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勇者の死霊術  作者: 山本さん
幕間 金色の死神
194/212

 

 ラタが氷を持って家に戻ってくると、バイデンの部下たちが彼の家の前でたむろしていた。酔いがふっ、と醒め、目をまん丸と見開いたラタは、中身が1ミリも入っていない酒瓶を口にくわえながら彼らの元に近寄った。

「どないしました? 俺の家の前で」

「あなたが介抱してくださっているあれですが、とても危険な女なので、拘束が外れていまいか確認しようと思っていたのですが」

「ああ、なるほど。俺が家に鍵をかけちまったからッスね。ハハハ、こりゃ失礼。最近、色々と物騒なもんで、戸締まりするくせがありましてね。

 ああ、そうそうちと散らかっているもんで、一瞬だけ待ってくんねぇッスか? ざーっと酒瓶退かすんで」

 ラタは先に一人で家に戻り「テッちゃん、奴らが来るぞ、寝てな」と、こそこそ言うと、既にテスラは目を瞑ってそっぽを向いていた。

 ガサーッと音を鳴らして酒瓶を退かし、扉を開けると「!」バイデンの部下たちはどどすか、と家に上がり込み

「おいおいおい!」

 テスラを乱暴にベッドから引きずり出して、用意していたらしい縫い目の細かい布袋へと雑に入れてしまった。テスラも狸寝入りをしている場合ではなくなり、精一杯動いて布袋から出ようとした。だが、袋の上から数発殴られると、彼女は早々に抵抗をやめた。

「なんてことするんだ!」

 白昼堂々と、目の前で行われる乱暴な誘拐にラタは思わず声を荒げたが、彼らは平然とラタに頭を下げた。

「我々を助けていただき感謝している。神徒はこの女の身柄を一刻も早く確保したい、と仰っておられるので、これは回収していきます。

 これは少ないが、あなたたちへの手付金だ。これで新しい酒でも買ってくれ」

「待ってくれ、まだそいつの怪我はほとんど」

「いや、十分だ。下手に回復されて暴れられても手がつけられなくなる。」

「死んじまうぞ」

「幸運なことに、こちらには回復魔術を使える貴重な人間がいる。そう簡単には死なせはしない」

 そういって、彼らは革袋パンパンに詰まったお金をごそっ、と置いていき、布袋を担いで出て行ってしまった。





「ゲホッ、ゲホッ……、はあ  はあ……」

 息苦しくなってきた頃、布袋からようやく出されたテスラは肺一杯に酸素を行き渡らせようと息を荒げた。だが、胸の苦しみが和らぐ前に厚い革で作られた首輪を付けられ、ベルトでキツく締め上げられる。

「逃げようなどと思うなよ? もし我々から離れようものならコレよりも遙かに苦しい目に遭わせてやる」

「うっ  んぅぅ ッ  ゴホッ! ゴフッ」

 彼らは首が革で擦れて血が滲み出始めた頃、首を絞めるのをやめた。そして、テスラは力なくその場に倒れ込んだ。

 彼女の体力は既に尽き果てており、意識が朦朧としはじめていた。それでも、彼らは彼女への警戒を緩めないどころか、これ見よがしに首輪や手枷に重い鎖を引っ掛け、それぞれを別の兵士が握るようにしていた。


 そこは村から少し離れた、防風林の中にある洞窟だった。そこで、兵士たちはバイデンが戻ってくるのを待っていた。どうやら移動のための馬車を手配しているらしい。

 兵士たちが代わる代わるテスラの監視と鎖を確認しつつ、彼らは彼女の目の前で食事を取り始めた。その匂いに誘われて、テスラも数日もろくに食べられていない腹が食事欲しさに唸るものの、彼らが分け与えてくれるわけもなく、一人で飢えと渇きに堪えているしかなかった。

 数時間後、強い雨が降り出し、冷えてきた頃

 テスラの呼吸が荒くなっていた。

 熱が酷くなっていた。意識がもうろうとし、脱水状態なのに汗が止まらない。苦痛そのものだったが、テスラは流れ込んでくる雨水を僅かに舐めることでしか水分を得られなかった。それが不衛生であることは十二分に理解していたが、渇きに辛抱出来なくなっていた。




