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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
28/212

第13.5話 ミトのスランプ

 


 女神期832年 王国夏季? 五月九日



 その日の朝……私は、丸くなった。

 報告用の台本を作るまでは頑張れた。だが、次の朝にはもう……私はベッドの上に丸くなり、毛布を殻のように被った。

 胸の中で心臓がどくどく激しくバウンドし、過呼吸が止まらない。身体中寒くて震えているのに、背中の傷痕がジリジリ熱くて引きって、痛い……頭の中で嫌な記憶がぐるぐると巡る。


 結局、報告は私の台本を覚えてくれたホズがしてくれた。彼は休めなかったろうに、夜のうちに王城へ向かった……そして、ポートまで毎日往復していられないため、ホズはしばらく王城にいるよう命じられたという。

 ホズもしばらく戻って来られない……その知らせがトドメだった。


「お前ら起きろおおお!!! 飯だぞ飯ぃいい!!!」

 朝ご飯を知らせる鐘がじゃかじゃか鳴らされても、グラッパたちが呼びに来ても……私は毛布にしがみ付いて丸まったまま、ベッドから出られなかった。

「風邪引いちゃったの?」

 ネロスが心配そうに来てくれたけど言葉が何も浮かばず、返事も出来ないまま情けなく……より一層丸くなる。そうしていないとまた泣き出しそうだった。

「……そっと、しておいて……」

 言葉に出せたのはそれぐらいだった。


 どのくらい時間が経ったかはわからないけど…………僅かな隙間からなんだか香ばしい匂いがしてきた。こういうときでもお腹は正直で、昨日から何も食べてないからぐーぐー鳴った。


「あ、良かった 食欲はあるみたいだね」


 ネロスの声がした。正座してる彼の足がちらっと見える。

 そして、彼の手前には……。


「なんで?」


 魚が突き刺さったパイ。


 魚が頭からパイ生地に突っ込んでいる。その身もカリカリに焼けていて、焦げ色の目立つ銀色の剣のように、パイに深々と食い込んでいる。

「魚が、刺さって ない?」

「グラッパの子供たちと一緒に作ってみたんだ

 勇者パイ」

「勇者パイ???」

「魚剣を抜いてみて」

「魚剣???」

 言われるがまま腕だけぬるっと出して、魚剣を抜……「抜けないわ」固くて抜けない。ガッチリとパイに魚剣が食い込んでいる。

「どうすれば抜けるの?」

「勇者なら抜けるんだよ」

「それならあなたにしか抜けないじゃない」

「そんなことないよ、グリグリやってみてよ」

「グリグリしていいんだ」

「いいよ」


挿絵(By みてみん)


 魚剣の尾を指でつまみ、グリグリ、グリグリ……ズボンッ。

 パイ生地に包まれた魚剣が抜けた。

「これでミトも勇者だね!」

 子供扱いされている気など感じず、ただ何故か変な達成感を覚えた。

「食べていいの?」と訊くと

「もちろん! 魚剣もカリカリしてて美味しいよ、炭が香ばしいけど」そう彼は言った。


 勇者パイ?をゆっくりと平らげたものの、私はまだ殻を被っていた。

 外に出た瞬間、ネロスだと思っていた足が別の人だったら……そんなあり得ない不安すらも自力でぬぐえない。私自身でもおかしいと思うのに、まるで身体が言うことを聞かない。

 ただ……空腹が紛れたお陰か、香炉の匂いでリラックスしてきたのか、止め処もなく瞼の裏で起きるフラッシュバックは少しだけ落ち着いてきたみたいで、言葉はちゃんと考えて口に出せた。


「グラッパが言ってたよ、ミトは多分……ポキッと折れちゃったんだろうって」

「私が? ポキッと?」

「頑なに頑張りすぎて、休んだりしないからポキッと折れちゃった。

 ごめんね……きっと僕が君に負担を掛けすぎてたんだよね」

「…………」

「こういうときはしっかり休むしかないとも言ってたよ。

 ホズも、『休めと言っても休まないから仕事を奪ってやるしか方法がない、過労死の多い人種だから取り扱いに気を付けろ』ってホズも言ってたし」

「取り扱い……」

「それでね、ミト 少し落ち着いてきたらさ、一緒にシトラール鍾乳洞へ行ってみない?」

「シトラール? 旧街道の?」


 シトラール鍾乳洞は、神国方面へ行く山道(旧街道)の途中にある鍾乳洞だ。神国側から王国方面へ逃げてきた人々が一時休憩に使っていた場所として歴史的には有名だが……魔物やら血に飢えた獣が巣喰っている危険地帯を通らなければならないぞ?

