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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
197/212



「おお、神よ。我らに勝利を与え給え」

「…………。」

 白と金を基調にした神教の聖堂。十字架を握る人の形をした神を讃える石像が中央にそびえ、壁には神話をモチーフにした絵画が飾られている。典型的な祈祷場だ。

 両脇を兵士に抱えられたまま、ユイフォートの街にある神教の聖堂に連れてこられたテスラに、祈祷を終えた白髪の老人が詰め寄る。

「隷属化の封印術、術式の解除を唱えない限り魔術の使用を禁じる魔術。

 十二分、あなたにも効果を発揮しているようですな、よかったよかった」

 十字軍の魔術使用も許可制だった。皆、隷属化の封印術の術式が身体に刻まれており、有事の際しか魔術を使えないようになっていた。一見して弱点になるように思えるが、封印術以外の魔術を嫌う神教の教えを遵守するためのものなのだろう。

「バイデン氏の事は謝ります。彼は少し荒っぽいところがありましてね」

「少し……?」

「しかし、彼はそれだけ気が立っていたのです。あなたを護送する任務は、その字面に反してとても危険な任務でしたから」

 包帯でぐるぐる巻きにされた足を見下ろして、老人は安堵の溜息をついた。

「それに、彼が汚れ仕事を担ってくれたお陰で、私も安心してあなたを神都へと護送できるというものです。彼には感謝しかありません」

「…………。」

 口調穏やかでいながら暴力による正当化を悪びれる事もない老人にテスラは嫌悪感を抱き、距離を取ろうと身を反らすが、抱えられた両脇をグイと戻される。

「さて、中央区に引き渡す馬車が来るまでそれなりに時間がありますので、少し尋問をしておきましょうか」


「あなたはハーフエルフでいながら、悪しき八竜を信仰している。それはどうしてでしょうか? 比較的、神教の方がハーフエルフに寛容である筈なのに」

「その質問に意義がありますか?」

「単純な興味でもあります」

 テスラは無言を貫こうとしたが、背後から鎗で足を突かれ、冷や汗を滲ませると共に口を開いた。

「魔術の祖として八竜を信仰しているだけ。彼らのエルフへの要求事項を遵守している訳ではありません」

「しかし、あなたは賢者に選ばれた」

「ゴルドーは実力主義ですから」

 老人は何処となく不愉快そうだった。信仰心が厚いだけに、信仰心の薄いテスラを例外的に贔屓ひいきするというゴルドーのやり方が気に食わないのだろう。

 実際、〈聴け!〉と唐突に脳裏に叩きこまれた、テスラが賢者に選ばれた瞬間、テスラ自身も訳が分からずその場に立ち尽くし、老人と同じことを思ったものだった。

「賢者に選ばれた時点で、あなたに金の黙示録が八竜から渡された筈です。それはどこに?」

「言いません」

 脹脛に鎗の先が刺さるが、テスラは頑なに拒み続けた。

「それでは質問を変えましょう。

 地竜平原の戦場で魔王との戦闘後には、あなたは金の黙示録を持っていた筈だ」

「…………。」

「それからエルフの魔術師協会からハーフエルフであることがバレ、追放された。その時点で黙示録を没収されたのですか?」

「…………。」

「それとも、我々から逃げる際に何処かに隠していた?」

「……っ」

 じく、と、足に痛みが走る。テスラはもう一度、口を開いた。

「逆に……私から一つ訊きたいことがあります」

「どうぞ」

「黙示録には、確かに八竜魔術の術式が書かれている。

 だけど、魔術を嫌うあなたたちにそれが読み解けるのですか?

 それとも、魔法陣に転写できるとでも?」

「それはわかりかねますね。我々は中央区がそれを欲しているとだけ聞かされているので」

「あれは、あなたたちには無用の長物です。そして、それはエルフたちにも言える事」

「といいますと?」

「八竜魔術は人に理解できるものではない」

「理解できないものが描かれていると?」

「そう。賢者である私でも理解できない術式が幾万と羅列されている。黙示録とはそういうものです」

 テスラから明かされた黙示録の秘密を書きとめ、老人はふむ、と、唸った。

「ならば、そのようなものを隠しておく必要もないのでは?」

「八竜から託されたものを他人においそれと渡したとなれば、私がゴルドーに何されるかわかったものじゃないでしょう」

「なるほど、それは一理ありますな」

 老人が頷き、足を突き刺す鎗が一時抜けると、テスラはホッと胸を撫でおろした。


「ああ、そう言えば名乗っていませんでしたね。

 私の名はゴリアテ。是非とも覚えておいてください」

「ええ、覚えておきます。復讐相手として」

 ゴリアテは一瞬、ピクリと顔を引き攣らせたが、微笑みを絶やすことはなかった。





「なんだよ、ヤドゥフはついて来てくれないのか」

「言ったろ、俺は傍観者だと。

 俺は俺の運命に関わる事項にしか手出ししない」


 ラタ持ち前の体力とヤドゥフの回復魔術の甲斐あってか、全治数か月の傷を数日で奇跡的に治し、ラタは動けるようになった。そして、一日かけてみっちりと魔術の基礎を叩き込まれた彼は、水を得た魚のように賢者の魔術技術を体得していった。それさえ出来れば、末端の十字軍などは容易く倒せるだろう、と、ヤドゥフが自信満々に語るほどに。

