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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第84話① 方舟



「スティール様から大女神殺すよう仰せつかって、けど、女神になって失敗して、聖樹の枝に落ち延びてネロスを育てて……ああ、波乱万丈だわ」

 ベラトゥフは頭に張り付いた記憶の破片の時系列を整理するよう独り言を呟いた。

「肝心の術式は……はあ、我ながら美しい方程式……!

 これの導入部分を少し改良すれば……いける! いけるよミトちゃん!」

『…………。』

「ミト……」

 マイティアは終始無言だった。自分の記憶が何処まで取り戻せたのかも、ネロスに話そうとはしなかった。

 ただ、マイティアがネロスの手を握っているような感覚を、ネロスは覚えていた。少なくとも今、彼女に必要なのは無理に喋らせることではなく、寄り添ってあげることだろうと、彼は思った。


「物理行使で行くなんてあなたたちらしいわね」

 魔王(竜化)の姿から戻ったネロスと、記憶の坩堝から記憶を取り戻したベラトゥフは、聖樹の篝火かがりびたもとへと戻ってきた。そんな彼らをテスラ一人が出迎える。

「守り人たちは?」

「彼らの役目は終わったと説得し、彼らの魂を見送ったわ」

「その……お陰様で記憶が戻りましたよ」

「そう」

 ベラトゥフが不貞腐れた口でそう報告した直後、バキバキバキ、聖樹の大きな枝が音を立てて崩れ落ちた。

「あ……」

 それにつれて、テスラの姿も徐々に薄くなっていく。

「私の聖樹が燃えてなくなれば、地上世界に深淵から生まれた魔物が溢れてくるでしょう。

 一刻も早く新たな聖樹を作り出してあげる事ね」

「言われずともやりますぅ」

「ふ、嫌われたものね……当然だけど」

 テスラは目尻を緩めた。何処か疲れているような笑みだった。

りつかれていたとはいえ、今まで悪いことをしてきたわ」

「その自覚はあったんだな」

「ええ、それでもどうにもならなかった。アラナの死霊術は強力無比だった」

「……原罪アラナって何者なんすか?」

 テスラは声を落とし、ピンと張っていた耳を垂らした。

「八竜によって死者の世界に長年封印されていた魂よ。その素性も、封印されていた理由も分からない。

 私は長く死者の世界に留まり続けた結果、彼女の言葉にたぶらかされ、魔に呑まれてしまった」

「…………。」

「20年前、あれほどまでに忠告しておいた魔王の魂が、身勝手極まりない理由で黒曜石の原盤から抜き出されたのを察知した私は、テルバンニ神殿で女神騎士団員を転生術の材料にして、ラタを蘇らせようとした。私は彼が既に死んでいたものと思っていたから……。

 だけど、完成した肉体に、ラタの魂は宿らなかった。今思えば当然ね。彼はまだ地竜遺跡で生きていたんだもの。

 私はその可能性に気付かず、アラナの狂言に惑わされ、その魔の手に落ちてしまった」

「じゃあ魔王が復活したと思われていた、当時の天変地異って」

「私が八竜魔術である転生術を用いた事に反応した八竜たちによる制裁。

 ベラトゥフ、あなたが聖樹から逃れる瞬間に放たれた攻撃も、八竜が私を狙ったものよ」

 それに巻き込まれそうになってたんかい……と、ベラトゥフは冷や汗を垂らす。

「だけど、私の本体は燃やした。

 これでアラナが、私の姿を使うことは出来なくなったはずよ」

「あなた程の人が憑りつかれるなんて、正直、今でも信じられません」

「誉め言葉として受け取っておくわね」

 ベラトゥフの言葉をそう流して

「それにしても、魔王がここまで変わるとは思わなかったわ」と、ネロスをからかうように言った。

「僕は魔王じゃない」

「……ええ、そうね。その方がいい」

 きょとん、とするネロスの顔を見て、テスラは静かに微笑んだ。それは少しばかり嬉しそうでいて、恥ずかしそうでもあった。

「汝らに八竜の導きあれ」

 そして、バキバキ……聖樹が燃え尽きると、テスラは魂の灯火となり、記憶の坩堝とは反対方向へと漂っていった。





「完成っす!」

 壊れた魔法陣がすっかりと修復された機関室で、結晶樹の樹脂で継ぎ接ぎされた白の心臓を眺め、リッキーは額から流れ落ちる汗を拭った。

「これで動力源が出来たから、機関室を動かせる筈です」

「うむ、ご苦労だったな」

 ルークは、即位した王に渡されるという伝統の、王城についての古めかしい巻物をレバスから受け取り、それを読みながら、機関室の動力源を点けた。

 すると、中央の白の心臓が回り、空間中の連結魔法陣全てが光り――――ゴゴゴゴゴゴゴ、城が息を吹き返したかのように揺れ始めた。

「次に、錨を上げる……」

 巻物に書いてある通りの順番で、次々に王城を動かしていく。だが、王城を動かすこと自体が数百、数千年ぶりなのか、節々で行き詰まる。

「誰か錨の様子を見に行ってくれないか? 三か所ある筈だ」

「ルーク様! 天竜山脈から雪崩が!」

「なに!?」

 そうもたついている間に、猛威を振るう黒い豪雨によって雪が押しやられ、モノクロの濁流となり、地響きと共に王都を襲った。王城の背部がその濁流に食われ、僅かに王城が傾く。

「くそ! まだ準備が整っていないと言うのに!」

「お父様」

 気を焦るルークの下に、タナトスに介助されたシルディアがやってきた。彼女は「焦らないでくださいまし」と、強張こわばるルークの手にシルクのように触れた。

「諦めずにいれば、私たちは必ず間に合いますよ」

「シルディア……」

 芯の強い言葉に、亡き妻の面影を見たルークは

「……そうだな」と、意を決し「へへへ」シルディアの頭を撫でる。


「ルーク様! 錨が濁流に埋もれてしまったようです!」

 錨の様子を見に行った者たちが、人が五人、手を広げた程ある金属塊が地面に埋まって動かないとの報告を上げた。

「地面に埋まったぐらいなら変性術でいけるっす」

 これに腰を上げたのはリッキーたち、モンジュだった。

 黒い豪雨の下、危険を冒して男たちは外に埋もれている錨を解放しに行った。

 そして、モンジュたちが向かってからものの数十分後。

 ガラガラガラガラガラガラー――ッ。

 重い鎖が上げられる音と振動が城内に響き渡る。

「よし! あとは出力を最大にして船体を浮かばせるだけだ!」

 モンジュたちが城内に戻ってきた知らせを待ってから最後の操作―――レバーを降ろすと、白の心臓の回転数が急激に増加し、機関室中に連結された魔石も光り始めた。

 ガゴゴゴンッ!! 体が浮くレベルの衝撃に続き、重心運びでは耐えられない程の傾きと浮遊感、つまり、落下。

「うおおおおおおお!!!」

 脳を揺さぶる細かな振動バウンドの後、極めつけの重力に押し付けられる感覚。


「飛んだ!? 飛んだ! 飛んだッ!」

 上階から響く歓声で我に返ったルークたちは、急ぎ地上階へと向かうと

「おおっ! 城が飛んだぞ!」

 地上から十メートル程ではあるが、確かに王城が浮かび上がっていた。

「アストラダムスの操作は……王の間か」

 巻物を読み解き、王の間へと向かうと、玉座の前に魔石で出来た操舵輪が現れていた。

 その操舵輪を掴み、ルークは急ぎ南へと舵を取った。



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