第3話 盲信
私はシスター・ロウに、勇者のことと、今までの経緯を正直に話した。話せば話すほど、取り巻きたちの顔つきは厳しくなるのを感じつつ……。
「フフフ、そういうこと……だから魔物たちが慌てているのね」
シスター・ロウは微かに笑みを浮かべ「それで、姫様は私たちにどうして欲しいの?」単刀直入に私の要求を尋ねてきたが────「それは「お待ちくださいロウ様」」取り巻きの一人は私の方を睨み、苛立った口調で割り込んできた。
「姫は王を謀って王城から出て来られたと聴いております。いくら王の勅令を遂行しているとはいえ、緊張状態にある魔物共を不用意に刺激して1つの町の命運を揺るがした。この罪は断じて許されるべきではありません」
この言葉が出ると、待ってましたとばかりに周りが挙って野次を飛ばしだす。
「まさに、その通りである。
姫よ、トトリの治安は寧ろ、女神教団に支配されているという点において、外界からの魔物の襲撃を防ぐ効果もあったのですぞ」
「王都だけに戦力を結集させたことで手薄になったこの町は、魔物共にいつ侵略され、虐殺されてもおかしくなかった。
その事態を防ぐために、我々は煮え湯を飲み、女神教団の支配を受け入れたのだ。
この町にまだ人が生き残っているのは、我々の 犠牲に他ならない……それをよくも───ッ! 貴様ら王族の戯言に耳を傾ける道理など我々には最早ない!」
彼らの不信感に驚くことはなかった。王国の戦力のほぼ全てが王都に結集してから、10年以上は経過している。
その間、トトリに住まう王国民が生き残っているということは……それだけの取引を行っていても何ら不思議ではない。
「寧ろ姫ご自身でこの事態の清算を、罪を償っていただく方が宜しいのでは? 女神教団も御身一人で納得するやもしれませぬぞ。
何せ王族というだけでなく、“女神の”「それぐらいにしなさい」」
ドクッン……今だけでも鼓膜を破り捨てたい程、自分のやかましい心音でホズと共有している音がブレる。
(術を切ろうか?)
(……大丈夫)
ホズに心配されたが、貴族たちからぞんざいな扱いを受けるだけの理由が王族に……“私たち”にはある。それは紛れもない事実だ。感情的になってはいけない。
「私が信用ならないにもかかわらず、あなた方は不用意にホズを此処に招き入れ、主君を罪人の前に晒した……そうしてでも得たい情報を、この状況を打開する術を今も探しているからではないのですか?」
「状況を打開する術だと? 悪化させた貴様がどの口で言いおる!
だいたい何が女神の予言を受けた勇者だ!
貴様らフォールガス王家こそが、かつての“勇者一族”ではないか!
それが、貴族でも騎士でもない田舎の奥地から引っ張ってきた輩を、よりにもよって王族が勇者と呼び縋りつく始末! 嗚呼みっともない!
貴様らには己の血に流れる名誉も誇りも残っていないのか?」
「…………」
「先王の御息子、王子ルークが魔王復活の動乱で消息不明となり、先王も間もなく崩御なされ、先王の弟ハサンは玉座に居座り王都に引き籠もったまま」
「そもそも王国にのみ下されたという女神の予言すら真か疑わしいのだ……エルフの邪神“八竜”を崇めてきたような罰当たりな王族が女神の寵愛を受けるはずがないというのに!」
「……私は今の話を、これからの話をしに参りました。
過去への清算が必要なことも、王族としての責任を果たさねばならないことも承知しています。
しかし、この町は魔物に奪われたまま。あなた方が犠牲を払ってかりそめの平和を保っているこの事態は、例え私の首が大広場に晒されようと何一つ変わらな「だから───こうなったのはそもそもお前たちの采配ミスがだな!」」
ガンッ!
