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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
25/212

第12話③ 女神騎士団

 

 私が見てきた中で、ネロスとホロンスの戦いは最も人離れしたものだった。

 身体を浮かせる風魔術で宙を舞うホロンスに対し、ネロスは跳躍することでホロンスへ攻撃を届けている。当然、飛べば落ちるし、その間はほぼ無防備になる筈だ。だが、彼は剣を振るう遠心力の類か何かで魔術をかわし、またその力を踏み台にさえしているが……全く理屈が判らない!

 筆舌に尽くしがたい予測不能な動きをするネロスの姿を遠目で追っていくのがやっとで、激しい衝突音と、衝撃波が辺りを駆け巡る。

 弱い者を近づけさせない戦い……それは魔物たちさえ例外ではないようだった。


「タナトス……タナトス、しっかりして」


 私はドワーフに肩を借りながら何とか倒れたままのタナトスの下へ向かった。拡散した聖樹の魔力でか、彼の左足の傷は塞がり止血されていたものの、雷魔術の直撃を受けて気絶したようだ。ショックで心臓が止まった訳でもなく、脈はあり、呼吸もしている……。

 私は安堵でその場に座り込んでしまった。

(今回は……私が、彼に無茶をさせてしまった……もっと早く引かせるべきだったのに)


「ああマイティア様!申し訳ありません!

 何もお力添え出来ないばかりか……魔物を倒すべく、ご無理を……」


 私が聖樹の魔力を霧状に拡散させて魔物を一掃したからか、ナリフ町長各位、議員たちが顔を歪めて今までの無礼を謝罪し、跪いた。

「謝らないでください……私は、すべき事をしたまでです」

 そう言ってあしらったが

「お、俺たちの数多無礼に怒るばかりか……っ」

「姫様は女神ですかっ?!」

「おおおお女神よぉおお!!」

 変な方向で盛り上がってしまった……まあ、いいか。


 タナトスをドワーフたちに搬送して貰い、私は確信に近い自信を持って、ネロスとホロンスの戦いを見届けた。


 ビシャアアアン!!!

 空にどす黒い雲が現れ、鼓膜を破らんばかりの雷。だが、その眩い雷も聖剣が弾き返し、跳ね返った雷がホロンスのマントを焦がす……幾らネロスでも落ちてくる雷の速度で剣を振るう様には見えなかった……恐らく、何かしらの技術で雷の先を誘導させているのだろう。

「うぐっ!」

 住民たちが避難していることを良いことに、ネロスはホロンスを空中から叩き落とし、建物を全壊させた。

 一月前のバーブラとの戦いは、本当に周囲に気を配っていたのだろう……瓦礫の上で立ち上がるホロンスへの追撃の一撃。地盤さえ割れてしまったかのような地震さえ起き、周囲の建物も地下へと沈み、傾く。ヌヌの魔獣たちも私たちの横で頭を隠して震える始末だ。


「ゆ、勇者が強い事は判るが……あれじゃあまるで、勇者の方が魔物みてぇだな……」


 トトリの戦いではあまり目立たなかったが、バーブラとの一悶着や、今回では顕著に……ネロスは戦闘時に、人の話を聞かなくなる傾向があるように思えた。最低限な周りへの配慮を残して、相手が消えるか倒れるまで止まらない。

 普段が幼気いたいけで柔らかな物腰な分、戦っているときだけ別の何かが乗り移っているとも感じられる。


(もしかしたら本当に、彼の中には何かがいるのかもしれない……)


 だが、彼には正義がある。人の命を重んじる正義……それを私は疑わないし、信じている。


「ハア……ハァ 」


 先に息を荒げたのはホロンスだった。

 魔力の管理や魔術式の構築など、魔術師は気を遣うことが多い。時間の余裕を持ち続けなければならないが、詠唱する時間さえ与えないネロスの猛追に振り回され、やっと発動させた強力な魔術も聖剣がほとんど弾いてしまっている。

「何故だ、何が違う んだ……ハア ハア  何故女神が ただのガキを、勇者などと……」

「言いたいことはそれだけか」

 瓦礫を退かして立ち上がろうとするホロンスを前に、ネロスがゆっくりと一歩ずつ、殺意を増していきながら近付いていく。


「……バーブラ様は  魔族だ……。

 御方の、記憶を取り戻せ……殺してしまう……前に、必ずだ」


(記憶? バーブラは記憶を無くしているの?!)


