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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
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第83話② 記憶の坩堝



「大女神の言うことを信じるのは癪だけど、他に方法も思いつかないものね」

 ネロスとベラトゥフはテスラの言葉通り、聖樹の炎を背にして記憶の坩堝へと向かった。

 

 上空にあるようで足元にあるような巨大な黒い渦は、近づけば近づくほどに吸引力を増していき、その中心は虚無であった。

「あ」

 そこに、今まさに亡くなった人の魂だろうか、青白い灯火が黒い渦に向かって落下していき、黒い渦に呑み込まれていった。そして、ぎゅるぎゅるぎゅると黒い渦巻にかき混ぜられ、渦の中心へと流されていく。

「完全に呑み込まれたら記憶全部引力で剥がされてすっからかんになりそうね」

「どうする?」

「まずは魔術が何処まで通用するか、かしら」

 ネロスはベラトゥフから離れ、ベラトゥフは黒い渦巻に向かって氷のつぶてを投げつけた。だが、氷のつぶては黒い渦巻の入り口で弾かれるように壊れた。

「魔王レベルの魔法抵抗が発生している……これは厄介ね」

 ベラトゥフはしばらく考えた後「突入してから、是が非でも脱出する、これしかないわ!」と行き当たりばったりな案を出した。

「ベラ……僕にもわかるよ?」

「そんな可愛い目で見ないで、ネロス」

『ねえ、可能かどうかネロス次第なのだけれど……』

「ん?」

 マイティアがネロスにとある作戦を耳打ちする。

 ネロスは一度、戸惑ったように顔をしかめたが

「そうだね、何処までできるか分からないけれど、やってみるしかないね」と、言って、大きく深呼吸をし、指からマイティアの宿る指輪を外して手のひらに乗せる。


「いくよ」


 その掛け声と共に、ネロスは全身の血管パイプを書き換えるように魔を解放した。魔王がネロスに二度もやってみせた方法―――竜化を彼なりに真似て実行したのだ。

「その手があったかーっ!」

 バキバキと音を立てて全身の骨格が肥大化、魔力管が筋肉のように束状に増殖する。元の大きさから数十倍の大きさ―――巨大な竜(魔王)の姿になったネロスは

「ミトを離さないようにしておいてほしい」

「はいよ!」

 ベラトゥフにマイティアの宿る指輪をはめて貰ってから、ネロスの大きな両手でベラトゥフを離さないように包みこむ。

「このまま渦の中に突入しましょう!

 ネロス!足腰踏ん張ってね!」


 ネロスは足腰にしっかりと重心を置きつつ、ゆっくりと腕を伸ばし、両手で包み込んだ二人を渦の中に入れていく。奥に行くにつれて徐々に引力が強まっていき、まるで綱引きのようだった。

「ぐう、う、う」

 そして、ネロスは、これ以上は踏ん張りが効かないというところで腕を止める。

「う、うう、頭が痛いぃいい」

 ネロスの手の中で、ベラトゥフは激しい引力に殴られるような頭痛と酔いに苛まれていた。

「うぇ―――」

 加えて、頭の中に叩きつけてくるのは、誰のものかもわからない圧縮された無数の記憶。とても自分のものを選別していられる余裕などなく、処理できる情報量の限度を超えて押し付けられ、堪らず鼻血が溢れて出してくる。


『お姉ちゃん……行かないで……』


 しかし、その中に確かに、カタリの里で奪われ、粉々に引き裂かれた記憶(声)が途切れ途切れに引っかかっていく。それは徐々に鮮明化していき

「そう、だ……ハル……」

 姉の裾を握る弟ホロンスのあどけない顔が血涙に滲み出る。

 ベラトゥフが歩んできた修行の苦楽、祖父ヤドゥフの言葉も、抜け落ちていたあらゆる魔術の術式も―――。

「ごべんっ、もう、無理ぃ」

 だが、彼女にも限界が来た。鼻から目から、耳から血を流し、咳き込みながら、くぐもった声でネロスに指示を出す。

 ネロスは身を捩り、両手を黒い渦の中から引っ張り出した。


「ベラ!」

 引力を感じない程の距離を保った後、手を開くと、血に塗れたベラトゥフがぐったりとした様子で息を荒げていた。

「ぜぇはぁ……しんど……」

「大丈夫? ベラ、記憶は取り戻せたか?」

「大丈夫……記憶の整理が……まだつかないけど、波乱万丈な人生だってことは分かったわ……。

 お望みの術式は……頭の整理を、つけてから……おぇえ」

「ミトは」

 ネロスは心配そうに、ベラトゥフの指にはまった指輪に視線を落とした。

『ネロス……』

 マイティアもまたベラトゥフと同じよう、苦しそうに声を零した。

『私……、……。』

 まるで過呼吸にでもなったかのような息遣いを感じ、ネロスはなだめるように言った。

「大丈夫、僕と一緒に行こう。

 今度こそ、君の手を離さないから」

『…………。』

 だが、魔王の姿となったネロスを見上げるマイティアの返事はなかった。





「進捗はどうだ?」

「意外と破片が大きかったんで、三日ぐらいっすかね」

 王城の機関部で、巨大なホワイトクリスタルの破片を特殊技術で繋ぎ合わせながら、リッキーはルークに向かってそう応えた後で「おいリッキー」「あっ、失礼しました!」相手が王子であることを思い出した。

「こちらこそ作業に集中しているところ悪かったな」

「いえいえいえいえいえいえ」

「魔繋ぎと言ったか、その技術は」

「はい、魔石同士を繋げる役割を持つ結晶樹の樹脂を魔力で繋げていくんです」

「難しいのかね」

「まあ、ジグソーパズルみたいなもんですよ。破片が大きい分、難しさはさほどでもないんですが、樹脂が固まるまでの時間に取られて、3日ほど……」

「そうか、わかった。ありがとう」


(三日か……その間に民の移動を完了させなければ)

