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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
207/212



(俺、死んじまったのかぁ……)


 何も見当たらない、上下左右の感覚もない真っ黒な空間にぽ~んと投げ出されたラタの魂は、呑気に横たわって上か下かも分からない場所を見上げていた。

(テッちゃんもヤドゥフも置いて、真っ先に死んじまうなんて世話ねぇな……ちくしょうめ、酒が欲しいぜ……)

 ついつい酒が恋しくなって天に手を伸ばしてみるも、当然、手は空を虚しく掻くだけ。

 諦めてひと眠りでもするか、と、目を閉じようとした———そのときだった。


「お前は……どうして魂が維持されているんだ……?」

「ん?」


 何処かで聞いたことのある、中性的な声。その声がした方を探してキョロキョロと縦横無尽に首を回すと

「うおっ!?」

 さっきまでは確実に見えていなかった、中背ぐらいの“人骨”が視界に映った。

 その身体には無数の魔法陣が刻まれていて、尚且つ複数の大きな楔が胸を幾重にも貫いていて動けない様子だった。

 ついさっき同じような骨(魔王)に殺されたばかりのラタはギョギョッと身を引き、骨が動けないことを何度も確認しながら恐る恐る近づいていった。

「此処に堕ちてくる時点で……魂は抜け殻になる……それなのに」

「おう? よくわからんが、気が付いたらこうなっていたんだ」

 答えになっていない返答に、骨は溜息を吐いたようだった。

「お前さんこそ、どうしてこんなことになっちまったんだ?」

「それは、私が聞きたいぐらいだ……」

 そう答えると、骨は徐々にプルプルと震えだし「うあああああ!!!」突然、自分の手で胸を貫く楔を引き抜こうと引っ張るが、楔はビクともしなかった。

「どうどうどう! 大丈夫か?」

「大、丈夫そうに思えるか……?」

「思えないけどよ……」

 ラタは手を伸ばして、骨に刺さった楔の一本に触れた。楔は大きい上に返しがついていて、骨の身体の中で楔の返し同士がパズルのように絡み合っていた。無理矢理に抜こうとすれば、骨はバラバラになってしまうことだろう。

「なあ、お前さん。名前は何て言うんだ?」

 そう尋ねると、骨は僅かに顔を上げるが

「……名前? 名前……、思い、出せない……誰も、私の名を呼ばないから……」首を横に振り、頭を抱え込んでしまった。

「じゃあ他に思い出せることはねぇか? ほら、何処で生まれたとか、育ちは何処だとか」

「……どうして、そんなことが知りたい?」

「え? 世間話よ。俺も死んじまって、やることなくて暇を持て余していたところなのよ」

「暇……」

「俺はラタ。神国南の端っこにある漁村で漁師をしていたんだが、色々訳あって最近は勇者していたのよ」

「…………。」

 骨はしばらくいぶかしげにラタの方を見ていたが、観念したのか、溜息の後に答えた。

「ユイフォートの、孤児院に……」

「近っ! ユイフォートなんて俺の村のすぐ北だよ!

 なんだ、案外、俺たち会ったことあるかもしんねぇじゃんか」

「……私は、体を売って……生きてきた」

 ラタはそれを聞き、思い出させて悪かった、と、謝った。

「もういい……過ぎたことだ……もっと悪い悪夢が、今も続いているからな……」

「これ以上は話すのもつらいよな」

「いや、話させてくれ……今まで誰も、聞いてくれなかったから……」

「……最後に覚えているのは何だったんだ?」

「暗い、海だ……私は夜の海で溺れたんだ……。

 そして、次に目が覚めたら牢の中で、鎖に繋がれて、動けなくなっていた……」

 骨は脳裏を過る苦痛に震えだし、頭に指が食い込まんばかりに掻き始めた。

「女が、私を指して言ったんだ……適した個体だと。それから……黒く焦げた皮のようなものを、血と一緒に大量に飲まされてから……皮膚を剥がされ、肉を抉られ、内臓を千切られて……、それなのに、私は何故か死ねなかった。

 骨だけになり、息が出来ない苦痛に苛まれているうちに、牢の中に放り込まれる魔物と戦わされて……どうしようもない空腹に襲われて、魔物を、食べ始めた……それでも、全く飢えが収まらなかった……次々現れる魔物を殺しては、その死骸を貪った……だが、食べても食べても喉から零れ落ちて、満たされないんだ……」

