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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
41/212

第20話 嗚呼、女神よ

 

 脇目も振らずに闇市から離れようと駆け出した私を、爆音と衝撃波が追い抜いた。ゲドの奇声も、ネロスの怒号も上手く聞き取れない。

 ズドン!! 地面から突き上げられるような振動でよろめき、近くの木にしがみついた。ようやく振り返ったときには、ネロスは空高く投げ出されていた。


 この森の上空には生物を溶かす程の瘴気が漂っている―――飲み込めきれない悲鳴が口から漏れたが、ネロスは溶けなかった。恐らく、聖剣の力だろう。

 しかし、安堵の溜息などは出ず、全身が強張ったまま震えていて、近くの木にもたれては忙しない深呼吸で平静を保っていた。遠くまでしっかりとピントが合う私の目に、一瞬だが、指から覗く爪先よりも小さいネロスの左腕が、あらぬ方向に曲がっているのが映った。

 力なく風圧で浮き上がる左腕にも構わず、飛んでくるゲドの投岩の土魔術を彼は右手の聖剣を駆使して切り抜けて───彼は、ゲドの頭部に一撃、鈍重に叩きつけた。

 甲高い金属音、飛び散る火花と閃光、それにもかかわらず僅かなへこみ……あまりに硬い装甲に弾かれ、浮いたネロスがゲドの拳に潰され―――地面にめり込みつつすぐさまゲドの腕を大きく跳ね上げる。既に身に付けていた鋼鉄の鎧は割れ砕け……血が滴り落ち、彼の肩が乱高下している。


( まずい このままじゃ だけど )


 彼らの戦いに私が何か出来るはずがない。下手に矢を放てば、ゲドに私の居場所を教える様なもの。一人で戦うことにすら苦戦しているネロスの足を引っ張る事だけはしてはいけない。


「一体何がどうなってんねん! 最悪や! 赤字や赤字!!」


 クソネコがリッキーと共に逃げていくのが視界の端っこで見えた。見えたが、私は彼らに付いて逃げることは出来なかった。


「ゲハハハハ!! 誰も逃がさねぇぞォオオ!!」


 ゲドの怒号がくぐもって聞こえ───ズズズズンッ!

 突如発生した、身体の軸ごと揺さぶられる地震と、ゲドの方向へ引き摺られる引力。

 私は堪らず地面に四つん這いになって引力から逃れようとするが、地震と引力に砕けた脆い枝や土の雨に打たれ、遂には私には持ち上げられないような岩まで飛んできて───「っう!」


「潰れチまぇええ!!!」


 轟音と共に花開いたゲドの腹の口からどす黒い魔力の塊が放たれ────破裂したッ。 奴の魔力が音速を超えて周囲の地面へと飛び散り、人も魔物もお構いなしに、地面ごと私たちを持ち上げ、引き寄せる。

 奴の口の前に次々と圧縮されていく───岩も木も人も魔物も空気さえも大量の土砂と一緒に潰されていく!


「調子に乗るなトカゲ野郎ッッ!!」


 私を突き上げた大岩が目の前で粉々に砕けていった瞬間、奴の足下で引き寄せられないよう踏ん張り続けていたネロスが真っ白に輝く聖剣を地面に突き立て魔力を爆発させた───トトリで見せた 数百の魔物を消し飛ばした力よりも 遥かに強い魔力で────っ!


 異次元の魔力の衝突は 爆発を起こした。

 膨大な熱がゲドの真上で発生し、奴の作り出した土塊を伴った衝撃波は、周囲数百メートルを吹き飛ばした。



「ぅ、うっ……」


 生きて、いることが……奇跡だろう……。我ながら恐るべき悪運だ……。

 ゲドの引力で、踏み固められた地面が引き剥がされたお陰だろうか、耕された畑の土のような、腐葉土のような……柔らかな地面に突き刺さるよう弾き飛ばされたお陰で、頭や首、背骨は奇跡的に無事だった。