「それが賢者本来の在り方だ。わかったか」

「つまり面倒臭ぇってことだな」

「覚えとけこの野郎」


 ラタは顔を外套のフードで隠し、ユイフォートの東にあるヤドゥフの別荘から、人でごった返しているユイフォートの市場からほど近く、これまた礼拝に訪れる人で溢れかえっている、この町最大の聖堂を前にして、ラタは立ち尽くした。

 テスラを連れて行ったあの白髪の老人が聖堂の堂々正面にいて、礼拝に来た人々に説法を聞かせていたからだ。

(あの白いおっちゃんをぶっ飛ばしてやりたいところだが……俺の復讐はどうだったっていい。テスラを早く追わなくちゃな)

 ラタは神都行の馬車を探した。バイデンの部下から貰った革袋いっぱいの金貨があった為、資金には困っていなかった。

 だが。

「神都行の馬車が一つもないってどういうことだよー」

「悪いな兄ちゃん、教団からお達しが出ていてな」

 どうにも、教団から往来禁止令が出ているようで、ユイフォートから神都に通じる街道も、検問所が設けられているという。どうしても向かいたければ検問所を抜けていくしかないが、ラタはバイデン殺しで顔が知られている。まあ、きっと死人扱いされていることだろうが、検問に引っかかる可能性は捨てきれない。

 残る手段が一つでもあるとすれば―――山越えだ。大きく迂回して、ジワキ山を越えて神都の東から入るルート。

 仕方なく、ラタは食糧物資などを買い込む為、市場に戻った。


「か~っ、生き返ったァ!」

 そして彼は、市場で食糧と共に“酒”を買った。中央公園のベンチに座り、数日ぶりの酒の味に舌鼓を打つ。

「酔いが回ってねぇと頭回らねぇんだよなぁ……へへへ」

 その割に貧乏性な彼は酒を、一口一口小さく大切にすする。おつまみには、おばちゃん秘伝のタレで煮つけた、糠牛のほぐれ煮だ。

「く~、たまんねぇ~っ」

 しばらく酒飲みを嗜んでいると、ゴソゴソと中央公園の金属で出来たステージが慌ただしく何かの準備を始めた。

「なんだあ?」

「処刑が始まるのさ」

「誰のだ?」

「誰のって、勿論、捕虜のエルフだよ」

「今日はドワーフだと」

 胸糞が悪くなり、ラタは場所を移動しようと考えたが、同時に

(あ! 白いおっちゃん!)

 あの白髪の老人もステージに現れた為、彼は動向をチェックする為、ベンチに腰掛け、おつまみを急ぎ口の中に放り込み、酒をグイと飲み干した。


 しばらくして、鎖に繋がれた意気消沈した一人の若いドワーフの男が現れると

「この悪魔―っ!」

「息子を返せーっ!」などと、群衆の罵声が上がった。その罵声の勢いに、髭も短いドワーフはびくりと身体を震わせる。

 ドワーフはステージ中央に用意された柱に括り付けられ

「罪深き汝の魂を、神の袂へと誘わん……」

 白髪の老人が短く祈りを捧げ終わると

「ひっ―――」

(でけぇー)

 ガシャガシャ騒々しい音を立てて、ラタよりも図体のデカい兵士が、大きな鉄鞭を持って現れた。

 そして―――バシィン!

「うぎゃああああ!!」

 鉄鞭で叩かれる。何度も何度も。

 鉄鞭による鞭打ちは、神教における神からの罰とされており、この場合、ドワーフが死ぬまで続く。メイスなどの鈍器よりも軽量で、ナイフなどの刃物を使わない分、彼は何時間も、最悪何日もかけて苦しんで殺されることになるだろう。


 そんな様を見せつけられて―――ラタはテスラの事を連想する。

 もし今頃、同じような目に遭っていたら―――。


 お前はどうする? と、心が問いかけてくる。

 ラタの答えは、決まっていた。


「―――んんんんんん!!!

 我慢ならん!」


 ラタは群衆の中から飛び出して

「なに!?」

 図体のデカい兵士に体当たりしてステージの上から突き落とすと、白髪の老人を大きな拳で「思い知れ痛みを!!」「ごふぉっ!」力いっぱいに殴りつけた。

「テッちゃんが受けた痛みはこんなもんじゃねぇからな!

