第12話① 女神騎士団
戦闘開始から約2時間。
数も戦力も上の魔物の軍団相手に、予知夢があったとはいえ、よく持ち堪えた方だろう。
勇者が一時休憩を挟み、トトリに向かってから間もなく───補給基地から少し登った近くの高台から、私は町を一望した。
町のインフラ整備は破壊され、港は大破。外壁が崩れて内装が露わになった教会の、真っ赤な血で濡れた女神像は、半分に欠けた細目で何十もの無惨に食い千切られた死体を見つめている。
予知夢であらかじめ判っているイベントはほぼ尽きた。
同時に、攻撃の音はほとんど聞こえなくなり……啜り泣く嗚咽の方が耳にこびりつく。
町にはまだ、上級の魔物たちが潜伏しているだろう……まるで、ゲリラ戦だ。こうなったらもう、奇襲を仕掛けられる魔物たちの方が強い。
いつ襲われるか判らない恐怖と緊張を抱いたまま、私たちは勇者が戻るまでの時間を生き残るしかない。
「そうか……獣人化を見たのでおじゃるか」
リードゥの背に乗りながら、数多の魔獣を呼び出すための魔法陣のストックを補充し直すヌヌに、マルベリーの獣人化、そして、魔物と成り果てた瞬間の事を私は話した。
元は魔物である魔獣たちを使い魔にするマロ族であり、女神騎士団員として数多の魔物とも戦ったであろうヌヌならば、獣人化について私よりも詳しい有益な情報が聞けるだろうと声をかけたのだ。
彼女は神妙な顔をした後
「……否、女神となるべき者に隠し事などすべきではなかろう。それにもう、分別のつかぬ様な子供でもあるまいな」
私にだけ聞こえるような声で、ヌヌは話した。
「一般常識ではあるが、魔物は、魂に魔が宿ることで発生するとされており、魔物が発する魔は発生時に流入した量に相当すると言われておる。
じゃが、魔物の知能というものは、その魂に由来する。」
「魂に?」
「死した魂に魔が宿ろうとも、その魂に自我や知能が残っていることは滅多にない。しかし、生きている魂に魔が流れ込む場合は別じゃ。
死者を魔物や死霊に換えるよりも、生者を換えた方がより知能を有する……人の如き魔物が生まれる……女神騎士団では、其奴らを魔物と区別して“魔族”と呼んでおった」
そう言われて、私の脳裏にマルベリーと……バーブラや奴の部下たちが過った。
『俺はバーブラ様に見出された選ばれし“魔族“! 御方より授かりし集魂の大剣がこの手にある限り! 剣豪ヤンゴンの魂は朽ちぬのだ!!』
トトリでネロスが倒した最上級の魔物、ヤンゴンの言葉……その言葉の意味を私は気にしていなかった────ヌヌが誘導する嫌な予感、私は周りに誰もいない事を確認してから、彼女の耳元で囁いた。
「バーブラや、奴の部下たちが……獣人化によって魔物になった可能性が、あるというの?」
「獣人化だけとは限らぬよ。獣人化の原理を理解してしまえば、魔術で如何様にも現せる。その概念を利用したものの1つが死霊術であり、死霊術は魂を操る魔術……その対象となるのは、決して、死者だけとは限らぬ。
しかし、魔を恐れてばかりいてはならぬぞ。
人は皆、理性の皮を被り、愛を求め合う獣であり、魔は我らの血に流れる、魂への薪炭である。
魔を律する術こそ魔術の本懐、魔術を正しく学べ……で、おじゃる。
他言無用であるぞ、ミトちゃん」
私たちがいる補給基地近くへの襲撃があり、ヌヌたちが出撃した後……私は、呆然として遠くを見つめていた。
もしかしたらバーブラは元々、神国の身分の高い人で……まるで情報が入ってこないと思っていた神国の民は……、奴の知能ある部下たちは……。
嗚呼……。
私たちが積み上げた魔物の死体、人と同じ赤い血が流れ出ている訳を考えると、酸が込み上げてきた。
(民の命を守るのが王族の務めだと、私はマルベリーを手に掛けてしまった……。
魔族……もし彼らが話の判る者たちなら……私は結局、王族の国を守っていただけなの……?
いや、彼らはトトリで、ドッツェンたちは多くの民の命を食い荒らした……間違ってはいない。私たちは……この戦いは、無意味なんかじゃない……。)
別の道があったのではないか……坩堝に入った思考を振り払うべく「わっ!?」周囲がどよめくほどに両頬をパシッ!と叩く。今は。今は悔いを忘れない。今はそれだけに留めるんだ。
バゴン!
近くで爆発が起きた 衝撃波と共に散らばった火の粉、噴煙の臭いが鼻を刺す。遂に前線が目の前まで迫ってきた。
「気張れお前ら! 来るぞ!」
見張りの声で補給基地前に兵士が並び、弓矢隊(私たち)も弓に矢を番え……煙から飛び出てくる魔物たちを……。
すると───
「キャンキャゥン!」
上級の魔物にさえ食ってかかるような勇猛果敢な魔獣が、尻尾を巻いて煙の中から飛び出してきた。
その慌てように呆気に取られているうちに、そいつは、堂々正面、矢面から歩いてきた。
「勇者の予知夢って奴は結構精確なんだな
根本的に戦うべき相手を見誤っている事を除いて」
そいつはまるでエルフの様だった。すらりとした高身長に尖った鼻と尖った耳、緑がかった碧眼、銀色の長髪。首から足首まで隠す厚手の長いマントを羽織っており、装備は判らないが……上から弓矢隊に睨まれたまま優々と近付いてくるのも頷ける魔力は、感じた……。
「テメェは何者だ?! ブルーエルフかぁ? いや、その肌白はスノーエルフか?」
「どっちでもいい! これ以上近付くならぶっ殺すぞ!」
「俺に刃を向けなければ殺しはしないが、殺すつもりで来るなら容赦はしない」
「なんだと!?」
「やっちまえ!!」
ドワーフたちの掛け声に合わせ、一斉に矢の雨が放たれたが
「脳筋共が」
私は魔術の、詠唱を聴いていなかったが───エルフが足先で地面を擦った瞬間、氷の壁がエルフの周りを覆い、すべての矢を弾いた。
そして、前衛のドワーフ兵士たちが大盾と武器を手に走り出すと、エルフは真っ白な腕を突き出し「脳味噌冷やして出直してこい」再び詠唱もなく、氷魔術と思しき白い冷気を広範囲に放った。
「 ヒギッ!! イチッ!イチャタタタァア───ァ」
鉄鎧に身を包んだドワーフたちや「イダァア!!」鉄弓を握っていた弓矢隊が一斉に悲鳴を上げた。
その金属の鎧や弓には白い霜が付着しており、それに触れた身体がみるみる凍りつき───前衛のドワーフたちは全身が硬直して次々倒れ、弓矢隊のほぼ全員が凍った手を溶かすべく炎魔術を唱えている……魔力で出来た弓を握っていた私以外。
震えが止まらなくなる程、彼の魔術技術は私たちを遥かに上回っている。
「あんたに用があるんだ。王国の姫よ」
そいつは真っ直ぐと……私を、指差した。
その指に嵌められた銀色の指輪には、既視感があった。
「俺の名はホロンス。
かつては女神騎士団に所属していたエルフだ」
2022/7/21改稿しました