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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
198/212


 ラタは、過去の記憶が朧気だ。

 彼は推定十二、三歳のときに、南の漁村の浜に行き倒れていて、村人たちに助けてもらった。それ以降、村の漁師として生きてきた。

 海竜によって船が難破することも不思議ではない海域が近くにあったため、彼はそんな船の水夫か何かだったのだろうと推測された。


「んで、その時の傷が、この頭の傷、って訳よ」

「ふーん、その図体からしててっきり戦場帰りかと思ってたわ」

 ラタは額に出来た傷痕をドワーフの男に見せびらかしていた。


 神都の牢獄で。


「しっかしまあ、久しぶりの話し相手だ。

 精々ゆっくりしていけよ」

 その同室のドワーフは呑気に欠伸をして、”ふかふかベッド”に横になった。

 壮年の風貌、白髪交じりの銀色の髪をワックスで立たせ、ドワーフにしては短く切りそろえたダックテールの髭、右目が義眼、左目と肌は褐色。

 何より、牢獄の中だと言うのに、男は豪勢な指輪と首飾りを身に着けていた。

「頼みがあるんだ、“ゲルニカ”」

「ゲ ル ニ カ 様 だ。

 わきまえな、ひよっこ」

「大神殿の中に潜入したい。

 会いたい女がいるんだ」

 ラタは、テスラが大神殿と呼ばれる神都の中心部にいることまで突き止めていた。

 だが、それ以降、大神殿の強固な守りに邪魔され、どうしても内部に入り込むことが出来ないでいた。

 そこで彼が利用しようとしているのが、このゲルニカだった。

「会いたい女だ? ハッ! 俺も会いたいなァ、愛しのジュールベルに。

 俺様の屋敷で俺様の帰りを今か今かと待っているに違いねぇ」

 この男は、ドワーフの国、地底国の有力な鉱山所有者であり、地底国の皇帝ガロウの次点とも噂されていた人物だったが、そのガロウの政略により神国に囚われの身になってしまっていた。だが、持ち前のカリスマ性とどんな相手でも弱点を握る頭脳で神国の堅い役人たちを買収し、牢獄の中で一定程度の自由を許されているという特殊なドワーフだった。

 ラタはこのゲルニカに会う為、彼の手が回った役人に根回しをした後、わざと無銭飲食の罪で捕まり、バイデンの殺害、処刑妨害、逃亡の余罪数多で死刑判決を受け……まさに決死の覚悟でゲルニカに会いに来ていた。

 ゲルニカはそんなラタを歓迎し、私物の置かれた洒落た牢屋で出迎えた……という訳だ。


「金の賢者、あんたならわかるんじゃないか?」

 ラタがそう口に出すと、ゲルニカは終始笑っていた顔を固め

「はあ、なるほど? あの有名な半端者ハーフエルフね」

 耳をほじくりながら深い溜息をついた。

「他を寄せ付けない孤高の女、天駆ける最強の魔術師。

 そいつがこの大神殿にいると。

 はは~ん、さてはお前、あの女に惚れてんのか?」

「泣いてる女を放っておけない性質なんでね」

「それだけか?」

「? ああ、それだけだ」

 ラタは素知らぬ顔で頷いた。だから何か?と言わんばかりだ。

 ゲルニカは面白おかしく笑い転げ「傑作だ! そんなチンケな理由一つで命を懸けようってか? お前頭イッちまってんじゃねぇか!?」拍手した。

「そんなに面白いこと言ったか?」

「最高だね!今時そんな野郎がいたとはな!

 ああいや、俺の知り合いにも“一人”いたっけかなあ、うん、“フォールガス”、ああ、野郎は元気しているかな」

「で、どうなんだ? あんたなら出来るのか?」

「結論を出すのは俺様だ。それを急かす立場にお前はいないぜ」

 ゲルニカは髭をもしゃもしゃと撫でた後、ピン、と、人差し指を天に向けた。

「なら、こうしよう。

 テスラ・パタリウスを手に入れたら、俺を外に出せ。

 あの女の力なら簡単にできる筈だ、そうだろう?」

 これにラタは一瞬だけ渋った。何故なら彼はテスラが魔術師として名を馳せていた頃の事を知らないからだ。彼の中の彼女は隷属化の封印術を捺され、魔術が使えず、自力で歩くこともままならない弱弱しい姿だったから。

 ただ、ヤドゥフの話から、名だたる魔術師たちを返り討ちにした魔王を、一人で退けるだけの力を有していることは確実だった。八竜・黄金の竜ゴルドーにその力を認められた金の賢者であることも。

