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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
206/212

「ふざけるなゴルドー!

 どこまでこの血を呪うつもりだ!?」

 血を零しながら、ハルバートはゴルドーに向かって怒鳴り声をあげた。常に厳格で、固く動かない表情を浮かべていた彼の顔は、怒りで真っ赤に歪んでいた。

「蘇らせるだと!? 死亡してからどれ程経ったと思っている!?

 既に魂が死者の世界に堕ちてしまった後ではないか!」

 〈勇者の魂には既に我が加護を与えている! 例え死者の世界に堕ちようともその魂は健在である!〉

「貴様……ッ! フォールガス千年の贖罪を———無碍むげにしても尚、それでも足りぬと言うのか!?」

 〈神の器を穢した兄に代わり、弟がその代償を払っているだけに過ぎぬ!〉

「ならば私に裁きを下せ! 弟の魂を死霊術なんぞに穢されるぐらいなら、私の魂を穢すがいい!」

 〈黙れ! 決定権は貴様にない!!〉

「…………。」

 テスラは茫然と立ち尽くし、横たわったラタの死体を見つめていた。

(死霊術は術式上、否応でも魂を魔に晒してしまう……)

 魔物は魂が魔に冒されたものだ。その定義に従って言えば、ゴルドーは、テスラにラタを魔物にしろと導いたも同然だった。八竜は運命を司る存在とは信じているテスラでさえ、その運命には従いきれないのが本心だった。

(“勇者”の死霊術……)

 だが、死霊術というおぞましい分野に対して、勇者の名を冠する不思議な魔術に、テスラは単純な興味をそそられた。彼女は、今まで一つだって分からなかった金の黙示録をめくり始め、とあるページで手を止めた。すると、ページの端から端まで重なり合いながらびっしりと描かれた無数の術式が、テスラの目の中で解けるように浮かび上がり、するりと頭の中に入りだした。

 その瞬間、人智を超えた術式の完成度に、テスラは言葉も出ない程に感動した。

 同時に、ゴルドーがテスラに勇者の死霊術を推してきた理由も理解した。

(確かに、この性質なら魔王の最も脅威である魔法障壁を無効化、いや、逆に利用することが出来るようになる……ただ、それだけ多く、魂を魔に晒してしまうことに……)

 死霊を倒す為に死霊になれ、そして、死霊術師になれ。

 神から提示されたのは、あまりに残酷な選択肢だった。

「?」

 そのときふと横風が吹き、金の黙示録がめくられた。そして、偶々開かれたそこに描かれていた術式に、彼女は目を奪われた。

(これは……)

「魔王の術者を倒せば、魔王は自ずと消滅するのではないのか?」

「そうだ、魔王は使役死霊だ! 魔王を倒す必要は———」

 〈魔王の魂はモーヌ・ゴーンの器に癒着している! 術者全員が解呪すれば魔王は操作不能となり、モーヌ・ゴーンの持つ深淵の力が溢れ出すだろう!

 魔王を倒せ! さもなければ世は滅ぶと知れ!〉

 そう告げると、今再び巨大な落雷が落ち、その雷に乗ってゴルドーは天へと戻っていった。





「死霊術は使わせんぞ……!」

 木に凭れながら、よろよろと立ち上がったハルバートは斧鎗を召喚し、テスラに差し向けた。

「ゴルドーは明らかにあなたを敵視しているようだった……フォールガス、あなたたちは一体、何者なの?」

「……フォールガスは、八竜の怒りを買った、かつての“王族”だ……。

 祖先が犯した罪を贖う為、千年に渡り代々小さな島の中で囚われ生きて来た」

 げほげぼ、と、血を吐き大きく咳き込むも、ハルバートは斧鎗を杖代わりにして耐えた。

「だが、雪白の竜ファルカムの容赦から……代々の“王”ただ一人が、王城アストラダムスの管理の為に島の外へ出る事を許されてきた……それが私だった」

「その自由の合間に、魔王を使った自作自演の計画に乗ったの?」

「ファウストが私に接触してきた……あの女は、こちらの事情を全て把握しているような口振りで、私に“勇者”となることを提案してきた。それが成功すれば、フォールガスはキキ島から離れ、北の大地で国を建てることが出来るだろうとな」

「そんな上手い話があると思ったのか?」

「一度はそれを断った。だが、それにも関わらず、ゴルドーは天誅てんちゅうを下した。島にいた34人全員が、雷に焼かれ殺されていたのだ……赤子すらも容赦なく!」

 テスラとヤドゥフは息を呑んだ。八竜は余程のことがない限り、人に能動的に接触してくる存在ではない。命を奪うなど以ての外だ。

 しかし、ハルバートに対するゴルドーの口振りは確かに横暴だった。ハルバートの言う事が正しいとすれば、フォールガスは八竜によって呪われていると言っても過言ではないだろう。

「八竜の導きに従ってやる義理は私にない!