 だが、彼曰く、鍾乳洞で見せたいものがあるそうで。


「あと、おいしいご飯を食べようよ。

 ミトがトトリのご飯をポートにもお裾分けしてくれるよう言ってくれたお陰でね、ご飯が安くなって、料理屋さんが増えたみたいなんだ」

「ああ……その、私、もうお金はほとんど持ってないの……治療費で」

「大丈夫 そこは心配しないで、僕が稼ぐよ。

 復興の力仕事は猫の手も借りたいみたいだし、グラッパもね、仕事を手伝ってくれるならお金は払うって言ってくれたからさ」


 私は何だか妙に感心してしまった。右も左もわかってなかったような浮世離れした……良い意味でガキっぽい勇者が、いつの間にやら成長している、気がする……こんなに物分かりの良い、察しの良い人だったっけ?



 女神期832年 王国夏季? 五月十二日



 私はようやく人前に立てるようになった。復帰に三日もかかった割にはケロッと立てるようになり、普通に相手の目を見て会話も出来る。

 ただ、ふと一人になったり、王都の話を耳にすると ズズン……背中に私の体重以上の重りを乗せられたかのような圧迫感と息苦しさに襲われ、眩暈で転びかけた。

「大丈夫! その時は僕が背負っていくよ」

 そんなお世辞にも大丈夫と言えない状態だったのだが、お金をしっかり稼いだネロスの自信満々な言葉に、私もリハビリがてら頑張る事にした。


 老人の如くヨレヨレと旧街道を登り、シトラール鍾乳洞の入り口まで下っていく。

 その道中は案の定、バーブラ側の残党と出会し、山賊狼の群れと熊二匹と遭遇した。

 へろへろな人間に味合わせるにはずいぶんと辛辣しんらつなイベントだったが、私はただ後ろで腰を抜かしているだけで……ネロスは聖剣などなくともお荷物に傷1つ加えさせることなく、奴らを蹴散らしてしまった。

 特に魔物に出会した時なんて、ネロスは携帯していたナイフすらも使わずに中級の魔物の頭を殴り潰した。その威力があまりに強くて地面が陥没し、下級の魔物たちが悲鳴を上げて逃げるほどだった。


「一体何処からそんな力が出るの? てっきり、あなたの常人離れした力は聖剣によって補正されているのかと思っていたわ」

「ベラは僕の力を調整してくれていたんだ。

 だから……ベラがいないと、困るんだよね」

「困ること? 止められなくなると言っていたのもその事?」

 そう訊くと彼は頷き「説明できるか不安だけど」と断った後、彼なりに話してくれた。

「僕、どうしてか魔が貯まりやすいんだ。

 ほら、魔物って魔を出すだろ? 魔力とか、魔物の元である魔が、僕の中にぬるぬるって入ってきちゃうの、なんでかいっぱいね」

「魔中毒にはならないの?」

「うーん、ベラからそう言われたことはないね。吸収しすぎて倒れたって事は記憶にない。ただ、少しカッとなりやすくなる。

 身体中に力がみなぎる一方で、溢れすぎてムズムズするというか……力加減がしにくくなるというか……。

 だから、ベラは僕の中の魔の量をコントロールしてくれていて、僕がしっちゃかめっちゃか破壊しないように抑えてくれているんだ。」


 なんとなく合点がいった気がした。今まで戦闘時に人が変わったかのように戦っていたのは、魔物からの魔を吸収してしまっていたから……そう思い返せば、辻褄つじつまの合う場面ばかりだ。

 しかし……同時に、私は懸念を感じた。


(その特徴って……魔物と同じなんじゃ───)