テーブルが僅かに凹む程強く一本の指がガベルハンマーの如く叩かれ、皆の視線が跳び上がるように集まった。
「そう一方的にヒートアップしないの、大人げないわよ。
姫様の仰る通り、今の話をすべきよ。責任の押し付け合いをしていても時間の無駄だもの。
それに、過去の事を水に流してくれだなんて何も言っていないのだから、彼女の意向を先ずは汲んであげましょうよ爺様方」
シスター・ロウはハンドサインで取り巻きたちを一歩下がらせると、口元で指を組んだ。その赤みを帯びた褐色の目は、怒鳴り散らすだけの彼らよりも剣先のように鋭くありながらも、指の網を通して見える口元には微笑を絶やさない。真意が読み取れない。
「マイティア様、勇者くんは上級の魔物を容易く倒してくれた、というのは訊いたけど
トトリには最上級とされる魔物が一体いてね……確認できているだけ、上級の魔物は十三体いるのよ」
「!」
「私は勇者を見たことはないし、彼の力はあなたにしか判らない。
だから、私はあなたの判断を聴きたいの」
「私の判断、ですか」
「私たちは彼の活躍する舞台場を設けるべきか。
彼を王都へ逃がす道をこじ開けるべきか。
勿論、最上級の魔物を倒せる力が彼にあるのなら、推定450体の魔物たちを町から掃討する術が彼にあるのなら。
私たちは喜んで残った戦力を掻き集め……あなたと共に戦うことも、死ぬことも厭わない」
「とはいえ、その数すらどうにも出来ないような奴なら、助けてやる価値もない。
許しを乞うための材料として死んで貰うだけだ。勿論、お前もだぞ王族め」
今更ながら、私が盲目的に───出会って一日の彼を勇者と信じている事に一抹の不安を抱いた。
しかし。
「───やれるわ。
彼は勇者、女神が予言を下した勇者なの。
彼がした責任は、私が負う」
険しい表情を浮かべる貴族たちの間で、シスター・ロウは一人……その言葉を待っていたかのように笑みを浮かべた。
侯爵たちと今後の作戦を話し合い、不信と嫌悪の集中砲火を浴びながら……およそ4時間、ぐらい……経ったか。
私はホズと感覚共有を切り離し、心底疲れ切って目を覚ました。
長く繋ぎ過ぎたせいもあるが、ひどく目眩がする……胸焼けにも増して吐き気もする。取り敢えず一度頭でも冷やそう……と壁を伝いながら……ネロスが横になっているはずの部屋に顔を出す と────彼は既に体を起こしていた。
「ネロ………、……」
だが、まるで心を無くしたかのように感情のない顔をしていて、私はしばらく声をかけられなかった。
それから少しずつ徐々に開ききっていた瞳孔も縮まり、独りでに瞬きを始めると……彼のアホ面に血の気が戻った。
「何か、マシな予知夢は見られた?」
「うん。僕は出来るよ ちゃんと見えた」
「……なんのこと?」
「君たちの作戦のことさ」
何も話していないのに見透かされている。釈然としない気分ではあるが、話が早くて助かる。
「今日の夕暮れ。この教会に誰かが来る。魔物じゃない。正面の扉を蹴破ってくる。鎧を着てる。年取ってる、男。僕より大きい。
それに、髭が凄かったよ。顔もデカい。体格もいい。僕より拳2つぐらい大きくて……あとは……、……こーしゃく?」
「侯爵」
「そう、侯爵―――グランバニク侯爵。
ただ、その男は僕を捕まえるんだけど、魔物たちは後ろで見ているだけだし、どうしてか僕は確信を持って負けるみたいだ。そして、僕の視界の中に君は見当たらない。
これは、君たちが考えた何かの作戦だと思うんだけど、合ってる?」
私は息を飲んだ。まるで私たちの話していた内容をすべて横で聴いていたかのような精度だ……だが、私は“侯爵が女装を外した鎧姿で突入する”なんて詳細までは聴いていない。つまり、私の言葉を盗み聞いての言葉ではない。
「起きる順番は今のでだいたい合ってるみたいだね
じゃあ……“尻餅”を着くのはあの時かな ふんふん」
ネロスはまだいつもの間抜け面をしていて、驚いていたり、怒っているような素振りはない……隠すつもりは勿論なかったが……ここまで精確に判っているからこそ、私の口からちゃんと話しておくべきだろう。
「あなたはこれから、囮になるの
魔物を大広場1カ所に集めるための囮 勇者の首が吊される場を魔物たちは挙って見に来るから
だけど、見物に来た奴らを1カ所に集めた後、あなたを自由にさせる……数百体は、いる 魔物の前に…………。」
ふと、自分が口にする光景が脳裏で自分に置き換わる。
見渡す限りの魔物に囲まれて、一人放り込まれる絶望は……立ち上がる気力さえ失う程に底なしだろう。
それを、人に強いる作戦……いや、作戦なんてものじゃない自棄っぱちを本人不在で勝手に決めたのだ────知らず知らず手に力が入り、全身が石のように強張る。
だが……私の目に映る勇者の面は……眉1つ微動だにしなかった。
「ミト、僕は大丈夫 そんな顔しないでよ」
「大じ……大丈夫?」
「僕は死なないし、ミトも死なない。
それを僕は“知ってる”の。
だからね、ミトはそんな顔しなくていいんだ。
そうすべきと君が言うのなら、僕はそうする。
僕は君を信じてる」
信じる?
よくもまあ、たかだか会って一日しか経っていない奴を───。
「だってミトも、僕を勇者だと信じてるんだろ?」
……深呼吸をした後
「生意気言うんじゃないわよバカ」
「え、えぇーっ?!」
ガチガチに固まっていたらしい肩の力が抜けた反動で変に頬が緩む。眠れていない熱を持った目を擦り、一度だけ鼻を啜る。
「な、なんかまたデリカシーのないこと言った?」
「そうじゃないけど、そうね」
「わ、わからない……どうしようベラ デリカシーがちっともわから……え? これはデリカシーじゃない? そんなあ」
「ネロス」
「んん?」
「女神が勇者と認めるあんたの力を―――私に見せて」
円らな小さい目をキョトンと広げた勇者は、何故か戸惑い、頬を赤らめ……柔らかくにやけた。
「ハハ、あー、なんでだろ……急にドキドキしてきた」
2022/7/14改稿しました