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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
34/212

第16話① ナラ・ハの森

 

 女神期832年 王国冬季 六月六日



 私たちを命懸けで逃がしてくれた老エルフ、メメントの商品はすべて宿場町の商人に引き取って貰おうと思っていた。商人は神妙しんみょう面持おももちであれ快諾してくれたが、好きなものを持って行ってやれとも言った。

 最初は、亡くなった者の品を勝手に売買することに嫌悪感があったが、商人の後押しを受けて、老エルフの私物と、きっと彼本人が作っていただろう回復薬、保存食を幾つか貰った。


 彼に家族や同業者がいるのなら、彼の私物を返そうと、宿場町から近くの魔術師協会を訪ねてみると「メメント? ああ、懐かしい名前ですね。存じ上げております」受付の女性は柔和にゅうわな表情を浮かべた。

 高等魔術師という称号は魔術師協会が設けている魔術師階級の一つであり、その試験も勿論、階級を持つ者の管理も、魔術師協会の仕事だからだ。

 調べてみますと言ってから数分後、人当たりの良かった受付の女性は暗い顔をして戻ってきた。メメントは20年も前から身寄りもいない独り身であり、高等魔術師の更新もしなかったため、その認定も取り消されていたのだとか。


「メメント氏は第一線で活躍する方というよりも、優れた教育者でした。中でも、彼の弟子の一人には、後に“賢者”となった者もいらっしゃいますから」

「賢者?」

「魔術の祖、八竜に仕える事が許された者の事です。八竜信仰における神に仕える役として、魔術師として最上の名誉を意味します。

 そのような者を育て上げた方ですから、あの方の見る目は確か……つまり、命を賭して守ったあなた方には、彼にしか判らないような将来性を見出していたのでしょう」


 隣でその言葉を聞いたネロスの拳が軋んだ音を立てた。真一文字に固く結んだ口と強張る彼の顔が、受付との透明度の高い壁に僅か反射して見える。

「あなた方が気に病まれる事はございません。

 私たち魔術師協会の認定魔術師は、人々を守るために魔術を修め、日々精進し続ける信念を持っています。

 若い芽を摘ませないよう、故郷を滅ぼしたゲドと戦い、彼は果てた。

 ならば、本望だったのでしょう」


 結局、メメントの荷物は私たちが引き取ることになった。

 幾つかの小さな魔石と、錬金術の道具と素材、様々な魔術のメモや魔術師の名前などを記した手帳に、地竜平野の地下壕が手書きで記された地図を持ち……私たちは足早に、北を目指して歩いた。少しでも休んでから行こうと、彼に打診することすら出来なかった。



 一面の草原、壊れた町の跡。地竜平野には、何事もなかったかのように日が射し込み、南から少し湿った風が吹き抜けていく。空に雲はあまりなく、雨は降ってくれそうにない。

 視線を落とすと……私たちの視界に、とある痕跡が映る。


「これか……ゲドって奴の瘴気は」


 私たちの進む道に平行して、土を掘り起こしたような跡がカーペットを敷いたように北へと伸びていた。その傍には虫型の魔物の死体、褐色の瘴気が漂っている。あの大きな怪物が苛立ちながら地面を踏みつけ、自分の進路にある地下壕を見つけては掘り返し、味方であるはずの虫型の魔物すら構わずに殺した……その禍々しくおぞましいごうの跡だ。

 ネロスはそれらを睨みつけ、今一度、拳を握り締めた。



 女神期832年 王国冬季 六月七日



 内海沿いに西に向かい、海に近い宿場町から北上。

 何処までも広く、何処にも島も大陸も見当たらない外海を左手に、言葉少なく、私たちは朝から歩き続けた。


 そして、日が傾き始めた頃……その森は見えてきた。


「四天王の一体、災邪竜エバンナが支配する領域よ」


 ナラ・ハの森……かつて多くのエルフたちの国であった場所。

 数え切れないほどの木々が大地を覆い、部外者の足をわざと引っ掛けて転倒させる様を嘲笑あざわらうかのように波打っていた太い根や湿った苔、木漏れ日一つ逃さぬように生えた蒼い葉。七色に光る甲虫、枝を飛んで移動する小動物……エルフの美的観念を作り上げるその森は、多くのエルフ族にとって故郷であり、八竜から与えられ、エルフ族が守り続けてきた聖地であった。


 それが今や……生物はほとんど見えず、鮮やかさなど何処にも見当たらない。モノクロな背景に、すすけて砕けた宮殿レンス・タリーパの外壁がぼんやりと浮かぶ、荒廃した世界だ。

 加えて、鼻をつんざく腐敗臭と目に見える『脅威』に、私は思わず猫背になる。


「森が溶けてる……」


 それも“上”からだ。

 木の枝が溶けて滴り、固まっている。当然、葉などない。きっと数え切れない生物の死体と共に、べちゃべちゃするヘドロのような何かに変わっているのだろう。

 唯一灰色の空を滑空しているのは虫でも鳥でもなく、上級以上の大型の魔物だけ。奴らが地上を監視するかのようにゆっくりと羽ばたき、それぞれが一定範囲をけいらしている。


 私より少し身長が高いネロスは森の外に落ちていた手頃な枝を手に取ると、用心しながら枝先を上げていった。彼の腕が真っ直ぐ上へと伸びきり、僅か爪先立ちをしたところで枝先が音を立てて、炎を浴びた蝋燭の様に溶け出してしまった。枝だった黒い液体に触れないようネロスが枝を手放して間もなく……それは地面のヘドロと化した。酸っぱくて、まるで焦げたような灰色の煙も出ている。


