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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
205/212


「ふっざけんじゃねぇえ!!」

「あっ!」

 ラタは竜の姿をしたヤドゥフの背から飛び降りて、オリハルコンの大斧を魔王に目掛けて振り下ろした。

 魔王は避ける様子もなく、大斧を左手で受け止めるが「!」肉体強化の加わったオリハルコンの大斧の攻撃力を甘く考えていたか、魔王の腕に刃がめり込んだ。

(よし! ちゃんと魔王に効くぞ!)

 ラタは柄を通じて確かな手応えを感じ、続け様に攻撃を加えようとしたところで

「どわっ!?」

 ラタと魔王の間に巨体な魔物が割って入り、振り払われる大斧の刃を弾いてしまった。

 ラタは大きく仰け反って、大きな隙を見せた。それを見逃す程に魔王は甘くなく、魔王はラタへ目掛けて鉄鎧をも貫く手刀を振るう。

「うひっ」

 だが、魔王の手刀はギリギリでラタの胸を掠る。先ほどの魔物がラタを横取りしたからだ。

「くっ、そ! 後で人に戻してやるから! あっち行ってろよ!」

「ダメよラタ! そんな余裕なんかないわ!」

「だけど!」

 目の前にいる魔王との戦闘に集中したいのに、ラタの願いを聞く者などおらず、縦横無尽から横槍が入る。ラタが魔物を倒さずにいるから尚更、魔物に囲まれていく。

「此処は一度退却するしかない!」

 上空から氷の息吹で魔物を撃墜していたヤドゥフは、魔物に囲まれてしまっているラタを回収しに急降下するが

「!?」

 魔物の翼の陰に隠れて飛び出した魔王がヤドゥフに急接近し、魔王の魔法障壁がヤドゥフを呑み込む。竜化の魔術が解呪され、生身の姿に戻ったヤドゥフに魔王の蹴りが入る。咄嗟に左腕で腹部を守るが、魔王の攻撃は並みの魔物の比ではなく、肉体強化も使えない状況下で食らった一撃は、容易くヤドゥフの左腕から肋骨を破壊した。

「ヤドゥフ!」

 ハルバートを抱えているテスラが落下するヤドゥフを地面すれすれで回収するが

「げほ……お、れはいい、自分で飛べる」

 脂汗をかきながら「ちくしょう、情けない……」ヤドゥフは自力で浮遊した。変色した左腕はぶらりと垂れ下がり、胸に右手を当て、自前で回復魔術を唱えるが、かなり呼吸が乱れている。

「ラタを回収しようと近づくことは魔王に接近することに繋がる……このままじゃ」

 そうもたついている間にも、テスラたちに向かって魔物は襲い掛かり、テスラは男二人を守る為にも自分周囲のことしか気が回らなかった。


 一方で、ラタはみるみる消耗していった。

 魔物の姿に変えられているだけの人間という事実がラタの頭から離れず、どれだけ魔物たちを押しやっても当然、戻って来てしまうからだ。

(まずい───)

 このままでは自分が死んでしまうと理解しているが、殺そうと振るう刃に力が入らない。

(魔王だ───魔王さえ倒せば! みんな元に戻る!)

