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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
21/212

第11話③ ポート・下民街の乱

 

 突進してくる角の巨体を転がってかわし、私は双剣の1本を横薙よこなぎに払った。女の力でもマルベリーの足から生える角を切断できたものの、身体に無数に生えている角はしばらくすると再び伸び始めた。


 マルベリーには戦闘の心得がなかったのが幸いだった。奴の攻撃は大振りで乱雑。タナトスが戦術の定型通りにマルベリーの膝を打って体勢を崩すと、奴は体勢を整え挽回する事も出来ずに、右往左往へあたふた腕を振り回して私たちの接近を拒もうとジタバタする。

 私たちは奴の腕のリーチの外から少しずつ、奴の鎧になっている角をぎ落とし、急所となる胸と首回りを露出させていく。


 だが、時としてマルベリーは不規則で不意な一撃を与えてきた。奴の拳は容易く壁に大きな穴を開け、タナトスの鎧が角にかすった程度でえぐられる。私のようなひ弱な体格では、マルベリーの一撃は致命傷だ……油断など出来やしない。

「タナトス」

 そんな緊張感の下、私はタナトスの名を呼び、僅か横目を向けてくるタナトスに足下を指差した。彼は何も返事をしなかったが、私よりも前にいた彼が後ろに下がりだす。

 それを好機と見たのか、マルベリーは腕を大きく振りかぶった。

 その脇から、懐に入るよう私は大きく踏み込んだ。大きな腹の前、マルベリーの“影”の中に私の“影”は丸々と入った。

「ブルァアアッ!!」

 すぐさまマルベリーは私を叩き潰そうとしてくるが、私は奴に攻撃を加える事なく、身を引いて距離を取る。

 マルベリーは私の不可思議な行動の訳を知らないだろう。攻撃しようと試みて断念した程度にしか見えていないはずだ。


 私は、致命に至る大振りな攻撃を避けつつ、私の背後にいるタナトスの魔術詠唱の時間稼ぎに奮闘した。1秒すら長く感じ、魔力剣を握る私の手がしびれていき……緊張の糸が切れかけた、そのとき

「アアッ!?」

 マルベリーの目に、私の後ろで詠唱していたタナトスが地面の中に潜るよう消えたのが映ったのだろう。地面が液状化したの (変性術の類) だと思ったのか、マルベリーは私から距離を取った。


 だが、影潜りの闇魔術の“対象”が────“私”から“マルベリー”に変更された今───マルベリーに逃げ場など何処にもない。


「ピぎっ!」

 鉤爪の短刀がマルベリーの影から伸び、奴の足首を搔き切る。マルベリーが幾ら自分の影へ拳を叩きつけても、潜ってしまえば当たらない。何より、影は常に付き纏うもの。例え光源が少ない地下であってもだ。


 本来、影潜りの闇魔術は警護対象の影に潜り、有事の際に主君を守るべく影の中から防御する……近衛兵や用心棒が用いる魔術だ。敵に対して使わないのは、影潜りの対象が一人にしか使えない為、そして、対象の変更時は変更前と後の人物の影が直接重なった状態で魔術式を組み直す必要がある為だ。


 しかし、一度影潜りに成功すれば、攻撃を常に足下から死角へ仕掛けることが出来る。加えて、封印術や不意打ち可能な魔術、戦闘技術の心得がない限り、振り払う事は基本的に出来ない。


「ぎいあああああああああ!!!!」

「ゴミはゴミらしく死ね」


 マルベリーの両足首が捩れて立ち上がれなくなり、七転八倒。ぐるぐるとのたうち回る度に身体中の角が折れ、斬られ───ズッ「ごぉぇ」四つん這いで自分の影を凝視するマルベリーの喉へ、真っ直ぐと剣が突き刺さる。


 召喚武具の効果時間が切れ、私たちの剣が消えると間もなく、マルベリーは力無く崩れ落ち……大量の黒く濁った血溜まりに伏して……死んだ。



 やっと倒せた……そんな一瞬の安堵の最中


「言っておくがな、マイティア。俺はマルベリーが下民街の虐殺を強行したから殺したんじゃないぞ。奴がバーブラと手を組んでいたから殺したんだからな」


 マルベリーの影から鬱屈とした態度で出て来たタナトスは

「あ」

 なんと───マルベリーの死体を、レコン川と開通した水路へ蹴り落としてしまった! 

「ちょっ と タナトス! 馬鹿!」

「馬鹿とはなんだ」

「マルベリーが死んだ事を! アイツが獣人化して魔物になったことをどう証明するのよ! 私はまだ町の誰にも信用されていないのに!」


 何も考えていなかったのか! タナトスは私の言葉の意味を理解したのか、途端にびたーっと動きが固まり「この角持って魔力鑑定に回せばいい」地面に落ちている角の残骸を持ってほざくが!

「王都魔法学院の専門機関だけが扱える鑑定技術が! ポートにある訳ないじゃない!」

「だ、だいたいお前が お前が寄り道なんかせずにカタリの里へ向かい女神となっていればマルベリーは死なずとも良かったかもしれないんだぞ! 信用も何もあるか!さっさと勇者連れて王都に戻れ馬鹿!」

「それは───」


「ほっほー! そいつは本当か!?」


 地下を反響する、聞き覚えのある大きな声。

 だが、その声に……良い印象は全くなかった。

「珍しい姫様とは思っちゃいたが、まさか『女神の子』たあ! おったまげたな!!」

「───デボン……!」


 下民街のゴロつきたちの長デボン一人が、満面の笑みで私たちを見下ろしている……嫌な予感しかしない。

 タナトスが私を後ろへ退かし、殺意満々に鉤爪を構えると「待てよ!待て待て落ち着けって!」デボンは両手を挙げて、へらへらと笑い出した。


「何もする訳ねェだろ! 女神様を強請ゆすっちゃあ罰が当たるじゃねぇかよ!

 それに、女神様が自ら俺らの敵をぶっ殺してくれたんだ! 天罰を自ら下す主義の物理系女神様なら、教会にみつぎたいぐらいだ」

「他言無用よ、デボン……これは……誰にも話さないで」

「ああ、勿論だとも女神「やめて」姫様よ。

 マルベリーを片付けた事も、俺がナリフに伝えよう。

 水門を越えて来た魔物の処理は任せろ。姫様は早く地上に戻った方がいい」


 そう言うと、デボンは「これは」私が彼にあげた懐中時計と錆びた鍵を投げ渡した。


「戦況が変わり始めてる。

 横の梯子はしごから、その鍵で地上の港口に出られる筈だ。

 急ぎな、姫様。

 流石の勇者も、一人ですべての戦場はになえない」



2022/7/21改稿しました

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