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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
29/212

年末年始・特別編 明け儀の日

「明け儀の日?」

「そう、お祭りの日」


 毎年六月の一日、王国は明け儀の日と制定されており、一般的に祝祭日だ。

 地底国出身のグラッパたちさえ鍛冶屋の見習いや子供たちと楽しげに祭りの準備を整えているというのに、ネロスはぼんやりとその様子を眺めている。この調子だと、この忙しない一日を家の中に籠もって過ごそうとするかもしれない……それは王の前で寝転ぶぐらい失礼極まりない行為だ。


「ネロス、今すぐ着替えて」

「それはいいけど、何をするの?」

「獣を狩るの

 ネズミからイノシシ、魚類から飛竜、魔物まで何でも

 そういうものの首やら角やらを取って、扉の前に飾るの

 町長から魔物退治の依頼も兼ねて頼まれているから、あなたもやるのよ。私一人にやらせようものなら、恨むわよ」

「物騒なお祭りなんだね」

「そう、物騒な日。

 この分だと、あなたはその訳を知らないようね」


 うん、とネロスは恥ずかしげもなく大きく頷いた。

 学び舎に通う小さな子供に読んで聴かせるような王国一有名な逸話いつわを、大の大人に聴かせる羽目になるとは、なかなかない機会だ。


「後で教えてあげるわ

 顔を洗うのと、寝癖を直してくるのを忘れなければね」




 洗った顔と髪を濡らしたままやってきたネロスにタオルを投げる。

 ナリフ町長から教えて貰った魔物の溜まり場へ向かう道中で、私はネロスに明け儀の話を聴かせた。


「由来は逸話なのよ。昔からある有名な逸話。

 稲穂を刈り終えたとある年の末のこと」

「年の末って、今はまだ年の真ん中じゃない?」

「女神期前の、昔の暦では今の六月辺りが年末だったの。

 それで、王は寒さと暗闇を恐れて、夜が来ないように、民をけしかけて獣を狩らせたの。月夜は獣が呼ぶものとされていたから」

「ふんふん」

「思惑通り、王国に夜が来なくなった。ずっと日が差していて、どれだけ時間が経とうとも明るいまま。最初はみんな夜が来ないことをあまり気にしていなかったけど、夜が来ないせいで誰も眠らなくなってしまった」

「眠くならないなんて、疲れちゃうよね」

「そう、疲れを通り越して、民はバタバタと倒れていく。民は王に夜を求めるけど、王はそれを拒み……遂には夜を求める民を獣と思い込んでしまう」

「ふんふん……物騒になってきたぞ」

「獣を狩らせる、と称して民を殺そうとする王に対して、王の息子は家臣たちと共に王を真の獣として討ち倒す。すると、王に憑依ひょういしていた獣の怨霊おんりょうたちが解き放たれ、千の遠吠えの後に夜が来る」

「千も遠吠えされるのもまた寝られない気がするね」

「そして、この夜を明かすにもまた、獣の火が必要なの。つまり、獣になった王の火葬。その明かりに誘われるように夜明けが来る。この夜明けを、王国では明け儀、昔でいう年明けって言うの」

「……じゃあ、もしかして僕ら、今からその話を再現して年明けさせるってこと?」

「そういうこと。

 勿論、狩る獣は毎年毎年いかれた王を火炙ひあぶりにしていられないから、代わりに獣となる王の案山子かかしを燃やすの」

「ふんふん……。

 ちなみにミト、逸話みたいに王様が悪い事してたら、倒されるべきだと思う?」


 私はそれはもう激しく咳き込んだ。

 ついでに唾が変なところに入ってむせ返る。きっと顔を真っ赤にして吐き戻しそうなぐらいだったろう。


(単刀直入にそれを私に訊くってどういうこと?!)と恨めしい目を返すが、ネロスはこの期に及んで何食わぬ間抜け面をしていらっしゃる。

 私が王の娘と知りながら、その父が狂ったら討ち倒すべきかと、私に問うとは……無礼千万ぶれいせんばんをあどけない無知故に仕方ないとゆるす私の、王族の血に恥じぬ寛容さに平伏ひれふしたまえ勇者よ……。


