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勇者の死霊術  作者: 山本さん
第四部
184/212

第81話② 黒い雨


(何だ此処は)

 歪んだ空間の中に飛び込んで行ってしまったネロス。彼が放り出された空間は、虚無だった。何処に何もない真っ白の空間で、上下左右の感覚もない。地に足がついている感覚すらもなかった。

 虚空に浮遊する感覚に慣れないまま、ネロスはテスラを探し始めた頃

『ネロス!後ろ!』

「くっ!」

 魔王の魔法障壁を貫通し、背中に痛烈な電撃をくらう。

『まさかここまで追ってくるとは―――!』

「テスラ!」

 紅玉の眼光がネロスを強く睨みつける。だが、そこには一種の焦りが見え隠れしているようだった。

 ネロスは何とかテスラに向かって駆け出そうとするも、足が空を舞って前にも後ろにも進めなかった。そうもたついている間にテスラの魔術が火を噴き、ネロスの魔法障壁を削っていく。

(どうしたらいい―――)

 そのとき、独りでに王家の指輪が光り、真っ白な虚空に虹色の地面が広がった。

「ミト?」

『わ、わからない! 指輪が勝手に』

 すると、ネロスの足が地を踏むような感触を覚え、テスラの攻撃を走って避けられるようになった。

『その魔力―――ファルカムか!』

「このチャンスを活かすぞ!」

 移動手段を手に入れたネロスはテスラに向かって走り出した。

 テスラは飛翔の風魔術を使って縦横無尽に逃げ回ったが、この虚空は想像以上に狭いのか、あっという間にネロスに追いつかれる。

『くっ!』

 ネロスの手がテスラの腕を掴む。彼の無彩色の魔力の中に入ったテスラは魔術を使う事すら出来なくなった。

「これで終わりだ!」

 ネロスはテスラを引き倒し、容赦なく剣を振り上げた―――その瞬間だった。


 テスラの身体から黒々しい何かが溢れ出て「なんだ?!」ネロスは一瞬、振り下ろす剣を止めた。

『この魂を捨てるのは惜しいが、致し方ない!』

「!?」

 黒い靄は徐々に人の形を模し、そして、ネロスに向けて魔術を放つ。すると、空間が歪みだし、ネロスはその空間の歪みに吸い出されてしまった。


「くはっ」

 ネロスは空間の歪みから王の間に放り出された。その直後、歪みはテスラと共に消え失せた。

『なんだったの? さっきの黒い靄は』

「わからない……ただ、不気味な魔を感じた」

 まるで憎悪の塊のような魔。魔王の魔とは似て非なるもののようだった。 

「なん、だ……何が、起きている?」

 そのちょうどその頃、奥からルークが血塗れの姿で現れた。その血が汚れた返り血であることを察したネロスは、急ぎ彼の下に駆け寄りドップラーの毒を吸い取った。

「大丈夫か? 終わったのか?」

「ああ、大丈夫だ……ハサンは片付けてきた」

 その言葉を聞いて、マイティアはすーっと肩の荷が下りたような感覚に襲われた。

『お父様……』

「ミト……」

『いいの、もう……民にあの醜態を晒さずに……済んだのなら寧ろ、良かったんだと思う』

 魔物と化した従者たちを前に、ドップラーを“息子”などと呼ぶような、最早、狂った老人を王などと、ましてや、父などとマイティアは認めたくなかったのだ。


「それはそうと、黒い雨が降り出したぞ……これはどういうことだ?」





 雲もない、青白い月が見える割れた夜空から降りしきるは、黒い雨。

「これは―――爺の言っていた、深淵か」

 人の魔、神殺しの魔。その塊が世界中に、土砂降りに落ちてきている。


 ホロンスは氷の外套がいとうを羽織り、黒い雨から身を守りながら王城へと向かうと

「う、ううぐぐぐ」

 壊れた跳ね橋の縁で、片足の男がギリギリぶら下がっているのが見え、ホロンスは咄嗟に彼を助けた。

「!」

 だが、彼が助けた男は、かつて自分が片足を奪ったタナトスだった。

 タナトスもホロンスの事を認識しているのか、彼に警戒しつつも「助かった」と小さくぼやいた。

 居たたまれない空気が流れる中、ネロスと「!?」ルーク(バーブラ)が現れる。

 これにタナトスが慌ててルークに斧鎗を向けるが、ルークの前にネロスとホロンスが立つと、タナトスは困惑した様子で首を傾げた。

「武器を下げろ。この御方はルーク様だぞ」

「なんだって!?」

 タナトスは目を丸め、しばらく放心状態になった後、自分が持っていた斧鎗をパッと落とし、慌てた様子で膝をついた。

「気にするな、俺のこの姿ではお前の対応は正しい」

「も、申し訳ございません!」

「この黒い雨から民を守るために奔走して貰いたい。出来るか?」

「勿論でございます」



 黒い雨に濡れたグレースたちは

「何なのこの黒い雨は!」

「うぇ」

 息切れと吐き気を催しながら大水殿に転がり込んできた。

「大丈夫か?!」

 すぐさま救護班のヴァンスが駆け寄り、彼らの症状を診ていくが、その症状には既視感があった。

「これは……魔中毒?」

「ああ、それっぽい……うぇ」

「うむ、ひとまず軽症のレベルだ。この雨から離れて安静にしておけ」

 そう言い、ヴァンスは人々に指示を出す。

「みんな、この雨に当たらないように」

 騒然とする大水殿、人々が内側へと雪崩れ込み、黒い水たまりにさえ恐怖を抱く。

「あっという間にレコン川の水位が上がってきたぞ!」

「ああ!この世の終わりだ!」

「女神様ああ!お助けを!」