 王都騎士の力添えで無数の魔物を片付けた王城に、大水殿に避難していた民を少しずつ移動させていく様をベランダから見つめるルークの下に、笠を被った老人レバスが近寄る。

「王子、レコン川下流が氾濫し始めたとの報告が」

「遂にか……ポートを含めた王国南部の状況は」

「今、詳細は調査に向かわせているところですが、噂ではドップラーの毒の騒ぎでポートはあまり芳しい状況ではないとか」

「うむ……小僧ネロスがいればドップラーの毒を浄化できるのだが……」

「しかし、王子……あれは、死霊ではありませんか」

 タイマラスとの戦闘の最中、死霊である骨身を晒してしまったネロス。全員が全員、その姿を見た訳ではなかったが、勇者が死霊だった話は水に絵の具を垂らした様に浸透してしまった。

 ルークは少し考えた後

「確かに、奴は紛うことなき死霊だ。だが、毒には毒の知識が必要であるように、邪悪には邪悪が必要になることもあろう」と、頷いた。

「しかし……、……。」

 ドップラーの毒の浄化に“死霊”が適当であることを知ったレバスは口をつぐんだ。あらゆる政敵に晒され、毒を飲まされる危険も多いルークに、禁忌スレスレの毒魔術を教えたのは彼なのだ。

小僧ネロスがいない今、死霊術を使える者がいれば、ポートのドップラーの毒を浄化できるが……」

「確か、ポートの町長だったナリフが有名な高等魔術師でした。もしかすると彼女なら心得があるかもしれません」と、横にいたホロンスが口添えをする。

「死霊によって回復することを知られないよう、ナリフと打ち合わせしなければならんな」

「俺が行ってきます。

 彼女が首を縦に振らないようなら、俺が死霊術を使います」

「無理はするなよ、ホロンス」



 王城の壊れた城兵宿舎にて、復興活動をしていたラタに、デリカが話しかける。

「タイマラス、引き籠ったわね」

 どうやら、魔王を時空魔術で倒せるせっかくの機会をラタがおじゃんにしたことでねてしまったようで、ネロスたちが転移した後、タイマラスは自ら異空間へと姿を消してしまった。

「悪いことしちまったとは思ってんだがよ」

「意外と純真なのよね、彼。それに本当は学者気質で、戦闘経験少ないし」

 ラタは頭を掻き、デリカは失笑した。

「けどまさか勇者様が魔王だったなんてね。意味が解らな過ぎて笑えて来るわ」

「バーブラ……ああ、いや、ルークの言っていた通り、魔王の魂を移植された子どもがいて、それがネロスだって話だ」

 その話はラタにとっても初耳だった。彼はてっきりずっと“魔王レックス”が勇者の身体を乗っ取っていたものと思っていたからだ。


(ネロス……ミトちゃんが会いたがっていた“勇者”、か)


 ネロスの話は、マイティアとの二人旅の中で聞いていた。

 最初は女神に予言された勇者として、王都から彼を迎えに来たマイティアと出会ったこと。王国南部の街をバーブラの魔の手から取り戻したこと。しかし、その後に女神の予言で勇者になった訳ではないことが、彼の告白から判明したこと。

『それでも、私にとってきっと、彼は“勇者”だったのよ』

 マイティアはそう文字の滲んでしまった日記を大切そうに抱き語っていたのを、ラタは象徴的に覚えていた。


「で、その魔王様を庇った理由が、敵意がないから……だなんて、腹がよじれるわ」

「魔王は魔王ではないのか?」

「それは……」

 グレースたちの言葉に、ラタは言葉に詰まった。

「ただ今回、魔王に助けられた事は確かだ……それだけは感謝している」

「お陰様でドップラーの対処法がわかったわけだからね」

「だが、当然、魔王との馴れ合いはすべきではないだろう」

「…………。」

「死霊は生命の秩序から反した禁忌の領域だ。分別はつけなくてはならない」

 ラタも魔王は倒すべきとは思っている。だが、同時に、彼をこの世に縛り付ける死霊術師を倒せばいいだけで、魔王には一人の人間レックスとして葬ってやりたいという身勝手な願望もはらんでいた。

 だから、魔王を時空の狭間に追いやって殺そうとしていたタイマラスを、ラタは止めてしまった。

 勿論、いざ魔王が敵に回ることがあれば、魔術が効かない彼に手の打ちようがほとんどないというタイマラスの主張もわかってはいたが、ラタには今の魔王を“信じたい”思いが強すぎた。


「頭じゃわかっているんだがよぅ……。

 これを善悪の問題で片付けるには、あいつらは若すぎるんだよ」


 死霊術は禁忌、倫理的に反した行為だ。

 魔王はかつて無数の人を殺してきた極悪非道な魔物だ。

 だが、ネロスとマイティアはそれを承知でいる。何故なら、彼らが一緒にいるには死霊術が不可欠でいて、ネロスは魔王と一心同体なのだから。

 善悪で言えば、問われるまでもなく、悪だろう。

 だが、その横にあるのは、純朴な愛だ。


『ラタ―――お前の世話になんかならないぞ』

『私は魔王を乗り越える!

 勇者ネロスだ!』


 それにネロスはまだ、“勇者”でいようとしている。自分が倒すべき魔王だったという絶望を乗り越えて。

「世話にならない、か……」

 自分(魔王)の世話は自分(勇者)でする―――その言葉を、ラタも信じようとしていた。



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