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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
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第16話② ナラ・ハの森

 


「かぁー! お前さん勇者とな! お偉いこっちゃ、飴ちゃんやるわぁ」

「いいの?」

「貰わないの」


 ポート下民街の長デボン曰く、この泥棒獣人コレットは、表向きでは、どんなに危険な場所でも現れる店を持たない商人であり、後で買っておけば良かったと後悔する消耗品をここぞというタイミングに高値で買わせる様な憎い奴なんだとか。

 しかし、職人一族モンジュの悪ガキ、禿げ泥棒リッキーを引き取る前は、戸締まりしていない不用心な家に盗み入っては、人の良さそうな客には言葉巧みに不良品を山のように買わせ、捕まれば翌日には脱獄しているという……裏の界隈では有名なクソ獣人らしい。


「勇者言うたら……姉ちゃん、あんた王族やろ?

 ってことは、あんたら新旧勇者やん!

 コラめでたいわぁ~記念になんかちょーだいな」

「嫌よ」

「いいやんけ~後々プレミアついてごっつ高く売れるってぇ~」

 そんな風にやかましく声をかけてくる。


 私が風頼みをするために魔導具を取り出すと

「それなんぼで売る?」

 時間の確認に懐中時計を取り出すと

「それなんぼで売る?」

 徘徊する下級の魔物を倒したネロスの鋼剣に

「それなんぼで売る?」

 挙げ句の果てには邪魔な蔦を切るネロスのナイフに

「それなんぼで売る?」


「なんぼでも売らないって言ってんでしょしつこいわね!」

「そな怒らんでもええやんけ、古い勇者の末裔まつえいはケチやのぅ。

 あ~あ、かつての世界の救世主はケチやケチケチ、あーあーやだやだ、ケチんぼうが感染うつるわァー! 幸運の女神様が遠退くわァー! 女神様助けてぇ~」

(腹立つわァ……!)


 あくまで森の中心にあるレンス・タリーパではなく、外周に沿って北東へ大回り迂回しているお陰か、今のところ強力な魔物や瘴気に出会すことはなかった。同じ様な光景と、弱々しい魔物だけがちらほら。鼻を抉る腐臭と魔の量も香り袋で何とかやりくりでき「それなんぼで売る?」んんんんーッ!

「ミトが嫌そうに唸ってるからもう訊かないであげてよ。僕のならあげるからさ」

「ほんまか!? おおきに!なんぼなんぼ?」

「金貨五枚だよ」

 素晴らしい。ネロス、よくぞ言った。

 いくら勇者の箔がついたところで、馬を買うような値を使い古しの香り袋如きに出さないだろう。

「勇者ァ……そりゃないでぇ……。

 姉ちゃんのケチケチ感染うつっとるやん 最低やわぁ」

(腹ッ立つわァ……!!)


 そう思いつつも、無言でいるよりも時の流れは早く感じた。

 一秒でも早く帰りたいナラ・ハの森に入り、既に3時間ほどが過ぎていたのだ。ネチネチな地面に足を取られやすく、森の中心を避けて迂回していたため、想定以上に時間がかかっている。

 日が沈むにつれて、魔物の気配も強くなってきている。今晩をやり過ごす適当な場所を探し始めなければならない。


「もう少ししたら涸れた小川があんねん。その小川道を東に行きゃあ寝床に使えそうな洞窟があるで」

 なんともまあ、ここぞというタイミングで教えてくれるものだ。心象としては怪しいのだが、このまま進むのも危険だ。


 コレットに案内され、腐葉土の小川道の、なだらかな坂を登っていくと……地底国国境だろう地竜山脈の一部が暗い枯れ木の隙間から見えてきた。

 瘴気ギリギリに腐敗を免れた青黒い苔が線を引いたかのように描かれた岩壁の切れ目、小動物のねぐらが点在し、その奥に


「お? あなたたちも闇市に行く途中ですか?」


 先客がキャンプを張っていた。

 人当たりの良さそうな眼鏡を掛けたエルフと、図体のデカい……強面の獣人の、二人組だ。


「私たちも闇市に向かうつもりでして、ええ、人気のない危険な場所ですし、久々に人に会えたのも何かの縁だ」

 彼らは限られたスペースを独占することはなく、私たちに場所を分けてくれた上、少し多く作りすぎたからと食事を分けてくれた。思いがけない親切に、私もネロスも呆気に取られてしまった。


(闇市に向かう人って、なんていうか、悪そうな人の印象だったよ)

(私もそう……普通の人も行くようなところなのかしら)