 ラタは思い切って魔物たちの囲いを無理矢理抜け出し、清々しい顔で出待ちしている魔王に向けて大斧を振るうが

「げ……」

 大斧は大きく空振り、ラタの懐へ潜るように踏み込んだ───魔王の腕がラタの腹を刺した。


「ラタ!!」

「ふんがあああああ!!!」

 貫く魔王の腕を腹筋で抑えつけながら、ラタは大斧を動けない魔王に向けて振り下ろす。

 ガキィィン! 甲高い音こそ鳴るが、肉体強化が外れている今、オリハルコンの自重だけでは魔王に掠り傷しかつけられない。

 痛みを堪えながら何度も振り下ろすが、魔王にラタの攻撃が響いている様子は見られない。

「お前さえ! お前さえ倒せれば───!」

 ずぼっ、と、ラタの腹から魔王の腕が抜け、血が溢れ出す。よろめきながら、一旦距離を取り、肉体強化を使ってから再度接近する。

 魔王の魔法障壁は、リーチの長いオリハルコンの大斧であれば範囲外ギリギリで届く厚さの為、接近されなければ肉体強化が維持できる。

 ラタはその距離感を保つように攻撃を放った。

「!?!」

 だが、その刃が、意図せず───魔物の首を抉り、殺してしまった。

 宙を舞う魔物の頭に目を奪われ、動きが止まるラタ。


 次の瞬間、ラタの胸を、魔王の尾が貫いた。





「あああああ!!!」

 テスラは魔力管理など忘れ、最大出力の電磁砲の雷魔術を魔王に向けて放つ。だが、魔王の周囲にある建物だけを抉り取った。相変わらず魔王は無傷だった。

「間に合わなかったか───くそ!」

「?」

 ヤドゥフは魔王を囲うように魔法陣を作り出し、魔王を上空へと転移させた。だが、視認できるレベルの上空だ。一瞬で落下してくるだろう。

「今のうちにラタを!」

「───っ!」

 ハルバートをヤドゥフが抱え、テスラがラタに群がる魔物を蹴散らしながら、彼を回収するが

「ラタ……!」

 胸に空いた穴は心臓の位置で、一目見て絶望的だと察せた。

「そんな───こんなことって……っ」

 あっという間に広がっていく血だまりに立ち尽くすテスラ、そのすぐ後ろに───ズズン! 魔王が頭から落下してくる。

「転移魔術とは、恐ろしい魔術だな」

 パラパラ、と瓦礫を払い、頭部についた掠り傷を掻く魔王を、テスラは睨みつける。

「よくもラタを───っ!」

「泣く必要はない、すぐにお前も死ぬんだ」

 爆発の炎魔術を魔王の魔法障壁前で発動させ、拡散する黒煙で目隠し、そのうちにテスラはラタを連れて飛び上がった。

「なんだ、逃げるのか?」

「お前は必ず私が殺す……!」

「やってみろよ」

 魔王の挑発に乗らないよう歯を食いしばりながら背を向け、テスラとヤドゥフは神都を後にした。





「ラタ……」

 身を激しく打つ雨の中、神都から東に抜け、ジワキ山に逃げてきたテスラたちは、すっかりと血が抜けて土気色になってしまったラタを見下ろした。心臓が壊れてしまった以上、蘇生魔術も役に立たないだろう。

「八竜が導きをたがえる筈がない……それなのに……」

「お前たちが魔王なんて作り出したから……!」

「…………。」

 テスラは、血に塗れた荒い息のハルバートの胸ぐらを掴み上げ迫った。

 ハルバートの疲労した目は、しかし、テスラの目を真っ直ぐと見返しながら

「これで終わりの筈だった……死霊術を解かなかった、裏切り者がいる……げほ」

 血痰を含む激しい咳き込みをし、苦痛に呻いた。

「それは誰よ!」

「テスラ、一旦は回復させた方が」

「致命傷ならとっくに死んでるでしょ!」

「……私たちには、“鉄の契り”がある……名を明かせば、私は死ぬことになる……」

 鉄の契りは儀式術の一種であり、任意の行動をした場合に罰を与える事が出来る拘束魔術だ。

 テスラは舌打ちをして、掴んでいた胸ぐらを離した。

「鉄の契りなんてたかだか第三者へ伝えるという認識の火薬に、発声と筆記に及ぶ行為が起爆するだけよ。

 私が関わった連中の名を挙げるわ。当たっていたら黙って頷きなさい」


「ユニバーシュ、ゲルニカ、ファウストの三人でしょ」

 ハルバートは一度、呼吸を整えてから……頷いた。

 鉄の契りはテスラの言う通り発動せず、ハルバートはホッと胸を撫でおろした。


「やっぱりアイツら!」

 ハルバートが認めた三人は、三大国現行の首脳陣が魔王に殺されたことで出世した“次世代”の首脳たちだった。

「だが、待て。

 ユニバーシュ大神教主は実質、自国の領土である神都を魔王の魔物化の変性術によって失ったも同然だぞ」

 確かに、ハルバートが計画外に重傷を負ったことに危機を感じ、テスラに対して助けを呼びに来たのはユニバーシュ大神教主だった。彼の慌て様が演技のようには思えなかった。

「ゲルニカとファウストが人間を裏切ったってこと?

 狡猾なアイツらがやりそうなことね」

 テスラは奥歯を噛み締め、爪が手のひらに食い込む程に拳を握り締めた。

「クソ死霊術師共を全員殺してやる」

「待、て……げほ、そんなことをすれば、お前は世界を敵に回すことになるぞ……」

「だから何よ?

 生まれたときから、世界は私に味方なんかしてくれなかった」

 ゴロゴロゴロ! 雨足が強くなり、黒雲の中で雷が唸り出す。

「最初はお前よ、ハルバート!」

「早まるなテスラ! コイツは少なくとも」

「容赦する必要が何処にあるっていうの!?」

 そして———ズガァアアン!

