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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第84話② 方舟


「こりゃあまるで黒い海だ……!」

 レコン川上空を飛ぶ王城アストラダムス。

 そこから見下ろす、氾濫したレコン川中流―――ポートがあった場所は壊滅的だった。山肌を削って出来た町の下6、7割は黒い海に沈んでしまい、行く当てを失った人々が町の高台からレコン川の方を途方に暮れて眺めている様子だった。

 だが、そこへ巨大な建造物が空を飛んで現れた。驚かない訳にはいかないだろう。

「ルーク様!」

「ホロンス!」

 ポートのドップラーの毒問題を解決しに向かっていたホロンスが、一人のドワーフの老婆を連れて王城に飛来してきた。

「こちらはナリフ高等魔術師です。事情を説明して、ドップラーの毒浄化に協力してくれました」

「ナリフと申します」そう受け答えしつつも、ナリフは浮かない顔をしていた。当然、話を通された相手が、ポート・トトリの戦いで敵陣を指揮していた人物、バーブラその人だったからだ。

「詳しい話は後でいいかね? 今は住民の避難を最優先にしたい」

「この城にどれだけの人員が確保できるのでしょうか?」

「この城に乗せるだけと想定すれば、最大で3000人程だ。現在この城には297人いる」

「なら、あそこにいる住民たち1600人程、全員を避難させても宜しいでしょうか? 説得は私の方で行いますので」

「うむ」

 ナリフの説明後、飛翔の風魔術を使える魔術師たちが、次々に王城へと人々を連れていくが

「嗚呼……家が、財産が……」

 悲観に暮れた人々の中には、王城に逃げる事すら諦めて立ち上がれない人もいた。

 その間にもレコン川の浸食が強まっていき、町の8割が黒い濁流に呑まれて崩れ去っていく。高台も、いつ崩れ落ちてしまうか分からない。

「諦めたくば諦めなさい。最早、この事態に女神が来てくださるとは思えない」

「ナリフ」

「ですが、諦めてしまう前に思い出しなさい。

 かつて勇者がこの地をバーブラから救い出してくれた時のことを」

 ナリフは枯れそうな声を張り上げた。

「バーブラの魔物の群れに勝てないと思ったでしょう。この世の終わりだと思ったでしょう。

 それでも、最後まで諦めずにいた者たちの力で、あの困難に打ち勝ったではありませんか!

 ドップラーの騒動もそうです! 諦めないでいた者がいたからこそ毒の解毒方法がわかり、解決に向かったのではありませんか!

 それに今、勇者がこの困難に立ち向かっている筈です! きっとこの黒い雨が止むのも時間の問題でしょう! 今は耐える時です! 生き残る時です!」

 その声によろよろと立ち上がる者もいれば、それでも腰を下ろしたままの者もいた。その人々をナリフは強制することはしなかった。



 希望者を乗せた後、王城はポートを離れ、更に南下していった。

「土砂崩れが散見されていますが、トトリの中心部は無事みたいです」

「話だけはしておこう……断られるだろうがな」

 王城を高く浮上させて、トトリの上空へと現れると早速、屋内に避難していた人々がわらわらと飛び出してきた。


「まさかこうした形で出会うことになるとはな」

 トトリの使者、グランバニク侯爵は、神国の代表ネイマールを連れてやってくるなり、ルークの姿を見て、目をまん丸と見開き驚愕した。

「今更どの面下げて此処に来たというのだ!? 帰れ! 我々の面倒は我々で見る!」と、ネイマールが声を荒らげる。

「土砂崩れによって民家を失った者たちを受け入れることは出来るぞ」

「誰が魔物の城なんぞに来たがるか!」

「貴様ッ!」

「よい。言わせておけ」

「例え貴様がルーク王子であったとしても我々の返事は変わらない!」

「……わかった」

「わかった?」

「ルーク様」

「王国南部を20年も放置し続けてきた事、何より、この町を支配してきたのが俺であったという事、最早、弁解の余地はない。

 お前たちでこの町を良く繁栄させることが出来ると言うのなら、そうすればよい」

「!?」

 それは実質、トトリの独立を認める発言だった。

 レバスはその言葉を撤回させようと身を乗り出したが、ルークはそれを制した。

「良いのですな? 実質、この地は神国に吸収合併されることになりますが」

 今まで黙っていたグランバニクが口を開き、ルークはその言葉に頷いた。

「この黒い雨は直に止む。それまでの辛抱だ。よくよく耐え忍ぶといい」

「言われなくとも!」

「…………。」


 グランバニクたちが去り、トトリから離れようとしていた時だった。トトリの街の辺縁、ちょうど土砂崩れがあった近辺から旗を振る集団が見えたのだ。

「ルーク様、何者か、旗を掲げ、合図をしている者がおります」

「うむ、此処に呼んできなさい」

 王城に連れてこられたのは、子連れのドワーフたちで、その多くが痩せた人間のようにひもじい姿でいた。

 彼らはルークの姿を見ると驚き、恐怖で震え始めてしまったが、ホロンスたちの説明を聞くと、僅かばかり緊張が解れたようだった。

「俺はグラッパ。トトリはドワーフの住める街じゃねぇんだ……税金で何でも搾り取られて、何も残らねぇ……。

 それに土砂崩れに遭ってぼろ家も潰れちまった……この黒い雨を凌ぐ場所もねぇんだよ」

「わかった。お前たちを受け入れよう。

 どのみち、この黒い雨が止むまでの間、避難場所としてこの城を解放するつもりだったからな」

「あんたの寛容さに感謝するぜ」

 雨に打たれていたドワーフたちを受け入れた王城は、トトリから離れ、レコン川下流へと移動していった。

「神国が……」

 遠目に見える神国は既に山間部を除いてほとんどが黒い海に沈んでおり、キキ島に至っては折れた白塔も含めて完全に沈んでしまっている。

 ナラ・ハは土砂崩れに遭い、地底国は山間に囲まれた地形のせいで黒い雨と土砂が国の中心に空いた大穴にプールされているようだった。

「シェールは……トノットは無事みたいだな」

 シェールの沿岸部は沈んでしまっているが、標高の高いトノットはまだ余裕がありそうだった。

「地竜平原に城を降ろし、シェール政府と話をしてみるか」

「俺が先に言って話をつけて来ます」

 食糧や衣食住を確保する為にもシェール政府の下へ、ホロンスが先遣しようとしていた―――そのときだった。


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