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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
2/212

第2話 悩ましい尻拭い

(さて、ほんとに どうしよう……)

 教会にたむろしていた女神教団の魔物共を、ネロスは倒してしまった。

 その喧騒けんそうと、奴らが隠してきた死臭に気付いた奴らが―――此処に押し寄せてくるまで、あまり猶予ゆうよはないだろう。

(キヌノ村に勇者が現れる……王国に下された女神の予言が筒抜けであるほど───情報収集に長けた鬼将バーブラなら、間抜けな部下が寝ているうちに勇者を逃がした事も知っているかもしれない。

 上級の魔物が倒された時点で、勇者がこの町に来ていると踏んで攻撃命令を出すかもしれないし、身内をやられた魔物たちがバーブラの判断を待たずに攻撃してくる可能性も十二分にある。

 私が直ちにやらなければならないのは、この場を穏便おんびんに済ませる事だ……ただ、トトリの自衛力は残っていないし、王都から応援が来る筈もない……山向こうの港町ポートから応援を要請出来たとしても―――)


「うわあああああああっっ!!!」


 恐怖で声を出せず、震えていた赤服の子はようやく生きていることを実感し、同時に絶望を味わった。子ども一人が教会へふらりと現れるような服装ではない……恐らくは親と共にいたはずだ。

「怖かったよね」

 その子に寄り添うべき気持ちはわかるが、この事態をどう解決すべきか、知恵の一つ出しやしない勇者の背中を蹴飛ばしたくなる衝動に駆られた。

(そもそもコイツのせいなのよ……全部コイツが……、……。)


 コイツのせいにすれば―――


 私の頭に、茶番劇のシナリオが浮かんだ。

 酷いクオリティだが、茶番劇であってもその時間が 一日、いや、半日であっても欲しいのだ。

「ネロス」

「ん?」

「腹の底から低い声出せる?」

 困惑顔のネロスは「あ……あ゛あ゛あ゛」声変わり前の男子が喉から絞り出すようなだらしないしゃがれ声だったが、地声よりは“マシに”聞こえるだろう。

「いい? 今から私の言うとおりに演じて」




 

「め゛し゛を゛も゛っ゛て゛こ゛い゛!!!!

 さ゛も゛な゛け゛れ゛ば゛こ゛の゛ガ゛キ゛を゛――ゲボッ!ゴホッ!!

 ぶ゛っ゛こ゛ろ゛す゛ ぞ゛お゛お゛!!!!」

「うわあああああ!!!! ママぁあああ!!!!!」


 自分でやらせておいて見るに堪えない……己の才能の無さに胸焼けが悪化してきた。

 とんだ無茶振りに付き合わせて申し訳ないと思いつつも、ナロ(生き残りの子)の演技の方が巧いし、主役がぶっつけ本番冒頭からむせるだなんて、見苦しい上に大変聞き苦しい。こっちまで恥ずかしくなってくる。

「お、落ち着いてくれ! すぐに飯でも何でも持ってくるから!!」

 しかし、いくらずぼらな演技であっても、山になった人の死体をバックに“ドッツェンと呼ばれた魔物“が泣き喚く子供をひけらかす場面に対し、少なくとも魔物たちは混乱するだろう────中級以下の魔物が”ドッツェン様“と口走っていたのだから、奴は少なくとも部下に指示を出せる立場の筈だ。


「だ゛れ゛も゛ぼ゛――お゛れ゛に゛ち゛か゛づ゛く゛な゛よ゛!!ち゛か゛づ゛い゛た゛や゛つ゛ら゛は゛ぶ゛っ゛こ゛ろ゛し゛て゛や゛る゛!!! ゴホッェェゲボッ!ウ゛ウ゛ェ゛」


 教会を小綺麗に見せていた様に、相手の目を騙せる幻惑術を使えれば良かったが『魔術はダメなんだよね』とネロスはほざくし、悔しいことに私も彼にとやかく文句を言えない程度の腕だ。

