第82話① 騒動
『「「「王城アストラダムスを浮かせる???」」」』
皆の前でシルディアは自信ありげに頷いた。
「確かにそんな文献はあったけれど、おとぎ話だと思っていたわ……」
「王城アストラダムスは白き箱舟であったと、八竜様は仰っております。
人々を乗せ、空を飛ぶことが出来た城であると」
そして、この舟で黒い雨の被害を最小限に食い止めるためには、必要なことがあります、と、シルディアは続けた。
「だが、その為には先ず、動力部の“白の心臓”を動かす必要があります」
「白の心臓とはなんだ、レバス」
「巨大なホワイトクリスタルの事です」
そう聞いたとき、ルークは城の地下にある機関部での出来事を思い出し、青ざめた。
「なんてことだ……その魔石はハサンに壊されてしまったぞ」
ハサンはあのとき確信的に『これで王城の機能は使えない』と言っていた。ハサンは王城の機能、つまり、白の箱舟としての機能を知っていて、破壊したという事だろう。
誰しも落胆の色を見せていたとき
「魔石修復なら十八番の奴が……」
モンジュ一族のダッキーがふと背後に視線を送った。
「は、俺?!」
もう一人のモンジュ、リッキーに全員の視線が集中する。
「砕け散った魔石を魔繋ぎして直したことあるだろ? 俺よりお前の方が上手いじゃねぇか」
「じょ、冗談じゃねぇぞ! お、俺にそんな大役が務まる訳ないだろ!
クソ兄貴はどうしたんだよクソ兄貴は!」
「アイツはいなくなったよ」
そう聞くと、リッキーの顔に僅かにだけ綻んだ。
「リッキー、今こそ汚名返上のときじゃねぇか!」
「そう簡単に言ってくれるなよ! 失敗したらどうするんだ!」
「やる前から失敗したことの心配をするな、若人。もしもの時の責任は俺が持つ」
「そ、そう……うう」
ルークに背中を押されたリッキーは、皆からの期待の圧から逃げられず、渋々魔石修復の件を承諾した。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ドップラーの毒にかかっていた人はこれだけか?」
ネロスは大水殿の2階の医務室でドップラーの毒にかかっていた人たちから毒を吸い取っていた。
「一体どういう訳でドップラーの毒を無効化で来ているんだ?」
とても死霊だからとは言えなかったため、ネロスはしどろもどろにはぐらかした。
「えーっと……聖樹の魔力かな」
「そうか!聖樹の魔力か~!」
「しっかし、あの勇者様がどうして罪人の仮面なんか被っちまって」
「えーっと……」
『顔に怪我しちゃったからって言ってみたら?』
「顔に怪我しちゃったから」
「なんてこった! 勇者の一丁前の顔に傷がついちまったか……それだけ戦いが熾烈だってことだな、うんうん」
一仕事を終え、安心したネロスは大水殿の屋上へと昇った。
「……ますますレコン川の水位が上がっていくね」
降り止む気配のない黒い雨によって、王都の西側を流れるレコン川の水位がみるみる上がっていく。このペースで雨が降り続けると、レコン川が氾濫するのも時間の問題だろう。
『王都とトトリは標高が高いからまだマシだけど、ポートや神国はどんどん沈んでいっちゃうわ』
「……グラッパたちは無事だろうか」
『……無事だといいね』
あっという間に掌に溜まる黒い水を払い捨て、雲一つない割れた夜空を見上げる。
『八竜が積極的にお姉ちゃんに干渉してくるようになったってことは、きっとそれだけまずい状況なんだろうね……。
私たち、間に合うのかな……』
そのとき、青白い月が覗く黒い空に「ん?」突如、ピ、と光が点滅した―――。
「さっきは手助けしてくれて助かったよ。えーっと……」
「ホロンスだ」
「サンキュー、ホロンス」
巨人兵やドップラーの魔物との戦闘に参加してくれた礼を改めて言い、ランディアは人懐っこい笑みを浮かべた。だが、少しすると口を尖らせ、足元に置いてある大袋に視線を落として唸り始めた。
「その大荷物はどうしたんだ?」
「ああ……無用の長物になっちまったものさ。
魔女に頼まれて素材集めの旅に行かされたはいいものの、集めた素材がまさか禁忌魔術の素材だったんだよ」
「魔女……ちょっと中身を見せてくれないか?」
「勿論」
ホロンスは大袋の中身を見せてもらうと
「!」その中には、人体人形の錬成に必要な、貴重な素材たちがぎっしりと入っていた。
この瞬間に、ホロンスの脳裏にビビッと思案が駆け巡り、彼は思わず息を呑んだ。
「ランディア、もしこの素材を売るつもりがあるのなら買わせてくれないか?」
ランディアはじーっとホロンスの目を見て
「……これが何に使うものか分かってそうな顔してんな」
そう問い詰めても彼の瞳が揺るがない事を確かめると、彼女はへへっと笑った。
「実は、妹からもスノーエルフにこの素材を渡せって予言されていてさ。本当に当たるもんだとビックリしていたのよ。
いいぜ、譲るよ」
「本当にいいのか?」
「この緊急事態に余計なものを城に持ち込みたかねぇし、私たちの時間を無駄にしないでくれるならそれでいいさ。
それに、これを上手く扱えるのはタイマラスみたいな魔術師だけだしな」
「タイマラス?」
「王都騎士団最強の魔術師さ。まあ、怠惰なところはご愛敬なんだけどさ」
―――バキィイイン!!
突如、窓ガラスが割れ、突風と共に黒い雨が2階に吹き込んできた。
「なんだなんだなんだ?!?!?」
何事かと窓枠から身を乗り出して外に顔を出すと―――。
「どうして私の邪魔をするのかね?」
ステッキサイズの杖を握り、戦闘態勢になっているタイマラスの眼前に
ラタとネロスが並んで立ちはだかっていた。
「どうしたもこうしたもあるもんか!
コイツはお前が知る魔王じゃねぇんだよ!」