 ラタはゾッとした。自らが味わった苦痛を語る度、常軌を逸した狂気に冒されていく骨の得体の知れなさに。

「どれくらい時間が過ぎたかはわからない……苦痛が平常と化して、考えることも出来なくなってきた頃……外に出された……。

 ただ、身体は私の意志を無視して勝手に動きだし……魂である私は、この有様だったんだ……」

「お前さん……、もしかしてだが」

 ラタは思わず身を引き、構えた。


「魔王……なのか?」


 そう呼ぶと、骨は悲しそうに顔を歪め

「恨むのならどうか、私を殺してくれ……」

 涙声で訴え、頭を抱え込んでしまった。


 ラタはその様を見て、ギュッと握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。

「そうは言っても、俺も死んじまったしなぁ……」

「すまない……私が、殺してしまった……」

「それはお前さんの意志じゃないんだろう? ならお前さんのせいじゃないさ」

 自分を殺した仇の魂に対して屈託のない笑みを浮かべ、ラタはぽんぽんと骨の肩を叩いた。それでも振り向く骨の顔には不安が張り付いていた。

「一人で考えていると悪い方向にばかり思考がいっちまうもんだ。

 お天道様が迎えに来るまで俺も此処にいるからさ、一緒にポジティブなこと考えようぜ」

「…………。」

「世の中いいことばかりじゃねぇのは確かだけど、それでもやっぱり、いいことがあるって信じてなきゃ手に入らないもんがあると思うのよ」

「……私はもう死霊なんだが」

「来世にいいことがあるさ!」

「来世……」

「いいとこのお嬢ちゃんと一緒になれたりするかもよ!」

「まさか……」

「信じるんだ! 信じる気持ちが強ければ強いほど神様に通じやすくなるぜ!」



 それからずっと、ラタは骨に寄り添って話し続けた。


 どのくらい経っただろうか、ラタの尽きないポジティブ思考に、骨も辟易へきえきとし始めた頃。


 真っ黒な死者の世界に、一筋の光が差し込んだ。

 その光はラタを呑み込むと「うお!?」ラタの魂は光のたもとへと手繰り寄せ始めた。

「遂にお天道様のお迎えか……さようならだな、お前さん」

「…………。」

「早く解放されるといいな」

 骨に向かってそう言葉を投げかけて、ラタは強い光の中に入っていった———。



「———うはっ!?」

 パッと目覚め、起き上がると、そこは霧に覆われた———この世の光景とは思えない真っ白な空間だった。重苦しい空気に、激しい寒気、地面には薄く水が張っていて、死者の世界並みに現実味がない場所だった。

「ラタ……私がわかる?」

 そう呼ばれて、ラタは首を横に捩じった。そこには、ラタの顔を不安げに見つめるテスラとヤドゥフがいた。

「テッちゃん……ヤドゥフ? あれ? 俺、死んだんじゃ……」

「そう……あなたは死んでしまった……。

 そして、私が……生き返らせた」

「生き返、らせた? マジで? テッちゃん天才過ぎん?」

「そうじゃないの、これは……その、死霊術で」

「ほほう?」

「つまり、その……今、あなたは死霊なの」

 ラタはしばらく考えた後、自分の身体を見回した。

 ぽっかりと空いていた胸の穴は閉じられ、魔物に切り裂かれた傷も塞がっている。その他、肉が腐っている訳でも、骨身である訳でもない。パッと見、普通の生体だ。しっかり力も入るし、何なら以前よりも調子がいいぐらいだ。

