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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
22/212

第11.5話 一時休戦

 


 私が地上に出て来ると、すぐさま状況の変化に気付いた。


(町の中にまで魔物が……!)


 至る所で火の手が上がり、怒号と喧騒けんそうが響く。

 更にレコン川沿いに巨大な死霊と思しき魔物がヌヌとリードゥ、魔獣と戦い、東の空から魔術を使って空爆してくる魔物と弩砲の熾烈しれつな撃ち合いが続いている。


 私は急いで港から昇ったところにある補給基地に向かうと「はあ!?姫様なんでこ────くっさ!!」「これはこれは」町議会の議員たちの中に武装したナリフ町長がいた。


「持ち場を勝手に離れた奴が我が物顔でよくも戻ってきやがったな!

 この町から出て行け! そもそも何処通ってきやがった!?」

「みなさん落ち着いてください。この方が持ち場を離れたのは理由があってのことです」


 町長は私の身体から香る下民街の悪臭の訳を知っているかのようにそう言い、私に何も問い質すことなく現状を説明してくれた。

 地上の戦闘はほとんど勇者の予知夢通りに進んだものの、下水道を介して町の中に入り込んだ魔物たちの対応に追われているのだと。


(その上で私の非力を責め立てないのは、ある程度想定していたのかしら……)


 どうやら、ナリフ町長は個人的に下民街のデボンと情報共有を密に行っているようだ。マルベリーが下水道の港口の水門を開けてしまった事も含めて、一部始終を知っているのだろう。


「今でこそこちら側の被害はかなり抑えられてはいるが、このまま戦闘が長引けば、勇者の予知夢も粗くなっていく……」

 懐中時計の時間を見るに、戦闘開始から約30分が経過している。

「勇者は既にトトリへ?」

「いえ、グランバニク侯爵は勇者をまだ転移させないよう指示を出しています」

「勇者は前線の上級、最上級の一体を倒した後、巨大死霊の群れへ向かった」


 その言葉を体現するかの如く、南の方角で眩い閃光が走った。かなり離れてはいるが、巨大死霊二体と周囲の魔物も含めて消し飛んだらしい……だが、追撃の死霊からの攻撃も同時に受けている。

 私はポートの地図を確認しつつ、地図に直書きされた部隊の配置を凝視し「町長、私に1つ、進言させていただけますか?」そうナリフ町長の顔を窺った。

 周囲の議員たちは顔をしかめ、あり得ないだろ……苦言を呈されたが、

 彼女の褐色の目は血と泥に汚れた私を真っ直ぐと映し……フ、と一瞬だけ微笑んだ。


「私はあなたを信用しますよ。姫様」

「町長!」

「王族は助けを求めたドワーフたちの手を払い除け! 川に沈めた罪深き一族ですぞ!

 また再び我々を犠牲にしようとするに違いない!断固としてコイツの言葉を聞き入れるべきではありません!」

「いいえ、本当にそのつもりならばこの戦いに参加したりしないでしょう。

 何より、下民街からの侵入をいち早く察し、奇襲部隊の数を大幅に減らしてくださったのはこの方です。

 話は聞きましょう。その是非を判断するのはあくまで、私たちですから」





 戦闘開始から約1時間。


 推定されているポートの魔物戦力は、ほとんど減らなくなった。

 弩砲のお陰で下級や中級はほとんど倒せたし、上級から最上級相当の巨大死霊は勇者が倒しきった。

 あとは、各個撃破するしかない上級以上だけ。


 一方で、前線から離れているはずの北側の弓矢隊が数体の上級に接近されて壊滅、そのまま近くの補給基地の1つが破壊された。また、至る所で下民街からの爆発が起きて地上の道路が陥没、ポート中腹の主要道路も使えなくなった。

 路地や基地前に仕込んだ罠の効果もあり、勇者に頼らず上級も倒せているし、兵士たちの士気もまだ保てている。兵士の被害と武器の消耗もまだ想定範囲。勝ち目はまだ見えないが、絶望的ではない。


 私は空に向けて信号弾を放った。

 青い色の煙を吐き散らしながら空高く昇った目印は、勇者への合図だった。


「ミト! ごめん!時間かかった!」


 巨大死霊を倒しきり、南の上級各位を掃討してきたネロスは、息を荒げた状態で私たちのところ(港側の補給基地)へと戻って来た。熱気の籠もった骸の兜を外し、異様な量の汗に濡れた短髪をわしわしと掻きむしる。その足取りは僅かにふらついているようにも思えた。 


「謝らないで。あなたは誰より戦ってるわ」

 私はタオルで「うぅっ」汗を強めに拭い、そのまま清涼効果の強い薬草軟膏を「ぶ~ぅ~すずしぃー」彼の頭に塗ったくる。全身汗だくで鎧の隙間から湯気が出ているのだから、寒いぐらいがちょうどいいだろう。


「まだ体力残ってる?」

 そう訊いてみると

「うん! 大丈夫だよ。まだまだいける」

 彼はそう即答した。

 だが、鎧甲冑を身に纏い、縦横無尽に駆け巡った事による体力の消耗は凄まじい筈だ────彼一人だけで巨大死霊8体に上級と最上級合わせて30体近く、下級まで含めれば400は下らない数を倒している────荒れ狂う心拍が呼吸と汗に表れている。