「!?」

 テスラたちのすぐそばに巨大な雷が落ちた。



 テスラたちは咄嗟に引いた身を恐る恐る戻し、雷が落ちて抉れた地面の方を覗き込む。すると、抉れた地面の中を、チカチカと激しく点滅する雷が蛇のような形を模して、高速で駆け回っているのが見えた。

「な、なに?」


 〈全く! 死んでしまうとは何事だッ!!〉


 耳元で雷が落ちたかのような轟音がテスラたちの鼓膜をつんざき、三人は思わず耳を手で押さえる。

 〈テスラ! 我が賢者である貴様がいながら何だこの不甲斐ない結果は!?〉

「こ、の、馬鹿デカい声はまさか———ゴルドー!?」

 陥没した地面の中から飛び出した雷の蛇はテスラの眼前で眩い閃光を放った。

 〈この輝かしき黄金の煌めきがゴルドー以外に出せると!? 否! 黄金の竜ゴルドー以外になし!〉

「そんなの知らないわよ!」

「は、八竜が、能動的に干渉してくるなんて———一体、どうなっているんだ?」

 ヤドゥフは目を丸め、テスラやラタの周囲を高速でぐるぐると駆け回る雷を呆然と見る。

「そうよ、導きの勇者であるラタがどうして死んでしまったの!?

 八竜は運命を司る神ではないの!?」

 〈我らが八竜は運命を司る神である!

 だが、八竜同士の導きが混線した場合はその限りではない!〉

「まさか、俺のことを言っている訳じゃないよな」

 ハッと振り返るテスラに、青の賢者ヤドゥフは慌てて釈明した。

「銀青の竜スティール様は、勇者と魔王の戦いを記録せよ、と仰っただけだ。

 確かにその後、俺の意志で戦いに干渉したが……」

 〈スティールの導きによる干渉など微々たるものだ!

 他に干渉事象は数多あるが! 最も問題なのは!

 “魔王自身が八竜の力を有している”ことだ!〉

「!!」

 ビシャーン! 再び雷が落ち、木に凭れ掛かるハルバートの足元ギリギリを焼いた。

 〈赤月の竜モーヌ・ゴーンの骸を基礎に、半死霊の魂を固定したな!

 人如きが、我らが神の身体を利用するなど言語道断である!

 貴様の献身に情状酌量を与えたファルカムの顔に泥を塗りよって! 所詮はザガの血脈! 八竜に仇をなす血は争えんな!〉

「…………。」

 ハルバートは何かを言いたげだったが、血痰の絡んだ咳をして、割れた肋骨に響く激痛で腹部を抱えた。

「ゴルドー、あなたが導きの勇者と言ったラタは死んでしまった……。

 あなたが彼をこの戦いに巻き込まなければ、彼は死なずに済んだのに!」

 〈戦うことを選んだのは貴様だ! そして、この男も同じだ!

 運命とは無数にある選択の足跡である! 導きを基に歩みを決めるのもまた貴様らの選択なのだ!〉

「———っ」

 テスラは、バチバチと放電するゴルドーに向けて握り締めた拳を振るうが、フォン、と空しく空を掻いた。

 〈だが、魔術しか能がない貴様では魔王には勝つことは叶わぬ!〉

「大きなお世話よ!」

 〈金の黙示録は持っているだろうな?〉

 一度押し黙った後、テスラは“召喚術”を唱え、手の上に金色の分厚い本を呼び出した。それを確認すると、ゴルドーはヂヂヂと電気を蓄え始め———。

 〈これは異例なことではあるが、魔王を倒す為には致し方あるまい!

 貴様に八竜魔術を解する為の“叡智”を与えてやる!〉

「え」

 バシュン! ゴルドーから高速で稲妻が放たれ、テスラは反射的に魔法障壁を展開した。ただ、ゴルドーの一撃を咄嗟の判断で防ぎきれる訳もなく、テスラの頭に減弱した電撃が直撃する。

「う、うぅ……」

 頭をジクジクと大きな針で刺されるような痛みに、じわりと垂れ落ちる鼻血。飛翔の風魔術を維持していることも困難になり、テスラはその場に座り込んでしまった。

 〈これで貴様は神の領域たる黙示録の一部を理解することが出来るようになった!

 だが心得よ! 我は貴様を見張っている!

 神の力を乱用するようならば! 我ら八竜が貴様を処すだろう!〉

 ゴルドーがそう言い放つと同時に、空が共鳴するように怒鳴る。

「わ、たし…に、何を……させるつもりなの?」

 ふらつきながら浮かび上がり、雨で濡れた顔ごと鼻血を拭うと、テスラは恐る恐るゴルドーの導きを尋ねた。


 〈“勇者の死霊術”を使い、勇者を蘇らせるのだ!〉

 ゴルドーはその馬鹿デカい轟音で、賢者に“死霊術”を許した。


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