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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
186/212

第82話② 騒動


「魔王は魔王だろ」

 タイマラスはラタの言葉にも耳を貸さず、杖を振りかざした。

「!」

 ネロスの足元に白色の魔法陣が現れる。

 それを咄嗟にネロスが避けると―――ギュゥイン 空間が裂け、周囲の空気が裂け目に吸い込まれた。その勢いで屋根が抉れ、窓ガラスが割れ、剥がれた全てが裂け目へと呑み込まれたのだ。

「何だ今の」

『わからないけど、ネロスの魔法障壁を貫通してきたよ』

「食らわない方が良さそうだな」

 ネロスは黒い雨から魔を吸い込んで身体能力を上げつつ、タイマラスが次々に放つ時空魔術を避けていく。

「なんだってわかんねぇんだよ!」

 ラタがタイマラスを止めに殴りかかるが、タイマラスに片手間にひょいと避けられてしまう。

「今のアイツに敵意があるように見えるのか!? お前の目は節穴か!?」

「魔王は魔を詰め込まれた傀儡だ。汚された魂はどう足掻こうと変わらない」

「…………。」

「そういう概念の話をしてんじゃねぇよ!」

「殺戮の為に生まれた兵器に対して敵意があるかないかなど愚問だろ」

「―――私は違う!」

「何がどう違うというのだ?

 魔王と同じ肉体を共有する魂だから違うとでも?」

「―――っ」

 ネロスは言葉に詰まった。

(僕は魔王じゃない―――だけど、どう言えばこの人にわかって貰える?)

 いや、わかってくれやしないだろう。ネロスが魔王と同じ肉体を共有した魂であることもわかった上で敵対視しているのだから。

 ネロスは奥歯を割れんばかりに噛み締めた。ここまで来てまた魔王の足枷がネロスの邪魔をする。

『ネロス―――ここは一旦離れた方が』

 そして、後退あとずさる。だが、その動きをタイマラスは予測していた。

「誰が逃がすか」

「落ち着けこんにゃろう!」

 狙いを定めていたタイマラスの時空魔術がラタの妨害によって狙いがブレ

「うひっ」

 2階にいたランディアが空間の裂け目に吸い込まれる―――。

「くっ!」『ネロス!』

 どんっ、ネロスがランディアを突き飛ばした、その腕が空間の裂け目に引っ掛かった。激しい吸引力でネロスの服や鎧が引き千切れるが

「ぐうううう!!」

 寸でのところで裂け目から腕を引き抜く。もしネロスに皮膚や筋肉があったのならズタズタに引き裂かれていたところだろう。


「!!」

 だが、ランディアたちの目の前で、ネロスの骨身の半身が露わになった。最早彼が死霊であることを隠しようがなかった。

「―――タイマラス! テメェいい加減にしろよ!殺す気か!?」

 そうランディアが怒鳴るが、彼女の言葉も、魔王を始末することに躍起になっている今のタイマラスには遠い。

「どうしてこうも理解が乏しいのだ。あらゆる魔術が効かない化け物の脅威を忘れてしまったというのか? フォールガス」

「忘れる訳ねェだろ……!

 だけどな! 必死に変わろうとしている奴の足を引っ張り続けるのもどうかと思うぜ!」


『勇者の座は、私が貰う……!』

 魔王は、勇者へと変わろうとしている。その贖罪の道は険しく、苦しいものだろうが、そう息巻いた彼の意志は本物なのだとラタは感じた。

 それに魔王だって“名前のある一人の人間”だったのだ―――人は変わろうと思えば、いつだって変われるものであろう。そういう世界であるべきだとラタは信じている。

 ラタは拳を握り締め、声を荒らげた。

「“レックス”を殺すなら、先に俺を殺していけ!」


 ドックン。

 ネロスの胸の内側から脈打つように熱が溢れ出してきた。


(レックス―――それが、もう一人の“僕”の名前)


 ネロスが魔王と喧嘩した際、彼はこう言っていた。

(私は忘れられし者。顔も名前も、誰も知らない)と。

 だが、その名前を、ラタは覚えていた。

 えも言われぬ感情が魔王の中から湧き上がり、さながら、ネロスの頭の中に噴き上がる溶岩のように流れ込んでいった。それは一種の恥ずかしさのようでいて、嬉しさのようでいて、寂しさや悲しみでもあるようだった。

 それらを噛み締め、人並みの感情を、“お前”は持っているではないかと、ネロスは拳を震わせる。人生を悟り、諦めたような口振りでいる癖にいつも偉そうでいる、背伸びした等身大のもう一人の“自分”に、魔王だなんて大層な名前が似合う筈もない。


「ラタ―――お前の世話になんかならないぞ」

 ネロスは啖呵たんかを切った。


「私は魔王を乗り越える!