 ヌヌからの情報を踏まえて、バーブラが元が“人”であった可能性は当然考えていた────それを正しいと、奴の部下が言った!


 ホロンスは何か 私たちの知らない何かを知っている……!


 ただ、ネロスはそれに構う様子はなく、容赦なく聖剣を振りかぶった

「―――ネロス待っ」



 私が声をかけてしまったのが悪かった―――彼は一瞬、躊躇ためらった様に見えた。


「――――ッッ!」


 その瞬間は、恐ろしくゆっくりと時間が流れた。


 僅かに振り下ろすのが遅れた聖剣の剣筋に、突如として現れた真っ白で長い4本指の手がホロンスを庇うように魔力の壁を放った。

 その壁にめり込んだ聖剣は───何故か真反対に跳ね返り、仰け反ったネロスの左頬からこめかみを深く抉った!


「ネロス!!」


 血がコマ送りの様に飛び散り……ネロスは聖剣を握ったまま後退り、うずくまる。かなり遠くから見ていてもその傷はかなり深く―――傷を押さえる左手から真っ赤な血が溢れ出している。

 胸が張り詰めて、鼓動で耳が痛い。頭を抉ってしまっていないか、致命傷になっていないか、すぐに駆けつけなければいけないと思いつつも、彼の前に現れた4本指の手が───私を真っ直ぐと、指差した 。



 〈王の末代よ 我はているぞ〉



 その言葉は鼓膜を介さず、頭痛を伴って頭の中に捩じ込まれるように入ってきた。

 声はなく、男か女かも判らない───頭の中に文字だけが刻まれた様な感覚だ……そして、その言葉の後すぐに、時間はいつものように流れ始める。


「フフ、何を楽しく話しているかと思えば、ボロボロではないか、ホロンス」

「バ、バーブラ!?」


 頭痛に立ち眩み、私が顔を上げるとホロンスのすぐ後ろに、バーブラが現れていた……だが、ネロスの攻撃を撥ね返した手よりも、バーブラの腕は太く……色が違っていた。


(バーブラじゃ、ない……?

 さっきのは一体 何? 誰の腕だったの?)


「面目、ありません……バーブラ様」

「そう肩を落とすな、ホロンス。この勇者を相手に生き残った者は未だにいない。

 だが、お前たちのお陰で、勇者の予知夢がどの程度、どの範囲で精確なのかをしっかりと解析出来た」


 バーブラは意気揚々と話し始めた。その間にもネロスの足下に血溜まりが広がっていく。彼はまだ蹲ったまま動かない。

「しかし、途中までお前の体力は無尽蔵かと疑っていたぞ、勇者よ。

 人間味が見られて安心したわ」

「……楽し んだ?  楽しんだ、だって……?」

 フラフラと地面に刺した聖剣にもたれ掛かりながら立ち上がるが、そこから自立できないのか、体を大きく揺らして深い息をしている。

「そう生き急ぐな、武士もののふたちよ。

 俺はお前たちの底力に感銘を受けたのだ。

 圧倒的不利な状況下でも逃げる事無く戦い抜ける力にな。

 その団結力を数の力でただ蹂躙じゅうりんしてしまうには、惜しい人材が実に多い。その将来性に免じて、今回は魔物を撤退させよう」

「馬鹿にしやがって――ッ!」

 ネロスは勢いをつけて聖剣を地面から抜いたが「うっ!」ホロンスの魔術に弾かれて「どゥオッ!!」ネロスはドワーフたちの中に突っ込んだ。


「養生せよ。

 このまま死なれては、俺の余生がつまらなくなるからな」

 バーブラはそう高らかに笑った後、特に私の方を気にする様子もなく……どこか複雑な表情を浮かべているホロンスを連れて、姿を消した。それと共に街中から魔物の気配が消え去った────。


「おい、ネロス しっかりしろ おい!」


 そして、ネロスは気を失ってしまった。



 女神期832年 王国夏季 五月一日



「ここの傷だけ塞がらないねぇ……痛いねぇ、うーん、吐き気もあるのねぇ、うーん、大人しくしててねぇ、これ以上ね、悪くなったらお医者を連れてくるからねぇ。」


 仮設の療養所を行ったり来たり、忙しないマロ族の薬草師はちゃっちゃかネロスの状態を確認すると、色んな種類の薬草を置いて「用法用量はねぇ、ここにねぇ、書いてあるの。よく見てねぇ」と数分で帰って行った。


