第24話① 道なき道へ
ァアア!!?
ベラトゥフはマイティアに回復魔術を唱えた。
迅速に傷を縫い込み、確実に傷を覆う。その後、凍結の氷魔術で脳や内臓を含めた肉体を念入りに冷凍保護していく。解凍後も、組織が壊れないよう魔力を込めようとして……ベラトゥフは、既に張り巡らされている緻密な魔力の防護膜に気付いた。
(この指輪……どうして女神の子の彼女に“八竜“の加護が)
彼女の身体を保持し、魂を離さないよう雁字搦めにしている魔力の発生源は、彼女が首から下げていた“古の王族の指輪“だった。
竜の島の何処にも存在しない魔石で作られた魔導具、それは八竜が王族に与えた隷属の証であり、その信仰心を失わない限り王族を守護し続ける御守りの筈だった。
しかし、王族は主である八竜を裏切った……その最たる女神信仰の、女神の子本人を、八竜が気にかける理由などないはずだった。
(八竜は人並みの感情なんかで個人を生かしたりしない。
干渉してでも生かすべき価値が、彼女にあると八竜がみたのなら……万に一つでもこの賭けに出てみるべきだわ)
「お前は女神の覚悟さえも踏み躙ろうとしているのだぞ」
守り人たちは聖樹から生み出された武器を構え、霧の中から出て来たネロスの前に立ち塞がった。しかし、その覇気は先程よりも鈍く、ネロスの胴に向けられていた矛先は自信なく足下へ垂れている。
マイティアが殺された事に困惑しつつも、何人かはマイティアの魂が残っているならば儀式は続行できると“信じて“いたのだ。確証などない、理論上の話として、魂が聖樹に宿った者を女神とするから。
「命を賭けて成し遂げようとした神聖なる女神の儀式を 何人たりとも無碍にしていい権利などない……例え貴様が勇者であったとしてもだ!」
ネロスは両手でマイティアを抱えていた。そのうち左手はまだ、ゲドから受けた傷が癒えておらず、満足に力が入らない。守り人から受けた傷も彼の肉体を蝕み続け……聖剣の救援も頼れない。
何より、今の彼には“道標“がない。
ネロスにも判った……これが“絶体絶命“だ。
にじり寄る一触即発、口火を切ったのは守り人だった。
「“勇者の死霊術“……かつて大女神テスラが“勇者“に用いた死霊術を、お前が女神ベラトゥフから受けている事は判っている。
だが、それは“勇者“に用いたからこそ意義が生まれた、唯一無二の死霊術───決して この術を掛けられた者が勇者になるのではない!」
「今、僕の話なんかどうでもいいだろッ!!
助かる見込みが僅かにでもあるんだ! お前らにとってもミトの命は大切なんだろ!?」
動揺はしている……だが、守り人たちは武器をしまわない。
一か八か、ネロスは動いた
「!?」
ネロスは自ら矛先に向かうようゆっくりだが、踏み出した。鉛のように重く感じる、樹液の沼を一歩ずつ───彼の眼前にいる守り人たちの間合いにネロスが入った 直後
「マイティアは 助かるのか?」
守り人の一人 ウィリアムスの声は震えていた。
「これは……教え聞いていた 儀式ではない それは確かだ
聖樹の様子も、聞いていた話とはまるで違う」
「ウィリアムス、何を言っている 守り人としての役割を見失うな」
「魔に晒されながらも、彼女は大女神の予言に相応しい魂を持つ者であろうと努めた。自らの人生のすべてを捧げて成し遂げんとした───その覚悟を踏み躙るこれは、迎えるべき末路ではない!」
「それは」
「答えろ死霊 マイティアは助かる可能性があるんだな」
「ウィリアムス!」
「お前らは人を女神に“する”事が役割なのか?
自分の面子しか守れないで何が守り人だ!」
ウィリアムスは槍を握り直し「ウィル!?」周囲の矛先をかち上げ
「我々は女神を守るべく魂を捧げた守り人である! 行け死霊!女神の魂を守れ!!」
「馬鹿者がッ!!」
怒号が飛び交う中、ウィリアムスだけではない幾人かの守り人も反旗を翻した。守り人同士の武器がせめぎ合う下を滑るように掻い潜り、ネロスはマイティアを抱えて、全速力で聖樹から離れた。
「出口っ出口っでぐ……出口は? 出口どこ!?」
しかし、いくら靄の中を走ってみても一面は白い霧、外の光景はおろか、出口と思しき歪みもネロスの目には見分けが付かない。
「ベラどうしよう出口がわからない!」
『接点探してても日が暮れるわ! 聖剣を魔力で換装させて空間なんて薄い壁だと思って全力で叩っ切ればいいの!あなたなら出来る!』
「けど魔力が足りな」
『ごめん!』
ベラトゥフから送り込まれる魔力を元手に聖剣とネロスの魔力管を繋ぎ合わせ───一心同体となった聖樹の枝が白銀の剣となり
「うおおおおおおおお!!!」
剣先を前に突きだしたまま、ネロスは駆け出した。槍を持って突撃するかの如く、前へ前へと全速力で走り 走り 走り……はしり………走って『斜め右に振り上げて!』斬り上げた
ガシャァアン!!!
ガラスが割れるような音と共に視界に閃光が駆け抜け
「「「 「
────ぶぐば
あッ!!
」」」 」
ズボッ。。 。
ぶ厚い雪の中に顔面から深く刺さった。
柔らかい、ほどけるような新雪 表面的な冷たさ、白い息 風の音
白い雪に包まれた森だ!
