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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
202/212


 雪のように白い肌、長い銀髪、碧眼。線の細い輪郭の割にしっかりとした筋肉質を持つ、エルフの男。

突然現れたその男に、ラタは歓喜の声を上げた。

「ヤドゥフ! 来てくれたのか!」

「全く、世話の焼ける奴らだな」

 ヤドゥフは、汗ばむほど暑い日だというのに白い息を吐きながら気障な笑みを浮かべ———トゥン!トゥン! と、続けて、指先から魔王に魔術を放った。

 バキバキ! 魔王の足がみるみる凍りつき、身動きが取れずにその場に立ち止まる。

「どうして魔王に魔術が」

「魔法障壁の厚い敵だろうと誰でも0領域ってのが必ず存在するからさ」と、説明して、彼はゆっくりと見えるよう指先に小さな氷の弾丸を作り、魔王に向けて撃った。氷の弾丸は魔王の魔法障壁を貫通して衝突し、凍結の氷魔術を発動させた。

「純物質の鞘……!」

「その通り。やはり賢者は見る目が違うな」

 テスラはヤドゥフの周囲に冷気が漂っている理由を探していた。その理由がはっきりした。彼は自分の周囲の空気を冷やし、空中の水分を集めて凍らせることで、魔力で作り出した氷ではなく、“純物質”で出来た氷を作り出していたのだ。

「氷の弾丸に魔術を内包し、衝突した威力で氷が割れた瞬間、魔術を発動させる。

純物質である氷の鞘を纏っている為、内包した魔術は魔法障壁の抵抗を受けず、相手の0領域───つまり、魔法障壁が存在しない場所で魔術が発動する仕掛けだ。

なかなかクールだろう?」

 そう易易と出来る魔術技術ではない。賢者である事を疑う余地はなさそうだ、と、テスラは問うまでもなく確信した。


 ギギギ……。魔王の歯軋り音が冷えた空気によく響く。凍結の氷魔術で凍らせた足腰が、少しずつだが動き出していた。

 だが、その隙にヤドゥフは詠唱を終えていた。

 ギュイン、と、魔法陣が魔王の周辺に浮かび上がり───魔王を“遥か上空”へと転移させたのだ。

「そして、ドーナツ型に整形した術式で奴の魔法障壁の外側から中心に向かって魔術を放てば、ご覧の通り有効というわけだ。魔王は無敵じゃない。

 まあ、そんな変形した術式で構築出来る魔術はそう多くないがな」

「ヨクワカランガ、スゲー」

「ええ……凄いわ。理論上は理解出来ても、実際の技術の面になると出来ない話だもの」

 ふっ、と気を良くした気障なヤドゥフは、コートのポケットから凍ったみかんを取り出し、優雅に皮を剥きだした。

「落下程度で死ぬ奴じゃないだろうが、地竜山脈の奥地にまで飛ばしておいた。どんなに早くとも10日は戻って来られない筈だ。

 その間に、募る話があるだろう?」





「よくやった! 恩を売りたかった人間共が死んじまったのは寂しいところだが、何はともあれ結果オーライだろう!」

 ゲルニカは上機嫌で血のついた玉座に躊躇うことなくドサッと座った。一時は混乱したドワーフ軍も皇帝ガロウへの反逆がゲルニカの手によるものだと理解すると、一部を除いて素直に跪いた。ドワーフの決闘文化は本当のことらしい。

「約束、守ってくれよな」

「おう、わかってら」

 ゲルニカは部下のドワーフを通じてオリハルコンの一塊を持ってこさせた。赤子程はある琥珀色の鉱石は「重ッ」ラタがギリギリ持ち上げられるかどうかという最重量のものであった。ゲルニカは出し惜しみをしなかった。

「オリハルコンを加工出来る奴は限られている。

 俺様の知り合いの鍛冶屋を紹介してやろう」

「お、サンキュー、ゲルニカ」

「ゲルニカ様、だ!」


 ゲルニカの紹介で地底国でも腕利きの鍛冶屋を訪れると

「あ! あんたはあのときの!」

 神国ユイフォートの広場で処刑されそうになっていた若いドワーフと再会した。

「おお!元気そうだな!」

「あんたのお陰で故郷に帰ることができたよ! ありがとう!

