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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第一部
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第11話① ポート・下民街の乱

 


 第11話① ポート・下民街の乱



 バーブラは何故、一ヶ月の猶予ゆうよを私たちに与えたのか?

 自らの軍の魔物の補充? それとも別な理由が?


 結局、私はその答えを導き出すことは出来なかった。



 女神期832年 王国夏季 四月十二日



「野郎共!! 鉄の雨をくらわせてやれぇえええッッ!!!!!」


 町の外壁は一月で取りつくろった張りぼてとは思えない厚い鉄壁が作られており、機械仕掛けでなければ弦を引くことさえ叶わない巨大な弩砲どほうが鉄壁の隙間から一斉に大矢を放った。

 私たちの腕の厚さ並みに太い弦が引き絞られ、解き放たれる轟音ごうおんと衝撃波。大矢は目にも留まらぬ速度で魔物たちを射貫き、それで止まらず魔物を貫いたまま大地をえぐる。その威力は歴史書に刻まれた文字や絵よりも遥かに恐ろしいものだった。


 大型の魔物の頭蓋ずがいを粉砕するほどの威力を持つ、最大重量の鋼鉄の大矢、細い毒塗りの矢が複数に分裂する散弾矢、爆発する爆弾矢、追尾する魔術矢……地底国の皇帝だった血鎚けっついの大帝ゲルニカが作り出した弩砲戦術は、魔術師軍隊を持つナラ・ハをも黙らせる圧倒的射程と破壊力、またその応用力から最恐最悪と称されたもの。

 それを一月だけでトトリとポートに30と作り上げたドワーフたちの技術力が、味方であることの心強さを私はひしひしと感じた。


 それでも、魔物たちの進撃は早かった。

 例え上級の魔物が大矢に貫かれ倒れようとも、津波の如く押し寄せる無数の魔物たちは勢いよくレコン川沿いからあふれ出し、空を飛ぶ魔物たちも弩砲の届かない上から攻め始め、ヌヌの召喚した魔獣らが迎え撃つ……中には弩砲の装填そうてんまでの時間に第一防衛ラインまで到達した足の速い魔物たちもいたが、彼らには大盾のトーチカが立ち塞がる。


 身の丈が小さいドワーフたちは、自分たちを覆い隠すほどの鋼鉄の大盾を持ち、互いに密着したまま隙間を塞ぐため、彼らはまるでトーチカのようになるのだ。

 そして、大盾はドワーフの腕が入る程の一部弯曲わんきょくした隙間があり、そこから各自、斧槍ふそう弩弓どきゅうを放ち、魔物たちの足を抉る。彼らの前で転べば、あとは斧槍に引き千切られる。


 ただ、魔術を使う中級~最上級の魔物が現れればこの戦術では防ぎきれない。大盾のトーチカの真下から魔術を放たれれば、ドワーフたちはひとたまりもないからだ。

 弩砲の大矢にも、狙撃にも、魔獣たちにも捉えきれない様な強力な魔物が来るならば────彼を当てるしかない。



 夜に紛れるような黒い鎧、楔帷子くさびかたびら鈍色にびいろの鋼鉄が月明かりを照り返す。虫も殺せないような面に灰白色のむくろを模した兜が張り付く。

 餌を前にして鎖に繋がれた獣の如く、前線で合図を待っていた勇者は───恐らく合図よりも早く───駆け出した。


 鷹王の目を使い視力補正をかけている私の目にも追いきれないほどの速度で地を這うように飛び出した勇者。まばたきの間に魔術を唱えていた魔物と距離を詰め、地面を滑る聖剣が魔物の片足を切り裂き、ひざまずかせる。そして、倒れ込むように落ち込む魔物の喉元向けて、身を捻り一回転した聖剣が 魔物の首を天高く跳ね上げた。


 最上級の魔物、巨大な死霊との派手な戦いとは違う───教会でドッツェンの首を落とした一瞬の動作────頭や首を的確に切り裂き、最低限・最小限の力と動きで息の根を止める技術を持った身のこなしだ。

 その技が止めなく、何千とまみえる魔物の群れから上級レベルの魔物を選んで発揮され、真横に弩砲の大矢が放たれようとも怯むことなく、彼の輝かしい聖剣は敵の群れの中に突入していく。


 これに、勇者の力量を一目見たかった野次馬たちは、一縷いちるの望みが確信的な希望に変わり、こぞって歓声を上げた。


挿絵(By みてみん)


「勝てるかもしれねぇ……! 俺たち勝てるかもしれねぇぞ!!」

「あの動き ダ・バラの“白狼”が目に浮かぶようだぜ」

 中でも、私と同じく弓矢隊に配属された老齢なドワーフは、勇者の動きを見てそう感嘆かんたんし、回顧かいこした。

「白狼?」

「なんでぇ! 王国の姫さんが知らないだってぇ?! あんたんとこのロウ・グランバニク侯爵のことだろうが!