「……わかった。必ず」

 ラタが頷くと、ゲルニカはにやりと含みを持たせる笑みを浮かべた。

「やはり持つべきものは友だな、ゲハハハ!」





「私は戦争に関与しません」

 大神殿の食卓に並ぶ、まるで歓迎されているかのような豪勢な食事に一切手を出さず、テスラは椅子に座ったまま、頑としてオーバル大神教主の要求を拒んだ。

「封印術をいくら積まれようとも、あなたたちは幻惑術を使える訳ではありません。

 出来ることは、私の意志を捻じ曲げようと暴力に訴えるだけ。

 だけど、私は屈しません。

 戦争に協力するぐらいなら、死んだ方がマシです」

 綺麗に剃られた剃髪、人当たり良さそうな柔和な顔つき、ふくよかな体型。オーバル大神教主はまだ笑みを浮かべている。

「あなたが協力してくれれば、それだけ早く戦争が終わるのですよ。

 戦場に送り込まれている人々を、愛する家族の下に帰す事が出来る」

「人をしこたま痛めつけておいて情に訴えかける心情が信じられませんね」

「戦争が終われば、ハーフエルフが生まれることもなくなりますよ」

「だから何ですか? 私はハーフエルフの代表として待遇の改善を求めている訳ではない」

 オーバル大神教主は重い溜息をつき、手を後ろ手に組んだ。

「魔王、戦争の魔物。

 その討伐にあなたが参加したのは、“英雄”になる為ではないのですか?

 英雄となれば、ハーフエルフの自分にも居場所が出来ると」

「勘違いしていらっしゃるようですが、私は飼い犬になりたい訳ではありません。

 雨風も凌げないような吹き曝しの場所に鎖で繋がれ、命令を出されるなんて、屈辱以外の何ものでもない」

「魔王という化物を一人で“倒した”その力は、一国を滅ぼしかねない力に等しい。強過ぎる力は適切に管理されるべきです」

「私はあれを倒していない」

 テスラはオーバル大神教主の言葉を敢えて訂正した。

「あの化け物は霧状になって自ら消えた。倒しきれていない」

 地竜平原の戦場に、暗雲と共に現れた山の如き巨大な化け物を、確かにテスラは追い詰めた。だが、あと一歩というところで、魔王は霧状になって姿を消したのだ。

 圧倒的な手応えのなさ。そして、魔物という知能の低い筈の存在が“撤退”を選んだという気色悪さに―――テスラは当時、震撼した。

「それなら尚更のことではありませんか。

 戦争を一刻も早く終結させ、魔王を倒す。そして、その力を新たな技術として平穏な時代の幕開けに―――」

「平穏の時代? どうでしょう。あなたは私を腐った目で見下ろしている。

 あなたが思う“人”の括りに私は入っていない。そんな目を持つ人に戦争のない時代が見えるものでしょうか」

 オーバル大神教主は笑みの消えた表情で振り返り、濁った黒い目でテスラを見下した。

「大変結構。実に強情な女ですね」

「誉め言葉として受け取っておきます」

「“考え直す”時間があなたにはまだまだ必要のようだ。

 ユニバーシュ大神官、彼女を連れて行きなさい」



 大神殿の地下、石畳の牢獄に入れられたテスラは、一人になるとようやく疲労の溜息をついた。

(私は飼い犬にはならない……)

 そんな片意地の一辺倒で、この一か月程度乗り切ってきたものの、流石に全身が暴力に耐えかねて震え始めていた。オーバル大神教主の尋問の最中も、手の震えを抑えるので必死だった。今度、拷問の時間が来たら、その我慢も歯止めが効かなくなるかもしれない。

 それに、寝る時間と残り物の食事を用意して貰っているだけ待遇として大分マシだと考える時点で、思考が奴隷化に毒されていた。そのうち孤独と絶望と疲労に負けてオーバル大神教主の要求を呑んでしまうのではないかという不安に、テスラは駆られていた。


(ラタ……私のせいで……)

 テスラの人生の中で唯一といっていいほど優しくしてくれた人。その人を、自分のせいで死なせてしまったことに、彼女はかなり堪えていた。

 育ての親である伯母にすら、口汚く罵られてきた彼女にとって、きっと後にも先にも、一人の人扱いしてくれたのはラタぐらいになるだろう。


 雨で濡れ、冷えた体を包んでくれたときの彼の熱が名残惜しくなって、テスラは静かに涙の雫を滲ませた。



 ガコン。

「は!?」

 そのとき突然、テスラが横たわる石畳がボコリと浮き上がり、彼女は慌てて転がった。

(なになになに!?!)

 テスラは今、両手が壁に鎖で繋げられている状態だ。何者かが攻め込んできたら抵抗しようがない。彼女は恐怖でおののいた。

「お、当たりだ!」

 だが、石畳の下から聞こえてきたのは、聴きたかった声だった。


「ラタ!?」

「おう! 無事かテッちゃん?」


 ずれた石畳の僅かな隙間から見えてきたのは、神官兵の装いをしたラタだった。

「どうして生きて―――いえ、どうしてこんなところに」

「訳は後でたっぷり話そうぜ。今は、此処から出る事を考えねぇと」

 そう言って、ラタは徐々に徐々に石畳を動かし、彼の腕が入る程の穴を開けた。そして、テスラが壁に鎖で繋げられていることを理解すると、手を差し込んで、テスラの手に触れた。

「もう少しの辛抱だ。生きて外に出ようぜ、テッちゃん」

「―――っ」

 夢にまで見た人肌の温もりに、テスラは思わず鼻を啜った。

「鍵を探してくる。すぐ戻るからな」

「ラタ、気を付けて……二度も死なないで」

「はは、そうだな。二度目はごめんこうむる」と、言い残し、ラタは一度石畳を元に戻した。

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