 これ以上、フォールガスをおとしめるようなら貴様らも葬ってくれる!」

「…………。」

 テスラは弾む鼓動を深呼吸して整えた後

「ラタの魂に入り込む魔を浄化する方法があるとしたら」と、口を開いた。

「死霊術だぞ!? そんな方法がある訳がない!」

「魔を浄化する魔力の構成が黙示録に書いてあった! これが可能なら実質」

「人の魂をさも実験台のように———」

「魔王を作り出したあんたたちが言える立場じゃないよな」

 ヤドゥフの追及に、ハルバートは歯を食いしばりながらも口をつぐんだ。

「テスラ、具体的にはどういう理屈なんだ?」

「死者の世界にある、魂の転生を促す光の樹は、魔を浄化する魔力を有している。

 その木をラタの死霊術師となった私に移植するの。そうすれば、魔力同期時に魔を浄化する魔力をラタに与えられる」

「光の樹か……魔物と化した魂をも浄化し、新たな生物に転生させるというしな……確かに、そんな魔力の性質を持っていてもおかしくはない……。

 だが、死者の世界にどうやって行くつもりだ? まさか一度死んでみるなんて言わないよな?」

「幽体離脱の原理で肉体を保持出来ていれば、私でも可能なはずよ」

「そもそも地下世界のものを地上世界の生命体に移植するなんて前代未聞だぞ」

「それは……どうなるのか、私にも見当もつかないわ……だけど、私一人じゃ魔王は倒せない。ゴルドーの言う事はもっともよ」

 ふー、と白い溜息を吐いたヤドゥフは、少しお茶らけた風に「俺はお前たちの戦いを記録する責務がある。賛成も反対もしない」と、口を尖らせながらも、テスラを気遣った。

「ただ、俺個人としては反対だな。賢者とはいえ、15のガキに背負わせるには重すぎる使命だ」

「ガキ扱いしないでください」

「全部一人で抱え込むなよな」

 きょとーん、としたテスラの顔に、ヤドゥフは呆れた様子でもう一度溜息を吐いた。

「光の樹の探索は俺が行こう」

「え」

「八竜魔術を構築するのだって時間はかかるだろ」

「そう、だけど……」

 人に頼るのに慣れておらず、あたふたとし始めるテスラの目の前を

「!」

 斧鎗が横切った。

 斧鎗はテスラの横の木に刺さり、そして、消えた。召喚武具の時間切れになったのだ。

「信じろとは言わないわ、ハルバート……だけど、別の方法が思いつかない」

「私は……お前たちを、許さん……ぞ……」

 体力的に限界だったのだろう、ハルバートは膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ込んだ。





 ナラ・ハの森の宮殿、レンス・タリーパの執務室。

「息災かね、ファウスト」

 気だるげで大きな碧眼に長い耳、寝ぐせのついたショートのブロンド髪、中肉中背の男のエルフが、一国の長となったファウストに気軽に挨拶をした。

「タイマラス」

 タイマラスと呼ばれたエルフは気障な笑みを浮かべ悠々と族長の机の上に腰掛けたが、守衛たちにそれを止める様子はない。

「ウェーヘルが死んで良かったな」

「口が過ぎますよ」

「事実じゃないか。

 君の力を持て余すばかりだった能無しがいなくなり、君は自由になったんだから。

 ここは一つ、魔法研究分野に予算増額を」

「時空魔術の研究は上手くいっているのですか?」

 タイマラスの言葉を潰すようにファウストは口を挟んだ。

 彼の余裕ぶっていた表情はそのままに

「理論はできているが、術式の構築が叶わないままだ」と、溜息混じりに言った。

「だが、必ず成功させるよ。私の人生をかけてね」

「であれば、こんなところで油を売っていないで、研究に没頭しては如何ですか?」

「そう邪見にするなよ、幼馴染じゃあないか」

 ファウストは鬱陶しそうに溜息を吐いた。

「そう言えば、魔王は使役死霊だと明言したそうだな」

「それが何か?」

「積極的に魔王の死霊術師を探すことはしないのか?」

 ファウストの鋭い視線がタイマラスの気だるげな目を射抜く。だが、彼女と付き合いの長い彼はその視線の意味を理解していた。

「いやね、意外と君だったりするんじゃないかと思ってね」

「タイマラス」

「失礼、それは冗談にはならないか」

 そう言うタイマラスの目は、笑っていなかった。

「邪魔したね」



「本当に……邪魔よ、タイマラス」

 誰にも聞こえない声でそう呟き、ファウストはタイマラスの背中を睨みつけた。

 〈殺してしまえばいいのです〉

 そのとき、ファウストの耳元に枯れた老婆のような声が囁かれた。そして、ファウストの影から複数の眼球が泡のように浮かび上がり、彼女の足に影がじっとりと絡みつく。ファウストにそれを振り払う様子はなく、寧ろ、徐々に這い上ってくる影を受け入れるように足から力を抜いた。

 〈時空魔術の領域に人如きが自力で到達できるとは思えませんが、念には念を入れましょう〉

「しかし、エバンナ様」

 〈時空魔術は須らく八竜魔術。人が使える必要はありません〉

 足から這い上ってきた影はファウストの首の皮をそっとめくるように切り傷を作り、滲み出た血の粒を舐める。

 〈魔王を差し向けなさい〉

「……はい、エバンナ様」

 そう返事をすると、影はするりとファウストの足元に戻っていき、泡のように噴き出していた眼球も影の海の中に沈んでいった。

 それを見届けてから、ファウストは表情を変えないまま首の傷に触れ、鬱陶しそうに回復魔術を唱えた。

「……悪く思わないでね、タイマラス」

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