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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
199/212

 


 ゲルニカの手引きで神官兵の装いを手に入れ、ある程度自由に地下牢を歩き回れるようになったラタは、テスラの手錠の鍵を探しに地下牢を探索し始めたとき、空気の異変にそれとなく気付いた。

(なんだか気持ち悪いな……空気が重いぞ)

 五臓六腑を圧し潰してくるような淀みと、嘔気。背中に張り付いてくる湿った冷気。しかし、それが何処から来ているものなのかがさっぱりわからない。

(いや、今はともかくテッちゃんの救出が先だ)

 焦燥感に駆られたラタは地下牢を駆け足で回った。



「全く……まだ折れんとは強情の権化だな、あの女は」

 オーバル大神教主は一人、レアに焼かれた分厚い肉を苛立たしくフォークで突き刺し、赤ワインと共にそれを胃に流し込んだ。

 テスラが神都に到着してから既に一月近く経つと言うのに、彼女の態度にまるで変化が見えないことに内心、彼は焦りを見せていた。

 魔王がまだ倒せていないという知らせも彼は初耳だった。こうなると、いざという時にテスラに魔王と戦ってもらわねばならない為、これ以上、彼女の力を削ぐことはしたくない。だが、彼女の言う通り、思考を書き換えるような高度の幻惑術を人間が使えない以上、暴力で彼女を躾けるしか方法がなかった。

(次こそはあの女を跪かせる……その方法を考えておかねばな)


「失礼いたします。オーバル大神教主」

「何用だ、ユニバーシュ大神官」

 食事を終えたオーバル大神教主の元に、側近でもあるユニバーシュ大神官が現れた。

 オーバルと同じく剃髪の、肉付きの良い身体。オーバルよりもかなり若く快活な青年という印象のユニバーシュ大神官は、十字軍上がりの神官兵であった。その為、彼は十字軍の重役も兼任しながらも、オーバルの護衛のように扱われていた。

「ゴリアテ大神官からの資料によりますと、先日、神都の市場で捕縛された人物が、金の賢者と親しかったようで」

「なに? そんな奴がいたのか?」

「その人物はバイデン神官兵を殺害し、酩酊した状態で死刑執行を妨害、ゴリアテ大神官に暴力を振るった後に逃亡、無銭飲食までした罪で死刑判決を受け、現在、この神都の地下牢に幽閉されております」

「そんな奴が金の賢者と親しかったと? にわかには信じがたいな」

「ラタ、という名前だそうです。一度、金の賢者の尋問の際に引き合いに出してみてはいかがでしょう?」

 オーバルはしばらく考えた後「そうしてみよう」と、ユニバーシュの案を取り入れ、早速テスラを呼びつけるよう指示を出した。



 テスラが連行されるまでの間、オーバルは大神殿のテラスから青白い満月の光に照らされた幻想的な神都の風景に目を向けた。白と金に統一された建築物、神教を厚く信仰する人間が集う街。そんな美しい街並みを自慢そうに眺めているうちに、彼は突然、強い寒気を感じた。

「今日はやけに寒いのぅ……」

 彼の知らぬ間にテラスに霧状の“瘴気”が立ち込め、黒い魔が結露したかのように滴り落ちる。

 ひた、ひた、ひた……、素足で歩くような足音がして、オーバルは振り返った。


 彼の遥か背後に、一人、信者服を着た者がいた。

 深くフードを被っていて顔は窺えない。背丈やガタイは中肉中背といった風で、特筆すべき特徴はあまりない。


「迷い込んでしまったのかね? 此処は大神殿。其方が来る場所では……」

 信者はゆっくりとした足取りでオーバルに近づいていった。それに伴って、寒気が強くなってくる。

 これに鳥肌を立てたオーバルは

「衛兵!」

 声を荒げたが、常駐している筈の十字軍の衛兵が駆けつけてこない。

 いつも衛兵が立っている場所をよく見てみると「!?」衛兵がぐったりと座り込んでいた。その足元には、血だまりが広がっていた。

「貴様何者だ!? 何の目的があって―――」

 手当たり次第、近くにある物を投げて、その信者?の接近を阻止しようとするが、信者?の足は止まらず―――。

 ガツン、聖典の背で信者?の頭を殴り、フードが外れると

「!?」

 オーバルの目に、“骨”が映った。





「日に二度も呼びつけるなんてどうかしてるわ」

 ユニバーシュ大神官とその部下に連れられたテスラは不満を口にした。

 せっかくラタが彼女の手錠の鍵を探しに行ってくれているのに、その前にお迎えが来てしまったからだ。

(今まで日に二度も呼びつけられることなんてなかった……何か悪い策でも思いついたのかしら……)

 そして、両脇を抱えられ、足を引き摺られながら階段を上がっていく度に

「?」

 テスラは“魔”の気配を感じ、顔を上げた。

「あなたたち、私を魔物に突き付けるつもりなの?」

「?」

 意味が分からないといった顔をするユニバーシュ大神官、しかし、確かにみるみる魔が強く、濃くなっていく。皮膚がビチビチと毛羽立つ。最早、瘴気に近い魔だった。

(なに? さっきまでとまるで違う―――何に会わせようっていうの?)