 アイツは昔、ダ・バラの戦いで、俺たちの弩砲を掻い潜り、とりでを攻略して将軍デルド・バラの首を取った化け物だったんだぞ!

 まあ、女神騎士団の騎士団長に任命されてからの名声は聞かなかったがな ああいう命知らずな戦い方をする奴ってのは大抵、指揮官の素質はあんまりねぇもんだ」


 私の記憶では、気の早い将軍デルド・バラが砦で戦勝記念用の酒樽を空けて酩酊めいていした事による指揮系統麻痺が地底国側の敗因だった筈だが……きっと前線では敵の活躍を褒め称えるほどにド派手な戦いが繰り広げられていたのだろう────………。



 予知夢を列挙したメモと懐中時計とを睨み合い、私は弩砲隊に向けて信号矢を上げる。戦闘開始から20分程経っても第一防衛ラインをほとんど越えられない事に、敵が出方を変え始める為だ。


 そして同時に

 ネロスの言う通り───マルベリー男爵は持ち場を離れた。目の前の敵に集中している弩砲隊から離れ……路地裏に入った。


(あの路地裏は袋小路だわ……下民街へ入る地下水道を除けば)


 言葉にしにくい嫌な予感がして「ごめんなさいテハーズ、少し任せた」「え」同じ信号役の貴族にメモを渡して「マイティア様!?」私は消音の変性術を使いながら、男爵とは違うルートで下民街へ降りた。





 話には聞いていたが、下民街は劣悪な環境だった。

 明らかに動かなくなった者たちが放置されたまま、悪臭とネズミたちの鳴き声が水の音と共に響く。恐らく年中湿った環境であるのだろう、地面は苔とヘドロで滑りやすい……何より地上から流れてくる下水道と生活環境が近すぎる。

 下民街に住まう者たちも戦いに駆り出された為に人は少ない筈だが、それでも何年と洗うことすら出来ていないような黒ずんだ布を被る、骨と皮になったような老人や幼い子供がごった返しており、絶え間ない地響きに身を寄せ合って震えている。

 そして……通路を進む私の身なりを眺める生気のない虚ろな目───それはまるで死霊のようで───私は声をかけられないよう駆け足に進んでいった。


 どうして助けてくれないの……? 女神にもすがるような視線から、今だけは逃げたかった。

 今だけはせめて……私はまだ非力な、一人の人間でしかないのだから……。



「準備は出来ているんだろうな」


 マルベリー男爵の姿を見つけたのは、下民街の広場から少し離れた水門の調整室周辺。そこで何やら3人がごそごそと水門を開閉する滑車かっしゃと操作レバーに手を加えている。


「ええ、抜かりなく。

 この調整室から水門を開ければ、地上への出入り口はすぐ近く。下民街のゴロつき共はこの下水道に閉じ込めたも同然。奴らはなぶり殺しになることでしょう」


 私は息を呑んだ。

 レコン川から下水道を昇り、下民街へ上がる経路は、人一人出入りできない格子の水門で閉じられているから……何より、放流する水圧からほとんどの魔物も侵入できないだろうという前提でいたから───水門に魔物除けの魔法陣を取り付けた───本人が───ッ


「しかし、バーブラという奴は魔物とは思えない策士ですな

 町と人の利害関係をよくわかっている」

「フン、まったくだ……勇者だか姫様だか、頭に花でも咲いているようなやからよりもよっぽどあの魔物の方が現実的よ」


 マルベリーたちはそう口にしてから間もなく

 ギギギギギ……水門に繋がる巨大な鎖が動き出した───本当にやりやがった!