 2階では、黒い雨が吹き込んでこないようにサーティアが窓を閉めていた。

「王城が解放されたようね……うん、今度は王城を蘇らせないと」

「またお告げが来たの?」

「八竜様が仰っているわ。今こそ文殊もんじゅの知恵だって!」

「モンジュの知恵?」

 シルディアは杖を突き、久方ぶりの地面に足を着ける。その脇でサーティアが倒れないようにシルディアを支える。

「けれど、その前に、会わなきゃいけないわ。

 私たちの王様に」

 そう言って、シルディアはゆっくりと、しかし、確実に自分の足で階段へ向かっていく。

 階段部分はサーティアに背負って貰い、1階へ着くとまた自分の足で、誰かに会いに行こうと出口の方へと歩いていく。

 そして―――。



「バーブラだわ!

 みんな逃げて!」

「…………。」

 大水殿に現れたルークは、当然の如く、人々に鬼将バーブラとして認識された。黒い雨の中、ホロンスの作った氷の外套を羽織るルークに大水殿への雨宿りは許されなかった。

「刃を向けるのはちょっと待ってくれ……彼の話を聞きたい」

 ただ、グレースたちは、巨人兵や魔物との戦闘に助力してくれた礼に、ルークに弁解の余地を与えた。

「俺はルーク・フォールガス。

 だが、そう易々と信じてはくれんだろう、グレース。デリカ」

「!? 俺たちの名を?!」

 自分たちの名前を知っている―――その衝撃に二人は目を丸めた。

「俺は確かにバーブラだった。お前たちに刃を向けられるだけの悪事を働いた。

 弁解はせん。石を投げたくばそうすればよい」

 ただ、許されるなら耳を貸してくれ、と、ルークは声を張り上げた。

「割れた空から降り落ちる黒い雨は俺たちの世界を脅かしかねないものだ。この緊急事態を凌ぐ為に、今ばかりは俺の背について来てはくれまいか」

「…………。」

 グレースたちは即答出来なかった。目の前にいる魔物がルーク・フォールガス本人である確固たる証拠などこの世にないものだと思ったからだ。

 だが。

「ルーク様ならば、お答えいただける筈です」と、笠を被った一人の老人―――背筋がピンと伸びた、白髪を結いた男性が長い白髭を揺らしながら凛と前に出て来た。

「白き鷹のしるべに従いし我らが罪深き同胞よ」

「……耐え忍べ長き囚われの屈辱を、赤子のまた赤子の先、許される日を夢見て。

 キキ島にいた頃のフォールガスの訓戒だな、レバス」

 ルークがそう答えると、レバスは大きく深呼吸をした後で

「あなた様のご帰還を心待ちにしておりました、ルーク王子!」

 ザっと膝をつき、笠を外してこうべを深く垂れた。

 そして、レバスが首を垂れたのを見て、グレースたち王都騎士も慌てた様子で膝をつく。

「申し訳ございません王子!数々の無礼をどうかお許しください!」

「そう畏まるな。お前たちの行動に何の非はないのだ」

 ルークが怒涛の勢いで謝意を示す王都騎士たちの対応にあたふたしていた―――そのときだった。


「   」


 ルークはずっと知らなかった。

 マイティアが“双子”であったことを。


 覚束おぼつかない足取りで近づいてくる、マイティアと生き写しのようなシルディアに、ルークは思わず身を震わせた。

「名は?」

「シルディアと申します。マイティアの双子の姉です」

「そうか」

 硬直し、手が出ないルークをまどろっこしく思ったか


「私めを抱きしめてくださらないのですか?

 お父様」


 シルディアは意地悪な笑みを浮かべて諸手を広げた。

 これに応えない父はいなかった。


「わ~! 初めてのぎゅーだ~」

 当然の如く、シルディアはハサンから抱擁など受けたことなどなかったため、彼女は跳ねるように高揚した。

「何故俺が父と?」

「ルーク様がお父様である旨は、レバスから教わりました」

「そうか、そうか」

 レバスはセルゲン王の側近で、ルークの教師でもあった人物だ。彼がそう言うのなら間違いないのだろう。

 ルークの安堵と彼の熱い体温がシルディアに溶け込んでいく。

「マイティアの分もしっかりぎゅーっとしてくださいまし、お父様。

 あの子にも、この熱が伝わるように」


『お姉ちゃん……』

 ルークとシルディアが抱きしめ合う様を見つめながら、マイティアは涙していた。

 日記には姉シルディアはずっと目覚めていないと書かれていたから。それが今、痩せ細った姿だが、しっかりと自分の足で立っている。

 それだけでなく、あのルークが自分“たち”の父親だったと、シルディアは語った。自分たちを虐げてきたあのハサンが父親でないことが、何より嬉しかったのだ。


「そして、ミトの彼氏」

「ん」「なぬ」

「マイティアもそこにいるのね」

「“見えるのか”?」

「ええ、だって私の大切な片割れだもの」

 そう言うと、シルディアはネロスの、少し横の方を向き

「お姉ちゃんはこの通り、八竜パワーで何とかなったわ。

 ミト。神様たちは私たちの事をちゃんと見てくれているのよ」

『うん……』

「ミトがもう無茶しないでいいよう、彼氏によくよく言っておきますからね」

『うん』

「うっ」

「ふふふ、さて、感動の再会は程々に。

 この事態を何とかしないとですよ。

 私めに一つお告げがございます。先ずはそれを聞いて頂けますか?」


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