 ところで今日は何の用件で此処に?」

 魔王と相対す為にオリハルコン製の武器が欲しいことを告げると、若いドワーフは腕を振るうと張り切った。

「大体どれくらいで形になりそうだ?」

「3か月近くはかかるかな」

 そして、何に加工するかを事細かに決め、鍛冶場を後にした。



「魔王が使役死霊である可能性を、俺は考えている」


 ゲルニカの屋敷に泊まらせて貰うことになったラタたち。食事を終えた後、ヤドゥフは今まで調べてきた事を話し始めた。

「そんなまさか───そんなことが許されるというの?!」

「許されないさ。

俺も傍観している場合じゃないと導きの勇者を追ってきたんだ」

「……使役死霊ってなんだ?」

 ラタの疑問にヤドゥフはやれやれと溜息を吐きながらも説明する。

「魔王は何者かが操って動いている、という可能性を俺は言っている。つまり、死体人形さ」

「なんだって!?」

「まだ可能性の話ではあるが、神国、地底国の首脳陣が確実に殺されている。これが単なる魔物の仕業とは思えない」

「だ、だけどよ、各国のお偉いさんを殺して何がしたいってんだ? 世の中大混乱じゃねぇかよ」

「そこが俺もわからない。

 最初はオーバル大神教主を恨む何者かの仕業かと思ったが、ガロウにまで手を出したとなれば、狙いがわからない。

 各国の首脳陣を襲撃するつもりでいるのなら、次はナラ・ハのウェーヘル族長になるだろう」

 ウェーヘル……その名を聞いた時、テスラは嫌そうに顔をしかめた。

『例え魔王を倒す力を持った者であろうと、この神聖な森に汚れた血があってはならない』

 エルフたちにバレないよう、耳を隠して暮らしてきたテスラだったが、地竜平原での戦いのとき、魔王との戦闘中に耳を隠している余裕などなく、多くの者にハーフエルフであることが知れ渡ってしまった。

 それでも、魔王撃退の功績を買ってくれるだろうと願ってナラ・ハの森に帰ると、彼女の住まいは既に差し押さえられていて、魔術師協会からは杖を向けられ、ウェーヘルの口からは国外永久追放を告げられた。

 神国のオーバル大神教主と違い、ウェーヘルにとって、金の賢者の力はさほど必要としていなかったのかもしれない。何故なら、彼の下には既にもう一人の“賢者”がいるから。

「ウェーヘルは極力他人に接触しない男だ。話を通せるとすれば、奴の側近でもある“黒の賢者ファウスト”だろう」

 その名を聞くとテスラの耳がピクリと跳ねた。

「ファウストなんかに協力を申し出るぐらいなら───」

 テスラの強情発作が出る前に「まあまあ」ラタが抑える。

「俺が調べられる範囲を優に超えて、あの女は死霊術に通じている。魔王のことも何かしら知っているかもしれない」

「ほら、テッちゃん、ヤドゥフもそう言っていることだしさ」

「…………。」

 オリハルコンの武器が出来るのにも時間がかかるため、ヤドゥフの意見を取り入れたラタとテスラはナラ・ハを目指して西に向かうことにした。





 その夜のこと。

 コッコッコ。

「どうしたテッちゃん、眠れないのか?」

 使用人の為に用意されている部屋を、一人一室貸し与えられていたラタたちだったのだが、テスラはラタの部屋の扉を叩いた。どこか浮かない顔をしている。

「決してそういう訳ではありません。得体の知れないゲルニカの屋敷の一室で、一人無防備に眠るという危険行為をしたくないだけです」という、テスラの独特過ぎる甘え方にラタは思わず笑みをこぼした。

「笑い事ではありません」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だと思うけどなあ、まあいいや。ベッドいっぱいあるし」

「失礼します」

 ラタの部屋に入ってきたテスラは真っ先に、警戒心を剥き出しにして部屋の中を確認し始めた。

「埃以外はなさそうですね」と、素早く確認を終えると、ラタから二つ離れたベッドの中にささっと入り、頭が隠れるようにシーツを被った。その姿はまるで大きな饅頭だった。

「前から思ってたけどよ、どうして小っちゃく丸まって寝るんだ? 雷でも怖いのか?」

「違います」

「苦しくね?」

「耳を隠していないと落ち着かないんです」

「耳? もしかしてハーフエルフだからってか?」

 ビクッ、と、シーツの塊が身動ぎ

「……ゲルニカにでも教わりましたか、穢れの象徴とでも」

 恐る恐る、不安そうな顔をシーツの甲羅から出した。

 ラタはずっとテスラを“人間”だと思っていた。実際、出会った最初の頃は、テスラが魔術を使えることに対して、人間なのに?と疑っていた程だった。だが今、彼はハッキリとテスラの地雷を踏んできた。