 それと!今すぐそこのドワーフを解放しねぇとこの老人をぶっ殺す!」

「お、お前はあのときの!?」

「キャー!!」「ゴリアテ大神官様が!」

 そして、すぐさま腰に提げたナイフを取り出し、ゴリアテ大神官の首元にナイフの先端をくっつけて、ラタは「早くしねぇか!」十字軍を急かし、ドワーフを解放させた。

「い、一体お前は何が“目的”なんだ!?」

「うるせぇー! 俺の前で人の命を粗末に扱うことは許さねぇー!!」

「お、俺は―――」意味が解らず戸惑うドワーフに

「勝手に逃げやがれ! 二度も捕まんじゃねぇぞ!!」ラタは声を張り上げた。

 ドワーフは挙動不審に周囲を見渡した後

「こ、この恩は一生忘れねぇ!!」

 脱兎の如く、短く太い手足を必死に振って逃げ出した―――。





 酒を飲んだせいか、目の前で始まったドワーフの処刑に持ち前の正義感が耐えかねて暴走したラタ。


「な に を や っ て ん だ あ れ は ? ? ?」


 一番高い建物の屋根の上、透過の変性術で透明になっていたヤドゥフは、ラタの成り行きを高みの見物していられなくなって思わず立ち上がった。

「はあ……ああ。 酒 な ん か 飲 む か ら!! 馬鹿がッ!」

 神都に素直に出発する様を見送ろうとしていた矢先、馬鹿野郎ラタが野良のドワーフ一人助けた意味不明な行動に、ヤドゥフは一人で悶絶した。

「うう!」

 そんなヤドゥフの眼下で、当然の如く、逃げて来たドワーフが警備の兵士に鎗を突き付けられる。きっと隷属化の封印術を捺されている為、彼は魔術が使えないのだろう。そんな状態で人間の街を抜け出すなんて無謀に等しい。

「はあ……ちくしょうが」

 重苦しい溜息をつき、ヤドゥフは人差し指の照準をドワーフに合わせると、トゥン、と、指の先で作り上げた爪サイズ程の氷の弾丸を高速で放った。そして、バチッ、ドワーフの背中に氷の弾丸が当たった瞬間、ドワーフの姿が突如透明になった。

「!?!」

 目の前で標的を見失い焦る兵士。ドワーフも訳も分からずあちこちを見渡しているようだったが、この機を逃すまいと町の外へと走り出した。

「はあ……俺はなんて甘すぎるんだ……」

 自分の甘さを一人戒めてから、ヤドゥフはラタの方に視線を戻した……。


 ヤドゥフが少し目を離していた隙に、ラタはステージ上でゴリアテを人質にしたまま十字軍に囲まれてしまっていた。前後左右に鎗の矛先が向けられ、完全包囲されている。

「何故あなたが生き返っているのかはわかりませんが、死刑執行の妨害をした行いは罪深い。その命で償って貰う他ありません。

 デ・ポルカ。魔術の使用を許可します。」

 ここで、ゴリアテ大神官は隷属化の封印術を解き、十字軍の兵士たちに魔術の使用を許した。十字軍兵士が一斉に魔術を使い始める。つまり、魔術を使えないようにしている封印術の結界を外したことを指していた。

「来たな!」

 ラタはこのときを待っていましたとばかりに、魔術―――肉体強化を使用した。

 ヤドゥフの特訓によって目覚めた全身の魔力管が拡張し、全身の筋肉に魔力が雪崩れ込む。

「ごふっ!」

 ラタはゴリアテ大神官を、鎗を構える前方の兵士たちに投げつけ、兵士たちが一瞬怯んだところを―――。

「!?」

 人間の跳躍力を超えた力で人の集団を飛び越え、そのままジワキ山の方面へと“逃げ出した”。

「へっへー! 俺だって学習するのさーっ!

 追いつけるもんなら追いついてみなーっ!」

「ふ―――ざけおって! 追え!追うのだ!」

 数瞬遅れてラタを追う十字軍兵士たち。しかし、彼らは全身鎧尽くめであり、いくら肉体強化しても、シャツ一枚の男の足に敵う筈もない。


(はあ、少しは考える脳があったようだな……)

 ヤドゥフはその様を見届けて、安堵の溜息をついた。

 肉体強化を行ったラタの逃走を、この穏やかな街を守る十字軍兵士たち如きでは止める事が出来ないだろう。彼はこのまま神都へと向かう筈だ。

(強い正義感は大変結構だが……あの調子だと、これから色々大変そうだな)


 世界は今、戦火に燻された魔で満たされている。

 互いの正義がぶつかり合う、血と憎悪の応酬―――そして、千年戦争の中で生まれた魔王。


 果たしてこの戦争はどうなるのか。

 本当に、八竜の導きの通り、ラタは魔王を倒す存在になれるのか。


 ヤドゥフはつば広な帽子を深く被り直し、鉄臭い風の臭いに顔をしかめた。


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