 ただ、硬い岩盤か何かに運悪く当たったらしい左足の感覚がない。破けた靴から見える足は真っ赤だ。脛から足甲の骨が粉砕されている気がする。

 震えた腕で柔らかな地面に埋もれた身体をなんとか持ち上げると……衝突する金属音がした。


 ネロスはまだ戦っていた。あれ程の衝撃が起きても、彼らはまだ戦っている。

 彼等が生み出した爆発は、闇市を丸々吹き飛ばしたようで、辺り一面はクレーター状に変形してしまっていた。人の死体で着飾っていた祭りは今や、魔物の死体が理不尽な暴力の犠牲者のように散らばっている。換金所にいた最上級の、魔物の身体さえも、バラバラになっていた……。


「おい おいっ 大丈夫か?!」


 ペシペシ何かに頬を叩かれて振り返ると 歪んだ空気……? が、いた。

 それがリッキーだと気付くのに5秒ぐらいかかった。

「立て、ねぇな。持ち上げっから息を数秒止めてくれ 軽くする」

 何を言っているのか痛みで頭が回らず、彼に言われるがまま息を止めて魔法障壁を無くすと「わっ」リッキーは私に軽量化の変性術を掛けたのだろうか───私の身体を片手で、ぬいぐるみのように肩に担いだ。

「さっき、の 避けられた、の?」

「土を液状化して潜ったんだ だがさっきのはマジでヤバかった。

 直撃して生き残ったあんたの悪運もすげぇよ」

 そんなことで褒められたくない。


 リッキーに担がれたままクレーターの縁に上がり、木の陰に隠れているコレットのところまで来ると「ハア!?嫌や!」「テメェのせいで巻き込まれてんだよ!」「泥棒ォッ!」生存者に割高に売り捌こうとしていたらしいコレットから回復薬をふんだくると、リッキーは慣れた手つきで私の左足に「いっ!」応急処置をしてくれた。粉砕骨折みたいだ……。


「どうして、助けてくれるの? ずいぶん、邪険に、したのに」

「レキナに言われてたことよ、悪気はねぇんだけど聞こえちまって、思い出したんだ。あんたが“ランディア”の言ってた妹だって」

 リッキーの口から姉の名が出て、私は目を丸めた。

「話のわかる“王都騎士”に恩を売っといて悪いことはねぇからな」

「なんで姉さんの知り合いが泥棒なんかに落ちぶれてるのよ!」

「ハッ! 落ちぶれたくもなるさ、真面目が馬鹿ばかり見る世の中だからな。あんたもそうだろ」

 脆い枝を硬く変性させた副え木までつけて包帯を巻き、岩を粘土のように柔らかくして再形成し、杖まで作ってくれた……恩を売る気満々だ。

「あとは、筋肉童貞がクソ野郎にトドメ刺してくれればいいが……」


 私たちの期待の眼差しに反して


「ゲハハハハ! なんだァ!? ミンチになっちまったかああ!!?!」


 耳を覆っても聞こえてくる轟音と地響き。

 ゲドの振るう拳によって地面が抉れ、岩石や土塊が縦横無尽に空を舞う。

 奴の拳よりも小さいネロスが、ゲドの拳を聖剣で跳ね返し、奴の顔や背中に深い傷を刻むが、剥き出しの硬い岩盤をゲドが噛み千切り飲み込んで間もなく、奴の傷はすぐに塞がってしまう。

「ゲハハハハァ!! いいそいいぞイイぞッ!!!

 もう1ッ回ヤッテみろヨォォオ!」

 まるで壊れないおもちゃを見つけてはしゃいでいるかのような幼稚さと、目に入る全てものに向ける理不尽で猟奇的な暴力は止まらない。

 奴はネロスの折れた左腕目掛けて横向きに弾き飛ばし、卑しく笑った。


「エバンナが言ってたぞ! お前は“特別”だってヨォ!

 なあなあなあ お前ェいんだろ? 中にいんだよなァ?!