「ぜ、善悪ってね、人によって違うの……。

 一辺倒いっぺんとう勧善懲悪かんぜんちょうあくで権力者を倒すべきではないのよ、ネロス

 ……王を倒すということは、拭えない返り血を浴びるということ……国を背負う覚悟と力、知識が要るわ……思い付きの類で犯していい罪じゃない」

「明らかに度を超した罪を犯していても?」


 ふと脳裏に『王』が浮かんだが、私は無理矢理に邪念を溜息で吐き捨てた。


 私の重苦しい溜息に自分の無礼を理解してくれたのか、ネロスはそれ以上突っ込んだ話はしなかった。

 彼の疑問を溜息で返してしまってから間もなく「ヒャッハァ!大量だァ!」魔物たちが壊れた荷馬車を囲んでいるのが見えてきた。

「ああ、これはいいね、狩り甲斐があるよ」

 思いがけない勇者の登場に阿鼻叫喚あびきょうかんする魔物たちの顔で酒が飲めるようだ。



 あっという間に(ほぼ勇者が)魔物を倒し、その牙やら角やら、そして奪われた荷馬車の荷物を持って帰還、ポートの門や扉の前に飾り立てる。

 火炙りにする十字架に括りつけられたわらの王も、王都に負けず劣らず大きく……「そこはかとなく似てるわね」その顔は……十中八九、わざとだろう。


「なんかすまねぇな姫様よ」

「私に構わないでいいわ、やりたいようにやって

 あなたたちのお祭りなのだから」


 ついでに槍を八本ぐらい突き刺しておいて欲しい、とは口には出さなかったが、まきは増やしてくれと伝えた。グラッパは少し複雑そうだったが、隣にいたネロスが嬉々として言われた通りに薪を追加してグラッパに路地裏に呼び出されている。


「はあ……」


 溜息がてら息を漏らすが、まだ息は白くない。

 今年は暖冬のようだが、これから1カ月経った頃には、王国は雪と氷に閉ざされる。雪解けの日まで大抵の人々は引き籠もり、こういった大きな祭りはしばらくない。


 人々が燃え盛る案山子の前で、酒を交えて地底国の国歌を歌い、負けじと王国国歌が濁声で入り込む。狩りで取った食事も豪勢に振る舞われ、夜が深まってきても、夜明けをとうとぶドンチャン騒ぎは終わらない。

 発祥が発祥だけに、また本来は戒めの役割もあるおごそかな祭りのため、私には少々下品に感じたが、ついこの間まで魔物に支配されかけていた町の行事だ……外野からとやかく言うのは無粋ぶすいだろぅ───

「ミト! お肉食べない!?

 美味しいよ! 竜牛だって!ドラン牛! 塩漬けと……なんだっけ……甘辛タレ! 塩とタレどっちがいい!?」


 広場の端で腰を下ろして焚き火を眺めていた私の哀愁あいしゅうを体当たりで粉砕しに来た勇者は、頬を膨らませながら皿を差し出した。

 かつて手掴みで皿の中身をお裾分けしてきた野郎が、皿で食事を取り分けて来てくれた事には確かな成長を感じ、少し感心した。

 私に向けて大声量で好みを訊くところ、手掴みで肉を食べろと迫るところは未だにしいが、今日は赦そう。塩がいい。


「さっきの質問に、ちゃんと答えてなかったわね」

「さっき? なんだっけ……」


 質問した本人が質問内容を忘れるとは……3時間は悩んだのに。

 兎にも角にも、悩んだ末に出した端的な答えは聴かせてやらないと気が済まない。


『明らかに度を超した罪を犯していても?』


「王になろうと思わない限り

 王を殺してはいけないのよ」


 私はそう、彼に言った。彼は顔を少しだけしかめたが「そっか……」とだけ、短く呟いた。

 複雑な事情を彼に判るよう一つずつ話していっては夜が明けてしまう。年明けまでこの話を引きっていたくもないし、また私の発作が起きても困る。


 藁の案山子が燃え尽きて、くすぶる灰の中から一筋の煙が薄い夜空に昇る。

 そうして訪れたおめでたい筈の初日の出は、何処となく曇りがちだった。


「次の初日の出は、くっきり見れるといいね」

「次?」

「うん。次の、初日の出。また見ようよ 

 きっと今度はもっと、キレイに見える筈さ」

2022/06/23改稿しました

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