 今までテスラに優しかったラタが、真実を知って変貌するのではないかと、恐恐としながら彼の言葉を待っていると

「確かになんやかんや難しいこと言ってはいたが、俺は別に気にならないぜ。色んな人がいていいじゃん。テッちゃんはテッちゃんだろ? 俺にとってはそれだけで十分さ」

「ラタ……」

「短い耳、可愛いじゃないの」

 ラタはニカッと笑いかけ、テスラの不安を拭い去った。


「なあテッちゃん、魔王を倒した後は何したい?」

「いきなりどうしたんですか?」

「いや、どっかでいい男捕まえて子ども作って暮らすのかなーってぼんやり思ってさ」

「……ラタ、ハーフエルフには生殖機能がないのです」

「えっ、そうなの すまん」

「しかし、そうですね……どこか安心して暮らせる居場所があれば、それ以上多くは望みません」

「謙虚だなあ、もう少し欲かいても罰当たらないだろうに」

「そう言うあなたはどうしたいのですか」

「俺? 俺はお姉ちゃんたちにちやほやされながら酒飲んで暮らしたいね!」

「忘れていました。そう言えば変態でしたね」

「今度向かうナラ・ハって、テッちゃんの故郷なんだろう?」

「故郷と呼べるような場所ではありませんが」

「ファウストっていう黒の賢者とは知り合いなのか?」

 その名を聞くと、テスラはぶるると震え

「あれは……クズです」と、呟いた。

「表の顔はウェーヘルの忠臣ですが、裏の顔は人体実験や拷問を行う秘密部隊の長です。

 死霊術に詳しいのも、数多くの人体実験の賜物でしょう」

「そんな奴がテッちゃんたちと同じ賢者だなんてけしからんな」

「賢者の肩書きは八竜に認められたかどうかでしかありません。八竜は私たちを実力でしか見ていませんから、人らしさなんてどうでもいいのですよ」

「じゃあゴルドーさんに勇者と認められた俺は実力で選ばれたってことか」

「それは今でも不可解なところです」

「えー」

 ショックを受けるラタを尻目に、鼓膜に張り付いてくるような囁きを思い出したテスラは、咄嗟に耳を塞いだ。

『あなた、ハーフエルフでしょう?』

テスラはファウストに恐喝され、裏の仕事を手伝わされたことがある。そのときの記憶が瞼の裏に映る。

「…………。」

 シーツの中で丸まって震えるテスラを見て、そっとベッドから立ち上がったラタは

「悪い、嫌なこと思い出させちまったか」

 シーツの上からテスラの背中をぽんぽんと叩き、隣のベッドに腰掛けた。

「俺がここで見張っててやるからさ、安心して眠りなよ」

「……すみません」

「いいってことよ」

 それからしばらくして、瞼の裏に焼きついた暗い過去も徐々に薄れていき……そのうちテスラは自然と寝息を立て始めた。生まれて初めての、自分の耳を気にすることのない熟睡だった。





「ま、待て……! 私の話を───」

 ぐしゃ。初老の男の顔が潰される音がレンス・タリーパの血塗られた王の間に沈む。消音の変性術がかかった空間の外には、男の悲鳴は小鳥のさえずりにも聞こえない。

「さようなら、ウェーヘル。血に塗れた悪しき族長よ」

 お世辞にも悲しむ素振りもない女の声、白いヒールを赤く化粧するよう、ブルーエルフの女はウェーヘルの血だまりを踏む。青い髪をかんざしで優雅に束ね、顔の輪郭は狐のようにシャープに尖り、目つきはなまめかしい。

「オーバル、ガロウ、ウェーヘル……これで三か国の愚かな王たちは死んだ。これからは“私たち”の時代よ」

 ふふふ、と笑うその声を、一人の人間の男が聞いていた。

「約束は守ってくれるんだろうな、ファウスト」

 くすんだ色の金髪を項で一つ結びにし、髭を綺麗に切り揃えた男。その目は深い青色で、鼻は高く、眉間の皺が深い。

「勿論。私たち“4人”の間には鉄の契りがあるのだから。そうでしょう、ハルバート」

「…………。」

 ハルバートと呼ばれた男は渋い面を更にしかめて、真一文字に硬く結んだ口から出なかった溜息を鼻から出した。

「そろそろ守衛を気付かせなくては。巻き込まれたくなければ早く此処から去ることね」

「ああ、そうさせて貰う」

 そして、ハルバートが“魔術を唱え”、転移していったのを確認してから


「ああッ! ウェーヘルッ!!!」

 ファウストは消音の変性術を解き、甲高い悲鳴を上げつつ、業火の炎魔術を放った。

「大丈夫ですか!?ファウスト様!」

 すぐさま駆けつけてきた守衛たちは、その凄惨な光景に息を呑んだ。


 黒の賢者ファウストの魔術を無効化し、族長ウェーヘルの死体を静かに見下ろす、“魔王”が立っていたからだ───。



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