「うー……、……うーん」


 私はネロスに傷の治りが早い印象を持っていた。実際、気を失った彼の鎧を脱がしたときに見えた、無数の打撲や裂傷は数時間~翌日にはきれいさっぱりと治っていた。


 だが、何者かに撥ね返された聖剣でついた傷だけがちっとも治らない。今でもガーゼの下は深く抉られたまま……骨まで覗き込めてしまえるほど。縫い合わせようにも周囲の皮膚が壊死してぼろぼろと脆く剥がれるため、仕方なく傷口を寄せるように包帯とベルトを使って締めつけているような酷い状態だった。


「大丈夫か? なんか食えるか?」

「……吐きそぅ 」

「おうおうおう…… うぇいうぇい、あーひでぇなぁ、うぇいうぇい」


 今はグラッパが付きっきりで看病してくれていた。だが当然、彼も眠くなる訳で、私が交代しに来た訳だ。


 グラッパからざっくりと説明を受け、寝ぼけ眼の彼を見送ってから病室に戻ると、ネロスは隣に立て掛けていた聖剣に触れながらぼそぼそと話しかけていた。


「治る かな……うん  うん、そっか……。  うん」


 ネロスはきっとベラと話しているのだろう。傷の治りが遅い事に彼も不安を感じているのかもしれない。


「女神は、なんて言ってるの?」

「聖樹の 魔力が……悪い方向に、……その 治るの、しばらく かかるかもって」

「そう……」

 聖樹の魔力には本来、人の回復力を補う効果があるはずだが


『……なんて馬鹿なことを 聖樹は人の命をも貪る寄生植物だ

 魔力だけでなく、生命力すら奪うというのに……』


 ホロンスは私たちの知らない事を知っていた。聖樹の魔力を発生させた私が著しく体温を奪われた様に、聖樹の魔力を付与した武器で傷つけられた場合は、逆の効果をもたらすのかもしれない……。


「ごめん、ミト……まだ、しばらく かかるみたい……」

「気にしないで 無理しなくていいわ、ゆっくり治しましょ

 私も本調子じゃないし」


 グランバニクはトトリの後処理に、ヌヌは町役場の面々と共にポートの後処理に参加してくれている。本来なら私も参加すべきなのだろうが、聖樹の魔力発生による低体温が上手く戻らず、今も私一人だけ真冬のコートと毛布に包まり、手足は悴んだまま。外された右肩もまだ痛むし……利き手も使えず、足手まといも甚だしいのだ。


 何より、私は彼の傍から離れがたかった。

 ネロスの左の瞼は閉じたまま、口も不自然に左側だけが動いていない。

 息を吸っても弾かれるぐらい、私の胸いっぱいに後悔が詰まっていた。昨日はいても立ってもいられず、何も出来なかった。

 ちゃんと言わねば……。


「ごめんなさい。あのとき、変なタイミングで止めようとしたから……」

「?」


 しかし、ネロスは何の事? と言わんばかりに小さく首をかしげた。

 あなたが一瞬躊躇ったとき、と、話すと、彼は首を横に振る代わりに手を横に振った。


「あー……違うんだ……。ベラが、奴は生かした方が、良いって止めようとしてて それなのに、僕が強行したんだ……躊躇ったように、見えたのは……ベラが僕の、魔力を調整……して、僕が 驚いたから……」

「そう、なの」

 胸に詰まっていた後悔がするりと抜けて、私は思わず安堵の溜息を吐いた……いや、安堵すべきではないのだが。

「ネロス……あなたは見えた? あなたの攻撃を撥ね返した、何かの手を」

「?? え……え? 手? バーブラの魔術じゃ、なかったの……?」

「え、え……」

 私は困惑した……他の人もそうだったからだ。

(誰もあの手を見ていない……私の幻覚? 私もあの時は、疲労困憊だったから……)