「ハァ……、あんたら、えらくお人好しやな。

 人は信じるもんやと顔に書いとるやないの、先が思いやられるばかりか、世話せにゃいかん思てくるわぁ」

 エルフと獣人に何やら買わせてきたのか、膨らんだ革袋を携えて私たちの焚き火の前に、コレットはわざわざ戻ってきた。気に入った客なら向こうにくっついていればいいものを。

「闇市いぅんはな、魔物が始めた市場ちゃうねん。

 おっかねぇブラックエルフ(セイレーン)部族が始めよった、エルフの競り市場が発祥やねん」

「競り市場? 何かを売ってたの?」

「人や「は?」人。「え」生きた人間。奴隷市場。

 とりわけ、獣人化した人間はより力が強くて、強靭。魔物を魔獣として操るよか、手頃で躾やすいと評判なんやで」


 コレットの小さい呟きを聞いてから、再びあの二人組に視線だけ向けると……獣人の首には魔法陣の描かれた首輪が、長い毛に埋もれて見えた。

 私たちは、貰った食事から手を離し……お互いに落ち着こうと揃って深呼吸をし────


「何吹き込んでんだよクソネコ」

「ふぎぃ」

「わわっ!」


 唐突、図体のデカい獣人がコレットをつまみ上げ「コレはただのアクセサリィだっ」鋸のような歯を見せつけてクソネコを威嚇した。


「オレはゼゼ。あっちはウロ。

 結晶樹の錬成素材を探すために闇市に来た魔術師協会の者だ」


 黄色と黒の縞模様、筋骨隆々で私たちの倍ぐらい高い身体。コレットを2本の指でつまみ上げて、振り回し……放り投げた「あぎゃっ」

「あらかじめ断っておくが、オレたちは当然!人身売買は反対だ!

 クソネコの言うことこそ、鵜呑みにすんなよな」

 私たち四人のいぶかしげな視線に囲まれたコレットは「そないな顔しとると皺増えるで」と白々しく喚いた。


 邪魔者を退けたところで、ゼゼは胸元の服で隠していた魔術師教会が授ける星、刺繍された三つの星を私たちに見せつけた。確かに、魔術師協会に所属する三つ星の魔術師のようだ。


「結晶樹ってなんだい?」

「このナラ・ハの森はね、こう腐敗してしまう前は結晶樹の森林があったんですよ」ウロと呼ばれたエルフもマントに刺繍された四つ星を見せつつ「結晶樹はね、枝葉で空気中の魔を吸い、魔力に変換し、幹に貯める性質があるのです。つまり、結晶樹はミスリルやクリスタルなどの魔石と同等の力を有していたのですよ。

 我々エルフは魔石よりも加工がしやすい結晶樹の加工技術によって文明を発展させていったと言っても過言ではありません。

 この暗黒の時代に、多くの魔物と戦うためになくてはならない我々の武器……なのですが。

 結晶樹は、種を植えて芽が出るのに50年、私たちの背丈を超えるには300年かかると言われています。」

「そんなにかかるの?!」

「殊更に、今のナラ・ハの瘴気は結晶樹が処理できる量を遥かに超えてしまっている……単に植樹を続けてもこの国を昔のように戻す事は困難です。

 そこで、此処から離れたペテロという町で、結晶樹の森をどうにか作ろうと四苦八苦実験していましてね

 ようやく、とある素材が結晶樹の発育を促進することがわかったのです。それを探しに、悪名高き闇市に来たというわけですよ、ええ」


 このウロという眼鏡エルフは、話し出すと止まらないらしく、理解することを諦めたネロスがコレットと共に私を置いて離れてもお構いなく……半笑いで相槌を打ち続ける私のために長々と、結晶樹の復興計画の講演を30分ほど聞く羽目になった。


「……それで、この前ちょうど、高等魔術師であらせられたメメント氏にお目にかかり、それは面白そうだと協力を約束いただけましてね」

「……ああ、その あの方は 」

 そうだった……メメントさんはペテロに用があると言っていた。この人のことだったのか。

 此処へ来る途中で起きたことを二人に伝えると

「そうか……あの爺さん、逝っちまったか……。

 くそ! ゲドの野郎……ッ!」

「私物の一部を、引き取り手が誰もいなくて……預かっていました。

 もしかしたら、その計画の事についても書いてあるのかもしれません。あなた方にお渡し致します」

 私はメメントさんの遺物である、魔石や錬金術の道具と素材、彼の手帳をそのままウロに手渡した。彼は眼鏡を外し、静かに黙祷を捧げた。

「感謝申し上げます。

 本当に、この場であなた方に出会えたのは、何かのご縁かもしれませんね」

「そう言えば、姉ちゃんたちはなんで闇市なんて物騒なところに行く羽目になったんだ?」

「話せば長いのですが……要するに、あのネコのせいです」

 二人はとても、同情してくれた。



2022/7/31追加しました

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