 出せよ! 出せよ出せヨ! もっと出せヨ本気をよぉおおッッ!!!」

「ぎゃあぎゃあと うるせぇんだよ……」

「あ?」


 見るに堪えない程に腫れ、変色した左腕を肩からぶら下げながら……彼はヂリヂリと音を立てて白熱していく聖剣を、ゲドに差し向けた。


「構わないでくれベラ……コイツは、ここで殺さなきゃダメなんだ」


 肌寒いぐらいの空気が、聖剣の熱で歪みだし、風がネロスの元に集まって上昇していく。高濃度に注ぎ込まれた魔力が激情に猛り狂い、バチッ、と焚き火に焼べられたまきの様な音が鳴る。

 聖樹さえ焦がしているのか、破裂しそうなほど真っ白に膨張した聖剣から溢れ出る灰白色の煙が立つ。


「そうだそうだそうだ! それだ! もっともっと出せ!ホンモノを出せ!! お前の醜く歪んだ魂を剥き出しにしてくれヨォオ!!!」


 ゲドはえらく興奮し、腹を裂く大きな口から溢れ出る巨大な舌で地面を舐めながら、ネロスに突っ込んできた。


 嬉々として振るうゲドの鉄塊の如き拳を───白熱した聖剣がすり抜けるように切り裂き、噴き出すゲドの血を蒸発させた。

 堪らず響き渡る阿鼻叫喚あびきょうかんと、嵐のように振り回されるゲドの攻撃が、繰り返しネロスに叩きつけられる。

 しかし、彼はそれを容易く切り裂いていく。

「す、すげぇ……ゲドのオリハルコンばりの身体が」

「いけんか?いけるんか?! いけいけ兄ちゃんやったれェ!」

 ズタズタに裂かれた拳の痛みに仰け反ったゲドが、両手を振り上げ、腕を斧のように振り下ろした。その腕が宙に舞い上がり、ゲドの目が真っ赤に血走る。


「げほっ」


 溺れたような声がして、私たちはネロスに視線を向けた。聖剣を握ったまま膝を着き、彼は血溜まりが出来る程の血を吐いた。腕で口元を抑えるが、止め処もなく溢れ出てくる。うずくまり、頭が地面を擦る。

「ギィイイアアアアア!!!!!!」 

 これ見よがしにゲドがネロスを踏み潰そうと足を振り上げた―――その瞬間


「ちっきしょぉおッッ!!!」


 クレーターの端から、獣人───ゼゼが表に出て、土魔術でネロスを横にずらし、ゲドの足からネロスをずらした。

 この機を逃さない───生存し、隠れていた人々が一斉に飛び出して魔術を唱え、両腕を失ったゲドに畳みかけるが

「雑魚が図に乗ってんじゃねぇええ!!!」

 ゲドの尾がその長さ以上に伸縮して薙ぎ払われ、飛び出した魔術師たちの多くが一瞬で石化し「ゼゼ!」ゼゼも、腹を擦ってしまった。遠目でも判る───既に服も腹部も石化し始めている

「ウロっ!おめぇの研究が上手くいく様ッ!あの世で見てっからな!!」

 石の身体を自ら破壊しながら最期の投岩の土魔術を放り、ゼゼは砕け散った。

 その一撃でさえゲドは尾で容易く弾いたが「!?!」その岩はゲドの目の前で爆発し、無数の欠片がゲドの顔の目に突き刺さった。

「ギィイイイイ!!!」

 両腕で目を庇えなかったゲドは大きくうめいた。だが、ネロスに斬られた両腕の切断面がブクブクと膨れ上がり始めている。腕が再生してしまったら今度こそ終わりだ───この隙にしか活路がない!


「リッキー リッキー! 力貸して!」

 私は弓矢の召喚術の一部術式を変えて唱えた。

「うおッ マジか!?」

 召喚術で創り出した魔力の“弩砲どほう”───嫌というほど間近で見たドワーフの技術だ。その構築が判れば再現出来なくはない。

「だけど直線攻撃だろ?!こんなん当たんの──ッ 俺かっ!!」

 言葉の途中でやりたいことを察してくれたらしく、リッキーは刺魔タトゥを鈍く光らせて弩砲と、その人一人分はあろう大矢に“透過の変性術”を組み込んで不可視にした。


「クソ!クソがッ! ゲハハハァアッ!!

 これでェエエ終わりだァアアアッッ!!!」


 うずくまるネロスにトドメを刺そうと狙いを定める三日月の尾

 ゲドの怒号に合わせ、開く腹の口────

 そ の 奥 の 目 ッ !


 ズガンッ!!