 地下牢から出て、地表に出てくると

「うっ!」

 流石のユニバーシュ大神官たちも魔の圧力を理解したのか、足を止めた。

「確実に何かがこの大神殿に来ているわ―――私に掛けた封印術を解きなさい」

「それは出来ません。大神教主の許可がなければ、あなたの封印術を解くことは出来ません」

「その判断ミスで死ぬことになるわよ」

 そう警告するが、テスラの言う事をユニバーシュ大神官たちは無視して、より魔の濃い2階のテラスの方へと、拒む彼女を無理矢理引き摺っていった。


「オーバル大神教主、金の賢者を連れて参りまし……」


 ユニバーシュ大神官は途中で言葉を失った。

 オーバル大神教主、だったと思われるものの前に、一体の“死霊”がいたからだ。


「今すぐ私の封印術を解きなさいッ!」


 テスラは噴き出す冷や汗と共に声を荒らげた。

 だが、ユニバーシュ大神官はオーバル大神教主の死体を見つめたまま茫然と反応しない。テスラの両脇を抱えていた兵士二人に至っては

「よくもオーバル大神教主を!!」

 無闇に武器を引き抜き、突撃していった。


「死にたいの!?!

 コイツは“魔王”よ!!」


 見た目は下級死霊のスケルトンだ。だが、奴から放たれているどす黒い魔に―――テスラは覚えがあった。いや、覚えている魔よりももっと圧縮された、瘴気だった。


 ギギギ……不快な歯軋りの音が鳴ると共に、魔王がテスラたちを視認する。


 兵士たちの鋼鉄の剣が振り下ろされ、魔王の頭蓋を打つが―――ガキィン! 剣は刀身の半ばでへし折れる。そして次の瞬間には、魔王の手刀が兵士たちの金属鎧を穿ち、深紅の血を纏った。


 ユニバーシュ大神官は数瞬後に

「デ・マルモス! 汝に魔術の使用を許可する!」と、テスラに掛けられていた封印術を解除し、逃げ出した。


 それを待ってましたとばかり───テスラは手錠をかけられたままの手で術式を描き、上位魔術、電磁砲の雷魔術を放った。鼓膜を劈く雷の大砲が食卓を消し炭にしながら魔王に直撃した。

 立ち上る黒煙と帯電。確かな手応えをテスラは感じた。だが、同時に彼女の手は震え出していた。

「無、傷……っ!」

 徐々に晴れていく黒煙。その中から信者服にさえ焦げ目のついていない魔王が露わになっていったのだ。

 テスラの放った電磁砲の雷魔術は、以前、地竜平原で魔王を退ける為に使用したものと同じ魔術―――圧縮された雷の大砲を放つ、テスラが持つ魔術の中でも最も瞬間攻撃力の高い魔術だった。

 それを、魔王は同じ属性魔術で相殺するようなこともなく、ただ無傷で受け止めた。


(魔法障壁が厚すぎる!)


 魔術による攻撃はあらゆる抵抗を受ける。魔法障壁はそんな要素の一つだ。

 魔法障壁はどんな人にも、どんな魔物にも存在し、魔力量や波長によって個人差が生まれる。

(魔法障壁と相性の良い“無彩色の波長”、魔力量の上限を持たない死霊の特徴が合わさっているんだわ―――だけど、それにしたって何なのこの魔法障壁の厚さは!?)

 言うなれば見えない鉛の壁だ。厚さ数メートルにも及ぶ鉛の壁が魔王を囲んでいて、あらゆる魔術を阻止している。


「!?」

 魔王はゆっくりとした足取りでテスラに向かって歩き出した。

 テスラは飛翔の風魔術を唱え、宙に飛び上がると、魔王から慌てて距離を取った。

(魔王の魔法障壁内に取り込まれたら、魔術の発動を封じ込められる!

 踏み込まれたら殺される―――その前に)

 テスラは魔王に連続して電磁砲の雷魔術を放った。

 魔王は全く避ける素振りもなく、その全てを受けた。

(魔法障壁は魔術を相殺するけど、その分、衝突の度に削れていくもの───連続して放てばあるいは……)

 だが、テスラの思惑も空しく、黒煙の中から魔王は“無傷”で現れた。


「化け物め───ッ!」


 止まることなく一歩ずつ確実に距離を詰めてくる魔王から逃れるべく、バゴン! と、壁に逃げ穴を開ける。しかし、彼女の誤算だったのは───この大神殿のほとんどが、封印術の結界を張り巡らせている場所だったということだ。

(外に出られないっ)

 テスラは両足が使い物にならない。飛翔の風魔術で身体を浮かせる事で移動できているが、封印術の結界がある場所に入れば、飛翔の風魔術の効果が切れ、墜落してしまう。

「っ!!」

 退路がないことに焦り、もたついているうちに魔王の魔法障壁がテスラを覆う。

 その途端、飛翔の風魔術の効果が切れてテスラは地面に崩れ落ち

「うっ!」

 血に濡れた魔王の手がテスラの首を掴み、持ち上げる。

「ぐっ、うっ―――」

 徐々に頸動脈を締められ、テスラは苦痛に顔を歪ませる。必死に細い腕で魔王の手を引き剥がそうともがくが、魔王の腕は鋼鉄の如くビクともしない。

(ま ずい 息が――――)

 徐々に意識が遠のいて―――。



「どっせいッッ!!!!」



「!!」

 唐突に、野太い声が響き、図体のデカい何者かが魔王に体当たりをかました。

 その衝撃で魔王の手が一瞬緩み「うぐっ」テスラが解放される。


「大丈夫か? テッちゃん!」

「ラ、タ……! ゲホっ」


 駆けつけて来てくれたのは、神官兵の服を着たラタだった。


「ようやく此処まで辿り着いたんだ、骨野郎に台無しにされちゃたまんねぇぜ!!」



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