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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
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第21話③ 王国冬季六月十日 冬夜

 


 空を見上げる窓はなく 扉に付けられた格子窓の向こうにだけある蝋燭の光が、僅かに入り込むだけの薄暗い石造りの牢。

 空の色はわからないが 多分、深夜なんだろう。

 私は中途半端な時間に意識を取り戻してしまった。


「……ぅ ぅ…」


 眠気を伴わない倦怠感と苦痛は、ただただつらかった

 腹這いから寝返りを打ちたくても、背中も腰もピクリとも力が入らず、咳き込む度に……少しずつ、出来ることが無くなっていく。

 手首と足首に嵌められた鉄枷はあまりに重くて、ごり……ごり……地面を擦る音を立てられるだけなのに 爪の剥がされた指も、寒さと乾燥で深くあかぎれ、霜焼けて腫れ、手先の感覚ももう鈍い。


 神官の鞭打ちは、なんとなく形式張っていて、音だけ大きい革の鞭だった。それでも肌が裂けて血が滲むのだが。

 アイツは鉄鞭だ。ときに熱せられた赤い鉄棒。それを振り下ろす。私は幾度も意識が飛んだ。

 気絶しても水桶に顔を沈められて起こされ 反応が薄くなれば、爪を剥がされたり、頭を蹴られて……また鞭打ちが始まる……その繰り返し。


 今日はとりわけ部下の目の前で罵ったせいか、アイツの苛立ちが激しく、長かった。

 私の手首を地に縛る鉄枷に歪んで反射する……鞭を振るい、震え、怒鳴る王の焦燥しょうそうは 怒りが鎮火して一周回ってみると実に哀れだった


 王になるつもりなんかなかった。兄の息子のルークが次代の王だ。

 自分は大臣、宰相さいしょうとして影で王を支えていく。玉座は自分に似合わないし。

 跡継ぎの“子”もいない……。

 そう言い続けた男が、いざ玉座に座る事になると 縋るものを求めるようになった。ハサンは根っからの女神信者だったから、女神に頼った。

 その女神が予言を下した。次代の王の“娘”が、女神の子になると。

 ハサンは好きでもない女たちを抱き、女神の子たちを逃がさぬ為に母たちすらも殺して 自分は玉座に座らされた哀れな老人なのだと、生まれ堕とした娘たちに同情と慈悲を求めている……私たちの怒りすらも父に届かぬのなら、もう……哀れとしか言いようがない……。



 ビュゥゥゥ……。

 外の、吹雪 吹き込んでくる音。


 ヒっくしょん! 廊下に吹き込む冷気に毛布を求める悲鳴が聞こえてきた……冷えた石畳に腹這いのまま寝返りの打てない私には、殺人的な寒さだった。か細い命の温もりが、石畳の冷気に溶けて消えていく……。

 そのとき……私はふと気が付いた。

 今まであんまり寒さを酷に感じてこなかったのは……耳飾りがあったからだと。シルディアお姉ちゃんからもらった……王都は寒いから、モンジュに作ってもらった……魔導具の 青い、耳飾り……。


 首を捻って、耳から下がっている筈の飾りが石畳に当たる音を確かめたが……嗚呼、左が鳴らなかった。

(あの、ときだ 蹴られた、とき……頭を、蹴られて……)

 アイツの足は私の左耳から側頭部に何度か当たった……何処か、何処かに……この、牢の、中に……、あるはず……。


 激痛を堪えて首を僅かにもたげ……僅かに、小さく光る何かを……右手方向に見つけたが……手を伸ばして届く距離ではなかった。


「ぐぅ…、ぅぅ……っ 」


 不幸中の幸い、鎖の可動範囲は長かった。残り僅かな命を削りながら、数十分近くかけてナメクジの様に必死に這い……光る何かへ指が届いた。ただ、もう指が曲がらない。飾りと化した指と手の平で、時間を掛けて……見える位置まで転がしていく……。