 私は魔力こそ人間では多い方だが、使いこなせる魔術は主に召喚術で、他に単独の属性魔術と……物の性質を変化させる、初歩的な変性術ぐらいだ。


 動くドッツェン(死体)の仕組みは単純で────


「うぇーっ」

「ミト、大丈夫?」

「最低よ!もう!」


 先ず、ドッツェンの……私の胴体並みに大きい生首……とッ、私の背丈ぐらいある片腕、片足をぅ……粘着の変性術で、切断面に無理矢理くっつけ……メチャァァ……うぇーっ。

 くっついた周りが血でギトギト「いぃーやーっ」だが、そこら辺の布や服の切れ端でそれとなく隠し「手伝う?」「言うの遅いッ」急いで、ドッツェンの四肢と後頭部にナイフの先端を使って魔力の目印を刻んでいく。

「なにっなになにっ? どどどうしたの? イライラしてるの?」

「ちッがうわよ……いや、イライラしてるけど

 傀儡手くぐつしゅの召喚術……の、マーカー

 コレなしには……術が高度すぎて使いこなせないの」

 なんのこっちゃ? と描いてある顔のネロスの眼前で詠唱し、右手五本指と刻んだ目印を魔力の糸で結びつけ………

「おおっ!」

 ドッツェンの死体を魔力で起き上がらせた


 ────即席傀儡だ。

 

 ただ、手足と首の接着面がもろい上に、離れた位置から指や口を動かせるほどの技量もないので、ドッツェンの声の吹き替えをネロスにやらせている、ひどくお粗末な人形だ。


「お前ら……なんてことしやがったんだ!

 バーブラにこれが知られでもしたらっ!」

「…………」

「ぢぃがぁづぅぐぅな゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 そのためネロスには、如何なる者も教会に近づかれないよう威嚇いかくしろ……そう、私は指示していた。

 そして彼は言葉通りに……ドッツェンの太い足の陰から聖剣を地面に突き刺し────ドゴンッ!「うわあああっ!」地面の下を伝って外の魔物たちの眼前に爆発を起こした。

 地面が大きく抉れ、教会の窓がひび割れ、野次馬とドッツェンの死体が衝撃波で押しのけられ……最早演技とは思えないナロの悲鳴が響く。

 魔術ではない、魔力を肉体強化と剣に用いた技なのだろうが……彼と、あの聖剣の力はまだまだ底知れないようだ。


(だけど……此処までの実力者が今まで何処にいたというの?

 彼はキヌノ村から一歩も外に出たことがなかったのかしら……?)





「はあ…… うぇ、喉が痛い……」


 ネロスは喉を押さえてウンウンうめく。心なしか、声が掠れている。

 女神教団らは話を持ち帰ると慌てた様子でその場を後にした。私たちは安堵の溜息が漏れない様に教会の扉を閉める事が出来たが……これだけでは安心など出来ない。大きな人形の裏側を教団員に見られれば一巻の終わりだ。

「ネロス、この棚をこっちに」

 デカいドッツェンの体を座らせるため、そして奥の居住区へと向かう通路を巨体で隠すため、死体の背もたれに棚を付けた。

「これで少し時間稼ぎになればいいけど……」

 魔物共は特に使っていなかったのか、居住区は生々しい血痕けっこんのみであまり荒らされてはいなかった。板で窓は閉じられたままで、埃のついていない質素なテーブル、ひっくり返ったままの食器と、しおれた食べかけのパン。この教会に奴らが現れてから、そんなに時間は経っていないらしい。