 幻覚である可能性を一概には否定できない。ネロスが見ていないというのなら、そうなのだろうか……。


 何とも言えない、気まずい空気が流れた。

 それは、結構…………長く感じた。


「……ねえ、ネロス

 女神の子の意味を……あなたは知ってる?」


 私はそう、切り出した。

 ホロンスの言葉を、彼は聞いていただろうから……私の口から、ちゃんと伝えないといけないと思った。


「女神になる候補って、意味。

 私は……女神から白羽の矢を立てられた。


 女神に予言された、女神の子の……一人なの」


 俯いたまま、チラっと横を見ると……ネロスは横を向いたまま黙っていた。


「あなたを王都まで連れていったら、私はカタリの里ってところに行くの。そこで、儀式をして……女神になる。そのために、私は生まれたから。


 だからね……王都に行ったら、私とはお別れなの。


 勿論……魔王を倒すあなたのサポートの為、言葉を交わす機会があるかもしれないけど……私は、きっと……、……。」


 あなたのことを覚えていない……とは、言えなかった。


「だけど……何も、まだ何もわからないの

 誰も教えてなんてくれないから……なれば判るとしか、言われない。

 今までは他の女神がいたし、みんな選りすぐりの魔術師だったから出来たのであって……、私は人並みだから……私には出来ないんじゃないかって考えたらキリがなくて……。


 ねぇ、ネロス……もう少し、あなたが回復してきてからでいいのだけど、1つ頼みたいことがある……の、 だけど………。


 …………ネロス?」


 ネロスは、何も言わなかった。


 あまりに何も言わないのでもう一度、チラ、と顔を覗き込むと


「寝てんのかっ!!」


 目を瞑り、ゆっくりとした呼吸音! 私は動揺して椅子の足に引っかかってよろめき、顔を真っ赤にして隣の空いたベッドにもたれ掛かった。


(どうして寝るかなぁ?! どうしてこのっ 人が重大な秘密を打ち明けているタイミングで平然と寝やがって……!? 予知夢か!? 是が非でも聞かないよってこと!? いや勿論気絶しちゃったのかもしれないけどさあ!? なんなのよもう!)


 一人で息を荒げて、水を飲み干し、閉めていたカーテンを開き、水浸しのタオルを絞って振り回し、気化熱で冷たくなったそれをネロスの顔面目掛けて投げつけた。だが、見事に狙いが外れて、ボスッ、と壁に当たったタオルがやんわりと彼の額に落ち、私は大きく膨れ上がった羞恥心を息に乗せて吐いて、ネロスのベッド脇に腰掛けた。

 脇に立て掛けてある聖剣から生えている花、それがどうもこうも笑っているかのように花を向けるもんだから……余計に恥ずかしくなってきた。


「彼……こういうことするの? わざと? たまたま?」


 女神の声など聞こえないのに、私は聖剣から咲く花にそう尋ねた。

 すると、聖剣の花がひらひらと風もないのに横に揺れた。


(……もしかしてこの花)


 その花は動かせるの? そう訊くと、聖剣の花はひょこっと縦に揺れた。


「あなたが、ベラ?

 女神の」


 花は頷いた。

 そして、ひらひらと左右の葉っぱを揺らしてみせた。


 言葉の返事は来ないとしても、はい、いいえの二択さえあればそれなりの会話は出来る―――私は急に緊張してきた。


 女神の子とはいえ、女神と会った事なんて一度もなかった。魔王に女神たちが殺されてしまった後に、私は生まれたからだ。

 ずっと話をしたいと思っていた……。

 誰も払拭してくれない、女神になることへの不安―――予言の使い方も女神がすべき事も、教えてくれる他の女神もおらず、聖樹は枯れてしまっていて……王を初めとして、皆々は私が女神になりさえすればどうにかなると根拠もなく確信し、縋りついている事―――を。


「急に改まるのは、おかしな気もするけど あなたにはまだ、ちゃんと名乗っていないよね……。」


 私は横目でネロスの方を確認した。寝息が聞こえないぐらい静かに、確かに眠っている。


「私の名前は……マイティア・レコン・フォールガス。

 ハサン王の四人娘、その末妹」


 花は器用に、頭を下げたように見えた……。


「教えて欲しいの……。

 あなたは、私が女神の子だと……知っているのよね?」


 花は、少しの間を置いてから頷いた。


「それは……彼も

 ネロスも、私が女神の子であることを 知っているの?」


 花は………、────ゆっくりと、頷いた。



2022/7/24改稿しました

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