 私はいてもたってもいられず物陰から飛び出そうとすると「わっ!」足を何かに掴まれて「った!」そのまま壁に頭を強打した。

 足下には金属製の籠手こてをつけた手があり、私の影から……ぬるっと浮き上がってきた“彼”は兜の隙間から私を睨みつけた。


「マイティア、余計なことをするな」

「タ ナトスっ 足を引っ張るの危険ってあれほどっ」

「あの無能は俺が殺す「え?」レバスから指示が出た」


 芯の冷える湿った影をまといながら現れた白銀の鎧、赤と金の布地に純白の鷹の刺繍ししゅう。鼻先が鷹のくちばしの如く前に飛び出る兜……鈍重で短めの赤い斧槍と鷹の爪を模した鉤爪かぎつめ状の短剣。

 王の近衛兵このえへいが着用するにしては攻撃的な、タナトスの鎧姿を見るのは……私は初めてだった。


「お、おい!ありゃあなんだ!?」

「まさか王都騎士か!?」

 調整室から声が上がり、男爵たちが慌てて逃げ出した

 タナトスは細い配管に鉤爪を立てながら壁を這うように対岸の通路へ渡り「ひぎっ!」男爵に付き添う司法職員の首を鉤爪で刎ね「ぎゃ!」もう一人の胸を斧槍で刺し貫いた。

「こんのっ能なし共が!!」

 男爵は骨董品の様な剣を抜き、突き出すが、タナトスの鉤爪に掠め取られる。

 しかし、マルベリーはこれに呆気に取られる事無くすぐさま弾性弾の土魔術で調整室ごとタナトスを弾き飛ばし、バタッン!鉄扉を閉めて引き籠もった……が

「ひぃ!!」

 薄っぺらい鉄扉を斧槍が貫き、蝶番ちょうつがいごと壁から引き剥がされてしまった。

「お、お、おまえッ なんてことを!

 これは殺人だぞ!殺人! この大罪を女神は許さないぞ!」

「女神がそんな狭量きょうりょうな訳がなかろう 女神は生きとし生けるものの全てをお許しになるのだ」

「…………」


 問答無用の襲撃に腰を抜かした男爵をさげすんだタナトスは

「お前の血はけがれている。獣臭いんだよ」

「ひぃいいい!!!」

 炎魔術の詠唱をした……そのときだ。


 グオオオオ!!!


 水路の下の方から魔物らしき雄叫おたけびが響いてきた───魔物がレコン川から既に昇り始めているのかもしれない

「タナトス! すぐ水門を閉じて! 魔物が入ってきちゃう!!」

「閉じる? 閉じるだって……?」何故かタナトスの嫌に情けない声がして「どこのレバーだ?ひしゃげてわからんぞ」


 あ───まさか───マルベリーが唱えたさっきの土魔術───


「誰か助けてくれぇええッッ!!!

 アイツらが水門を開けて魔物を招きいれやがったぁああ!!!」

「───マルベリーッ!」


 私たちがもたもたしているうちに巨体の割に足の速いマルベリーが大声で情けない悲鳴をあげながら逃げていった! しかも私たちに罪をなすりつけるかのような文言を吐き捨てて!


「こんのっクソデブがッ!! 八つ裂きにしてやる!!」

「タナトス待って!ソイツより先に水門をっ───優先順位が違うでしょッ!」


 私が細い配管を危なげに進み、対岸の通路へ渡りきる前にタナトスはマルベリーを追って消えた。マルベリーの悲鳴と喧騒けんそうに人々が顔を出し始めている───これは本格的にまずい なによりも一人なのがまずい


(近衛兵が警護対象置いて突っ走るなんて聞いたことない!

 どういう神経してんのよタナトス!!)


 私は急いで調整室に入るが、タナトスの言うとおりレバーやら調整盤はボロボロで、レバーは根元近くで折れてしまっているし、壁に貼られた説明書は読みにくい手書きだ!専門用語や略語も入り混じりとても読めない!


「おい女!そこで何してる!」


 おまけに何とも悪そうな目つきの人間の男たちがナイフを片手に私の背後にずらずらずら……ああ!まずい!


「マルベリー男爵が水門を開けて魔物を招き入れたのよ!」

「あんだって!?」

「水門を閉じ───たいのだけど奴が壊していってどれがどれだか……」

「あんた、偉そうな顔してんなあ あ? あんたがやったんじゃないってどう証明すんだ?! あ!? 何処ぞの誰かがギャーギャー騒ぎながら走ってったぞ!」

「あれがマルベリー男爵よ! 人になすりつけて逃げたの!」と、私も苦し紛れに必死に弁明したし、手書きのメモをなんとか読み解いて折れたレバーを引こうと試みるも、レバー自体が固くてビクともしない。

「嘘ついてんじゃねぇのか!?このアマ!」

「うっ!」

 おまけに胸ぐら掴まれて恫喝どうかつされる始末──ゴゴン!! 挙げ句の果てにレコン川下から昇ってきた魔物が眼前に見えてきた───!!