「外だ! 外に出られたっ!」
ネロスは外に出られたと喜んだ───そのすぐ横で
「うわあああああああああんんっ!!!」
ランディアが号泣していた。
マイティアとネロスがカタリの里に入ってから、間もなくのこと
「勇者!? 勇者も消えたのか!?なんで!?」
ランディアは死の冷気に暴れる馬を静め、近くの木に綱を括りつけてから荷車の中を覗いた。
マイティアも、“勇者“もいない。兜の潰れた近衛兵だけが端っこで転がっている。
騎手の近衛兵は後ろ手に荷車に縛りつけたまま気絶したままだし……荷車の閂も鍵も掛かったまま、鉄格子の窓も壊れていない。
「冷静になれ、冷静になるんだランディ……おさらいしよう。
カタリの里は死者の世界で、死者の世界に生者は入れない。
けど、印を持っているミトは、カタリの里との接点を通り抜けると、里に入ってしまう……そうだ、そう言ってた……。
…………………。
なんでだよッ!?
アイツ関係ねぇだろっ!」
ランディアの頭では勇者が消える理由がまるで思い至らなかった。ついさっきまで普通に会話をしていた人、それも勇者がまさか死霊であるなどと思うわけがなかった。
「うぐぐっ……はっ!」
ランディアの騒々しい声に、気絶していた騎手の近衛兵が飛び起きて
「なんっ───貴様ッ ランディア?!大馬鹿者ッ!貴様此処で何をしている!いや待て!何故俺を縛っている!?」
「ゲッ……もう起きたのかよ、タコ」
「タコバトフだ!
女神の護送はどうなった!?
マイティアをカタリの里へ送り届けられたんだろうな!?」
ランディアは咄嗟に、勇者が……と言いかけて咳払いし
「ミトは……カタリの里へ入ったよ」とだけ伝えた。
気絶させられたことと縛られていることはともかく、近衛兵タコバトフは任務の完遂に、安堵の溜息をついた。
「ああ……死ぬかと思った 冷や冷やさせるな」
タコバトフは、勇者がこの馬車に同乗していたことを、今のところ気付いていない。
王都に連れて来た勇者は重傷で、まだ意識を取り戻していないと王城の者たちを誤魔化していたし、ネロスが座面の下から飛び出すのに合わせて、ランディアは騎手のタコバトフに“強め“の不意打ちを食らわせて気絶させていたからだ。
「女神が生まれ、勇者も王都へ辿り着いた。ハサン王の狂乱さえ鎮まれば……嗚呼、暗黒時代も長かったな! ようやく光明が差したわ!」
「…………」
ランディアは無言のまま、拳を握った。
「ランディア、お前も内心はホッとしているのだろう?
王の狂乱の標的にされなかったのはお前だけだからな」
タコバトフは、兜の下で真っ赤に染まっていくランディアの表情を察することなく、配慮のない言葉を続けた。
「そうだ、お前さっさと“結婚“しちまえよ」
「今言うなよそんなこと」
「いっそお前の方からグレースの朴念仁に逆プロポ」
「それ以上言うな」
「何を怒ってんだよ めでたい話じゃねぇか」
「やめろって」
「もう吹っ切っちまえよ。
相手は“女神様“だぜ、姉貴が幸せになることぐらい……あ?」
ランディアはタコバトフの首を掴み「わわわ悪かった悪かった悪かっうぐゥッッ!!!」詰め寄った。
無言のままの威圧、兜の下で憤怒に塗れた目がタコバトフを刺すように蔑視する。だが、その鋭い視線はみるみる涙で歪んでいく。
「わかったような口利くなクソ野郎……っ!
妹の死にホッとしたようなゴミクソ精神の姉が幸せになって道理なんざねェんだよッ!
あの子を一度だって救わなかった私たちが 救って貰えるなんて都合の良いことを! 当然だとでも思ってんのかぶっ殺すぞちくしょう!」
乱暴にタコバトフの頭を投げ「ぐげっ」
ランディアは堪えきれずに兜を脱いで「うぅっ! ふぐぅっ!」雪の中に真っ赤に歪んだ顔を埋め「ぅゎぁぁぁぁ……!」涙と嗚咽を雪に溶かした。
「ミトが死んじゃったよぅ ミト ミト……ごめんね
ごめんサッチ ごめんシャル……私何も出来なかったよ なにもできなかった……あなたたちとお別れする時間すら作ってあげられなかった……ぐすっ
幻惑術に掛かっていたなんて気付かなかった ごめんね あのとき私が馬車を止めときゃ……っ 馬をひっくり返してでも止めてれば止められたのにッ!
ちくしょう! けっきょくじぶんがかわいいんだっくたばれくそぉおおお!!! 私が一番クソッタレなんぎゃぁぁあああっ!!!」
ランディアはどちゃくそに全身を雪に叩きつけた。
いっそ誰かよ私に鞭を打てとばかりのたうち回るも、新雪は柔らかく彼女の自暴自棄を受け容れてしまう。
「ゲホッ……ぐぇ、はあ 癇癪起こすなよランディ
俺が言うのも難だが、お前はいい奴だぞ」
「うるせぇタコ!タコタコちくしょうぅうタコッ!
ミト!私に雷でも落としてくれ! このネズミ染みたクソ精神に罰をををッッ!! 妹を見殺したクソッタレを殴ってくれよぉぅう!!ふぇぇえええっっ!!」
「ぶぐばあッ!!」
ズボッ。。。
「外だ! 外に出られたっ!」
「うわあああああああああんんっ!!!」
わんわん泣き喚き、涙と嘆きを噴水の如く散らす
彼女の真横に 降り立ったネロス と
「「あああああッッ!?!?!」」
マイティアの
死 体 。
「おい 勇 者 テ メェ
なにやっ───な ん て こ と
し て ん だ テメェはァアア!!?!?」
!?」
2022/9/23改稿しました