「マ マ……、ママの、コップ……ひっぐ ママ……」

 ナロは欠けたティーカップに残る僅かな香りを嗅ぐように、無機質な陶器に頬を寄せた。

「きみは、ここに住んでたの?」

「ううん……おうち あるの…、……だけど、かえれないの」

「魔物のせいで?」

「ちがうの……かえれないの……パ、 パパが ママを いじめるから……」

 女神教会は、様々な事情を抱えて逃げてきた人々をかくまう役割も持っている。ナロとその母親もこの教会にすがって逃げてきたのだろうが……不幸が重なってしまったらしい。

「いじめるから? どうして?「ネロス」ん? え? だっておかし……いだっ!ミト!肘ッぃたい!」

「ちょっとこっち来なさい」

 怒られる理由が判っていないらしい馬鹿を引きずり「本っ当にデリカシーがないのね」呆然としたアホ面に強い言葉を浴びせた。

「あんた、言われて嫌なこととか、訊かれて嫌なことないの?」

「嫌なこと? うーん……あるよ」

「あんたは今、それをあの子にしてるの

 それも、母親が殺され、魔物に喰われかけて震えている子に」

 そう叱ってやると、ネロスのアホ面は目を丸めた後、思いの外に早く眉尻を下げた。

「あー……そっ、か そうなんだ……後で謝るよ」

 意外に察しが良い。

「さっきもベラにデリカシーがないと言われたし……デリカシーってなんだか難しいんだね」

「難しいのはあんたの尻拭しりぬぐいの方よ」

「けどさ、ミト あの子のママとパパのことはもう訊かないけど

 女神教団はどうしてこの町を攻撃しないの? アイツら魔物なのに、人の中に入ってるだけ?」

「……あんた向けに簡単な話だけするわ」

「ありがとう」

「前提として、魔物は基本的に群れて行動しないわ。

 だけど、鬼将バーブラは軍隊を率いる将軍の様に、魔物たちの統制を取って侵略してくる。

 恐らく、自分に忠実な魔物に獲得した支配地域の統治をさせ、そいつらが中級以下の魔物たちの行動を監視し、魔物全体で人を抑圧・管理しているのよ。

 ただ、礼拝所の有様を見るには……魔物たちにも不満はあるようだけどね」

「うーん、それで……簡単な話って?」

「……バーブラに、あれやれこれやれうるさく言われるけど、本当は好き勝手やりたいからイライラするってこと」

「それは大変だ……少しばかり魔物に同情しちゃうね」

「しないわよ」


 この教会を根城にしてドッツェンらは、10にも満たない数で───残っている骨をざっと数えて───百人近い人を、数日で食い散らかしている。

 さっき赤服の一人が口走った

『お前ら……なんてことしやがったんだ!

 バーブラにこれが知られでもしたらっ!』

 この言葉が、トトリの魔物たちがバーブラの命令や指示を無視して、一定以上の人を隠れて食い殺している……という意味なら、奴らの混乱ぶりをどうにか利用できる道があるかもしれない。


 しかし、私はそもそもバーブラと正面からやり合うために勇者を迎えに来たわけじゃない。下調べも前情報もほとんどなく、確信なんてない。

 無策であるよりかは幾分マシな結果に繋がる事を、祈るばかりだ……、……祈るといえば……。


「ネロス、その聖剣に宿る女神があんたに予言を出すことはあるの?」

「ベラが?

 そうだなぁ……毒キノコを食べるのはやめなさいとか、今日は筋トレをやめて早く寝なさい、とかは言われるけど」

 聖剣に宿っているのは女神なのやら、保護者なのやら……。

「じゃあ……もう一つ聞かせて

 あんたが予知夢を見て、起きるのに、どれくらい時間がかかる?」


 流石に、ネロスは私が“言いたいこと”を察したらしい。


「予知夢の力は僕が自由に調整できるものじゃないんだ。

 知りたい未来を選ぶことも出来ないし、その見た未来がいつ、何処で起きることなのかまではっきり分からないことの方が多い。

 それに、予知夢を見ている最中に“起きる”ことも出来ない。無理矢理起きようとすると、金縛りに遭うし、眠ったままふらふら徘徊することさえある。

 時間は……多分、短くても3時間は眠ったままかな。

 それでもいいのなら、やってみるよ」

 私は一度、懐中時計の時間を確かめてから、頷いた。

「もう間もなく夜が明けるわ。いくら何でも魔物共は戦うことを控える筈」

 魔物の強さは、日が照っていればいるほどに弱まり、月が照っていればいるほどに高まる。

 つまり、三日後に満月となる好条件を奴らが使わない道理はない。

 早急な行動を起こすとしても、次の夕暮れまでは待つだろう。

「ただ……万が一、魔物たちが真っ昼間に現れたら、私は勇者を逃がす。トトリも他の人たちすべて諦めてでも」

 私の意向に対して、彼はよく動く眉間で不満を表した。だが、私は譲る気などない。

「私は勇者を迎えに来た。

 トトリを取り戻すために来たわけじゃないの」

 事態悪化の自覚はあるのだろうか、彼からは何も言い出しはしなかった。

 勿論、そうなっては欲しくない。その為にこの教会から逃げずに立てもったのだから。その甲斐ある道が、彼の予知夢にも現れてくれればいいが。

 部屋に戻り、形見になってしまった母親のカップを抱きながらすすり泣く子を寝かしつけた後、ネロスもまたのそのそと横になって目をつむった。しかし、いつまで経っても瞼がぱちぱち開きやがる。