「だけど、安心して……あなたの魂が魔に穢されないよう、私が“聖樹”になるから」

「うーん? 話がよく分からないんだが……」

「大丈夫……あとでヤドゥフが説明してくれるわ」

 テスラはスーッと立ち上がり、ナイフと、手の平大の光る種子を持って、ラタたちから少し離れた場所に移動した。

 テスラの背中から感じる物々しい雰囲気を感じ、ラタは立ち上がった。

「テッちゃん……何しようってんだ?」

「こうするしかないの。それ以外に魔王を倒す方法が思いつかなかった」

「ダメだ……やめるんだテッちゃん、そいつはろくなことじゃないだろ」

「別に死ぬ訳じゃないわ。ただ少し、自由がなくなるだけ……」

「それは———」

「別にいいの。仮にこの戦いを終わらせられたって、私は英雄にはなれないし、なるべきじゃない。どのみちこの世にハーフエルフの居場所なんてないんだから」

「テスラ!」

「感謝しているわ、ラタ。

 初めて私に温もりをくれた人。

 ありがとう……あなたのお陰で生まれてきた意義を見出だせた」

 テスラは僅かに微笑み、ラタはすくんだ。彼女が初めて見せたそれはとても不器用な笑みだったから。


 ず———っ。

 テスラは逆手に握ったナイフで焼きごての痕が残る胸を裂き、光る種子を胸の中に押し込んだ。


 数瞬遅れて飛び出したラタは、飛翔の風魔術が解けて座り込むテスラを抱き寄せた。

「なんでだ、なんでこんなことするんだッ!」

 テスラの胸からは真っ赤な血が流れだし、あっという間に水面に血の紋が広がった。

 だが、同時にメキメキメキ……と、何かがテスラの胸の中でうごめきだし———成長し始めた。

 微かに光っていた種子はあっという間にテスラの身体に根を張り、彼女の背中を貫いて発芽し、急速に伸び始めた。ラタが急いでテスラから離れなければならない程に早く、その植物は太くなり、テスラの身体を呑み込んだ。それでも尚、木は天高く巨大化し続け……最終的には、まるで光る世界樹の如くそびえ立ち───キィィーン。甲高い音を立てて、魔力の波動を放った。その勢いは強く、ラタがよろけて尻もちをつくほどだった。


「テッちゃんが……テッちゃんが木になっちまった!」

「テスラは聖樹になったんだ。光の樹の人柱にな」

「どうすんだよ! テスラを助けるにはどうしたらいいんだ!?」

「どうしようもない。テスラは肉体を捨てたんだ。彼女は魂だけの存在となった」

 まるで平然としているヤドゥフにラタは堪えきれず、彼の胸ぐらを掴んで揺さぶった。

「説明しろ! なんでこんなことを!?」

「お前の為だよ」

「なっ」

 しかし、ヤドゥフのいつもの冷静さを感じさせない怒鳴り声にラタは狼狽うろたえ、彼は掴んだ服を手離した。

「最終的に魔王を倒す目的に終着するが、お前の為と言っても過言じゃない」

「な、なんで俺なんかの為に」

「お前はテスラの使役死霊として蘇った。死霊は通常、どんな術式でも魂を魔に浸食されるが、テスラはお前の魂が魔に冒されない為の方法として、聖樹になることを選んだんだ」

「聖樹に……なることを……」

 聖樹と呼ばれた巨大な樹木を見上げ、ラタはその幹に手を当てた。まるで人肌のように暖かく滑らかな木肌を手のひらで感じ取り、静かに拳を握った。

「聖樹の魔力は魔を浄化する能力がある。この力は、お前の魂を守ると共に、魔王の魔法障壁を破る突破口になり得る」

「……とどのつまり、聖樹になったテッちゃんと一緒に、魔王を倒せって、ことか」

「ああ、後戻りは出来ないぞ」

 ラタは深く息を吸い、まるで生きているかのように動く自分の心臓の音に耳を傾けた。目をつむって集中すると、自分の魔力とは別に、聖樹から放たれている温かな魔力がラタの身体中に流れ込んでいるのを感じ取れた。それは、今まで力が制限されていたかのように思える程に強力で、既に自分のものと遜色そんしょくないぐらい身体に自然と馴染むものであった。

 この力があれば、魔王を倒せるかもしれない───いや、倒さなければならない、と、ラタの胸の内側から使命感が炎の様に燃えたぎり始める。

『恨むならどうか、私を殺してくれ……』

 魔王にされた者の魂の悲痛な願いを叶えてやる為にも、ラタの魂を守るべく聖樹になってしまったテスラの為にも、ラタは必ずやり遂げねばならないのだ。


「やるぞ、テッちゃん……!

 魔王を倒す! 俺たちの魂をかけて!!」

 そう天に誓うように、ラタは声を張り上げた。


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