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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
33/212

第15話③ 虫の知らせ

 



 数秒の沈黙の後


「!」

 私の肌にも、異様な圧迫感がのし掛かった。

 胸が張り詰めて呼吸もままならない、磨り潰されそうな圧が漂う。

 身体中が軋むように痛かった。まだ何もされてはいないのに、ソイツの姿を見てもいないのにだ。


「なんだ?!なんだこの魔は!」


 あの6人組を含めた他のエルフたちも非日常的な威圧感に慌てふためく。だが、老エルフは私に『喋るな』と言わんばかり、口の前に指を立てて息を殺す。


 エルフたちの喧騒の中、……ゥ ゥ 先程の虫の羽音が鼓膜にチラつき始めた……直後



「ギィアアアアアアアッッ!!!!!!!」



 錯覚ではなく、地震が起きた。舗装ほそうされた天井がヒビ割れ、僅か土が落ちる。バーの酒樽が謎の圧力で割れ砕けて酒が飛び散り、グラスが次々に破裂、照明が消えた真っ暗闇で、悲鳴と……何かが壊れる音が止まない。

 漏れ出しそうな悲鳴を押し戻すように口と鼻を片手で押さえ、目覚める気配のないネロスにもう片方の手でしがみついた。

 ヅンッ ヅンッ ヅンッヅヅン

 地面を抉るような衝撃の度に天井がヒビ割れていき、エルフたちが慌てて外に出ようと梯子を登り始めるが

「うわああああああ!!!」

 我先にと梯子を登っていったエルフたちの落下音か……それから、間もなく大量の土砂が雪崩れ込み────天井が崩落し


 私たちのいた地下壕は、土の中に埋もれた。




「ぷはっ!」


 圧迫感のある真っ暗闇の中から数分後、私たちは老エルフの魔術によって地表へと出られた。彼の防護膜がなければ為す術もなく生き埋めになっていたところだ。

 だが、私は老エルフに感謝を伝える事すらも、出来なかった。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、無数の死体だ。手足も羽根も、身体中がバラバラになり、無惨に潰された……数百はいただろう虫型の魔物がピクピクと痙攣けいれんしている様。その真っ赤な血の海────その中心に、巨大な“岩”がいたのだ。


 その岩には太く強靭な手足と尾、頭があり、私たちをネズミの如く踏み潰せそうな程に図体が大きい。尾の先端は三日月状に尖っており、身体の背側にはオリハルコンと見紛みまが琥珀こはく色の岩石が生えている様に見える。

 そして……。


「なんだァ?」


 こちらの存在に気付き、振り返ったその顔には大きな1つ目があった。だが、口はない。顎の辺縁に髭の如く牙が生えていて、腹に巨大な口がある。

 ゴリゴリと何か硬い、人の腕だったものをあばらで噛み砕く───腹を左右に裂く口から赤い舌と、自由に動く胸骨のない肋が咀嚼そしゃくしていて……もう一つの大きな1つ目が口の奥から、覗いている。


 ゲドだ 災食ゲド 四天王の、一体


 地底国を滅ぼした 四天王の中でも最も危険とうわさされる化け物



「命を大事にしろよ、若いの」


 老エルフは懐からすぐさま魔石を取り出し「うわっ」魔石から飛び出してきた馬と荷車に突き上げられるよう、私はネロスと共に馬車に乗っけられた。そして、馬は老エルフの意を理解しているかのよう、一度も振り返ることなく走り出した。

「待ッ  」

 馬を止めよう。

 老エルフに加勢しよう。

 ネロスを何とかして叩き起こそう。

 頭へ次々に焦燥感と正義感と罪悪感が押し寄せ、何もしない理性を殴りつけた。

 だが、私はわかってしまった。私なんかに何も出来やしないこと、ネロスは予知夢を見ている最中で動けず、聖剣も持っていないこと────私はともかく、勇者を失ってはならない────その理性が、ただただ、未来を視ている勇者の手を“明日の未来が見えている“勇者の手を、握り続けるという祈りに似た行動だけを私に許している。


「逃げんのか?逃げるのか!ゲハハ!いいなァ!逃げてみろ逃げてみろ!!」


 ゲドは奇声を上げつつ、逃げる馬車を血眼で凝視ぎょうしすると、腹から飛び出している舌を腹の中に収めて、四つんいになり──勢いよく駆け出したっ───が、その勢いを地面から突き出た土壁が僅かにらした。

 すぐさま奴は巨大な尾を横薙よこなぎに振り払うが、土から性質を変えた壁が奴の尾を溶かそうとスライムのようにまとわり付き、同時に奴の地面から無数の石槍が、魔物の血の水分から作り出した水の網が、風の刃が、雷が────私なんかには到底、理解と対応の追いつかない、怒涛どとうの魔術連携と洗練された技術がゲドを襲う。


 だが、そのどれも、奴の身体に目に見えた傷を負わせていない。

 奴が魔術を相殺しているようにも見えない。単に、ゲドの身体が硬すぎるみたいだ。


「チクチクチクチクうざってぇな」

 ゲドの興味は、馬車から老エルフに向かった。

 僅か爪ほどに小さく見える老エルフは、声高らかに名乗り、誇らしげに杖を天へ掲げた。


「俺の名はメメント・ディアンナ・ファウスト!

 一族をほふった貴様に一矢報いてくれるわ!」


 旅用のマントを脱ぎ捨て、ゲドのくるぶしにも満たない背に、高等魔術師を示す五つ星のエンブレムが光る。


 丘に隠れ、メメントの姿が見えなくなっても尚、衝撃波と魔術の発動音が……虫の羽音も風もない夜に響き渡る。


 ────そして



「うぐっ!」


 唐突に、馬車が消滅した。


 無数の商品たちと共に、私たちは激しく道端に放り投げられた。だが既に、海沿いの宿場町は近く、物音を聞き付けて近場の家屋から人が駆け寄ってきている……。


 召喚術、その契約や効果は


 術者本人が 死ぬと 消えるのだ。




 ネロスはまだ、眠ったまま


 突然すぎる絶望に為す術もなく。

 私は悔しくて……夜が明けるまで涙が止まらなかった。



2022/7/27改稿しました

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