「さっさと寝なさいよ」

「え、あ、……うん」

「何よ」

「見られているとちょっと……緊張して」

「繊細」

 視線を数秒だけ外し振り返ると、ネロスはすぐ穏やかな寝息を立て始めた。

 試しに彼の鼻をつまんだり、頬をつねったり、揺さぶったりしてみたが、目を瞑ってから1分も経っていないのに、彼が起きる気配はなかった。



 女神期832年 王国夏季 三月九日  



(私も出来ることはやらないと……)


 私も目を瞑り、時間を掛けて慎重に、術式を積み上げるように……魔力を練った ────── ─── ── ─ … …。


 瞼の裏の 暗闇が……木漏れ日を浴びるように 広がり……トトリの町の上空を 滑空する視界が………映る。


『よう、ミト そっちは何とか時間稼ぎできたか?』


 風を切る轟音の中でも頭の中にハッキリと認識出来たのは、ホズの声だ。

 私は今、契約している鷹王ホズの感覚に自分の意識や感覚を重ねている。契約者と感覚を共有する召喚術の応用だ。


「連中の様子は?」

『魔物らしく、ドライだな』


 私はホズに女神教団の動きを見回るよう依頼していた。喋りさえしなければ、ホズは王国の国鳥であるただの鷹に見えるし、路地裏に集まるカラスを扱き使って情報伝達も独りでに出来るからだ。

 ホズが集めてきた情報によると、上級の魔物ドッツェンがおかしくなったという魔物たちの……又聞きの又聞きの又聞きの結果

『ドッツェンが離反した』

 という幼稚な伝聞ミスを起こし、上級の魔物たちに伝わっていったらしい。俄には信じられないような話だが、奴にそういった前科があるのか、その誤った情報に特に疑問を抱くことなく、寧ろ人を食い荒らしている一件をドッツェン一体に“なすりつけ”ようとしているのだとか……他の連中もやっていやがったか。

『三日後の満月、バーブラが王国側に視察に来るそうで、奴らはその前にすべて片づけておきたいようだ。

 まあ、恐らくバーブラは元々、勇者に逃げられちまった間抜けのおとがめに来るつもりだったんだろうがな! ハハッ!』

「ホズちょっと待って バーブラまで来るの?!」

『だから、昨日の夕暮れ時には、北の王都側、南西のレコン川方面、南のタタリ山側の門に急遽きゅうきょ検問を敷いていたそうな。

 すぐに王都へ行こうとしなかったのは……案外、最適解だったかもしれないぜ』

 私は思わず息を呑んだ……検問を敷かれる情報伝達と指示の早さも然る事ながら、ネロスの予知夢にもだ。

 私たちはキヌノ村から最短でトトリまで降りたし───不眠不休で一日中、魔物が我が物顔で往来する町を早足で歩き続ける体力があったとしても───昨日の夕方までに北門へ辿り着くのは無理だった。魔物たちの情報伝達の速度は、私たちを軽く追い越して町全土に伝わっている事になる……。

 ネロスは……魔物たちが仕掛けた包囲網の中に、既に自分たちが入っていることを知ってナロを助ける判断を下したのか? それとも、自分たちにとって最良な結果となる予知夢を見るだけなのか……どちらにせよ、彼の予知夢は彼本人の純粋な力量よりも遥かに……重要な能力なのかもしれない。


『んで、女神に愛されている勇者様は今、何してるんだ?』

「寝てる」

『敵陣のど真ん中でおねんねか?