 バイデンが馬車を手配して戻ってくると、彼は弱り果てていたテスラの首輪に繋がる鎖を乱暴に引っ張って、体を起こさせた。

「金の賢者よ、十分、自分の状況を理解出来たか?」

「…………。」

 何も応える気力もなかっただけなのだが、バイデンはテスラの細い脇腹を蹴った。

「金の黙示録、何処に隠した?」

 バイデンの問いに、テスラは首を横に振った。


「 わた し は  だれ にも……。

 なに も あたえ ない」

「黄金の竜ゴルドーの魔術を書き留めた書物だ。

 そして、それが、お前が賢者であることを示すものでもある……何処に隠したか言え」

「言わ な い」


 バイデンは腰に下げたメイスでテスラの膝を叩きつけた。骨が砕ける音と共にテスラの悲鳴が上がるが、激しい雨音に掻き消されてしまう。


「汚らわしい、ハーフエルフめ!」


 テスラは、心の底から絶望した。

 足がピクリとも動かなかった。きっともう、立ち上がることなどないのだろう。

 地面に這いつくばって腕の力だけで進む腕力もない。

 海から引きずり出された魚のように跳ねることすらままならない。

 目にも入らず踏み潰された虫の死骸、止まない嵐、水溜まりに涙が流れていく。


 彼女が強情なのは、自分を保持する為だった。

 愛されず孕んだ母の腹から摘出され、意地の悪いエルフの老婆に引き取られた。

 人間にもエルフにも混ざれない彼女が選んだのは、ひたすら愚直に強くなることだった。知識によって。

 人と違うのだから、人と違うことを。極める事でしか、認められないと思ったから、彼女は誰に対しても妥協しなかった。

 そして、彼女は賢者になるまで抜きん出た。元々あった才能にも増して。


 人間とエルフの戦争を終わらせるのなら……もしかしたら許されるのだろうか……。

 彼女が血みどろの戦場に降りた理由は“英雄”になるためだった。

 戦争を止めさせれば……存在を認められるかもしれない―――と。


 そして、戦場に現れるという巨大な魔物―――“魔王”を、彼女は一人で退けた。


 だが、テスラが人々に与えたのは

 飛竜さえも頭を垂れる程の おぞましい力による恐怖だった。

 人の形をした金色の死神、天地をひっくり返す唯一無二の雷魔術。


 エルフの森からハーフエルフであることがバレて追放され、テスラの力に目をつけた神国に付け狙われた。誰に頼る当てなどもなかった。

 八竜信仰でも、神教でも、混血児は穢れの象徴で……誰も彼も彼女を受け入れないくせ、その力だけを吸い取ろうとしてくる……。


 こんな姿で生まれてきたかった訳じゃないのに―――。





「よお旦那」


 その時……野太い声が洞窟の中で響いた。


「見た目優男っぽいあんたに嗜虐しぎゃく的な趣味があったとは驚きだ。

 身動き取れない女をボロクソに虐めてそんなに楽しいかい?」

 バイデンたちは一瞬後退った。現れたラタは熊のような巨体で、その手に大きな……魚を捌くための大刀を握っていたからだ。

「助けてくれたことには感謝している。だが、それ以上関わるな。

 そこからもう一歩、こちらに来るようなら容赦はしないぞ」

「容赦だあ? あんた、何言ってんだ?」

 バイデンにずい、と近寄るラタ。

「……やる気か?」

「何を馬鹿なことを。

 俺はただ、言いに来たんだよ。

 こぉんなでけぇマグロ釣れたからみんなで食おうぜって誘いに来たのによお。めちゃんこ美味いのに」


 皆がふと顔を見合わせ、なんだあ、と、お互いに緊張を緩めた


 その直後――――。


 ラタの大刀がバイデンの首を抉った。


 あまりに一瞬の出来事で、部下たちは呆然と、大刀が首に刺さったまま血を噴き出して倒れるバイデンを凝視し、ラタから離れた。


「てめぇら……どういう了見がありゃあこんなこと出来るんだ? あ?」

「バ、バ、バイデン様をよくも!」

「一発で殺してやったんだ。これが慈悲深いって言うんだぜ」

「貴様! 誰を手にかけたか分かっているのか!?

 そもそも一体どういうつもりで」

「泣いている女を助けるために理由が必要かよ」

 バイデンの部下たちに迫るラタ。その異常なまでの圧力に、部下たちは武器を持つこともままならず「お、覚えてろ!」急ぎ馬車に乗って去っていった。


 それを確認してから、ラタは柔和な顔つきに戻り

「痛ぇよなあ、テスラ……こんなになっちまってよ……。

 ちょっと待ってな、多分、コイツら何処かに、お前さんの手枷の鍵を、持ってる筈……んー、お!これだこれだ」


 ラタはバイデンの死体から鍵を取り出し、テスラの手枷を外した。

 ずっと抜け出そうともがいたせいで、彼女の手首は酷くすりむけて、痛々しく変色していた。

 枷が外れてもぐったりとして動けない彼女をそっと、ラタは優しく抱き寄せる。テスラは痛みと寒さで呼吸が震えていて、ラタの体温で溶けてしまいそうだった。

「よく頑張ったなあ……よしよし

 はあ、冷てぇ体してら……」

「……どう して……わたしを

 あなた、まで……奴らに 追われることに」

「お前さんは、俺が後先考えるような奴に思ってんのか?」

「……そう 思えない ですけど……」

「面倒なことは後にしてよ、今は心配しないで寝ちまいな、テスラ」

 ラタに何か言いたげだったが、テスラは気力を失くし、ラタの腕の中で……安心して眠りについた。



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