「!?」

 激しい衝撃『音』にゲドはすぐ気付いたが

 その正体に気付く前に────


 奴の腹の目に、ありったけの魔力を詰め込んだ大矢が貫いた!



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!!!!!」



 とても古典的な思考だが、人も魔物も目は弱点……だった みたいだが。

 ゲドはこれまでで一番の怒号を大音量で轟かせ、暴れ出した。


「ァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 奴の魔力が爆発的に膨れ上がっていき、奴を中心に―――三日月型の尾が鞭のように乱れ狂う。それはクレーターの縁にいた私たちの目の前にすら衝撃波が飛んできて、奴の奇声のせいで誰の悲鳴も鼓膜に届かず、全身に巡る魔力さえも震えて魔術として組み上げられない。


 ネロスが、自分たちが、生き残れる事を祈って平伏すしか───


 嗚呼 女神よ───どうか 我らに 慈悲を────………。





 頬の下から触れる、冷たい水。固い……地面。

 重い瞼を開けると、薄暗く湿った場所で、私は横たわっていた。首を少し捻って見上げると、分厚いねずみ色の雲で覆われた閉塞感漂う空が、かなり遠くに見えた。

 どうやら、いつの間にやらクレーターの下まで転がり落ちていたようだ。せっかく応急処置をしてくれた左足に痛みが走る。

 今一度視線を落とすと、地下水だろうか……腐っていない、綺麗な水が湧き出して水溜まりが……“凍って”いた。


「はっ」


 クレーターの中央には、巨大な氷像が出来ていた。

 それは、ゲドの形をしていた。


「な、なに……これは ゲドが、凍っているの……?」


 両腕が生え始め、長い尾を振り回すその様、腹の目がひしゃげて潰れ、顔の目は血走り……今にも鼓膜に悪い怒号を響かせそうな、まさにその瞬間を切り取ったかのように、凍っている。


「ゲホッ、おぇ……おぇぇ……」

 周囲には、軽い魔中毒症状になっているリッキーと、気絶しているコレットもいた。


「ネロス ネロスは 」


 私は、作って貰った杖を頼り、左足を引き摺りながら歩き出した。目眩がして、息が上がり、足だけでなく、全身がギシギシと痛かった。鳥のさえずりさえ聞こえてくる静けさが、かえって不安を煽る。


 最後に見たとき、彼は大量に血を吐いていた。内臓を傷つけてしまったのかもしれない。


 クレーターの底で彼を呼んだ。

 返事がない。再度呼ぶ。自分の声だけが反響する。声を荒げて呼んだ。急に怖くなってきた。鼓動が飛び跳ね、息が上がる。

 私は足下の瓦礫をずらしながら、彼を探した。この辺りにいたはずだ……歩きながら、下を向いて探した。彼ではないと信じたい何かの残骸も見る度に、堪らず不安になっていく。嫌な想像が頭を過る。高まる不安を拭うように、彼の予知夢に縋る。彼は死なないと言った。それが、嘘じゃ……なければ……。


「ネロス……どこにいるの 返事してよ……」

「…………。」


 そのとき、私の耳に自分以外の息が聞こえてきた。しかし、どうしてかネロスのものではないように感じた。


(誰……? なにか違う……わからない)


 私は、息が聞こえる方に近付いた。瓦礫の小さな山を乗り越えて、見下ろしたところ―――幻影のように揺らめく一人が座っていた。


『ごめんなさい……』


 細長い銀髪、横に長い耳、血色が失せたような青白く透明感のある肌……色白なブルーエルフか、スノーエルフだ。一瞬、バーブラの手下のホロンスかと思って身構えたが、その声や骨格は女性だった。


『もっと早く……この力を使うべきだったの……。

 あなたたちを、こんな辛い目に……遭わせてしまった……』


 今にも泣き出しそうなか細い声で、その後ろ姿は震えていた。


「あなたは……」


 私が声を出すと、彼女はゆっくりと振り返ったが……涙で濡れた顔が僅かに見えた途端、蝋燭ろうそくの火を吹き消すように幻影は 掻き消えた。


 彼女が消えたその場所には、焦げてヒビ割れた聖剣が転がり―――そこから少し離れたところに……血溜まりに頬を着けたネロスが、いた。



2022/8/20改稿しました

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