 せめて予知夢の見応えがあるように願うぜ』

「トトリの人側の動きは何か見つけた?」

『ああ。今、ソイツのところへ向かってる。

 そろそろ降下するから、酔うなよ』

 ホズの視界から見るに、トトリの南西、レコン川沿いの……地竜山脈の麓にある辺境の屋敷群跡へ向かっているようだ。


 トトリを含めた王国の南側が魔物に支配される前は、王国と神国の間を取り持つ……王国貴族の中でも抜きん出た軍事力と統治能力を誇る“グランバニク侯爵”が統括していたが……彼らは魔王復活後の大災害と、それに乗じた動乱の中で滅ぼされたと聞いている。

 町の大広場よりも広大な屋敷は見る影もなく嵐と雷によって破壊され、その頃から復興されることなく瓦礫と更地が残り……魔物の腹へ納めるワインとなる、赤いブドウ畑がその周りに広がっている。

 朝日が射し込み、魔物たちの気配が少し収まってきた頃……ホズが静かに降り立ったのはあばら屋で、屋敷群から少し離れた、赤いブドウ畑の間にあった。開けっ放しになっている錆びた窓枠に足を掛け、ホズは器用に家屋の中へ入る。

 外面の荒れ具合に似合わず、内部の埃は少ない。土でわざわざ汚したような真新しい布の下には、地下へ降りるものだろう入り口が隠されていて、特有のカビが至る所にこびり付いていた。嗅覚の共有こそしていないが、恐らくはワインの匂いがしているのだろう。

 コツコツコツ、ホズが嘴で地下へ向かう入り口をノックするように突くと、それを待っていたかのように召し使いらしい老齢の男性がホズを素早く招き入れた。


「お待ちしておりました

 奥の作戦室へお連れ致します」

 カビに覆われた、湿り気のあるレンガ造りの通路をしばらく進み、袋小路にあるワイン樽、その中に隠されたレバーを引くと……人の背丈よりも大きいワイン樽の蓋が器用に開き、一際大きな空間に出た。

 そこはまるで、小さな教会のようだった。

 窓がない上に、天井が低い。閉塞感と圧迫感のある───金と白磁の陶器と空色のガラスで統一された壁画や装飾。

 目を瞑り、笑みを浮かべないのが特徴の女神の始祖、大女神テスラの銅像を始めとして、第六期までの女神像が祭壇で祈りを捧げる者を見下ろす────旧・女神教団の代表的な様式であり、断罪の間の造りだ。

 そして、女神たちの像の前、祭壇から少し離れた場所に置かれるべきチャーチベンチの代わりに大きな円卓があり、そこに老齢で退役した騎士のような面々が緊張した顔つきが並んでいる。その中央に、異色な雰囲気を持つ大柄な……女? が座っている。


「初めまして マイティア様」


 それは……もう、ホズを介しているというのに鳥肌が立つ程、低い声だった。よくみれば、化粧で隠しきれていない剃った髭痕が見え、喉仏はえらく立派だ。性別はまあ……男だろう。

「私の名は、ロウ・グランバニク侯爵

 ですが、今は シスター・ロウ そう、お呼び遊ばせ

 “姫様”」


 大変失礼な話と思うが、シスター・ロウは大変判りやすい大胆不敵な女装をしていらっしゃる。

 明らかに女性とは思えない分厚い輪郭で、遠目でも判る厚い化粧に目立つ真紅の口紅。白髪混じりの長い黒髪を束ね、長い睫毛まつげをパタパタと羽ばたかせている。これで魔物が騙せるのであれば、彼は……あー、彼女はとても“幻惑術がお得意”なようだ。


「グランバニク侯爵、お初にお目に掛かります。

 ハサン王の末妹、マイティア・フォールガスと申します」

 ホズを介して、言葉を送る。

 シスターは……くねっ、と首を傾げて…… 

「やーねぇ~爵位はとっくにないしぃ、書面上殺されちゃってる私をそう呼ぶのはよしてよぉ~お堅いわ~リラックスリラックスぅ~」

「…………。」

「あらやだ、鷹王の目の奥からものすごい嫌悪感を感じるわ……。

 マイティア様はこういうのストレスに感じる御方?」

「フランクに話して構わない、という意味なら歓迎します

 社交辞令は、苦手なもので」

 ある意味で……その言葉が皮肉に聞こえてしまったか、役立たずな王族が……と、苛立った取り巻きの口が動いた。音にはなっていないが、そう舌打ちする貴族たちがいる一方で、シスター・ロウは気にする素振りを……少なくとも私に見せなかった。


「姫様がこの町にいらっしゃったのには理由がありましょう?

 私めに、お教えいただけますかな?」

2022/7/14改稿しました

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