 私はナリフ町長に向けて合図を送り、彼女は静かに頷いた。



「ネロス、あなたは少しだけでも休んで」

「え?」


 ネロスはまん丸と目を開き、呆然と口を開いた。どうして?と言わんばかりだ。


「トトリではあなたの出番が短く済むよう、侯爵たちが作戦通りに戦闘を数カ所に集約させている。その完了まではまだ時間がかかる。それまでは少し休んで」

「それなら、向こうの準備が整うまでにポートの何カ所かを回って少しでも」

「要らない」

「だ、だけど「ダメ」ぐぼっ」


 つべこべ言わせないよう水筒を口に突っ込ませ、近くの街路樹の花壇縁に座らせた。周囲から焦燥感や苛立ちを含む視線を感じるも、私は頑なに勇者をその場に留まらせた。


「あんたが倒れたら私たちの全滅は確実。余裕があるぐらいで留めておいて」

「余裕なら僕あるんだ だから、一人でも多く……、……」

 私は断固として彼の肩を抑え続けた。眉間に皺を寄せた険しい自分の顔が、勇者の鎧に写って見える。


 ナリフ町長たちに私が伝えたのは、具体的な作戦ではなく、勇者の休息時間の確保だった。

 事前の作戦計画では、ネロス本人が『大丈夫』と連呼したため、一分一秒の休みや交代を作戦の中で確保していなかった。口出しをする権限のなかった私がネロスを幾ら諭しても彼は聞き入れなかった訳だが、彼の心臓は嘘をつけない。


「ミト、どうして……? 僕は頑張らないといけないんだろ?

 僕が休んでいる間に、誰かが死んじゃうかもしれない……僕が戦っていれば助かっていた命があっちゃいけないんだ」

「あなたが私たちに気を遣って無理して、足元を掬われたとしても、私たちはあなたを助けられない。

 この身を呈して一時凌いちじしのぎ出来たとしても、結局あなたが立ち上がり、剣を握るしかないのよ」

「僕は死なないよ!

 予知夢で見た……僕は明日も生きてた!」

「あなたの予知夢を私も信じてるわ、ネロス。

 だけど、あなたは私がこう諭したすぐ後で、戦いに向かう未来を本当に見てる?」


 そう言うと、ネロスはこの日初めて情けない顔をした。汗と軟膏に塗れ、湯立つ真っ赤な顔をふにゃりと歪めている。


「君の言うことを聞いたから、僕は生きてたってこと?

 僕が見た僕は……君の言うことを聞いた未来にいるってことなのか?」

「それはわからない。私はあなたが見た未来を見ていないから」

「…………。」

「未来を見る力は確かに強力だと思うわ。本来は判らないはずの未来の一部が見えるのなら、自分の進む道がちゃんと続いているとわかる……それはあなたの強さとなり、自信になれる筈よ。

 だけどあなたの言葉を聞いている限り、あなたが見る予知夢は暗闇の中に浮かぶ僅かな点であって、踏み固められた道筋じゃない。

 道を選ぶ判断力がつちかわれないまま、勢いで進路を決める癖がついていると……いつの日か突然、予知夢を見られなくなるわよ」


 マルベリーが水門を開けてしまうことを見えてなかったこと。

 彼が作戦会議で口にしていた30分を過ぎてもトトリに向かわなかったこと。

 ネロスの予知夢は本当に近々の、確定的な未来しか見えていない。不確定要素が多ければ多いほど彼の予知夢は曖昧となる……これはきっと、女神の予言も然り、縋ってはいけない能力だ。


 私が散々叱ってしまったせいか、ネロスは怒られて悄気しょげる子供のように縮こまり、うずくまってしまった。その様子に何だか申し訳なくなってきて、私は彼の蹲る視線の先で膝を折り、視線の高さを合わせた。


「それに、選ばなかった未来なんて誰にもわからないんだから、救えた筈の命だなんてあなたが背負う必要はないのよ。

 民の命……その責任の所在は、王族である私たちにある。

 それが仕事なんだから、勝手にあなたが取っちゃだめよ。

 税金泥棒とか役立たずって言われるの、結構……傷つくのよ、ああいう野次」

「そんなこと言われるの?」

「序の口よ。トトリでもポートでもしこたま罵倒ばとうされてきたわ。読唇術で声に出さない陰口も見えるし、耳も良いのよ」

 そう口にした途端、背後の音声がピターッと消えた……おのれ。

「君は何も悪いことなんてしていないだろ

 それなのにどうして後ろ指を指されるんだ?」

「どうしてって……」

 私はいつも通り、ネロスの子供っぽい好奇心の一端だろうと思って、大した事のない愚痴の様な返答を考えていたが───。


「   」


 彼の目に……何かがかすんで見えた。


 茶褐色の目の奥に、青いもやが掛かったような

 鋭くて冷たい、何かを……。


「───あ、いや……ごめん なんでもないよ。

 君の言う通りだね……僕は少し休んだ方が良いみたいだ……。

 時間が来たら呼んでね。すぐに向かうから」


 その視線は煙のように、ふっ、と掻き消えて、ネロスは慌てた様子で顔を拭い、繕った笑みを浮かべた。


 たった一瞬のことだったが、私は……漠然とした恐怖を覚えた。



2022/7/21改稿しました

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