「ろくに戦えそうにないね……下手に飛び跳ねたら僕もどうなるか判らない」

 流石に彼もこの不利な状況を理解し、私と同じように少し猫背になった。

「それに、なんだか息苦しい……気がするよ」

「気のせいじゃないわ……身体がこの空気を拒んでいるの」


 人は、吸気によって魔を取り込み、魔力に変換して血に溶かす(=魔力量)。それに伴い、常時酸素と共に取り込んでしまう魔で自身が魔中毒にならないよう、身体は自然と、呼気に乗せて過剰魔力を排出する。この魔力が一定時間魔法障壁として魔術防御等に用いられる。


 この呼吸による一貫した魔の調整を魔力換気量という。


 これは基本的に鼻、嗅覚が外気の魔の量を測って、その計測を元に、全身の骨から伸びる魔力管を不随意ふずいい的に収縮・拡張させている。それでも処理を超えるような魔を感知すると、人は生理的に呼吸を抑えようとするのだ。


「気休めかもしれないけど、これ。香り袋」

「うーんっ、安心する道端の匂い……」

 道端に生えている草花を、香木の灰を混ぜた粘土とこねて焼いた簡単な品だが、悪臭による嗅覚の麻痺、魔力換気量の低下、息苦しさを多少は抑えられるものの

「これにも時間制限があるし、私たちは脇目も振らず、闇市に向かわないとね。何としても聖剣を取り戻す。余計な事には首を突っ込まない。」

「肝に銘じます」


 真っ直ぐと目的の場所へ向かうべく地図を取り出し、ナリフ町長から貰ったケバの灰を用いた風頼みの準備を整えていた……ちょうどその頃。


「あんらぁ、お前さんたちこんなところでどーしとん?」


 高めの、聞き慣れないなまった声だ。

 振り返ると「あ、ネコ」ポートでの戦い前でもがめつく商売していた猫獣人が見えた。商品をぱんぱんに詰め込んだ、自分の図体よりデカい荷物を背負い、のしのしと歩いてくる……。


 そうか、コイツが“コレット”だ。


 聖剣を盗んだ禿げの、引き取り手……そいつが此処にいるって事は……。


「もーしかして、おいらと同じ行き先かい? 闇市」

 やっぱり。


「ほんまに行くんかぁ~! お前さんらも物好きやなぁ」

「君はどうして?」

「おいらはこれから出品しに行くんや。ほら、この前にぎょーさん盗」

「盗ん?」「ちゃうちゃうちゃう!貰ぅて来たん!おいら人望があるんよ!ほんま!飴ちゃんやるけぇ、兄ちゃん、黙っててぇな」


 素直に飴を受け取ろうとするネロスの手を降ろさせ、私はこの明らかなクソ商人に敢えて知らない振りをしながら軽蔑を含んだ視線を送った。


「闇市の出品リスト知ってる?

 その中に花が生えてる木剣とか、あかまみれな金槌とか入ってない?」

「そないな情報をタダで話すと思っちゃあアカンで、姉ちゃん」

 下手したてに出たのが間違いだったか、ヒゲ袋を含まらせてやにの付いた歯を見せニタニタと……私は短く溜息を吐いた後、奴の大きなバッグを今度こそ指差した。

「あんたの商品が裏ルートで手に入れたものだって言いふらしたら、客足が遠退とおのくんじゃないかしら」

 細目の眉間が深まり、髭が跳ねる。

「かぁー、脅しかいな。そぉーんな証拠もないデマを誰が信じんねん」

「あらそう 白を切るのね」


 私はクソネコのバッグからはみ出ていた「あっ!何するん!!泥棒ォ!」金縁の皿を取り上げ、裏に刻まれているはずの“持ち主”の名前を確認してから、ネロスに渡した。

「どうしてポートの町長の名前が彫られた、町長就任記念の皿をあんたが持っているのかしら?」

 流石に言い逃れは出来ないだろう……クソネコは「いやぁ~ぁっ、は、はー」目に見えて動揺している。


「禿げがおとりになっているうちに大量に盗みやがったのね、この泥棒猫」

「えっ、まさか!? 盗んだのか!?これ全部?!」

「どうせ私たちが戦っている最中にだって空き家に忍び込んでいたんじゃない?」

「う、ううーっ ま、まあ、お金持っとるお人にゃかゆいもんやろ? どうせまたもう1つ買うやん。おいらは経済回しとんねんて」

「何開き直ってんのよ。

 ネロス、このクソネコを逃がすんじゃないわよ」

「そんなぁ! ここは1つ穏便おんびんにせ……あぎゃあっ!」


 捕まえたクソネコに再度、恫喝どうかつまがいに闇市での情報を引き出させたが、コイツが知る限りでは聖剣やグラッパの金槌は売りに出されていないようだが


「ハゲ泥棒は? 奴も闇市に来ているんでしょうね」

「そ、そうや! リッキーのこっちゃろ? もちろん来とる!

 闇市で待ち合わせしよ思て、約束してんねん」


 私はネロスと一度顔を合わせ


「え……案内せぇ? 何も知らん顔でリッキーに会わせぇ?

 見逃してくれるん? ほんまに??

 そんなら話は別や!! お二人さん! ついてきなはれ!」


 闇市への道案内役を手に入れた。無事に戻ってこられたら、ポートの町役場に突き出してくれる。




挿絵(By みてみん)

2022/7/31追加しました

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