 そう思いかけて……思考を振り払った。

 こんなのあまりに失礼極まりない話だ。彼は彼だ、見るからに人間だ。特異的な体質を持つ者は歴史上に数多存在する。彼はその一人に過ぎない……勇者なのだから。





 シトラール鍾乳洞は、石灰岩成分の多いこの地系を、長い年月を掛けて雨水、雪解け水が溶かして出来た天然の洞窟で、神国国境に近いレコン川の下流に抜けて出る事も出来る。また、レコン川を生息域とする一部の魚が産卵のためにこの鍾乳洞へ遡上して来るという。

 ネロスはグラッパから借りて来たらしいランタンに火を点け「足下に気を付けてね」私の手を取った。

「…………。」

 こういうことに慣れていないせいか、私は変に緊張し始めた。

 今更だが……まるで、その……二人きりで手を繋ぐなんて……デー

「わっ!ミト!見てみて!」

「わっわっなに何!?」


 ネロスが途端に声を上げたのにビックリして跳ね上がると、鍾乳洞内のコウモリが一斉に飛び出していき「ふぅぇぇー」キーキー甲高い鳴き声が収まった頃に顔を上げると


「わあ……!」


 透明度の高い水の奥に、無数の、小さく青い、光の粒。

 絵本で見るかのような光景だった。

 夜空に浮かぶ星々……時折大きな粒は、月のよう。

 幻想的な美しさに時間も忘れて見惚れてしまう。


「えーっとね……、メモメモ……あった。

 青く光る成分の餌を食べた魚たちが産卵すると、その青く光る成分が卵に入り込むので、すごくきれいに見えるんだって。しかも、卵から出てきた赤ちゃんも、生まれた直後なら青く光っているみたいだよ」

「もしかしてちらほら動いているのって孵化ふかしたばかりの赤ちゃんってこと?」

 水面の揺れだと思っていたが、確かにちょこちょこ動いている青い粒がいる。赤ちゃんだと思うと急にかわいくも思えてきた。

「きっとそうだよ ちっちゃいね~」

「キレイ……」


 私はしばらく、食い入るようにその様を見つめていた。

 赤い月になってからというもの、夜空は気味の悪い血色調に変わり、月以外の星は全く見えなくなっていたから───赤い月の下で生まれて来た私たちは、美しい夜空を現存する絵本の中でしか見たことがなかった。

 いや、この光景は本物の夜空よりも美しいのかもしれない……これは生命の神秘でもあるのだから。

「此処のことね、ヌヌが教えてくれたんだ。」

「そうなの……彼女にもお礼を言っておかないと」

「いや、ヌヌと侯爵は昨日、どっかに行っちゃったみたいだよ。」


 初耳だった……私がしばらく籠っていたから情報が入ってこなかっただけか。

(女神騎士団関係の事かしらね……ヌヌの様子がおかしかったから)

 元女神騎士団の一員だったというホロンスがバーブラの部下として現れ、しかもバーブラが人であった可能性が示唆しさされた……バーブラ自身が女神騎士団の関係者だった可能性を突き詰めていくとすれば、同じ組織に所属していた侯爵たちが調査に腰を上げるのもうなずける。ホロンスとの因縁も含めて……。


「あと、このパンはナリフ町長御用達の総菜パンだってさ。お店でおすすめを聞いていたら町長に会ってね、おごって貰っちゃったよ。飲み物もおまけです」

 ネロスは背負ってきたバッグを開けて、具沢山のパンと飲み物を渡してくれた。

「みんな、ミトに感謝してたよ。

 一方的に王族だからって嫌煙していたのに、誠実に尽してくれたって。

 下民街の事もね、早めに対応してくれたおかげで被害が少なく済んだし、トトリとのやり取りが増えてすぐ、食糧不足がかなりマシになったよ、って。

 僕自身よりも、君が褒められる方が何故だか嬉しくなっちゃうね」

「ネロスは褒められなかったの?」

「建物壊し過ぎって言われました」

「ふふ、それは何も言えないわね」

 私が笑みを零すと、ネロスもふにゃっと頬を緩めた。その顔もなんだかおかしく見えて、私たちはお互いの笑顔につられて笑いあった。


挿絵(By みてみん)