「うわっ!兄貴!魔物だ!魔物が来やがった!」

「テメェこんにゃろう!なんてことしや「───魔物が居住区に入る前に此処で阻止しなきゃいけないの! 邪魔しないで!」ぉっぎぃいいっ!」

 申し訳ないが緊急事態だ―――容赦なく男の股間を蹴り上げて突き放し、召喚術で弓矢を呼び出す。

 眼下には既に数十もの中級以下の魔物がい上ってきている。そのすべてを撃ち落とし続ける自信はないしチンピラたちに背を向けるのは怖くて仕方ないが、迷っている時間で一体倒せる!

「ピゲッ!」

 魔術矢で魔物共の脳天、眼球を射貫いぬきつつ、矢継ぎ早に信号弾用の火薬を鉄矢に括りつけて放つ。

 目の前で炸裂する轟音と強烈な明かりの簡易的な閃光弾。魔物がバシャッバシャッ水路に落ちてレコン川へと流されていくが……魔力回復用の臭いエーテルを3本と飲み干しても、続々と湧いて出る魔物たちが引き返していく様子はなく、奴らの攻撃が届きそうなぐらいまで何体か近付いてきている。


 数分も経たずに詰みそうだ───そのとき

「おめぇら女に任せて腰抜かしてんじゃねぇ!

 魔物を叩き落とせ!」

 ゴロつきっぽい者たちも魔術を使って応戦し始め

「俺!此処で働いたことあります!操作も修理もできます!」

「よし新人!水門閉じろ!」「へい!」

 数分後、ギギギギギ……水門が開いたときと同じような音が響き始めた。

 今一度気力を持ち直して矢をつがえ、私たちは魔物の群れが途切れるまで戦い抜いた。


「ハア……ハァ……うぇ」


 そして……10分は経たずして、後続の魔物が現れなくなった。眼下の魔物もすべて撃ち落とし……私は思わず、つんいになって息を荒げた。

 魔力消費が激しく、魔を取り込むためにこの数分間は過呼吸状態だった……胸がはち切れそうに痛いし……下水の臭いにエーテルの薬草臭さが混じって吐き気がする。

「あんた一体誰だ? マルベリーがどうのと言っていたが」

「私、は……あー……」

「上の連中にはコソどろと同じに見えても、俺らは仲間に仁義を通す性分しょうぶんだ 恩義がありゃあそれにむくいる……あんたの誠意が前提だがな」

 だから嘘はつくなよ……そんな視線を四方から受け、私は素直に……王族であることを明かした。

 案の定。

「王族だと!? 町を見棄てた元凶共が!」

「ぶっ殺してやる!」殺意のある怒号を浴びせ掛けられた……が

「ガタガタ騒ぐなチンピラ共! 誠意を見せろと言ったのは俺たちだろうが」

「ボス……だけど」

「ナリフからマルベリーの事は聞いている。あれでも王国で爵位しゃくいを持つ野郎だ。王族だか侯爵だかがテメェらの汚ぇケツ拭きに来たってんならやらせりゃあいい。俺らも奴の臭さにはてんで困ってたんだ」

 ドワーフに負けず劣らずたくましいひげと図太い身体をした人間の中年男。ナイフ片手に話をする連中の長なのか、彼の野太い声が掛かると、若い衆は途端に黙りこくった。

「あのデブ、お宅で始末してくれんだろ? 姫様よ」

「……王の右腕から指示が出されたわ

 マルベリーは私たちがやる」


 地上の戦闘をほっぽり出してしまっていることを後でとがめられるだろうが、バーブラと手を組んでいるマルベリーを放っておくと何しでかすか判らない。それに、他国の貴族や為政者いせいしゃも、爵位を持つ身内も王国に盾突くならば部下を使って容赦なく闇討ちを仕掛ける───極右思想の老レバスがタナトスに命令を出したのなら、グランバニク侯爵はこの件を“ご存知”の筈だ。


(やるしかない……やるしかないけど

 地の利が向こうにあるからといってほぼ丸腰のマルベリーを逃がすようなら、私があんたの無能さをチクるわよタナトス!)



2022/7/19改稿しました

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