 勇者ネロスだ!」

「!」


「―――面倒くさいな」

 タイマラスは苛立たしく頭を掻き

「二人まとめて葬り去ってくれる」

 静かなる殺気がラタとネロスに差し向けられた―――。


 そのときだ。


「ちょっと待ぁぁっっったぁあああ!!!」


 甲高い声がタイマラスの鼓膜をうるさく揺さぶった。

「今度はなんだ」

 鬱陶しそうに振り向くタイマラスの視線に現れたのは―――。


「時空魔術とか見たことないんですけど!

 もっと見せてくれません!?」

「はあ?」

 時空魔術に目を輝かせた“ベラトゥフ”だった。





「時空魔術なんて正真正銘の八竜魔術だわ!最高!もっと私にルック!プリーズ!」

「何だこの女」

 何だこの女と言いつつも、時空魔術を掛けて容赦なく邪魔者を抹殺しようとするタイマラス。しかし、飛翔の風魔術を使うベラトゥフに華麗に避けられる。

「ああっ、見事なる―――チャールス演算」

「!」

 ベラトゥフにそう指摘された途端、眠そうでいたタイマラスの目がまん丸と見開かれた。

「わかるのか? この演算が」

「第二期の末期に証明された時空空間の魔力操作についての演算公式ですよね! 机上の空論とされた奴! 鼻血が出るほど魔導書読みました!」

 そして、タイマラスの顔色がガラリと変わる。

「この演算がわかる術者を生かしてはおけない」

 チャールス演算は時空魔術の要であり、これを理解できるということは時空魔術を扱える素質があるということになる。万が一にも飛び入りしてきた女が、時空魔術が使えるともなれば、タイマラスにとって大誤算だった。

 何故なら、異空間に閉じ込めることで魔王を倒そうとしているのに、その脱出方法を知る者がタイマラス以外にいるとなれば、魔王を閉じ込めておけないからだ。

「うっへ」

 タイマラスの標的がネロスとラタからベラトゥフへと変わり、時空魔術以外の上位魔術が火を噴き始める。だが、空中を猛スピードで滑空するベラトゥフに魔術が当たらない。

 焦燥感に駆られたタイマラスが、確実に仕留めようと時空魔術を使うも、ベラトゥフとの実戦経験の差が此処で露呈する。

「本物だわ……! 初めて見た!

 キャアア! 人類には机上の空論でしかないと言われたチャールス演算が成立してるぅう!素敵!美しいわ!」

「こんの女……!」

「ハハ……テンションの高ぶりがヤドゥフみてぇだな」

 タイマラスの殺気を引き出し、ハッと思い出したかのように

「ネロス!ここは一度引きましょう!

 時空魔術はあなたに分が悪いわ!」

 ベラトゥフがネロスへと声をかける。今の今まで忘れていたかの如く。

「あ、ああ……ただ、その前に」

 ネロスは近くにいたラタに手を伸ばし「ん?」彼の腕を握った。

 すると、ラタの身体から緑色の靄がネロスへと移った。それを確認して、ネロスは大きく頷く。

「ドップラーの毒はこれで消え去った筈だ」

「お、マジか! よくわからんがサンキュー!」

「ゼスカーン!」

 ネロスが声を張り上げると、何処からともなく「にゃおん」黒猫ゼスカーンが現れ、転移魔術の詠唱を始めた。

「逃がすと思っているのか!」

「お前さんの相手は俺だ!タイマラス!」

 そして―――ネロスはベラトゥフと共に、ゼスカーンの転移魔術で消え去った。


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