 申し訳ないぐらい豪勢な食事を終えて、満腹感に浸っている最中、私の脳裏にとある場面がよぎった。

 聖剣に咲くタカマタの花、それを自由に動かす事が出来た女神ベラの回答の事だ。


「女神の子のこと、あなたはどれだけ知っているの?」


 ネロスは目をパチクリと丸くさせたが「女神になる人のことだって、ベラから聞いたよ……君がそうなんだろう?」彼はハッキリとそう言った。


 私は少し間を置いてから「いつから知っていたの? 最初から?」と訊くと

「最初から知ってた」彼はまたも、ハッキリと答えた。


 私が女神の子……つまり、女神になる候補である事を知っていながら、ネロスは『怒られてた、みたいだったから……』と、タナトスにいさめられる私の反応を受けて、王都へ向かえるチャンスを、嘘をついてまで棒に振るった。


 その理由は彼らの優しさからだけなのか?

 世界の命運も関わるような事を、ネロスはまだしも、女神までもが、私の感情一つで感化されてしまうものだろうか?


「ネロス、もしかしてあなたたちは……私がカタリの里に向かうべきじゃない“未来”を知っているの?」


 彼と真っ直ぐ向き合い、その目を見るが

 その瞳は……何かに迷っているかのように震えていた。


「……女神って必要なのかな?」

「え?」

「みんなはどうして女神が必要だと言うのかな

 未来を見ることができるから?」

「それは……」

「僕だって未来が見えるよ。ちょっと先のことだけだけどね。

 それを君みたいに活用はしてくれるけど……みんなが教会で一心不乱に、ひれ伏してまで救いを願う様な事を、誰も僕にはしなかった。

 僕の予知夢が非力だから? それとも、男だから?」

「い、いや、歴代の女神の中で男性の女神もいたわよ」

「なら、女神が新たに生まれれば、魔王を倒せるって思っているのかな?

 女神は魔王を倒すための一番の近道を示してくれるかもしれないけど、女神が魔王を倒すわけではなくて、結局倒すために頑張らなきゃならないのは僕たちなのに」

「そう、ね……そうね」

「他にも色々な仕事があったってベラは言ってたけど、女神にならなくたって理屈が判れば出来るよって。まあ……僕もベラが何話しているのか途中からよくわからなかったけどね」


 今度は私が目を開き、言葉を失った。

 彼の意見に対する異論や批判を、私は全く発せられなかった。

 その問いは、私の疑問と同じだったから。


「ミト。

 僕はね、君が女神になる事を望まないよ。

 君の目はもう、僕の予知夢よりも先の未来を見据みすえている。

 女神にならなくたって、君はみんなに頼られるほど強いんだから、君が女神になる事を嫌だと思うのなら、それでいいと思う」


 心臓が力強く弾む。発作の時とは違う、規則正しく高鳴っていく鼓動で、身体中が熱せられた血が巡る。


「その上で、君が協力してくれるのなら……僕らは君と肩を並べて、戦っていきたい」


 女神の子として、女神の予言に囚われたまま生きてきた人生で

 彼の言葉は実に背教的で、同時に……泣きたくなるほど優しかった


「ちゃんと、言葉にしなくてごめんね。

 君が女神の子である事を打ち明けてくれたときに、僕の考えを伝えようと思っていたんだ」

「…………、ずっと、私から言い出せなくてごめんなさい」

「なんで謝るの 君は何も悪くないよ」


 私は何度か深呼吸をして、熱い目頭を冷ますように顔を手で拭う。ふと視線をずらすと、水面に反射した私の耳は真っ赤になっていて、瞳が揺らいでいるのが見えた。

 だけど……。


「……少し、考えさせて欲しい」

「うん、わかった」

「聖剣を取り返したら……私はまた、選ぶことになる。

 それまで、待ってくれる?」


 ネロスは嫌な顔することなく、頷いてくれた。


 私はあくまで、女神の子の“一人”。

 私が逃げたとなれば、王は私の魂に刺さった白羽の矢を奪い、別の候補に突き立てるだけだ。


(この使命の意義が失われるまでは……私が務めきらなきゃならないんだ)


 私の背に被さる重みは、まだ変わらない。

 ただ……まるでデートのような帰り道────私はその重みを苦痛には感じなかった。



2022/7/25改稿しました

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