 目の焦点が合わず、ぼやけているが それは、あの耳飾りだった。装飾などまるで判らないが、この青色は……きっと お姉ちゃんがくれた耳飾りだ───。


 ───お姉ちゃんは、今、眠っている。

 私が、アイツの無理な願いを叶えられなかったから。

 早く、一日でも早く、女神になれと、カタリの里へ行けと。

 ただ、女神の儀式を行う、聖樹のあるカタリの里は……未成年は入れない。

 あのとき 私はまだ9歳だった

 年端のいかない女児を女神として迎え入れてくれるわけもなく


 予想通りの悲報を持って帰ってきた私に、アイツは激昂して

 私と見間違えて、お姉ちゃんを 傷つけた。


 病弱だったお姉ちゃんはそれ以来、ずっと……寝たまま

 心臓だけ動いてる────。


『ほら ミト、おいで

 つらいときはぎゅーっとしてあげる』


 高めの声、人肌の温もりとやわらかな香りが恋しいのに、遠くて。

 幼いままの幻想に幾度手を伸ばして、空を搔いただろう。


 目頭だけがみるみる熱くなってきて、喉も渇いて仕方ないのにぼろぼろ涙が溢れてきた 鼻まで伝ってべちゃべちゃだ。それすら程なく凍ってしまうのに、泣きたくないのに、嗚咽も涙も鼻水も止まらない。

 情けないのが悔しくて、悔しいのがまた情けなくて。

 いっそ息苦しくなってきて咳き込む痛みで、閉じ込んだ涙腺が崩壊した。


「ぅ、ぅぅ……ひぅぅ ひっぐ ふぅぅ ふぇぇぇ……ぇ」


 何が女神だ。何が勇者よ。魔王なんてどこにいるの?

 どうして私ばっかり怒られるの? 私がなにしたって言うの?

 魔王が復活したって、女神が事前に予言してたのに復活させたのみんなじゃない。私そのとき生まれてさえいなかったのに。

 勇者だって、勇者なんて……なんでお馬鹿なのよぅ。薬草一束に金貨出したらダメだって 挙げ句にお釣りわからないから要らないってどういう神経してるの。ねえ、ベラがいないときなんか危なっかしくてずっと怖かったのよわたし、この数ヶ月ずっと ずっと……夢みたいで


 ねえ なぐさめてよ ネロス

 どうしてなの 教えてよ ネロス

 わたしなんで あなたの力になりたかったのに

 死にそうになってるの?


 きっと 悪夢なんだよね?

 この苦痛は幻なんだって言ってよ。

 本当の……お父様はつよくて、優しくて、お母様も生きてて。お姉ちゃんたちも笑顔で みんなわたしを抱きしめてくれるの。カタリの里なんかないの。女神なんて要らないの。それが本当なの。わたしは、ホズといっしょに、どこへでも飛んでいけるの。


 起こして 起きあがれないの。

 ネロス……起こしてよ。

 夢は覚めるものでしょ……。


 この悪夢から連れ出してよ。

 ねえ……悪夢だって言ってよぅ…………。





(…… ト …… ミト)


 睫毛まつげが霜付き……涙も凍って瞼すら開かなくなった頃、頭の中で聴き慣れた声がした。

(ミト……ミト 聞こえるか、ワシだ)


 タカだって、言ってるのに……なんでずっとワシなの ホズ……。


(……なあミト ときには以前のように、ワシの目になって空を飛んでみないか? お前が好きだった天竜山脈からパッチャ氷原のコースだ。

 もしかしたらオーロラが見えるかもしれないぞ)


 ダメよ……吹雪いているのに。それに、寒いから そのコースは……冬季は無理って……ホズが 言ってた じゃない。


(今日は特別さ……な、ミト。

 お前が酔わないようにゆっくり飛ぶから)


 ……そう言って、くれる なら ………。


(ミト ─ら─── ネ──の …、……ぃ ……)



 魔力の…波長を、合わせなきゃ……

 そう思うも、ホズの声に気が抜けて

 意識から 手を離し ゆ っ く り と 。。 。


 絶望の底に 沈んでいった。



2022/8/26改稿しました

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