたら、2歳や3歳ぐらいで簡単な魔術を使えて、魔力量もエルフ並みに多い優秀な血質だ。ちゃんと何年も魔術の勉学に注力出来てたらそれなりの魔術師にだってなれたろうさ。

 なんてったってあの王子の“奥さん“なんだからな 王子が死にさえしなければ、最高の血統だったろうに」

「僕はそんな話をしてるんじゃないよ」

「あの子が実質、人として満足に生きてきたのなんて6年と……僅かだけ、お前と旅した数か月だけだ。それだけなのにお前、ミトがガキみたいに話してんの聴いたことねぇだろ?」

「そんな話をし」

「限られた時間でも有意義に使える、優秀過ぎるぐらいよく出来た人間を───働かねぇからって腹の足しにならねぇもんばっか食わせて 難しい本を血と涙で塗ったくりながら読み解いて、国の役に立てるよう勉強してんのに相手にもしねぇで───一国の姫君がテメェの国の中で実の父親にボロクソにされながら使命を一人で背負い込んだ!そういう妹なんだよッ!」

「どうしてそんな目に遭ってると知ってて誰も助けなかったんだっ!?

 女神に助けてほしいくせに女神の子にどうしてヒドいこと出来るんだ!?自分の身になって考えろよ! 自分を傷つけてくる奴らをどうして助けようと思えるの───思うはずないだろ! そんなこと僕でもわかる!

 それともなんだよ 女神は特別だと思ってたのか? 女神になったら人の何でも許すと思ってたのか!? 記憶を無くすから人間だった頃に受けた仕打ちは全部チャラにしてくれるって本当に信じてたのかッ!?

 あんたたちはバカなのか!?

 そんな道理があるわけないだろッ!!

 そんな理不尽が許されていいはずがないッッ!!!」

「お前は私たち姉妹が当時何歳だったかわかってんのか!?

 剣も満足に持ち上げられやしねぇ!ろくな魔術も唱えられない非力なガキンチョが鎧着込んだ大の大人に囲まれてなぶられてる妹をどう助けろって言うんだよ!?」

「それは」

「助けたかったよ!理不尽に虐げられているあの子を外に引っ張り出して抱きしめてあげたかった! だけどそんな力なんてなかった!あの子が出来ないと言ったら私が───」


 ランディアは過呼吸になり

「おぇっ」

 ふらつきながら膝をつき、空っぽの胃袋の中を盛大に吐き戻した。

 胃液だけの水溜まりに大粒の涙を垂れ流しながら、何日も食事を通さない喉からか細い声を絞り出した。


「勇者の、お前には……私みたいな弱い人間の言い分なんざ、吐き気がすんだろうな……」

「ランディ 」

「相手は……クソ親父だ。この国の王様で、重圧で頭おかしくなってるクソ野郎だけどたった1人しかいない……私たちの父親だったんだよ。

 例え狂ってても…アイツの代わりは誰もいない、誰も、魔王やドップラーの前に名乗り上げて、戦ってくれる奴なんざこの国に、残ってないんだ……。

 もうフォールガスに、勇者の一族を名乗る資格なんざないよ。

 資格があったとすれば、ミトだけさ……最期まで…あの子だけは……はは、はは……」


 真っ赤に泣き腫らした顔を吐瀉物としゃぶつに沈めようと構わず、ランディアは頭を抱えて───縮こまった。

 人を鋼鉄の鎧ごと容易く引き千切った、上級の魔物にも近しいグリズリーを、ネロスよりも華奢きゃしゃな身体で、それも単独で仕留める非凡な戦闘センスのあるランディアが

「私たち……寄って集って

 本物の“勇者“を……殺しちまったのかな……」

「…………。」

 その鍛え上げた肉体を小さく折り畳み、泣き喚いた。



2022/9/23改稿しました

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